第十九話 選べるもの
新西京二区 農道
(リンクス)
闇を煌々と炎が照らす。
俺は装備の確認をする。
投擲用小型斧三個。
ワイヤーつきナイフ二本。
『上位のアンダー同士の戦いは相手の手をいかに読み、こちらの手をいかに読ませないか、これが大切だ』
奴はパーカーから小型ドローンを二機取り出して奴の左右に展開……なんだ?
(音響用ドローンです。武器の搭載は確認されていません)
雪風の分析が届く。
その時、突然アップテンポのユーロビートが小型ドローンから流れ始めた。
ここをクラブかなにかと勘違いしているらしい。
奴がそれにあわせて左右にステップを踏む。
奴自身のホロリンクからも大音量で音楽が流れ出る。
距離八メートル、殺れる。
俺は右足を軽くあげる。
右足首の投擲用小型斧を抜いて奴に投擲。
命中。あばよ。
……外した? 奴をすり抜けた?
いや、まさかな。
ZXは右手の指を鳴らすジェスチャーを取る。
「静寂の音」
奴が一言放つ。
やはりおかしい、確かに命――耳鳴りとともに俺は突然の目眩、吐気に襲われる。
音が遠くなる――鼻の血管が切れ、血が流れ落ちる。
正直、倒れそうだ――だが、そうなったら確実に俺は死ぬ。
「とうしたよ薄汚いクソガキ。体調悪そうじゃん。ほら、チャーシューにするんだろ? やってみろよ」
左右にステップを踏みながら奴が何か言っている。
何をされた……?
(解析完了。ZXはやはり魔術師です。彼は攻撃に魔術を使用しています。彼の攻撃は――)
突然のノイズ。
そして雪風の音声が途切れる。
え?
そこから先が大事なところだろ!
また奴が右手を持ち上げて指を鳴らす仕草を取る。
自分でやるしかない。
できなかったら? 死ぬだけだ。
さっきの奴の攻撃は見えなかった。
なら聴くか嗅ぐか触れるしかない……今一番無難なのは……俺は意識を聴覚に集中させた。
「静寂の音」
奴の高速詠唱。
世界の速度がゆっくりになる――前方から俺の身体を叩いていた音が小さくなる――耳鳴りが始まる――この場所にいたら駄目だ――本能的な危険の感知。
頭から脚へ跳ぶように命じる。
世界がゆっくりと動く中、俺は右に跳んだ。
世界の速度がもとに戻る。耳鳴りが遠のき、音が戻ってくる。
どうやら――凌いだらしい。
***
(ZX)
俺は理解できなかった。
は?
おいおいおいおい、マ?
あの反応速度、明らかに人体操作術!!
なんであんなクソガキが俺と同じ魔術師なわけ?
俺が特別じゃないゲームはクソゲーだろうが!
だが、あいつの攻撃は俺には当たらない。
何せ俺には無敵スキルがあるからね(笑)
あんな回避、まぐれよまぐれ。
次は当たるだろ。
***
(リンクス)
ZXの表情で俺は確信した。音だ。
『魔術は質量保存の法則を越えられない』
理解した。
スピーカーから出る音を瞬時に可聴域を越える音にし、圧縮して対象――つまりこの場合は俺――に叩きつける。
奴の攻撃はこれだ。
あのスピーカードローンは触媒になる音を効率良く産み出すための物か……!
俺は左足首の投擲用小型斧を素早く抜くと奴の右側に浮いているスピーカードローンに投げつけた。
金属のひしゃげる音が俺の耳に届く。
そして手斧が命中した。
「てっめっ……! あれ、いくらすると思ってんだ!」
奴の叫んだ金額は俺が四ヶ月は暮らせる金額だ。
なんだ。
ハイ・シド様でも金は惜しいらしいな。
奴が小刻みに指を鳴らす。
どうやら重い攻撃は諦めて軽い攻撃の連打で俺を倒すつもりらしい。
俺は意識を集中――音が小さくなり耳鳴りが始まる瞬間――斜め左前に跳ぶ。左、右、斜め右前に跳ぶ。
身体感覚、思考速度が加速する――視界がおかしい、光の粒子が感じられる――まさかこれが魔術?
いや、どうでも良い。奴をぶちのめせるなら何だって。
距離五メートル。
***
(ZX)
「近寄ってくんじゃねぇ! くせぇんだよ!!」
俺は右斜め後ろにステップを踏んで奴から遠ざかる。
糞!
俺の攻撃魔術が当たらねぇ!
だがー?
そこらのヘボ魔術師――つまり俺以外の魔術師達――は無駄なプライド持ってて銃火器使わない奴が多いが――コスパ悪すぎ(笑)
俺は持ってる。
焦って逃げるふりして奴が追ってきたら華麗に銃を抜いて撃ち殺すって訳。
さすおれ。天才過ぎる。
***
(リンクス)
ZXが無様に斜め後ろにステップを踏んで逃げる。
今だ――俺は前方に駆ける。
***
(ZX)
かかった!
所詮あんな程度の奴はドラクエ的に例えるとスライムベス。
ちょ~っとてこずっちゃったけど俺とはレベルがダンチっしょ(笑)
右手首のホルスターに命令。
右手の中に銃が滑り込む。
奴に向ける。
もちろん確実に当てるためにコスパ重視でオートシュート。
というか今はオートシュートで照準合わせりゃ銃なんて当たるんだから、いちいち射撃練習する奴とかタイパもコスパも悪すぎ(笑)
俺のミサイルで灯いたバックライトが明るいからセンサー設定は光学視野でおけまる~。
あばよ雑魚ちゃん! 俺の経験値になりな!
やっぱり正義は勝つってわけ。
***
(リンクス)
ネズミが罠の中にあるチーズに突っ込むように俺は引っ掛けられたのを悟る。
奴が斜め後ろにバックステップしつつこちらに右手を向ける。
右手に握られているのは――小型拳銃?
『拳銃の必殺の距離は五メートル前後』
誠二の言葉が脳裏によぎる。
死ぬ――だが、今、ここじゃない!
思考を限界まで加速。
その瞬間、俺は理解する。
誠二が俺に与えた装備が何故これだったのか。
視覚に意識を――いや、魔力を集中――視界に煌めく光の粒子が映る――すまない、少しの間だけで良い――そこをどいてくれ!!!!!
その想いが自然と口からこぼれる。
「影業――静寂の闇を駆ける孤影」
慣れ親しんだ闇が、俺を優しく包み込む。
産まれてからずっといないものとして生きてきた俺は、自らの意志でこの世界との関わりを一時的に断った。
***
(ZX)
俺は小汚ない餓鬼に銃を向ける。網膜に投影された照準が奴に合う。
ハイ、ゲームクリア。
刹那――奴が消えた。
いや、違う、奴のいた空間が真っ暗闇に――光が押し退けられている?!
かなりの範囲が闇に包まれている。
その分周囲の明度があがって――そんなことはどうでも良い。
光学センサーが奴を見失ってオートシュートしない!!
糞!
マニュアルシュートに切り替、いや、銃の練習なんてしたことがない、熱映像視野に――
***
新西京二区 コテージ(雪風)
誠二の使用したジャマ―手榴弾でしばらくの間、リンクスのフォローができなくなった雪風は、違和感を解消するために誠二に質問をする。
「誠二――リンクスの装備を全て黒塗りにし、静音性に拘ったのは彼の魔術特性を把握していたからですね?」
「何だ、気づいたのか雪風」
「彼はオフラインにもかかわらず没入中のアークと私の高速思考についてきていました。あれは魔術による思考加速か改造者の大脳皮質強化のどちらかが必要です」
「リンクスだけが何故、人狩りで捕まらなかったのか……俺は熱映像にしなければ倒れているあいつを見つけることはできなかった。猫は匂いで見つけたがな。それが答えだ」
「何故彼にその事を言わなかったのですか? 理解不能です」
「自分で扱いきれない力をあてにして戦うと死ぬことになる。それだけの話だ」
誠二の話を聞いたリーナスが笑い出す。
「心配性だな誠二。良いか、もし小僧に真に魔術の才があるのならば――自然と、息をするように扱えるようになる。それが魔術師という生き物よ」
「本当か? リーナスの言うことだからな……いまいち信憑性が――」
「どうやら次は貴様が人間ジャムになりたいらしいな?」
何故この二人はすぐに喧嘩を始めるのか雪風にはわからなかった。
***
新西京二区 農道
(リンクス)
ZXは常にステップを踏んでいる。
奴が跳んだのにあわせて俺は右手首のホルスターからナイフを手に滑り込ませた。
刃を展開、逆手に握りこちらから見て斜め左前に右腕を振り抜く。
ZXから見て右側の首の頸動脈を断ち切――れない。
奴の身体をすり抜けた。
というか――俺の腕の速度が遅く感じる――違和感がある。
『想定外のことや意表を突かれたとき、それが一番死が近づく時だ。とにかく跳べ』
不味い――俺はそのまま走り抜け奴とすれ違い炎を背にする。
奴がもしオートシュートを狙っているならこれが目眩ましになるはずだ。
目眩がする……魔術負荷が高い……一度解除。
***
(ZX)
無駄ーノーコン乙(笑)
俺の首の横をナイフが通りすぎる。はい、熱映像視界に切り替え!
今度こそボス討伐完了~!
照準を――おい、あいつ走り抜けて俺様の炊いたキャンプファイアーを背にしてやがる……見えん……くそっ、駄目だ、光学視野に戻す。
照準を――この距離で肉迫してくる奴に照準を合わせるのはこんなに難しいのか!!
いや、まじでちょこまかちょこまかどうなってるんだあのハエは!!
さっさと……俺の目の前から消去してやる!!
***
(リンクス)
奴との距離は二メートル。
更に間合いを詰める。
プレッシャーをかけて銃の照準をこちらに合わさせるな。どうせ当たらないだろうが、牽制のためにこちらが体勢を崩さない範囲で右手のナイフを適当に何度も振る。
へっぴり腰でZXが避ける。
……適当に振ってるナイフの方が奴の表情に焦りが見える?
どういうことだ?
これはヒントになるかもしれない。
俺は残り少ない魔力を集中――今まで半分無意識に行っていた高速圧縮思考に意識的に入る。
――高速圧縮思考。
世界がスローモーションになる。奴が俺の攻撃をすり抜ける謎を解かない限り俺は死ぬ――考えろ。
奴は常にステップを踏む。
法則性は?
前後には踏まない。一度も踏んでいない。
斜め前か斜め後ろ、もしくは左右。
これに何か意味があるのか――奴との今の距離は一メートル五十センチ。本来なら殺せる間合いだ。
しかし攻撃が当たらない謎を解く必要がある――あいつの指の鳴る音が響く。
ユーロビートが遠退く、高い音が耳鳴りを起こす。
その後で奴が指を鳴らすジェスチャー。
俺は即座に後ろに跳んで逃げる。
そうか、だいたい理解した。
『相手を理解しろ。殺すためにな』
俺は最後の投擲用小斧をホルスターから引き抜く。
左手でもう一機のスピーカードローンに投げる。
金属のひしゃげる音が俺の耳に届く。
ドローンに手斧が命中、落下。
奴は――無言。
だろうな。
手品のネタが割れるからな。
完全に理解した。
俺の腕の振りが遅く感じたこと、何故スピーカードローンに高速回避機動を取らせていなかったのか、奴がステップする方向、至近距離で奴が何も言わない理由。
これで奴を殺せる。
俺は左手首のホルスターからナイフを左手の掌に滑り込ませた。
***
(ZX)
この俺が――追い詰められている?
ハイ・シドに産まれた時点で完璧に人生勝ち組、何の努力もしないでも親の金と魔術の才で好き放題してきた俺が?
仕方ねぇ、俺はドク・ソルダート・サービスのプラメンだから今すぐ『変態に襲われて怪我した』と通報すれば、武装救急車両が十分で駆けつけてこのカスを蜂の巣に――無理だ、十分もあればこいつは俺を殺して晩飯くって糞して一眠りして読経をあげて帰るだろう。
このZX様の魔術がばれたとは思えないが……まずはアンチに避難しないとな。港には行けなくなるが、ここでもしものことがあったらその方が不味い。
つまり、一端逃げて時間を稼ぎつつドク・ソルダート・サービスを呼ぶ――その時だった。
***
(リンクス)
俺は両手のナイフのワイヤーの長さを四メートルに設定。
右手のナイフを右から左に、左手のナイフを左から右に振り回すように投げる。
両手から繰り出されたワイヤーが目の前のZXをすり抜け、何もない空間で何かに巻き付く感覚が両腕に届く。
俺の視界に映るワイヤーはまだ弧を描いている。
視界に映るワイヤーは気にせず、俺は即座にワイヤーを巻き上げながらそちらに向かって駆ける。
指を鳴らす音が俺のワイヤーが巻き取ったであろう空間から俺の耳に届く。
魔術ならば短時間であれば耐えられる。
俺がここから負けるパターンは、魔術で動きを止められて弾丸を急所にもらうことだ――奴に銃と魔術の照準を絞らせるな。
「影業――静寂の闇を駆ける孤影」
「来るなああああ!! 静寂の音!!」
奴の叫び声が視界に映るZXとは違う方向から響く。
ネタが割れた以上、音声解禁ってわけか――これから起きることは必要経費だ。
俺は覚悟を決める。
またもや吐気、頭痛、目眩が俺を襲う、鼻と目から血が溢れ出す――同時に、目の前のZXの像が俺のワイヤーが縛り上げた空間に跳躍、ワイヤーも俺の縛り上げた感覚のある空間に巻き付く。
奴の銃を持っている右腕はワイヤーで身体にぴったりと巻き付いているのを確認。
俺はワイヤーと繋がっているホルスターを両手首から解除。
両手を自由に。
頭痛、眩暈、吐き気、鼻血、あらゆる不調が俺を襲い続け、膝が笑い始めている。
ここから先は俺が死ぬか、奴が魔術を解除するかの我慢比べだ……最底辺と上級国民様、どちらが根性あるかみものだな!!
「お前は俺の視覚の伝達速度を一からニ秒遅らせていた」
そのまま奴の喉があると思われる場所に右手の掌底を叩き込む。
いい感触だ。ビンゴ。
俺を襲っていた高周波が消える。体調不良が嘘のように引いていく。
おやおや、ちょっと根性が足りないんじゃないか?
「だから音と映像がずれていたし、一度も前後にステップはしなかった」
右手で奴の喉を掴みこちらに引き寄せながら左の肘打ちを奴の顔面に打ち込む。
もちろん勘だ。
俺の視界では今俺の打撃が奴の喉に入ったところだ。
だが、肘打ちを打ち込んだ感覚と音が伝わってきた瞬間、音と映像が同期する。
奴の集中が途切れ、俺の視界をラグらせていた魔術が切れた。
「回避できなくて無意味だからな」
左の肘打ちを打ち込んだのを同じ軌道で左手を戻す。自然と左の掌が奴の顔の左側に触れる。
「確かに人は産まれる環境も――」
左の掌で奴の顔を抑えながら右手と一緒に下に引っ張る。
顔面に左の膝蹴りを叩き込む。
「死に方も選べないかもしれない」
右手を奴の喉から手放し、奴の後頭部に右の肘撃ちを叩き込む。
「だが――生き方だけは――選べる」
両手で突き飛ばす。
「てめーは――たまたま産まれた環境に胡座をかいていて何も選んでいない」
奴が後ろに二歩、三歩とよろめく。
俺のコンビネーションの間に奴をからめとっていたワイヤーがかなり緩んでいた。
弱々しく左手を挙げて顔をかばおうとする。震える右手で握った銃を俺に向けてくる。
だが、その銃口は明後日の方向を向いていた。
「ただの養豚場の豚だ」
俺の左の横蹴りがガードと銃を同時に吹き飛ばして――ZXの喉に突き刺さる。
奴は吹き飛んで地面に倒れる。
握っていた銃は吹き飛び闇の中へと消えた。
俺は魔術を解除。
喉を砕かれたZXはパンクしたタイヤから空気の漏れるような音しか出せていない。
奴を転がしてワイヤーとナイフ、ホルスターを回収。
可能な限り証拠は残したくはない。
死にかけの虫のように這いずって逃げようとするZX。
その金的に蹴りをぶち込み、奴の腕のホロリンクをむしり取る。
「正直な話――俺はもう、お前に個人的な復讐をしたいとは思ってはいない。どうでも良いことだ」
腕に魔力を回し筋力を強化――肩に担ぎ上げる。
「辞め……助け……頼……命……だけは……」
途切れ途切れに必死に命乞いをしてくる。
「しかし、お前がこれまで踏みつけてきた人々。そしてここで見逃したらまた踏みつけるであろう人々の未来を守るために――お前をここで殺す」
「ハイ・シド…のCIDを……手配して……やって……も……良い……」
ハイ・シドのCIDだ?
こきやがる。
そんなもん、けつを拭く紙にもなりゃしねぇ。
「確か――お前が言うには死に方は選べないんだったよな? 自分でその正しさを証明する気分はどうだ?」
俺は奴を炎の中に放り込む。
奴の精一杯の叫び声と炎の爆ぜる音を聞きながら、俺は踵を返した。
「チャーシューの……一丁上がりだ」




