第二話 そしてトイレに行けなくなった
十二月五日 正午
新西京三区 大黒天通り 斎藤誠二探偵事務所
本当はアビシニアンで見ても良かったのだが一応機密書類だからな……というわけで俺は事務所に帰ってきて、自分のデスクの椅子に座った。そしてシルバーニードルズの出がらしを啜りながら岩村から見せてもらった書類を確認する。
リーナスは飯を食った後また布団で寝ている……俺は猫になりたい。
ま、気を取り直してとりあえず事件の状況を読んでみるか。
追加資料は後だ。
第一の事件
日時:十一月十五日
場所:新西京八区 港湾地区の廃倉庫裏
被害者一:セルゲイ・カラプーゾフ(二十四歳 男性 ヒューマン 港湾労働者)
被害者二:ダリア・カラプーゾフ(二十二歳 女性 ヒューマン 大学生)
注:父姓は省略
状況:両名とも死因は強烈な力による殴打による首の骨折。二人とも口に大量の新西京の記念硬貨が詰め込まれていた。死亡推定時刻午後22時。
備考:犯行現場は別の場所だと思われる。ダリアはセルゲイの妹。
第二の事件
日時:十一月二十五日
場所:新西京二区 合成豚肉加工工場の巨大冷凍庫
被害者:ボリス・イワノフ(三十八歳 男性 オーク 無職)
注:父姓は省略
状況:死因は首を刃物状のものでの切断。傷口はきれいに消毒、切開してあり微細物質見つからず。メスで改めて切り開いたと推測される
死体は上半身裸。刃物で逆さマリアの刻印
備考:殺害後、別の場所でマリアの刻印を彫り付けた後、冷凍庫まで輸送したと思われる。死亡推定時刻午前三時
第三の事件
日時:十二月一日
場所:新西京三区大黒天通り裏路地のゴミ捨て場
被害者一:ニコライ・ポポフ(二十九歳 男性 トロール クラブ『スネグーラチカ』の用心棒)
注:父姓は省略
被害者二:エカテリーナ・ドミトリエフ(三十一歳 女性 ドワーフ レイン興産の従業員)
注:父姓は省略
被害者三:佐藤一郎(四十五歳 男性 人間 山下産業の社員)
状況:ニコライ、エカテリーナともに三日ほど前から連絡が取れなくなっていた。
自宅で拉致されたものと推測される。
両名とも自宅に強力な麻酔薬の痕跡あり。
睡眠時に侵入され、麻酔で拘束後、連れ去ったと思われる。
不審な黒いバンを見かけたとの情報有り。
ナンバーを照会したところ盗難車。
死因は二名は鋭利な刃物状のものによる首の頸動脈の切断。第二の事件と同じ処置がされている。徹底した証拠隠滅。ニコライは内臓が取り去られており、その中にエカテリーナが詰め込まれていた。
両名の死亡推定時刻:午前十一時
佐藤一郎のみがゴミ捨て場で殺害されたものと思われる。
こちらの死因は強烈な力による殴打による首の骨折。
成程。
殺害場所と死体遺棄場所を分けているのか……これは手強いな。
微細証拠物件がほぼ残っていないってわけか。
ちょっと怖くなってきた。夜に一人でお手洗いにいけんかもしれん。
そうだ、今夜は明かりをつけたまま寝よう――
「父姓は省略……ロシア人か(父親の名前からミドルネームを取る)。となると被害者のほとんどがロシア人」
「誠二。これはニュースでも報道されていたことですよ」
「良いか雪風。ニュースというのは悪戯に人々を不安にさせるだけの無用の長物にすぎん」
「確かにそれは一理あります」
「で、どうだ? 何か分かったか?」
「迷探偵はあなたですよ」
くっ……こいつ……!!
「俺個人の見解としては――佐藤一郎はたまたま死体遺棄を目撃――口封じに殺された」
俺は腕組みをして貫禄を出してみた。
「十分にありえます」
「であればこいつだけ日本人であるのも簡単に説明がつく」
「そうなります」
「ロシア人に対する恨みを持つ者……?」
「で、誠二。追加資料は読まないのですか?」
「あぁ、読むよ。ただ、まずはフラットな知識で推理をしたかっただけだ」
無意識のうちに右手で顎を触る。
「先入観を可能な限り排する。貴方は時々面白いことを言いますね」
追加調査資料を読む。
佐藤一郎以外は皆、ロシアンマフィアの一派『ヴォルコフ・ブリガーダ』の関係者である。クラブ『スネグーラチカ』、レイン興産ともに『ヴォルコフ・ブリガーダ』傘下の企業。『ヴォルコフ・ブリガーダ』の聞き込み調査は非協力的で成果無し。ダリアはセルゲイの妹ということで巻き込まれたものと推察される。
俺は景気よく声を挙げた。
「オウ・ハア!」
「オウ・ハア?」
雪風が質問してくる。
「手がかりを得た時の感嘆符だ」
「あ、はい」
なんだこのAI……反応が舐めてるな。
「で、だ……これ以上どうしろってんだ?」
俺は眉間に手をやってマッサージ。
「……頑張ってください」
「何か良い案は?」
返事がない。
雪風のステータスを確認。
『デフラグ中』
逃げやがった……!!
まぁ警察に出来なくて俺に出来る事……をやるしかない。
憂鬱すぎる。
俺は溜息をついた。
一人推理を進める。
素手での撲殺――基本的に証拠の残りにくい殺害方法だ。
特に西暦二千百年の新西京ともなれば――素手で人を殴り殺せる奴なんて五万といる。
特に重改造者、トロール、オーガ、オニ、吸血鬼、人狼、よりどりみどりだ。
何なら生体改造者の俺でも可能。
もちろん拳聖でも可能だろう。いや――あいつらは魔術併用するから逆にばれるかもしれんな。
逆に容疑者は多少絞られるってわけだ。
確か――銀貨を口に詰め込んだり十三枚銀貨を握らせたりするのはマフィアが密告屋や裏切り者を殺した時の見せしめに行う手口だったか?
聖母マリアはロシアンマフィアで盗賊の神かなんかだったな……?
そうそう、ロシアンマフィアは入れ墨彫りまくる……そこに人生の経歴が残るとかなんとか。
イースタンプロミスで言ってた気がする――かなり昔に観たからいまいち覚えてないな。
それはさておきもう少し調べ物をしてみるか。
俺はネットで検索を行う。
ビンゴ。
十一月十三日に新西京三区で、竜造寺組とヴォルコフ・ブリガーダが銃撃戦。
死傷者二十一名。
馬鹿野郎が……一般市民に被害が出てるじゃないか。
馬鹿どもが殺し合うのは勝手だが――まともに暮らしている人達を巻き込むな。
仕方ない、あの野郎に話を聞くか。
俺はトルネロの野郎にホロ通話をかけた。
「なんじゃ誠二」
俺のホロ通話に浮かび上がったのはヒューマン、男、五十代、褐色の肌、豊かな肥満体型に、見事なまでに磨き上げられた禿頭。白いダブルのスーツを纏っている。新西京の裏側を繋ぐ仲介屋、トルネロだ。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが、ヴォルコフについて知ってるか?」
「おいおい、あいつらは今、爆発寸前の時限爆弾よりもピリピリしとるから首を突っ込まん方が良いぞ」
「その爆弾解体をするのが俺の仕事でね」
にやりと笑みを浮かべて言い放つ。
決まったな。
「むしろ最後のスイッチを押す方じゃろうが」
何だとこの野郎!
「お前は爆弾を売る方だろうが」
「……」
「……」
気まずい沈黙が漂う。
トルネロが咳ばらいをして話を再開した。
「ヴォルコフは――ここ二年ほどで勢力を伸ばしていたロシア系マフィアよ」
「で、現地の犯罪組織とぶつかってる。ってことか?」
先ほどの竜造寺組との銃撃戦のニュースを思い出す。
「そうじゃな。元々はヴォルコフは禁輸指定されている知的生命体の密輸入や密売、麻薬売買が主で商売が被ってなかったみたいなんじゃが――ロシア美人を揃えた売春宿を展開し始めたあたりから竜造寺組とバッティングしだしたらしくてな」
「竜造寺組の高級娼館――紅桜亭とか――は現代に蘇った吉原とも言われているしな」
不愉快な場所だ。機会があればぶっ潰してやりたい。
「今度連れて行ってやろうか? お前のおごりでな」
トルネロがやらしい笑みを浮かべて寝言をほざいた。
「ふざけんな。おごられてもいかねーよ。俺はハードボイルドなんでな」
「男として失格じゃろ? むしろハードボイルド小説の主人公たちは女をとっかえひっかえ――」
「解った。言い方を変えよう。俺はスペンサー派閥なんでね。そして男としては完全に合格だ。女をとっかえひっかえするのが格好良い? 馬鹿言え。女をアクセサリーか何かと勘違いしているんだよ、あいつらは」
俺は椅子から立ち上がり力説した。
「やれやれ面倒くさいことばかり言う男じゃな。それはさておき、そんなこんなで奴らは一年くらい前から竜造寺組と派手にやりあい始めてな。ただ、ロシアンマフィアは元軍人などが多くて荒っぽい。竜造寺組も多少押され気味だったんだが――」
両手を広げてやれやれポーズをしながらトルネロが説明してくれる。
「竜造寺組はあんなのでも一応それなりに自制してたってことか」
俺は紅茶のおかわりをするために席を立って台所に向かう。
「一応な。銃撃戦がニュースになっとったが、ヴォルコフ側が持ち出したのは《《銃撃》》ではちょっと表現が可愛いかもしれんな」
「となると今の連続猟奇殺人事件は竜造寺組の仕業かもしれないと?」
「第一容疑者となるとそうなるじゃろうな」
「実際はどうなんだ?」
空になったカップに紅茶を注いだ。
「おいおい誠二。そんなものわしがしっとるわけないじゃろうが」
トルネロが溜息をついて言う。
「そりゃそうだ」
俺は注いだ紅茶をすすりながら頷いた。
「なんじゃ? 調査しとるのか?」
「いや――何か街が騒がしいみたいなんでな」
「フン。本当かのぉ。だがまぁ――ヤクザがあんな遠回しで迂遠なことするかのぉ?」
「それは俺も思っていた。仁義なき戦いでも観て勉強しておくか」
「ま、そんな感じよ」
「成程な。有難うよ」
通話を切る。
竜造寺組か……そういえばZXのカスの取引相手にも名前が挙がっていたな……ああいった商売はしない方針だったと聞いているが……宗旨替えでもしたか?
まぁ良い。
やることは変わらない。
明るいうちにトイレだ。




