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第十六話 機械仕掛けの獣

 午前零時十一分

 新西京六区 工場街 クラブ『ババ・ヤガ二号店』(アーク)


 目覚ましの音が鳴り響いている。

 う~ん。うるさいな……あと、三時間だけ寝かせてくれ……。

 放っておいてくれ。


(アーク! 起きて下さいアーク!)


 その声に、意識が一度だけ、強く跳ねた。

 しかし、すぐに微睡みが再び僕を眠りの深淵へと引きずり込もうとする。


(アーク! 時間が――アーク!) 


 警告音よりも鋭く、だけど、どこか縋るような響き。

 もう一度、僕の意識が揺れた。


 今何時だよまったく……僕は午前中は起きないって決めているんだ。

 誘惑に抗い、重い瞼をこじ開けて時計を見る。


 零時?


(アーク! リンクスが死んでしまいます!)


 リンクスが?

 そうだった、僕は正義のアンダー(裏社会のプロ)としてこの店を襲う殺人鬼から――


(すぐに没入(ダイブ)して人機統合(ドリフト)をしてください。手遅れになります)


 目覚ましのアラームを切る。


 シーリーさんの歌声を背後に没入(ダイブ)

 目の前に広大なネット空間が広がる。

 彼女が警備主任の権限を僕に付与。

 目標となるドローンをオンライン上で見つける。


 アレか――如月社製パトドッグ。

 四足歩行の鋼鉄の番犬。

 キャッチフレーズは『トイレの世話もしつけもいらない猛犬注意』

 口内に連射式短銃身ショットガン。

 前足には収納式クロー。


 人機統合(ドリフト)


 格納庫扉が開く。

 十メートルほど先で壁に背中を預けて倒れているリンクス。そしてその正面に立ちはだかるワーウルフの背中。

 右手をゆっくりと振り上げている。

 リンクスが危ない!

 反射的に射撃をしようと口を開く。


(その距離では有効打になりません。落ち着いてくださいアーク)

 雪風さんが冷静に指摘してくる。


(でも、間に合わない! そうだ! リンクス君のペッパーパンチグレネードは?)

(リンクスがそのような挙動を取った瞬間、彼は殺されます。彼がまだ生きているのは――あのワーウルフが殺しを楽しんでいるからです)

(そんな――)


 嫌だ、リンクスを死なせるものか! 彼は、彼は僕の友達なんだ!

 焦る僕を置き去りにして、雪風さんの冷静な戦術(タクティカル)手順(プロトコル)が提示された。


(今です、リーナス)

(やれやれ、我を……酷使しすぎではないか?)


 突然二階のDJブースから現れた炎の球が、一階にいるワーウルフの背中へと迫る。

 だが――焦げ臭さに気づいたワーウルフは即座に横に飛びのく。

 リンクスに当たる手前で炎は霧散。


(リンクス、ペッパーパンチグレネード起動。アーク、行って下さい)

 リンクスは震える手でジャケットからグレネードを放――せず、手から転がり落ち炸裂。

 周囲が胡椒と唐辛子の粉で包まれる。


 同時に、僕は鋼鉄の四肢で全力疾走。


 胡椒と唐辛子の嵐に巻き込まれたワーウルフが猛烈なくしゃみを始めた。

 それでもリンクスにとどめを刺そうと無理やりリンクスに手を振り下ろそうとする。

 

 させるかよ!


 僕は奴の背後から躍りかかり、爪を展開、両肩に食い込ませ固定。

 僕の両手に肉の食い込む感覚が伝わる。

 即座にワーウルフの首筋に噛みつく。

 即座に口内のショットガンが咆哮を上げ、至近距離で火花と肉片が飛び散る。

 連続する反動が僕の身体を激しく揺さぶるが、しっかりとくわえた強靭な顎は奴を捕らえて離さない。

 残弾一になるまで連射された銃声が店内に炸裂する。


(リーナス。止めです。彼の体毛を焼いて……リーナス?)


 雪風さんの指示にリーナスさんが答えない。

 しかし、ワーウルフは膝をつくと倒れ伏す。


(雪風さん、流石のワーウルフといえども脊髄をあそこまで――)


 僕は腹部に衝撃を感じる。

 激痛で意識が持っていかれそうになる。

 吹き飛ばされた、のか?


 まずい、反動による(フィードバック)肉体損傷(ダメージ)が……だが、まだだ!

 ワーウルフはくしゃみをしながらも、半分千切れた首を片手で押さえながら立ち上がろうとしていた。確実にダメージはあった……だが、致命傷にまで持っていけなかった。

 

(アーク。私の戦術(タクティカル)手順(プロトコル)は崩壊しました。あなただけでも逃走を推奨します。リーナスの疲労が私の想定を超えていました。私のミスです)


 雪風さんの警告。


(僕には――仲間を見捨てて逃げるなんてできません!)

(命を賭けることになりますよ?)

(上等です!)

(わかりました。成功率は低いですが――ここから先はあなた達次第です)


 再度戦術手順タクティカルプロトコルが提示される。

 全身が痛い――左後ろ足の感覚がない。バランスが取れない。オートバランサーがいかれたか。

 震える身体を制御。オート制御を切って完全手動操作に切り替える。


 システムメッセージが表示される。


【生命の危険があります。人機統合(ドリフト)を解除してください】

 

 無視。


 人機統合(ドリフト)のシンクロ率が危険域にまで上昇する。

 次は死ぬかもな――死の恐怖がちらりと脳裏をよぎる。


 視界の端に雪風さんがポイントをする。


 まだだ、まだやれる。

 リンクスも、リーナスさんも、奴に殺されてしまうかもしれない。

 ここで逃げる程度なら、僕にアンダーを名乗る資格は無い。


 リンクスもよろよろと立ち上がる。


「ア――――――――――ク!」

 

 リンクスが叫び走りだす。


 それを合図に僕はワーウルフに突撃――奴が身構える。


 口内のショットガン――最後の一発を奴の足元を狙って撃ち込む。後ろにいるリンクスに当たらないように。予想通りワーウルフはそこまで読み切れず回避行動を取った。その隙に僕は奴に躍りかかると見せかけ――直角に跳び、ポイントされていたコンバットナイフに飛びついて咥え、投げる。雪風さんのガイド通りに。


 ワーウルフの左後ろ後方、リンクスが咳をしながらもナイフに跳びついて掴み、切りつけ、地面に転がる。一回転して即座に立ち上がりナイフを構えた。


 脇腹を斬り裂かれるワーウルフ。

 確かにその傷口は再生しない。


 今だ――僕も全身を苛む痛みを無視。奴に再度の突撃をかける。


 同時にリンクスは追撃をしようとナイフを振りかぶ――ワーウルフは突然身を翻し、猛烈な勢いで近くの窓に体当たり――窓ガラスは粉々に砕け散り、鋭い破片の通り雨が夜の街へと降りそそぐ。重量物が風を切って落下していく気配だけを残し、狼は店内から消えていた。


「なんとか、なったのか……」

 

 崩れ落ちるリンクス、散乱する肉片、倒れ伏した人々――遠ざかる僕の意識に、急停車するバイクの音が滑り込んできた。


 ***


 午前零時十五分

 新西京六区 工場街 クラブ『ババ・ヤガ二号店』(斎藤浩一)


 冬の凍てつく夜気を切り裂いて、浩一の駆るバイク(カタナGSX1100SZ)がババ・ヤガの前に急停車。

 ドリフトで強引に停車したタイヤの痕跡を道路に薄っすらと残し、浩一はバイクから飛び降りる。


 背負ったゴルフバッグから日本刀を掴みながら浩一は店内に飛び込んだ。

 

 差し込む月光と店内の青白い照明に照らされた店内はもはやクラブではなく、屠殺場そのものであった。

 血と、酒と、胡椒、そして拭いきれない獣の臭いに満ちている。


 壁にもたれかかったまま倒れ気絶しているアーク――鼻血がその顔とパーカーを汚している。

 地面に座り込んで動かないリンクス――左腕が脱臼している。


 リーナス師匠の姿は見えない。


(浩一。対象は先ほど逃走しました)

 雪風からのメッセージが入る。

(奴の負傷の程度は?)

(脇腹に裂傷です)


 どうする? 追うか?

 いや……無駄、か……人間形態に戻って服で傷跡を隠されたらお手上げだ。


「アークとリンクスを医者にみせよう。リーナス師匠は?」

 浩一のコートの内側から飛び出したティニィが店内を飛び回る。

「浩一! ここで気絶してるよ!」

 二階からティニィの声が響く。


「アルゴス・セキュリティが来る前にさっさと退散しよう」

 浩一はアークを左肩に担ぐ。右手にリーナスを抱えた。


「リンクス、立てるか?」

「遅いんだよ……ったく」


 その声を聞いたリンクスがよろよろと立ち上がる。


「すまんな」

「へっ、冗談だよ。あんたがもう少し遅けりゃ、あの野郎を剥製にして、飾ってやれたんだがな」

「それだけ口が回れば十分だな。次からは立ち食いそばでも食べてから来よう」

「あぁ、そう、してく……」


 リンクスが激しく咳き込む。

 思ったより重症かもしれん。

 店内の出口で浩一は振り返る。

 うめいている麻薬過剰摂取暴走者(ジャンクヘッド)達、そしてワーウルフ。

 俺や誠二でも手こずる状況だ。


 ……なるほどな、()()()()だ。


 遠くから聞こえてくるパトカーのサイレンに追われるように、浩一はその場を後にした。

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