第二十七話 悪魔の歌姫
スネグーラチカを出た俺はパトカーに戻る。
「で、どうだった?」
岩村が質問してくる。
「あぁ。俺の推理では12時から14時の間に新西京中央区で騒ぎが起きる」
「新西京には中央区を中心に一区から八区まであるが、その根拠は?」
「俺が天才だからだ」
俺の当たり前すぎる理由を聞いた岩村が番田に声をかけた。
「番田」
「わかった。精神病院までパトカーを回すよ」
「この狂人を放り込む必要がある」
おい。
「落ち着け。話を聞け」
俺はセルゲイとのやり取り、そして推理を二人に話して聞かせる。岩村が口を開いた。
「つまり、お前のその推理はもしかしたら当たっているかも、ということか」
「あぁ、ほぼ確実に当たっていると思う」
「で、お前は何を提案したんだ?」
「イワンは復讐者だ。奴はヴォルコフを破滅させるために生きている。そしてヴォルコフもまた、イワンへの復讐を望んでいる」
「続けろ」
「セルゲイ達とイワンを一般市民の出ない場所でぶつける」
岩村が頷いた。
「つまり、お前はまたしても俺達の仕事を増やそうとしてくれているわけだな?」
「失職の心配が無くて良いだろう? 感謝して欲しいくらいだ」
「名誉市民賞を授与してやりたいくらいだよ」
「場所はここだ」
俺はホロリンクでマップを展開。中央区にあるヴォルコフ所有の倉庫にマークをつけた。
「で、お前は俺達にどうして欲しいんだ?」
「敢えて中央区の警備を薄くすることで、ヴォルコフがイワンを迎撃する準備を整えやすくする」
岩村が眉を上げる。
「そっちの肩を持つのか?」
「いや……アルゴスが沢山いたら警戒しすぎてお互い衝突しない可能性がある」
「俺達はそれでもかまわんが。むしろ模範的な警官としてはそれが正解な気もするな」
「ここで終わりにしたくないのか? ヨハネの黙示録には七つまでラッパはあるが、多分今回が最後の予告状だし、もしこれが失敗したらもうお遊びは終わるだろう」
「何故今回が最後だと?」
「最後のラッパは――アルゴスが世論に押されてヴォルコフを殲滅させることだからだよ。予告するとしたら、あんたらがヴォルコフを壊滅させた後に出すだろう。それでもし今回の予告状が上手くいかなかったら――お遊びはお終い。俺達の知らないところでまた市民に被害が出て、どのみちあんたらは本腰を入れてヴォルコフを潰すことになるだろう」
綾乃が俺と遊ぶために予告状を出しているとか言ったら、それこそ精神病院に放り込まれかねん。
「お前にしては論理的だな」
岩村が頷く。
(私も同感です。あなたにしては上手にごまかしました)
雪風貴様……!
「しかし、中央区はどちらにせよクリスマスパレード当日ともなれば大量の人が出るぞ。この倉庫でドンパチさせるとしても、だ。確実に市民が通報する」
「だからこの倉庫周辺への人の流れを可能な限りコントロールして欲しい。それと、もう一つ俺に考えがある。シーリーは知っているな?」
「大人気の歌姫だな」
「彼女にクリスマスコンサートをやってもらう。二区あたりでな」
「そんなコネがあるのか? 子供がファンなんだ。サインを貰ってきてくれ」
「考えておくよ」
問題はあのお転婆歌姫が頷いてくれるかどうかだが……きっと大丈夫だと信じたい。
「後、もう幾つか依頼がある」
依頼の内容を聞いた岩村が文句を言い出した。
「おいおい、そろそろお金を貰いたくなってきたな」
「お前らの給料はどこから出ているんだ?」
「誠二。お前が高額納税者だったとは知らなかったぞ」
くっ、ここは俺の負けだ。
「やるのか? やらないのか?」
「人員を減らせと言いつつお前のその要求は頭がおかしいだろう。番田」
「オーケー。精神……」
「もうそれは良いんだよ!」
「仕方ない、貸しだからな」
「分かったよ。じゃあ任せたぞ」
俺はパトカーから降り、人混みの中を歩きながら一区に向かうため車に乗り込んだ。
そこで違和感に気づく。
ん? 貸し? あれ? 俺は奴らの仕事に協力しているのに貸し?
首をかしげていると浩一から連絡が入った。
「なんだ浩一?」
「それはこちらの台詞だ誠二。あのメッセージの内容はなんだ? 俺を何だと思っているんだ?」
「頼りになる俺のお兄ちゃんだ」
「そうだな」
納得頂けたらしい。それは良かった。であるならばこいつに関わっている時間はない。
「じゃあ切るぞ」
「良かろう。ではあのメッセージは無視させてもらう」
判断ミスだったようだ。俺は即座に謝った。
「すまなかった」
浩一がため息をつく。
「俺は狩人だぞ?」
「ジョブはそうだな。クラスは剣聖、カテゴリーは同調者。流派まで言おうか?」
「あのな……お前は自分の発言が破綻しているのを自覚しているのか? アンダーはジョブを最優先する。当たり前の話だ」
「いや――お前はジョブよりも自分の掟を重視するはずだ。超一流のアンダーは皆、そうだ」
浩一が再びため息をついた。
「セルゲイとイワンについて詳しく話せ」
俺は詳細を浩一に説明する。
「そういう訳だ。やってくれるだろ?」
俺は笑顔をサービスすることにした。
「それを聞いたら頷くしかあるまい」
やはり俺の笑顔は絶大な効果を発揮するようだな。
「流石だよ」
『浩一~、どうせ誠二はお金持ってないんだしさぁ、報酬代わりに誠二の奴に失恋についての詳細を話させようよ~!』
ホロリンクの向こう側から小悪魔の声が聞こえてきた。
「聞こえたな誠二?」
浩一がにやりと笑いながら何か言ってきた。
「いや~ちょっと耳が遠くなってるな? あっ、何か電波が」
通話を切る。汗を拭う俺。
「ふっ……危ない処だった……」
「完全にアウトだと思いますよ」
俺の腰から全ての元凶がふざけたことを言い出す。
午後九時
新西京一区 ルーブ・マーティン邸
俺とリーナスがルーブの邸宅にあがると――久しぶりだ――新西京レイヴンズのエースピッチャー、ルーブ・マーティンと歌姫、シーリー・マーティンの兄妹が出迎えてくれる。邸内は暖かく、寒い外とは大違いだ。やはり一区は天国ということか。
ルーブはヒューマン、男性、栗色の髪、を短く刈り込んでいる。栗色の目をしていて身長は百七十五センチくらい、引き締まった体躯。飾り気の無い白い長袖のシャツに青いジーンズを履いている。
シーリーはエルフの女性。金髪のロングヘアに黄緑色のメッシュが入っているのは相変わらずだ。身長は百六十五センチ。青い瞳。25歳。均整の取れたプロポーション。今日は青いワンピースを着ている。
相変わらず馬鹿広い居間に通され、俺の一か月分の生活費より高そうなソファに座らされた。
何か言おうとルーブが口を開くが――
「探偵さん! 失恋したんですって!」
すぐ隣に座ったシーリーが空気を無視してそんなことを言い俺を見つめてくる。
(何で皆、こうも他人の失恋……いや、してないけど、コイバナに興味あるのかね)
思わず愚痴が漏れる。
(誠二。逆の立場だとしたらあなたはどうするのですか?)
(は? 絶対話題にするだろそんなもの。当たり前のことを聞くな雪風)
(うむ。むしろ話題にせぬのは失礼というものよ。なぁ誠二)
(その通りだリーナス)
(…………)
なぜか雪風が沈黙してしまった。まぁ良い。
「えーっと、それはなんというか複雑な事情があって誤解というか……」
「誤解なの!?」
「いえ。誤解ではありません」
雪風がまた要らないことを言う。
「誤解じゃないじゃないの! 嘘つかないでよ!」
「待て! ついてない!」
「まぁまぁシーリー。誠二さんも困っていることだし」
そう言いながらルーブが俺の前に紅茶を置いてくれる。リーナスにはまたもや牛乳入りの平皿だ。
彼の身のこなしは超一流のアスリートらしく無駄がない。
流石だよルーブ……なんていいやつなんだ。俺の新西京唯一の友かもしれん。
「で、どうしたんですか誠二さん」
ルーブが俺の正面に座って聞いてくる。
「あぁ……実はクリスマスイブにクリスマスパレードが行われるのは知っているだろう?」
二人とも頷く。
「市民を巻き込んだテロが起きる可能性があるんだ。そこでシーリーさんには……その、クリスマスイブコンサートを開いてもらって中央区に来るであろう人を減らして欲しい。ルーブさんは子供向けの野球教室とか……」
「テロが起きる可能性を公表しては?」
ルーブが当然の質問をしてくる。
「あぁ……テロそのものはもう起きないはずだ。だが、首謀者を捕らえる必要がある。そのための罠を張っている。それには人が少ない方が良いんだ」
「私は良いわよ。どうせクリスマスイブにデートする相手もいないし」
「誠二さんの頼みなら全然構わないですよ。時々子供向け野球教室にボランティアで参加していますしね」
「ありがとうルーブさん、シーリーさん。恩に着る」
「でも私は高いわよ?」
「……」
俺は貧相な銀行口座の残高を思い出す。ARで呼び出して確認するまでもない。いや、むしろ残高をみたくない。現実を直視したくない。しかたない、やりたくはないが(ないない尽くしだな)ここは決闘でもして無理やり金を――
「ふふ、冗談よ。でも今の反応はゼロ点ね。あなたは女心が分かってないんじゃないの?」
シーリーはそう言って笑う。
「ったく、勘弁してくれよシーリーさん」
女心? そんなもの手に取るようにわかっている。だが、暴力歌姫心は別物だろう。女心とイコールにするべきではない。
「良いかシーリー。誠二が雌にもてていることなど――――いや、そういえば結衣には慕われておるな。だが、アレは女心を理解していた結果ではなく、産まれたばかりのひな鳥が親鳥を見て――」
リーナスが要らないことを言い出した。
「結衣? 探偵さん、そんな軽い男だったなんて……やっぱり協力はなしね」
……え? リーナスお前? どうしてくれる?
俺の計画が今まさにデリカシーの無い黒猫の発言で蒸発しようとしていた。
「ち、違う!」
俺は必死で結衣を救助したときの話をする。
「フーン。仕方ない。許してあげましょう。じゃあクリスマスは私とデートね」
許されたらしい。紅茶を一口飲む。先ほどのスネグーラチカで出された紅茶と違い、血の匂いのしない紅茶は素直に楽しめて良い。いや、いつ隣の爆弾が爆発するか分かったものじゃないから変わらん気もしてきた。
ん? デート? 何か意味のわからない単語が聞こえた気がするな。私立探偵が芸能人と? え? 顔バレとかしたら俺は失職する羽目になるんだが? 失職は言い過ぎか。仕事がしにくくなるのは間違いない。きっと今のは聞き間違いだな。紅茶に集中しよう。黙って紅茶を飲んでる俺に業を煮やしたシーリーは怒り始めた。
「私とクリスマスデートが嫌だっていうの!? 失恋したっていうから慰めてあげようって言ってるのよ!」
止めろ、俺の首を掴んで振り回すんじゃない。熱い、紅茶が飛び散る! そもそも慰める? 大きなお世話だ! と、とりあえず落ち着かせないと。
「ち、ちが――」
「シーリー」
ルーブが冷たい声色で彼女の名を呼ぶ。
シーリーの手が止まる。
「お前……また芸能界を引退したくなったときのための生贄として――誠二さんをキープしておくつもりだろう?」
「えっ――――ばれてた☆」
可愛らしくそんなことをいって舌をちょろっと出すシーリー。それを聞いた俺の背筋が凍り付く。シーリー……俺が出会った女の中で綾乃の次に恐ろしい女かもしれない。おかしい、この部屋、暖房効いてないんじゃないか? 寒気がしてきたぞ?
「探偵さんは私のことを命を賭けて助けに来てくれたし~。あっ、でも私と結婚したら仕事より私を優先しないと駄目よ?」
はて……何故結婚する前提で話が進んでいるんだ?
そもそも芸能界を引退するときの言い訳のために結婚させられるとか……そこまでの代償を俺は支払わないといけないのか!?
(雪風。助けてくれ!)
(すみません誠二。彼女の論理展開は私の演算能力をはるかに超えています)
(誠二! このミルク美味しいぞ! 銘柄を聞いておくのだ! 我は今日この時からこれ以外飲む気にならぬ!)
絶対高いやつだ。勘弁しろ。ここはなんだ?
やはり一区は何かがおかしい。狂っている。
「えーと……じゃあコンサートは?」
「するわよ。会場設営を突貫でしないとだけど。まぁマネージャーに無理やりやらせたら良いから大丈夫よ」
彼女のマネージャーをするのも大変だろう。大いに同情する。
「じゃあ、報酬に関してはまた今度要相談ということで……ルーブさん、ありがとう、紅茶美味しかったです」
嬉しそうに頷くルーブ。特に援護射撃は最高だったよ。心の中で付け加えておく。
「ちょっと!?」
対照的にやや怒っているように聞こえる(きっと気のせいだ)シーリーの声をバックに俺は早々にこの魔の館を退散した。
外の寒気に晒された俺は月を見上げる。
さて……綾乃、今度こそ決着をつけるときだ。悪いが最後の勝負は勝たせてもらう。




