第二十四話 再起
事務所のソファに俺とリンクスは向かい合って座る。アークや結衣も各々好き勝手な場所に陣取る。そもそもリンクスはどこまで知っているんだろうか? 腰の雪風にちらっと眼をやる。無反応。まだ怒っているのか……?
(おい、雪風)
(なんでしょうか?)
(お前……どこまで話したんだ?)
(あなたが失恋して自殺しようと失踪したので探してください。としか言っていませんが?)
(……は? おい、後で話がある)
(えぇ、あなたにその権利があるとまだ勘違いしているのが驚きですが……受けて立ちましょう)
(……。すまなかった)
(わかればいいのです)
リーナスはなぜかリンクスが大量に買ってきたフランクフルトに夢中だ。ご機嫌で器用に肉球に挟んだトマトケチャップとマスタードの容器を……真空波か? で器用に切断、皿に押し付けて中身を出す。そこに尻尾で保持しているフランクフルトをつけて嬉しそうに食べている。
「誠二がいなくなったあの日から――マガミもいなくなったんだ。あの時、俺はまたな、って言って切ったけど、あんたは何も言わないで切ったよな」
そう言って俺を見つめてくる。
おいおい、俺の周囲は名探偵だらけか?
例え俺が廃業したとしても新西京の未来は明るい。名探偵候補がこんなにいるとは。
「なぁ……誠二。何か知っているんじゃないのか?」
ここまで来ておいて――俺はまだ、どこまでリンクスに話すべきか悩んでいた。
「俺は――――」
俺の口にした言葉が、意味を成す前に空に溶けて消えた。
(雪風……全て、話すべきだと思うか?)
(それはあなたが楽になりたいからですか? それとも、リンクスには知る権利があると思っているからですか?)
雪風には今まで色々、いや、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられてきた気がするが――この時ほど俺の心をえぐった一言は無かっただろう。確かに俺は楽になりたかった。だけど、それを決めるのはリンクスだ。俺じゃない。
「リンクス。これから俺が話す話は――お前にとって、とても辛いものになるかもしれない。それでも聞くか?」
「なぁ誠二……さん。例えば、結婚していたとして――その相手が裏では自分を嫌っているけど、表面上はとても愛してくれているように見えて、それに気づかないで生きていくのと。気づいて、その相手と別れて暮らす、あんたはどっちが良いんだ」
「人によるだろう。俺は、例え、辛くても後者を選ぶけどな。私立探偵ってのは、そんなふうにしか生きられないんだ」
それを聞いたリンクスは頷いた。
「俺だってあんたの弟子だ。真実を教えてくれ」
馬鹿野郎が――知らない方が良いこともあるんだ。無駄に傷つくことはないんだ。そんなバカは俺だけで良い――そう言いたかった。
「分かった。あの夜、何があったか話そう。だが話はそれより少し前からしなくてはいけない」
俺はまず、マガミが俺に鍛えるように言ってきたこと、リンクスへの複雑な感情を俺に吐露したことを伝えた。そしてその後、マガミはクラブで綾乃が作ったであろう特殊なドラッグをばらまくことでバイオテロを演出し、マガミ自身は自らライカンスロープとして暴れまわったことを説明した。
「待ってくれ。じゃあ、あれは、マガミだったのか?」
「そうだ」
「わざわざ俺を嬲り殺そうとしたあの人狼が?」
「そう、だ」
本当は頷きたくなかった。俺は嘘をつきたかった。しかし、こいつは自ら全てを知りたいといった。なら、俺はその気落ちに応えるべきだ。俺が助けたとき、全てを諦め、投げやりになっていた時よりも、今のリンクスは小さく視えた。俺は胸が痛くなってきた。
そして俺は推理を話し、マガミが人狼だったなら診療所に現れるであろうことを予期し罠を張り、現れた人狼を――マガミを殺したことを話した。
俺の隣で、結衣の息を飲む音が聞こえた。アークが『そんなことって……』と呟く。リンクスは無言だった。
俺はその後、現れた綾乃との会話を――雪風が録音していた――のをそのまま再生して聞かせた。皆無言だった。
「ま、そんなわけで俺はコテンパンにやられたわけだ。失恋したわけじゃない。俺が振ったんだ、わかるな?」
事務所に沈黙が溶けない粉雪のように降り積もる。……誰か何か言ってくれ。
「誠二、あんた……」
ずっと無言だったリンクスが遂に口を開いた。
俺は覚悟をしていたはずだ。それでも辛かった。リンクスはきっと俺を呪い、二度と顔を見せないと言うだろう。殴られても仕方がない。いや、こんな小汚い餓鬼、俺にとってはどうでも良い存在だったはずだ。でも、いつの間にか俺はこいつのことが大好きになっていたらしい。まともに敬語も使えない、ひねくれたストリートチルドレンが。
しかし、俺を迎えたのはそのどれでもなかった。
リンクスが……泣いて、る?
「リンクス、お前――」
そう言いつつ思わず俺は腰を浮かす。
「あんたは――それを、独りで――抱えて、それで、それで――」
リンクスは涙声で何か言おうとして言葉にならない。
こんなときこそ気の利いたことを言えよ誠二。
「あぁ。そうだ。すまん。俺はお前に――会わす顔なんてないと思ってた。そして、マガミのことを伝えたくなかった。お前が傷つくのがわかっていたからだ」
俺の口から出たのは、余りにも陳腐な、ありふれた言葉だった。
「あんたは……何でいつもそうなんだ。何でも一人で背負おうとするなよ……俺にも背負わせてくれよ……俺はあんたの――弟子なんだから」
すすり泣きながらそう言ったリンクスの言葉は、今まで食らってきたどんなパンチよりも重かった。
「そうだったな……すまなかった」
浮かせた腰をまた下ろす。
俺の隣でピンクの可愛い柄のハンカチで目元を押さえながら結衣も泣いている。そして俺に身体を寄せてきた。……今だけは好きにさせておいてやろう。でも、そこはリンクスに身体を寄せてやれよ。いや、あいつは向かいのソファーだが。
そうだった。リンクスはもう一人前のアンダーだ。俺がどうこういう筋合いはない。
目を真っ赤に泣きはらしたアークが聞いてくる。
「でも、予告状は結局どうするんですか?」
「そうだよせーちゃん、どうするの?」
最早俺によりかかってきている結衣がそう聞いてくる。調子に乗るなよ。結衣を引きはがしつつ俺は答えた。
「あぁ――謎は全て解けた」
「えっ!? 流石です誠二さん!」
「流石せーちゃん!」
「マジかよ……」
「ありえません、私に解けずに誠二が――」
「何の話をしておるのだ?」
とりあえず人工知能の暴言と何も現状を理解していない黒猫がいた気がするが良いだろう。
「新しく出た予告状を解く。そして、綾乃の計画をぶっ潰す」
「早く解説してくださいよ!」
アークが目をキラキラさせて言ってくる。
「あぁ、そのことだが――秘密だ。綾乃が何を仕込んでいるかわかったもんじゃない」
「……」
リンクスの無言の冷たい視線。
「誠二さん、やっぱり本当は解けていないんじゃ――?」
「誠二……そんなくだらない見栄を張らなくても良いのですよ?」
「何の話をしておるのだ?」
「せーちゃん、そんな無理にデコらなくてもうちはせーちゃんのこと――」
アホどもが好き勝手言い出すが無視。いや、まて。アーク、やっぱりだと貴様?
「そもそも、お前達は病み上がりだ。まともに戦えんだろう。新西京一の名探偵の活躍ってやつをみておけ」
俺はホロリンクを操作して検索する。
第六のラッパ。これか。
祝祭は天秤が傾き陽が落ち、偽りの獲物が生贄となる。
竜が勝ち、狼は自らの手で消え去る。
フン、成程な。今の俺なら手に取るようにわかる。いや、ちょっと自信がない部分もあるが、そこは後で詰められる。
しかし、俺の推理が確かなら……とんでもないこと考えてやがる。やはり、彼女を止めなくてはいけない。
もし――宮下母娘がコレに巻き込まれたら?
俺は止められなかった自分を許せないだろう。
どうするか考える。
浩一にまず連絡をつける必要があるな。
シーリーにも協力を頼もう。
アルゴスセキュリティ――岩村にも多少援護して貰おう。
今日は――十二月二十日。まだ時間はある。ギリギリだがな。
「ちょっと出てくる。お前達はまだ完調じゃないだろう。家に帰ってのんびりしておけ」
俺はコートを翻らせると浩一と岩村にメールを飛ばし、事務所の出口へと向かう。
もちろん腰には雪風が収まっている。そして俺が歩く隣には黒猫がついてきていた。




