第二十五話 パトカーはタクシー
十二月二十日 午後四時
新西京三区 布袋通り カフェ『アビシニアン』(斎藤誠二)
アビシニアンに向かう途中、市民団体のデモとすれ違う。
『この街にロシア人は要らない!』
『この街を破壊するロシア人を追い出せ!』
といったプラカードを掲げた市民達が歩いている。ここ最近のロシア資本の入った店舗でのアレコレを鑑みれば当然の流れだ。それをしりめに俺はアビシニアンに入る。
扉を開くと軽やかな鈴の音が俺の耳を撫でる。今日の店内のライティングは、夕暮れを先取りしたような落ち着いたアンバー。スピーカーからはピアノアレンジの古いJ-POPが流れている。
俺はカウンターの端で、場違いなほど真っ赤な苺が乗ったストロベリーサンデーを口に運んでいた。足元では、平皿に注がれたジンジャーエールをリーナスが嗜んでいる。いつもの奥の指定席ではなく、カウンターに着くこと十分。
岩村が現れた。表にはパトカーが止まっていて番田が運転席で火のついていない葉巻を咥えている。
「マスター、二つ珈琲を頼む。一つはテイクアウトで。今の気分は……そうだな、キリマンジャロで頼むよ。そこのストロベリーサンデーを食べてる失恋野郎の分は俺につけておいてくれ」
岩村はそう言いつつ隣に座ってくる。
「失恋したと聞いたが景気はどうだ?」
やれやれ、しばらくはこのネタを食らい続けるだろうな。だが、失恋したら奢ってもらえるのか? これは定期的に失恋するのも手かもしれん。
「違う。俺が振ったんだ」
「ふられた見栄っぱりな男はな、皆そう言うんだ」
言い返せん。
「じゃあ見栄っ張りじゃない男は何て言うんだ」
「俺が悪かった、彼女とよりを戻したいって泣き言を並べるのさ」
……。確かに俺は見栄っ張りかもしれん。第三の言い訳を次回までに考えておこう。
「捜査は?」
「どうもならんな。だが、七区の診療所で狼のライカンスロープの死体が発見された」
「誰が殺したんだろうな」
とりあえずとぼけておこう。
「鑑識が言うには――まともな人間の所業ではないとさ。どうもなぶり殺しにしたらしい。仮にも夜の化け物相手にな」
サンデーを食べる俺の手が一瞬止まる。
「おいおい、ライカンスロープは一応人間扱いだろ? そりゃ種族差別発言だ」
俺のそんな言葉に答えず、奴は俺をじっと見つめてくる。止めろよ、そんなに俺のイケメンっぷりが気になるのか?
「クラブで暴れた人狼はこの七区で見つかった人狼で間違いないだろう。つまり、事件は終わったということに上はしたいらしい」
俺はそれに答えず席から振り返る。窓ガラスからは通りを行進する市民団体のデモが見えた。
「それで良いのか? 次に何かあったら……予告も出ているだろ」
「予告? はっ。模倣犯。悪戯。何とでも言い訳はつく」
「おい、岩村。珈琲が溢れるぞ」
親切な俺は洪水が起きる前に指摘してやる。
平然とした顔をしている岩村の握ったコップの表面で、珈琲が細かく波打っていた。
「で……実際問題、アルゴスはどうしたいんだ」
「一切市民に被害がでなけりゃ何でも良いってのが上の統一見解だろう。そこに異存はない」
「確かにそれはそうだな。しかし、ペットショップの件はどうする?」
俺はそう言ってサンデーを一口すくう。
「それも全部かわいそうなライカンスロープ君の仕業にするらしい。どうもゼロシドのストリートチルドレンみたいでな。シドもちへの恨みから凶行に走った。分かりやすくて良いだろう?」
岩村の口ぶりからそう思っていないことは明白だった。
「で、お前は俺に失恋の愚痴を聞いてもらいにわざわざここに呼んだのか? やはりここはお前に奢って――」
「待て待て待て待て! 落ち着けよ。一切何も愚痴ってないだろうが!」
「ま、何にせよ一連のヴォリ関連の事件のおかげで、市民団体様の怒りは爆発寸前だよ。とりあえずこれで次がないなら終わったことにするのも手ではある」
そう言って岩村も窓の外に目をやる。
「しかし、もし次何かあったら――」
俺の言葉の後を岩村が継ぐ。
「アルゴスも本腰を入れてヴォルコフを潰すしかあるまい。俺個人としてダニを潰すのは構わんが……」
「今度はシラミがわくかもしれん」
更に俺が岩村の言葉を継ぐ。岩村は俺を人差し指でさした。その後珈琲をすする。
「まさにそれだ。裏の社会は裏の社会なりの秩序がある。ま、ヴォルコフが撤退しただけでは裏社会の秩序は崩れんだろうが」
「つまり、仮に――の話だが。ヴォルコフを俺が壊滅させても良いんだな?」
「つまり、殺人課に所属している人間に大量殺人の予告に目を潰れ、と?」
「ヴォルコフはもう壊滅寸前だろ? 残っていても二十人もいないだろう」
俺の言葉に岩村は頷いた。
「新西京にいるぶんはな。よそからまた人員が補充される可能性がある。ヴォリ・ヴ・ザコーネやヤクザは面子を大切にする……そこらへんトライアドや普通のマフィアは楽で良いんだが」
「そうだよな。俺の推理を聞きたいか?」
「へぼ探偵の推理とやらを是非拝聴させてもらおう」
「名探偵の推理を聞かせてやろう。普通のマフィアをこの街から追い出すのは簡単だ。損失が経済的利益を上回れば良い。だがヴォルコフはヴォリ・ヴ・ザコーネの一派だ。つまり新西京に進出したは良いが、失敗しました。は面子が許さん。奴らがどの程度、新西京以外に根を張っているのかもわからんが」
「詳しいな。まるで刑事みたいじゃないか」
「アルゴス・セキュリティで対犯罪コンサルタントとして雇ってくれても良いんだぞ? 価格は知り合いということで特別に高くしといてやる。じゃあヴォルコフ……いや、ヴォリどもを完全に、かつ簡単に街から排除する方法は? 街そのものに否定させることだ」
表通りのデモを顎で指す。
「失恋した程度で一週間近く失踪するような奴は雇えんな。ふむ。つまり一般市民に被害を出すやり口は、市民のロシア人への不満を高めるため、と?」
「そう考えれば全ての説明がつくだろう。そしてお前、言ってたよな。クリスマスパレードの警備の人手が足りないと。あの時にもし何かが起きて市民に大量の犠牲が出たらどうなる?」
「流石にアルゴスの面子にかけて犠牲を出した組織を潰すしかあるまい」
「それが今回の件を仕掛けた奴の計画の全貌だろう。恐らく、この街からのヴォルコフの排除。それが彼女の受けた依頼だ」
「彼女?」
流石だな。聞き逃さなかったか。
「まぁ、そこは全部解決したら話すよ」
「ふむ。つまりお前はヴォルコフがクリスマスパレードに何かすると。そしてその結果、アルゴスがヴォルコフを潰すしかない状況に追い込まれると言いたいのか? 今回の一連の事件の絵を描いてる彼女とやらは――そんな奴がいるとしたら――そこまで考えてのことと?」
「天才的な理解力だな。国語の成績は?」
「つねに百点満点だ」
「じゃあ後は言わなくても分かるな?」
「ふざけるな。そもそもヴォルコフは何をしようとしているんだ?」
「わからん」
「さてと。帰ってクリスマスパレードの警備について打ち合わせの続――」
岩村は席から立ちあがった。
「待てって! それを今から聞きに行くんだよ。実際、目星はついているんだけどな。念のためだ」
俺は最後に残ったアイスを口に放り込み、珈琲を飲みほした。
「誰にだ」
「決まってるだろうが。行くぞ、リーナス」
「ふ……我は甘酸っぱい赤いハートを一つも貰っておらぬのだが?」
「……。後で買ってやるよ」
岩村の哀れむような目線が俺に突き刺さる。無視しろ誠二。気のせいだ。自意識過剰も考えものだな。
俺と岩村は立ち上がると店の外へと向かう。その後を黒猫が追った。




