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第十一話 タイタニックに乗った気で

 十二月十三日 十八時

 新西京三区 布袋通り カフェ『アビシニアン』(斎藤浩一)


 陽も暮れ、冷え切った夜気をまとい、浩一はアビシニアンの扉を押し開けた。

 店内の暖かな空気が冷たい外気と少し入れ替わり、突き刺すような寒さから解放される。

 浩一の青いコートの懐から小さな頭が外を覗き、きょろきょろと店内を見渡す。


「いや~寒いねぇ」


 小さな頭の持ち主――ティニィ――は赤い髪をショートカットにしている。赤い瞳は好奇心旺盛な性格を映し出したかのようにあちこちを飛び回った。


「ティニィ……ホッカイロを入れた内ポケットにいただけのお前がそれを言うのは反則だろう」

 浩一が苦笑まじりにそうティニィに声をかける。

「まぁまぁ、そう言わないでよ浩一~」


 そう言いながらティニィは青いコートの内側から出てくる。白いショートパンツ、黒いジャケットを着て背中には光るトンボに似た羽が生えている妖精(フェアリー)が飛び立ち、店内を一回りしたあと、浩一の右肩の上にちょこんと腰をかける。


「一番奥だよ~」

「だろうな」


 浩一は頷いて歩を進めた。


 一番奥のボックス席の左側には赤いコートを着た双子の弟――斎藤誠二が不機嫌そうにストロベリーサンデーを食べている。


 不機嫌な理由は恐らく誠二の隣の女性が原因だろう。

 明らかに誠二との距離が近い。恋人か何かか?

 だが、それが理由としたら誠二が不機嫌そうなのがわからん。


 隣の女性は茶色の髪をポニーテールにしている。茶色の瞳。年は二十歳くらいか。

 星のイヤリング、ネックレス、ブレスレットとアクセサリーが多い。

 暗い緑色のボアコート、白色のクロップド丈のニット、黒のミニスカート、黒のニーハイに黒いブーツ。


 向かい側には誠二に劣らず不機嫌そうな顔をした十二歳くらいの少年。

 耳が少し尖っている――ハーフエルフ。

 エルフの血が混ざっているだけあって、顔立ちは妙に整っている。

 擦り切れた緑の軍用ジャケットに青いダメージジーンズ、赤黒いマフラー。やや浅黒い肌とぼさぼさの黒髪、鋭い目つきが、そこそこ()()()な育ちを物語っている。

 そんな顔で、激辛ハンバーガーとフライドポテト、バニラシェイクをもくもくと片付けていた。


 そのハーフエルフの少年の隣に座っているのがパーカーを着てフードを被ったヒューマンの少年――年のころは十六くらいか――身長百六十五センチ。コーラを飲みながらホロリンクを弄ってぶつぶつ言っている。


 そして机の下には赤い首輪をつけた緑色の瞳の黒猫――リーナス師匠――がのんびりと座っている。


「……」


 明らかに異様な空間である。

 浩一は帰りたくなっていた。


 誠二の隣に座っている、派手だが可愛らしい女の子が声を上げる。

「あっ! 浩一お兄さんですね! まじそっくり!! でもやっぱりせーちゃんとは違うね! えっと、私、五十嵐結衣です。せーちゃんの彼――」

 誠二が即座に口をふさいで黙らせる。

「押しかけ事務員だ。迷惑している。まぁそこの空気椅子にでも座れよ浩一」


「ちょっと誠二~いつの間にそんな可愛い子を毒牙にかけたん?」

 ティニィがそんなことを言いながら浩一の肩から飛び立ち誠二の頭の上に座る。

「俺の話を聞いていたのか? それともその小さな脳みそでは理解不能か?」

「やばっ! フェアリーじゃん! かわゆすぎ~語彙力溶けるわ~」

 誠二の手を振り払った結衣がティニィを見て騒ぎ始める。


「えーっ☆ そんな本当のことを大声で言われたらティニィ、照れちゃうよ~」

 ほっぺに手をやって照れるティニィ。


 ガールズトークを始めた二人を無視し、ハーフエルフの少年がぶっきらぼうに自己紹介をする。

「リンクスだ」

 簡潔すぎる。

「僕はアーク! ソウルハッカーです!」

 パーカーを着た少年がこれまた良くわからない自己紹介を始める。


「斎藤浩一。誠二の双子の兄――ということになっている。ハンターだ」

 隣の席から勝手に椅子を持ってきて浩一は座った。

「店主。ざるそばとみたらし団子を一人前頼む。誠二につけておいてくれ」


 浩一は自分も食べ物を注文すると本題に入った。

「で……お前から来たメッセージ……『俺の推理ではワーウルフが出る。凄腕ハンターの浩一お兄ちゃん! 助けて!』というこれは何だ? 気持ち悪すぎて無視しようと思ったが……一応来るだけ来てやったぞ。にもかかわらず――第一声が空気椅子に座れ? お前は母親の胎内に礼儀作法を落としてきたらしいな」


 誠二の押し殺した『雪風……』という声が――今まで浩一が聞いた中でもかなり殺意が高い――何やら聞こえた気もするが、浩一は気にしないことにした。


 一方、誠二の頭上とその隣ではガールズトークが現在進行形だ。

「ティニィちゃん! 写真撮って良い?」

「良いよ~♪」

「はい、チーズ!」

「いぇーい!」


 ティニィと結衣は二人で盛り上がっている。

「やっばぁ……ティニィちゃんかわゆすぎる……尊い……」

「結衣ちゃんも可愛いよ~」

「え~まじてんあげなんだけど~! せーちゃんはそんなこと言ってくれないし~」

「わかるわ~浩一も言ってくれなくてぇ~」 

「そこの双子、乙女心わかってなさすぎない?」

「そう! 本当にそう思うよー!」



「今、新西京を騒がせている殺人事件については知っているな?」

 自分の頭上と隣で盛り上がる女子二人を無視し、気を取り直したらしい誠二がそう切り出した。

「あぁ」

 浩一は頷く。


「俺の推理だと――ワーウルフが犯人で、しかも次はババ・ヤガに出る確率が高い」

「その推理の根拠は?」

「それは――」

 誠二の推理を聞いた浩一はそれなりに納得した。


「しかし問題がある」

 浩一がそう告げた。

「言いたいことは大体わかるが――言ってくれ」

 誠二はそう答えた。


「ババ・ヤガはロシアンマフィアが経営している若者向けクラブ。しかも三店舗。そこで仮にワーウルフが暴れたとしよう。捕らえるのは非常に困難だ。パニックになる群衆の中――それなりに手ごわい相手であるワーウルフとの戦い。一般市民を巻き添えにしないで戦うのは不可能に近い。特にお前の得物ではな」

 浩一は誠二の腰の銃――アンダーテイカー(雪風搭載型拳銃)――に目をやる。

「そして――三つの班と言ったな。リンクス・アーク・リーナス師匠のチームがワーウルフと当たったら……分が悪い」


「だよな……」

 誠二は溜息をついて額に手をやった。

「何でですか!! あなたに僕の何がわかるって――」

 アークと名乗った少年が立ち上が――浩一は人差し指で肩を押す――アークは席にすとん、と戻った。


「え――」

「君は武術の経験がない。恐らくは――機手(ライダー)か?」

「あっ、はい」

「ドローンは強力だが……群衆の沢山いる店内で君に何ができる?」

「それは……」

 アークはうなだれた。


『ほら雪風……俺の言った通りだろうが』と誠二がひそひそ何やら言っているのが聞こえてくる。


 浩一の目の前にざるそばが置かれる。

 出汁、海苔、そばの心地よい香りが立ち昇る。

 ふむ……流石はアビシニアン。和洋中――あらゆる料理に対応してくる。

 浩一は少しだけつゆをつけるとそばを啜った。

 そばの香りが鼻を抜けていく。

 そばの出来栄えを確認した浩一はリンクスへと矛先を向けた。


「で、そちらのリンクスは――それなりに出来るようだが、ワーウルフ相手ではな……」

「偉そうにペラペラと、何だってんだあんたは」

 リンクスもまた、敵愾心をむき出しにして浩一を睨みつけてくる。


影業(シャドウアーツ)――」

 リンクスが業を発――浩一の箸が飛び――リンクスの目の前のシェイクに墓標のように突き立った。

 呆気にとられて固まるリンクス。


「勿論――君の目、もしくは喉に投げても良かったのだが。あまりここで暴れてこの店のマスターを怒らせると……俺でも怖い」


 誠二の頭からティニィが飛び立つ。

 二十秒ほどして箸を一本持ってきて浩一に渡す。

「ありがとうティニィ」

「良いよ良いよ~」


 そうティニィは答えて浩一の左肩に座る。

「浩一よ。あまり若者をいじめるでない」

 机の下からリーナスが出てきて机の上に飛び乗った。

「我がついておる。タイタニックに乗ったつもりでおればよい」


『それ、沈むんじゃ……』と、アークがぼそりと口にする。


「しかし、リーナス師匠――」

 浩一が声を上げるのを誠二が遮った。

「いや、浩一。お前の懸念は俺も同感だ。だが――こいつらがいなかったら、今度はどれだけの人が死ぬ?」

「誠二。この若者二人がワーウルフに惨殺されても良いのか?」

「良くはないさ。そのためのリーナスだ」

「リーナス師匠といえど、群衆のただ中では――俺とお前でもぎりぎりだろう」

「極端な話――一般人を巻き込んでも良いと俺は思っている」

「何?」


 浩一は耳を疑った。弟がこんなことを言うのは珍しい。


「奴を好き放題暴れさせてみろ――どうせまた次の事件を起こす。なら、ここで、多少人を巻き添えにしてでもぶち殺す方がましだろうが」

「それは――」


 浩一は沈思する。一理ある、一理あるが――

「誠二……例え俺やお前が現場に居合わせたとしても、だ。被害だけ出して逃がす可能性の方が高いと俺は踏んでいる」

「……それは――その通りだ」

 誠二が苦しげな顔をする。

 珍しいこともあるものだ。


「なら、一店舗は捨てても良いのではないか? リンクス、アーク、リーナス師匠をお前と俺にそれぞれ分担してつけるほうが良いかもしれん。三分の二の確率だ。勝算は高い」

「本当に……それで良いと思っているのか浩一?」

「思ってはいない。だが、これが現実的なラインだ。むしろいつものお前ならそうするはずだ。何があった?」

「俺が……奴の予告状を……解けないせいなんだ。絞り込めないのは……俺のせいなんだよ……何が私立探偵だ……くそっ!」


 誠二が目を伏せ、少しうなだれる。

 どんな状況もいつも軽口で笑い飛ばす弟が、ここまでの弱音を吐くとはな……浩一は少し驚いた。


「せーちゃん……」

 気づかわしげな表情をした結衣が、誠二の肩に手をかける。

 数秒間動かなかった誠二――だが、黙って肩に置かれた手をそっと優しく外した。


「もー!! 素直に慰められろし!!」

 結衣が怒りだす。

 浩一は内心苦笑する。良い子じゃないか。

 それにひきかえこの弟は――どこまでも女性に対して無駄に誠実な男だ。


「妨害があれば――次の計画は慎重になるかもしれん。誰もいないよりはまし、そうじゃないか?」

 騒いでいる結衣の事を無視した誠二は、そう浩一に言ってきた。

「……。やれやれ、しかたがない。乗ってやるとしよう」

 浩一はそう言うと、ざるそばを再び食べ始めた。





(斎藤誠二)

 俺は全員が見れるよう、新西京都の地図をホログラムで立ち上げる。

 展開された地図を睨みながら作戦を考える。


 浩一がざるそばを食べる音がうるさい。


「いやーっ! 浩一ー! みたらし団子に捕まったー!!」

 ティニィがみたらし団子に張り付いて悲鳴を――


 リンクスの激辛バーガーを結衣が横から――

「リンクスっち~うちにもちょっとそれ頂戴~」

「駄目だ。自分で頼め」

「だって激辛そうじゃん」

「なら食うなよ」

「でもでも~一口だけ食べたいじゃん!」

「知らねーよ」


 リーナスとアークはガンダム談義を――

「やはり僕はガンダムは宇宙世紀が――」

「いや、我はガンダム00こそが――」


 なめてるのかこいつら?


「うるせー!! ちょっと静かにしてられねーのか!」

 静かになった。

 やれやれ――俺は幼稚園の先生にも向いているのかもしれないな。

 私立探偵だけでなく、教師の適正もあるとは……自分の才能が恐ろしい。


 俺はホログラム上のマップに印をつけていく。

 ババ・ヤガは三区、六区、八区に存在している。

 三区(繁華街)は俺と雪風。

 六区(工場街)はリンクスとアーク、そしてリーナス。

 八区(港湾区)は浩一とティニィ。


 プランA。

 イワンが実行犯ならば――奴は工場街に住んでいるので――狙うなら六区の可能性が高い。

 だから、イワンがもし隠れ家から出てきた場合……雪風のハッキングで火災警報を発令させ、客を避難させる。

 奴の動向の把握は俺の付けたタグと、アークの監視用の小型飛行ドローンが頼りだ。

 イワンのホロリンクは今も電源がオフらしい。もう少し文明人になって欲しいが――襲撃予定の店が大騒ぎになったら黒幕と連絡を取る可能性は高い。

 黒幕がいるならば――あの予告状をシェイプシフターが作るとは考えにくい――その黒幕から連絡があるだろう。そいつを捕捉、黒幕を見つけ出す。この場合、リンクス達は戦う必要は無い。


 プランB。 

 もしイワン以外の奴が出現して暴れる場合――どこに出てもおかしくない。

 逆に工場街を外す可能性が高いだろう。

 俺が犯人ならそうする、が……その場合、客の避難を優先しつつ――可能ならワーウルフを仕留める。



 プランC。

 それ以外のイレギュラーが起きた場合――適当になんとかベストを尽くす。

 よし、これでいくしかない。


「お前達――作戦を説明する」

 作戦を説明した後に俺は再度言葉を重ねた。

「何か質問は?」


 結衣が手を挙げる。

「うちは?」

「帰って勉強して寝ろ」

「はーい」


 しょんぼりしているが――まぁ、本人も危険な事は理解しているだろう。


「とりあえず、絶対に必須な装備を配る」

 俺はペッパーパンチグレネードと、安物の香水をつめたスプラッシュグレネード、銀コーティングされたナイフをリンクスとアークに渡す。


「これは何だ――ですか?」

 リンクスが聞いてくる。

「ワーウルフの嗅覚は人間を圧倒的に超えている――だからそれを逆手に取る。奴らを簡単に制圧する方法。それは、刺激物だ」

 俺はレクチャーを行う。


「そうだな。ワーウルフ・ハントの基本は無臭タバコで自分の臭いを消すことと、嗅覚を潰して、うろたえている間に狩ることだ。今回は人混みの中だから無臭タバコはあまり意味が無いが」

 浩一が偉そうに横から口を挟んでくる。

「しかし――問題がある。奴らは基本的に人類を舐めている。だから初回は通用し易い。だが、これを一度食らったら二度目は無い。忘れてはいけないが、奴らは人間だ。つまり――切り札を切ったら確実に殺せ。逃がしたら、同じ手は食らわん。そうなると半端なハンターでは手が付けられなくなる」


 ……俺の台詞を横取りされてるんだが?

 べつに良いか。楽だし。

 リンクスとアークは真剣な顔で頷いた。

 リーナスは……欠伸をして後ろ足で首を搔いている……


「というわけだ。でもな……リンクス、アーク。お前らは――自分の命を最優先しろよ。もし取り逃がしても、俺か浩一なら何とでもなる」


 俺の激励に二人は答える。

「わかった――りました」

「はい!!」

 二人が頷いた。


 浩一には思いやりのこもった言葉をプレゼントしてやる。

「浩一は――勝手に死ね」

「凄腕ハンターの浩一お兄ちゃ――」

 浩一がメールの文言を読み上げ始める。


「すみません。お兄様。記憶とホロリンクから消しておいてくれませんか?」

 俺は即座に白旗を掲げた。

「いや、これは永久保存しておかなくてはな」


 浩一は弱味を掴んだヤクザのように、にやりと笑った。

 雪風!! 覚えてろよ!!


 こうして俺達は解散した。

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