第四話 犯人からの挑戦状
十二月八日 午前八時
新西京三区 大黒天通り 斎藤誠二探偵事務所
昨日の張り込みは何の成果も無かった。
今日もないだろう。
だからこそ、張り込み対象の店が開く十時まではここでのんびりしていたい。
俺はリンクスの目の前で自家製キムチに納豆を混ぜていた。
後は玄米に玉ねぎの味噌汁、蕪の千枚漬けだ。
リンクスはいつもの擦り切れて薄汚れた緑色の軍用ジャケットと黒いジーンズ。その黒髪、ぼさぼさでまったくファッションに気を使っていないのが一目でわかる。
冬になって赤いマフラーを巻き始めた。
「で、健診はどうだったんだリンクス?」
「今日もいかなきゃならない。朝飯を食べたせいで血糖値がどうのって――」
「まぁそうだろうな」
「それ、美味しいのか……ですか?」
納豆キムチを指してリンクスが聞いてくる。
「愚問だな。発酵食品+発酵食品。美味い」
「よし、昼飯はそれを食べよう」
「アイヌは熊の干し肉とか食べるもんじゃないのか?」
「このコンクリートジャングルのどこに熊がいるんだよ」
リンクスが呆れたように溜息をつく。
「ワーベアとか居るだろ」
「無茶苦茶言うなあんた。そいつは殺人になるのか? ならないのか?」
「まず食えるか心配しろよ」
「まぁ行ってくる」
リンクスが事務所を出て行った。
リンクスが旅立って五分後――俺が温かい味噌汁を堪能していると、扉が派手な音を立てて開いた。
「セーちゃん!! 大変大変! まじやばなんだけど~!!」
五十嵐結衣が最早パニック状態で俺のところまで突進してくる。
むしろ彼女のテンションがまじやばでは?
「落ち着け。トイレならあっちだ」
俺は事務所の外の公園のトイレをホロリンクで呼び出すと転送した。
「ちがうし!!」
頬を膨らませてめっちゃ睨まれてしまった。
「じゃあ何だ?」
「あぁ、そうだった。これ見てよ」
結衣が俺のホロリンクにSNSのメッセージアプリのリンクを転送してくる。
「これは?」
「昨日の夜に流れてきて秒で十万リポストとかガチえぐくない!? 犯行予告確定じゃね? って感じで界隈大荒れだし~!」
曖昧な相槌を行う。
「ふむ……」
説明が良く解らんな……とりあえず俺は犯行予告? に目を通す。
古のバビロンを築きし者
怒りをもって狼を狩る
現代のバビロンを揺るがし
終末のラッパがなるとき
竜が目覚める
第一のラッパ
魚が海を泳ぎ人が箱から出る
兄妹は黄泉の河を渡る
第二のラッパ
牛が金の豚を貪る
その信仰を汚すために
第三のラッパ
乙女が地に伏せ、岩も小人も倒れる
入れ子人形になるために
第四のラッパ
蠍が地を這い見世物小屋の虚飾を剥す
その鋏で切り裂かれるは虚飾のベール
「ね! やばくね?」
「ふむ……事件は今のところ三つ……つまり四つ目は犯行予告ってことか?」
「マジ詰んでるんだけど! せーちゃん、これ詰み案件っしょ!!」
そう言いつつどさくさにまぎれて俺に抱き着こうとしてくる結衣の頭を手で押さえてガード。
「ちょっと! せーちゃん!?」
「だから、本当に申し訳ないのだが、俺は君に恋愛的な興味はないと何度も言っているだろう?」
手を振り回して抗議する結衣を無視。
俺は思索に耽る。
ラッパにバビロン――ヨハネの黙示録か?
だが、推理を邪魔するための単なる賑やかしの可能性もある……
「雪風。解けるか?」
「誠二。ところどころのメタファーは解りますが――良いですか? そもそも私は超高性能独立型AIですが、その機能は推理に特化しているわけではなく――」
言い訳が長いので聞き流す。
俺だってところどころはわかる、が――肝心の犯行時刻や場所がさっぱり解らん。
犯行予告ならばその二つは必ずあるはずだ。
とりあえず確実に言えることはつまり……第四の犯行が近々起きるってことか……しかし、何故今犯行予告を出した?
折角なら――第一の事件前に出せば良いものを。
俺はその違和感に答えがでないまま、ぐるぐると予告状について考えていた。
十二月九日 午前十時
新西京三区 布袋通り ペットショップ『ツァーリの動物園』前
俺は張り込みを初めて三日目に入ろうとしていた。
「アーク。お前……オンラインゲームで遊んでないよな?」
「えっ!? ば、馬鹿な――そんなことをしているはずが!!」
この反応――怪しすぎる。
そしてリーナスは暖かい事務所に居る。
張り込み?
我をそのような知性の欠片もない無駄な作業に駆り出すつもりか?
だそうだ。
まぁ――確かにそうかもしれない。
「なら良い」
「誠二さん……暇ですね」
「アーク。お前が暇というのは今日始まってから二十三回目だ」
「いえ、二十四回目ですよ誠二」
雪風が親切な訂正を入れてくる。
細かいことは良いんだよ!!
「いや、だってホロアニメとかのアンダーものはもっとこう、派手な――」
「だから実際のアンダーの活動は――いや、俺は私立探偵だが――地味で退屈なもんだ」
寒い路地で電信柱を背にして風を避けつつペットショップを見張る。
余りにも虚しい。
まぁ良い、夜になれば綾乃に会いに……夜は夜でクラブ『スネグーラチカ』や『ババ・ヤガ』を見張っていて会えていない……彼女に会いたい。『ババ・ヤガ』なんて三店舗もありやがる。チェーン店か? 勘弁してくれ。
「そっちはどうだ?」
「そもそも何かあったら言えって言われてもですね! 何かって何なんですか!」
「それがわかれば苦労はせん。多分起きるとしたら殺人だ」
「本当に何か起こるんですか?」
昼の間、アークに見張ってもらっているのは『レッド・ビート』という庶民向けレストランと『ヴォルガの窓辺』という高級レストラン。
全てヴォルコフブリガーダの経営している店だ。
夜は夜で張り込む店が変わる。
問題はペットショップだ。午前十時から午後十時まで開いている。
「犯人に言ってくれ」
「本当にアレは犯行予告なんでしょうかね? ただの悪戯とか?」
「俺が知りたいよ。ただ――マスコミで報道されていないこともあの犯行予告には匂わせてあった。第三の事件、死体がマトリョーシカにされているのは公には報道していない。つまり、アレを書いた奴は少なくとも警察の機密資料を読めるか、犯人のどちらか、だ」
「やばいじゃないですか!!」
「だから寒い中こうしているんだろうが!!」
「いや、僕はドローン操作しているだけだから室内にいますので……」
後でアークは殴ろう。そして縛り上げた後パンツ一丁で外に三十分放り出す。
俺は心に誓った。




