第九話 第五のラッパ
俺はアークからのメッセージを確認する。
第五のラッパ
民衆が羊と土を掘り魔女を狂わす
裏切りの狼は毒を撒く
亡者が溢れ出すだろう
「相変わらずだな」
「そうなんですよ。魔女とか狂わすとか……不吉ですよね」
アークの声のトーンは世界の終わりを読み上げるニュースキャスターそのものだった。
予告を見た俺は即座に判断を下した。
「とりあえず、張り込みはリンクスと交代するか」
「えっ!? 何でですか?」
何故か驚いているアーク。
「次の犯行現場は『ババ・ヤガ』だろう。しかも無差別テロの可能性が高い」
「えっ!? どうしてですか?」
「お前……マジか?」
「ちょっと! 馬鹿にしてないで教えて下さい!」
アークが怒り始めた。というかこいつ『えっ』が多いな。
『えっ』を禁止したら会話ができなくなるのでは?
そろそろうざくなってきた。今度『えっ』と言ったら殴ろう。
目の前にいなかった。ちっ……ま、しかたない、解説してやろう。
「今回の事件は明らかにヴォリィが狙われている。そうだな?」
「えぇ。その通りです」
「俺達が張り込んでいた店の中に、『ババ・ヤガ』という店があったな?」
「ありましたね」
突然雪風が割り込んできた。
「ロシアの伝承における魔女を表す言葉が『ババ・ヤガ』です」
「……そういうことだったんですか雪風さん」
「しかもこのロシアの魔女、箒ではなく、石臼に乗って空を飛ぶらしいですよ」
「石臼!? かなり絵的に面白いですね!」
アークが俺ではなく雪風に尊敬の念を向けた。
おかしい。俺への尊敬の念が聞こえてこない。耳鼻科の予約をするべきか?
「えぇ。それをこんなもったいぶるとは……ふっ……」
ん? 雪風、俺のことを今『ふっ……』だと? 嘲笑だと!?
「ということは『ババ・ヤガ』を見張っておけば今度は事件現場に居られるということですね!」
アークが自明のことを言い出した。
「その通りだ」
俺は頷いた。
「だから俺は『ババ・ヤガ』で張り込みをする」
「じゃ誰がここで見張るんですか?」
アークが暢気な事を言い出す。
「えっ……お前がここで見張るんだよ」
俺まで『えっ』が感染した……! なんてこった!!
「えっ」
なぜか驚きの声を挙げるアーク。
「アーク。お前、『えっ』禁止な」
俺はこれ以上の大規模感染を防ぐために『えっ』を禁止する。
「えっ」
「おい」
「あ、すみません!」
「アーク。お前、『えっ』禁止だからな!!」
俺は再度釘を刺した。
「えっ」
駄目だ。諦めよう。こいつ呼吸するよりも自然に『えっ』と言ってやがる。
「とにかく……お前がここで見張るんだよ」
再度俺は繰り返す。
「……」
しかし返事はない。
「……アーク……手伝うって言ったよな?」
「言いましたよ?」
「じゃあなんだその『えっ』ってのは!? 百点の自信があったテストだったのに返ってきたら十点だった! なんてこった想定外!! の時に使うその『えっ』は!」
「だって寒いじゃないですか!!」
アークが叫んだ。俺はずっと寒いんだが?
後でアークを殴ろう。俺は何度目かわからないが誓った。
「よーし、何発殴るべきだと思う雪風」
「体罰の教育上の効果は疑問ですが、今回に限りあなたにはアークを殴る権利があると、私は確信しています」
珍しく雪風が俺の味方だ。愛しているぞ雪風。
「ま、待ってください! 冗談です! ただ、イワンがもし出てきても僕じゃあ尾行できませんって意味です!!」
成程……十分の一理ある。
どうする?
もし俺だけの場合――ここに張り込むか『ババ・ヤガ』に行くべきか。
考え込む俺にアークがまっとうなことを言ってきた。
「とりあえずリンクス君に連絡を取ってみたらどうでしょうか?」
アークの言葉を聞いて、俺はリンクスにホロメッセージを送った。
(張り込みを頼みたい。今、手は空いているか?)
リンクスから返事が来る。
(ごめん、今は無理だ。なんか皆が森さんに呼ばれてて……栄養失調予防で栄養剤を打つとか)
森さん?
あぁ、診療所の医者か。今度手土産でも持って挨拶に行った方が良いな。
それはそれとして、今すぐリンクスは無理か……となるとやはりここで張り込みを続けるか?
「リンクスは無理らしいぞ」
結果をアークに伝えておこう。
「なんだって!」
「やはりここで俺が見張っておくか……」
そこまで言って俺は考え直す。
いや、俺は今度こそ現場に居たい。アークに言葉を投げる。
「アーク。お前じゃなくてドローンで尾行したら良いだろう」
「ドローンでの尾行、ですか……」
アークが言葉を濁す。
「自信が無いのか?」
俺は敢えて挑発してみせた。
アークなら『やれますよ!!』と威勢よく――
「ありません!! やったことありません!!」
アークの堂々とした返事に俺は膝から崩れ落ちた。
「そ、そうか。そうかー……」
まぁ、やったことないのであればそうなるだろう。むしろ根拠レスに『やれますよ!!』などと言わないだけ偉いとも言える。
こうなったら今からイワンをぶちのめしてアスファルトに転がしちまうか?
奴は九十九パーセント黒だが――残りの一パーセントの場合、俺はただの暴行犯になる。それが俺の決意を鈍らせた。
この時間帯のこの地域……奴を半殺しにして車に積み込んで逃げおおせることは可能だが……待て。いくらなんでも推定有罪で半殺しにするのはまずい。更に奴がもしマジで人狼の場合、本気で逃げられたら逃がす可能性すらある。
やはり強襲作戦は止めておくべきだ。
考え込む俺にアークが遠慮がちに声をかけてくる。
「あのー……誠二さん」
「何だ?」
「何で一般大衆相手の無差別テロだと思うんですか?」
「お前……マ――」
「マトリョーシカ!!」
アークが俺の発言に被せて訳の解らないことを言い出す。
俺は溜息まじりに言葉を吐き出した。
「今までの予告を思い出せ。最初に来るのは被害者だ」
「第一のラッパが 魚が海を泳ぎ人が箱から出る 兄妹は黄泉の河を渡る だから……被害者はヒューマン、ロシア人の兄妹……人! 第二のラッパは豚が金の牛を……被害者はオーク! 成程!! 凄いじゃないですか誠二さん!! やっぱり名探偵ですよ!」
「いや、そんなたいしたことではないよ」
良いぞ。もっと言え。そう思いながらも俺は謙遜して見せた。
「えぇ、その程度は私も分析していました。しかし誠二、問題があります」
この雪風め……デフラグしてただろうが!!
と、言いたいところだが俺はハードボイルドな男だ。見逃してやろう。
「あぁ、そうだな」
「『ババ・ヤガ』は三店舗あります」
「そうだったな。本格的に分身する必要を感じて来たな。アークにドローンで見張ってもらってたとしても、現場に俺がいられるのは一店舗だ。で、雪風、どの店舗だと思う?」
「わかりません。恐らくは『羊と土を掘り』にヒントが隠されていると思うのですが……」
「おいおい頼むよ。それくらい俺だってわかる。問題はじゃあ具体的にいつ、どこで? ってことだろう? 確かお前は独立型人工知能なんだろう?」
「それを言うなら――あなたこそ自称迷探偵では?」
「……」
「……」
俺と雪風は同時に沈黙。俺は頭痛がしてきた。
恐らく他の予告では魚だの海だのが時間と場所を指定していたのだろうが……|アルゴス・セキュリティ《民間警察企業》の捜査資料を見ても正直わからん。
わからんものはしかたがない。今出来ることをしていくしかない。
「雪風」
「はい」
「イワンのホロリンクは?」
「先ほどからサーチをかけています。どうやら電源が入ってないようですね」
俺が提案したいことは既に試している、か。流石に独立型AIだな。
「ハッキング対策だと思うか?」
「九割以上の確率でそうでしょう。位置情報をこちらに伝達することで間接的な監視下に置く手法は不可能です」
「良いだろう、缶詰を開けようとしたらプルタブが外れちゃったくらいのピンチだが、俺ならどうにでもなる」
「それ、結構なピンチでは?」
アークが突っ込みを入れてくる。
「流石ですね誠二。人類の狡猾なやり口を私に見せて下さい」
「引っかかる物言いだが、負け惜しみとして聞いておいてやる」
俺は雪風に言い返す。
そうして俺は汐海荘104号室へ続く道――厚塗りされたアスファルトの化粧はひび割れてボロボロで、隠しきれないこの地域の老化を晒している――を歩き始めた。




