第五話 檻無き獣
十二月九日 十五時
新西京三区 布袋通り ペットショップ『ツァーリの動物園』前
二階建ての一般的なビル。
住吉ビルという名前らしい。
外観は派手な黄色に塗られている。
看板には『ツァーリの動物園』と書いてあった。
そのビルが見える位置にある路地。
俺はそこからそのペットショップを見張っていた。
買ってきておいたモスチーズバーガーを食べる。
緑茶を飲む。
美味しい。
これくらいの楽しみが無くてはやっとれん。
だが、当然冷えている。
俺の心も冷えていく。
「誠二……」
腰から声がした。
「何だ雪風」
「張り込みの基本はあんぱんと牛乳では? もしくは百歩譲ってコーヒー牛乳でしょう」
「刑事ドラマの観すぎだ。データベースを更新しろ。リーナスみたいなことをいうな」
「はぁ……いいですか誠二。ユーモアです。あなたが張り込みでうんざりしていそうなので、ウイットに富んだユーモアで緊張をやわらげようという私の気配――」
大きなお世話だ。
俺は雪風の長話の後半を聞き流し、包み紙を持ってきていたビニール袋に丸めて捨て、ポケットに入れる。
そのとき、派手な音を立てて防犯シャッターが落ちた。
同時に俺には余りにも馴染み深い音……銃声が聞こえる。
見世物小屋……やはりペットショップだったか!!
「雪風!」
「……駄目です誠二。シャッターが降りた後……停電しています」
「あのビル丸ごと密室ということか?」
そう言いつつ俺は上を向く。
住吉ビルに繋がる電線を切断したと思わしきドローンが飛び去るのが目にはいる。
ドローンを追うか?
いや……どうせほぼ密室ならここで犯人が出てきたときに取っ捕まえた方が早い。
「雪風、アルゴスセキュリティに通報だ。ジェーンにも一報飛ばしとけ」
「承知いたしました」
俺は防犯シャッターを持ち上げようとビルに駆け寄る……いや……待てよ……下手なことして逃がしたら何か俺のせいにされそうだな……だが……
店の中からは悲鳴と銃声が響いている。
……いや、悩んでいる暇はない。
店員はどうせヴォルコフメンバーの野郎だろうが、何も知らない客は普通の一般市民だ。
防犯シャッターに手をかけて持ち上げ……あがらん……強化された俺の筋力であがらないだと!?
「誠二はなにをしているのですか?」
「何ってこれをあげようと……」
「防火ではなく、防犯シャッターと推測されます。簡単に持ち上がったら下ろす意味がありません」
……言われてみればそうだな?
「だからといって何もしないわけにもいかんだろうが!? 店内に取り残されたであろう一般客を助けたい」
「可能性があるとすれば排気ダクトでしょうか? 屋上からならば侵入できるかもしれません」
俺は考える。
排気ダクトが俺が入れるサイズだったとして、だ……俺が屋上にいったら防犯シャッターを挙げて犯人が……いや、停電しているからその可能性は低い……ならワンチャンスに賭けるか……
「クソッ!」
俺はそう言いながらビルの外側に取り付けられている非常階段に走っていく。
二段飛ばしで駆け上がる。
ダクトの入り口を鉄格子が塞いでいる。
「このサイズ、人間の大人には厳しいだろう。無理だ雪風」
縦横八十センチの正方形。
「関節をはずしてください誠二」
冗談なのか本気なのか解らないことを雪風が言い出した。
もう店内は静かになっている。
そもそも鉄格子を外さないとどうにもならん。
「遅かったか?」
そんなことを言いながら鉄格子を留めているネジを観察。
待て、緩い――これは――?
その時、ダクトの揺れる音が響く。
ダクトの中を狼が駆けてきていた。
狼が鉄格子に体当たりをする。
ダクトを封鎖していた鉄格子がこちらに向かって弾け飛ぶ。
「なんだ?」
俺は慌ててダクトの前から飛びのいて吹き飛んだ鉄格子を避けた。
そのままダクトに視線を飛ばすと、ダクトの入り口から狼が飛び出してくる。続いてまたもや狼、狐、フェアリー、大量の動物と小型の知的生命体が雪崩のように飛び出してきた。
隣のビルの屋上に飛び移り、或いは空を飛んで逃げていく――
チラリとこちらを目にした彼らの目には拭いきれない俺への憎しみが煮えたぎっていた。
「……ヴォルコフが密輸入して密売していた知的生命体達ですね。彼らがダクトから脱走したものと思われます。あの狼や狐はシェイプシフターでしょう」
雪風が冷静に分析を行う。
「しまったな……一人くらい捕まえとけば……」
「いえ、彼らは人類に良い感情を抱いていないでしょう。あなたが誰かを捕まえようとした場合袋叩きに有っていた可能性が高いです」
「……それもそうだな」
彼らの瞳を思い出す。想像するとあまり愉快な絵面ではない。
遠くからパトカーのサイレンの音が近づいていた。
「で、お前は百一匹わんちゃん大脱走をそこで間抜け面を晒してみていただけ、と」
到着した後屋上にやってきた岩村が俺に優しい言葉をかける。
「俺があと百人いればな。一人一匹捕獲でなんとかなったんだが――」
「クリスマスデートの件といい、今回といい、やはり八つ裂きになるべきだな」
「勘弁してくれよ。即座に通報した善意の一般市民を八つ裂きにするとかあまり脅すもんじゃない」
番田は火のついていない葉巻をくわえてあたりをみている。
「通報したのは俺達にだけじゃあないようだがな?」
番田が新西京トラストニュースのバンを指差して言ってくる。
「偶然だよ。なかなか優秀なブン屋だな」
俺はとりあえず誤魔化しておく。
「フン。まぁ良い。お前も中をみるか?」
岩村が言った。
「問題なければ同伴させていただいても?」
「嫌で仕方ないがかまわんぞ」
岩村が下に向かって階段を降りる。
「これが同伴して貰う側の態度か?」
俺が番田にそう声をかける。
「しょぼくれた私立探偵に同伴されて嬉しい奴がいるか? すこぶるつきの美女なら話しは違ったかもな」
「確かにそうかもしれん」
納得した俺は屋上から地上に降りる。
非常階段を降りるとアルゴスセキュリティーの制服を着た男が岩村に声をかける。
「開けられます!」
「やってくれ」
岩村がそう答えると防犯シャッターが重い音を立てて開いていく。
俺と岩村と番田は銃を抜いて店内に入った。
倒れている人影が目につく。
転がっていたのはペットショップの店員達……更には自動拳銃。
ペットショップの店員が持つには似つかわしくないものだ。
パッと見、全員外傷はみあたらない。
死体の首の曲がり具合をみるにまた怪力で首の骨を叩き折って回ったらしい。
そして、一般客と思わしき老婆と、その孫の男の子だろうか?
二人ともヒューマン、死因は……
「馬鹿が……」
思わず口からいらだちが溢れ落ちる。
彼らは店員が奴が発射したと思われる銃弾で絶命していた。
一階を見て回るが熱帯魚の水槽……銃弾で穴が空いて水が漏れている……や、昆虫や小動物の入ったケージ、ペット用品などが陳列されている。奥にはお手洗いと二階へと上がる階段とエレベーター。
俺達は階段を登る。
登った先には扉があるが……無理やりこじあけられている……その先には俺が脱走するのを目撃した者達が閉じ込められていたと思われる部屋があった。
俺は思わず呟いた。
「……おかしいな」
「お前の頭か?」
岩村が言う。
「いや……それもそうだが……何でだよ! この天才に向かってなんてことを! 犯人はどこだ?」
「確かにそうだな」
番田が言った。
「お前が見逃した群れの中の一頭だったんじゃないのか?」
岩村がそう言ってくる。
「……。俺はこの店を張り込んでいたんだが……狼はさすがに入店してないぞ」
「岩村さん、ちょっと来てください」
下の階から警官が岩村を呼んだ。
「先に降りるぞ」
岩村が降りていく。
俺は番田に話した。
「犯人は人間として入店、店の店員を皆殺しにして解放した後、狼に変身してダクトから逃げたということか?」
「名探偵だな斎藤。だか、俺の知りうる限りじゃあ狼に変身できるのは狼のシェイプシフターだけだ。ここで問題が生じる。基本的に奴らは人間形態時にあんなことはできん。狼形態もそうだ。やれるとしたら狼の獣憑きか人狼の狼人間形態だけだ」
「だが、そのどちらも狼形態にはなれない」
「勿論俺達の知らない新種族……人間形態、狼人間形態、狼形態、の三パターンをとれる者がいるかもしれんがな」
「可能性は?」
「何とも言えんな。そもそもシェイプシフター、狼の獣憑き、人狼、の区別すらほとんどの人間にはできない。研究も進んでない」
俺達も下に降りる。
すると岩村が熱心に何やら見ている。
俺も肩越しに覗くと店の監視カメラの映像だった。
そこには二足歩行の狼男が映っていた。
店員が拳銃を抜く。
発砲。
狼男は――人間離れした速度で横に跳ぶ。
銃弾は狼男を外れ――背後にいた老婆の胸に命中した。
俺は思わず目を逸らした。
狼男は店員に迫り、張り手を繰り出す。
店員の首が不自然な角度に曲がり、崩れ落ちる。
「どうやら犯人は狼の獣憑きか人狼で間違いないようだな 」
岩村がそう言ってくる。
俺は質問した。
「岩村、二階に監視カメラは?」
「無いらしい。まぁ、遊び半分でハッカーにハッキングされて見られたくないもんを見つけられるリスクを考えればなくても不思議ではない」
「じゃあこいつはどうやってここから逃げ出したんだ?」
「犯人を見つけて捕まえるのが警察の仕事だ。俺達は見つけた。後は捕まえるだけだ。謎を解くのは探偵の仕事、そうだろ?」
岩村は俺の肩を叩いた。
おいおい、これが下請けの辛さか?
俺も警察に戻りたくなってきた。




