第十三話 美女と野獣
二十三時
新西京六区 工場街 クラブ『ババ・ヤガ二号店』(リンクス)
まずい。
調子に乗って買い物かごに商品を入れまくったあげく、レジで財布を忘れたか、AR口座の残高がゼロであることに気づいた時くらいにまずい。
店の壁際にアークを引きずっていったのはいいものの、強制的に購入させられるドリンク、これが問題だった。
数分前のことだ。
「飲むなよアーク」
俺は雨の日に捨てられている子猫を拾ってあげるくらいの親切心を出して、アークに忠告をしてやった。
「リンクス君こそ!」
アークは良く分からないことを言ってくる。
「何がだ?」
そう言って|スクリュードライバー《オレンジジュースのウォッカ割り》を一口飲む。
「君は未成年だろう!?」
「…………あぁ、そうか」
アークの発言の意味を理解するのに時間がかかった。
そうだったな。世間一般では俺はまだ《《未成年》》らしい。
「俺は良いんだよ」
全く面倒くさいおぼっちゃまだ。
「良くないよ! 未成年のアルコールの摂取がどれだけ将来の身体的成長に悪影響を及ぼすか――」
何やら能書きを垂れ流し始めるアーク。
俺が未成年だって? 鼻で笑い飛ばそうとして――いや、そうか。そうだな。
『そう思ってるうちはお前はそこから抜け出せない』
誠二の言葉を思い出す。あの時は意味がわからなかった。でも今は理解できる。
特に好きでもないし、酒を飲む機会があっても、酒は止めよう。
そういえば、誠二はハードボイルド気取りのくせに酒もタバコも女も興味無さそうだな。
とんだハードボイルドもいたもんだ。
「わかったわかった。俺も飲まないからお前も飲むなよ、アーク」
と、アークの持つジンライムの満ちたグラスに目をやる。
なんでよりによってジンライムなんてもんを頼んでいるんだ?
どうせ良くわからないで適当に頼んだんだろうが。
「えーっ、中学生? ハーフエルフ? かわいーじゃん」
「そっちの子も高校生くらい? いーのかなーこんなところにきてー」
突如馴れ馴れしく二人組のヒューマンの女が話しかけてきた。
あからさまに染めたセミロングの金髪の下、派手な緑色のマスカラに彩られた黒い瞳がこちらを興味深そうに品定めをしている。
濃いチークをしているが、この店の頼りない照明下では大した意味はなしていない。
先ほどの言葉は赤く塗られた唇からのものらしい。
二人とも二十代後半くらいか?
薄手のホログラフィック・ビニールで作られた透過ジャケットを、二人は共通のユニフォームのように肩に引っ掛けていた。
今は薄いピンク色をしている。所有者の気分に合わせて色合いを変えているのだろう。
左の女は身長百六十五センチほど、痩せ気味。
胸元を鋭く切り抜いた黒のラテックス製のボディスーツに、丈の短いネオンピンクのマイクロミニを合わせ、細い足をタイツで強調している。
右の女は身長百五十五センチくらいか、やや太り気味。
肉感的な身体を無理やり押し込めるような伸縮性の高いメッシュのキャミソールに、光沢のある黒のホットパンツ、腰には白いポーチのついたベルトを巻き、そこからクラブの照明を反射する安っぽいクロムメッキのチェーンを幾重にも垂らしていた。
「失せ――」
俺がそう口にしようとするより前に。
「ぼ、僕にな、なんのようですか!」
アークの馬鹿は一秒で新西京タワーのてっぺんまで舞い上がっていった。
「えーっ、何かかわいいから声かけてみただけなんだけど~」
そう言いながら女二人はアークの両隣に張り付く。
これはまずい。
「え、えっと。ぼ、ぼくはアークです」
がちがちになったアークは、そう言って手に持ったジンライムを――止め――俺が止める間もなく一気に呷った。
「え~それジンライム? お酒強いの? かっこい~」
そう言いながら痩せてる女はアークの胸に手を這わせ始める。
「ちょっとあんたら。そこのそいつは童貞なんだ。あんまりからかわないでやってくれ」
張り込みどころじゃなくなる。
俺は女たちを追い払おうと声をかける。
「えーっ!? まじ? じゃあ私が貰っても良い?」
アークに絡みついていた女はアークの耳元でそんなことを囁きだした。
かなり良くない兆候だ。
「じゃあ君はどうなの?」
もう一人の女は俺に近寄ってくる。
どうする?
追い払いたい、が。
下手に騒ぎにするのも問題だ。店からつまみ出されては元も子もない。
(誠二! 不味い! 緊急事態だ! 男漁りにきている女二人に絡まれてる!!)
誠二にメッセージを飛ばすが、返事が来ない。
くそっ!
(ふむ。今は外せない用件があると丁重に断るのはどうだろうか?)
浩一からメッセージが――役に立たねぇ!!
あいつ、武術の腕と比例してアホなのか?
アークを見る。
「え、えっと、えっとですね。ぼ、僕はソウルハッカーで――」
「えーっ、じゃあ今夜は私をハックして欲しいな~」
おい、あいつ一杯しか飲んでないくせにジンライムで酔っ払い始めていやがる。
アークの童貞は風前の灯火だ。
いや、それはどうでも良いが。だが今夜はまずい。
「私、年下の小さい子好きなんだ~」
そう言いながら女が俺にくっついてくる。
香水くさいんだよ……!
ここで俺が丁寧に優しく失せろ、とこの女に言うとする。
追い払える可能性は高い気もする。
しかし、どういうべきだ?
失せろ? うん。何も丁寧でも優しくない。流石の俺でもわかる。
だがどういえばいい?
そして、後五分もすればトイレか外のラブホテルに引きずり込まれそうなアークが問題だ。
俺が冷たくあしらったらこの女、なんなら二人がかりでアークを襲いかねん。
しかたない。俺は覚悟を決めた。
「失せろ。俺は今忙しいんだ」
そう言って俺にくっついてきた女を睨みつける。
「えーっ、何この子」
女は腹が立ったのかアークの方に寄っていく。
「アーク! さっさとそのおばさんにお引き取り願え」
敢えておばさんという単語を選び、女たちを怒らせ――
「リンクス君! こんな若くて美しい女性に君は何て失礼なことをいうんだ!!」
アークが怒ってしまった。
頼む、|TPOを弁えて《時間と場所とタイミング》紳士ぶってくれ!
(馬鹿野郎! 俺達は何しにここに来たと思っているんだ! その女どもにかまっている場合か?)
ホロリンクでアーク宛てにメッセージを送りつける。
既読がつかない。こいつ、完全にできあがっていやがる。
「アーク君素敵!」
アークの頬にキスをする女。
もういい。俺一人でやる。その時だった。
(リンクス! アーク! イワンが現れた! アーク! お前、ドローンの監視は?)
誠二の悲鳴のようなメッセージが俺達に届いた。
ドローンの監視?
もう一時間くらい前からお留守だよ……しかし、誠二の推理ならここにくるはずが……三区だと?
***
午前零時 新西京三区 繁華街 クラブ『ババ・ヤガ一号店』(斎藤誠二)
「どうしたの誠二?」
綾乃さんが俺の肩に手をかけて問いかけてくる。
「俺が合図したら、店の外に全力で逃げるんだ。大丈夫、何があっても君の事は俺が守るから」
そう言いながらも俺はイワンから目を離さない。
イワンはこちらに視線を向けはしないが――俺に気づいているだろう。俺の臭いを覚えているはずだ。
奴はバーカウンターに歩み寄る。
そしてホロリンクで――クソ、二台持ちか、しかもどうせ本当に必要な時にしか電源を入れないんだろう――何やら酒を注文し、静かに飲み始めた。
「誠二?」
後ろから綾乃さんが俺にそう不思議そうに問いかけてくる。
何だ?
まさか、イワンはマジでただここに酒を飲みに来ただけなのか?
(リンクス! アーク! イワンが現れた! アーク! お前、ドローンの監視は?)
何やらリンクスからメッセージが来ていたのに今更気づいたが、とりあえず優先順位はこっちだ。
だが、俺に返ってきた返事は俺の予想を超えたものだった――
(誠二、やばい、早く来てくれ、こ)
途中送信されたリンクスのメッセージが届く。
行くべきか?
今から向かったら普通なら四十分、早くても三十分はかかる。
それにイワンの件もある。
「誠二、私のプロポーズは受けてくれないの?」
背後から拗ねたような綾乃の声が俺を刺す。
俺は振り返ると、彼女を抱きしめた。
「俺は君を愛している。嘘じゃない。だが、頼む、今は安全な場所に帰ってくれ」
彼女の瞳を見つめて俺はそう告げる。
そして俺のホロリンクのアドレスを彼女へと投げた。
「後で連絡をくれ」
「そう。頑張ってね探偵さん」
彼女の声が哀愁の色に染まっているように思えたのは、俺の願望なのだろうか。
(俺が行くか?)
浩一からの連絡が来る。
浩一の場所なら早ければ二十分でつくだろう。
罠かもしれん。
だが、実際に何かが起きている場所に行く方がましだろう。
(頼む)
(では向かおう)
俺はここで、イワンを見張っていなくてはならない。
リンクス、アーク……頼む、死なないでくれ。




