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第十八話 誠二の三十秒間クッキング~苺ジャム編~

 新西京四区 ロバート邸

(ロバート)


 俺は新西京・ネクス・ジェネシス拠点のコテージで暴れているアイアンベリーに人機統合(ドリフト)しながら興奮を覚えていた。


 ハイ・シド(企業所属)の調子にのったクソガキ(本田是宮)の糞みたいなミッション(依頼)――払いは良いが、アンダー(裏社会のプロ)気取りの素人を皆殺しにして身分を偽装するだけで面白味が何もない――に飽き飽きしていたところに、あれだ。


 赤いコートを着たアンダー。

 俺は奴を知っている。

銃聖(ガンマスター)』マーカスを決闘(デュエル)で制した『銃豪(ガンスリンガー)』斎藤誠二。


 あの伝説となった決闘(デュエル)でこれまで無名だったあいつはアンダー(裏社会のプロ)の中でも一躍有名人になった。

 決闘(デュエル)ではフードにゴーグル、顔を可能な限り隠していたが――あの身のこなし、俺の目は誤魔化せない。


 奴だ。


 十ミリ口径の拳銃しか持っていないと思わせての手榴弾の投擲――まったく冷や冷やさせられるが、拳銃ではこのアイアンベリーの三センチの装甲は抜けない。

 あいつをここで殺して――名を挙げてやる。

 まだ手榴弾を隠し持っているかもしれないが、無限軌道(キャタピラ)をやられたら殺すのは諦めよう。


 アイアンベリー本体がやられることはないし――勿論遠く離れた場所にいる俺自身がその程度の反動による(フィードバック)肉体損傷(ダメージ)でやられることもない。

 じっくりと距離を詰めて確実に殺す――もし奴が屋敷から逃げ出したならより簡単に殺せるだろう。

 まともな遮蔽もなく――疲れ知らずのアイアンベリーから逃げきることはできない。 


 俺はオートシュート(自動射撃)を散発的制圧射撃モードにセット。

 そして弾幕を切らさないようにしつつ奴が隠れている玄関口の遮蔽へとにじり寄っていった。

 もちろん、IFF(敵味方識別信号)に五十嵐結衣は登録済みだ。


 アレを殺してしまったら報酬がパーになる。

 報酬も手に入れる、斎藤誠二殺しの名誉も手に入れる、両方やらなくちゃあいけないのがアンダー(裏社会のプロ)の辛い処だ。

 俺はにやりと笑った。




 ***

(斎藤誠二)


 紙袋の中を確認。

 俺は結衣を抱きしめて頬にキスをしたくなった。

 しないが。


「これは?」

 結衣の肩を思わず掴んで問い詰める。

「えっと……うち、元々これを買いに行ってて……」

 結衣はおずおずと語り始めた。

「ありがとう。君は俺の幸運の女神だ」

 肩から手を放し、キスの代わりに十ワットのウインクを飛ばす。

「女神なんて……」


 目を逸らして『でもアレ(ウインク)はないわー……』とつぶやいている――気がする。

 やれやれ、幻聴か――どうやら俺はまだ先ほどの手榴弾の耳鳴りが治っていないようだな。


「今から俺の言うとおりにしてくれ。あのでかい苺(アイアンベリー)を三十秒でイチゴジャムにしてやる」

「ほう。我に捧げよ」

 リーナスが俺の足元でズボンの裾を引っ張って何やら言い出した。


「比喩だリーナス」

「ふざけるなよ貴様!」

「俺の台詞だ!!」

 華麗な争いを始めた俺達に結衣が口を挟んだ。

「あの――おう――誠二様、うちは何をすれば?」


 様?

 馬鹿丁寧だな――いや、今はそれどころじゃない。

 俺はリーナスと結衣に手早く指示を与え、結衣と持ち物を交換する。


「最初が肝心だ。ここでこけたら俺は死ぬ。そうしたら君達は二階に逃げろ。俺は今、警察に通報した。恐らく十分もすれば到着する。多分初動の警官隊はアレに殺されるだろうがその隙に逃げろ」


「そん――」

 結衣が何やら抗議の声を挙げようとするが今は時間が惜しい。

 彼女の唇に人差し指をあてる。

「議論はなしだ。もし生き残れたらそいつは俺が弁償してやる。良いな?」

「は、はい」

 断続的に射撃をしながらアイアンベリーがこちらに着実に迫ってきている。


 銃のリロードをする。

 銃をホルスターにしまう。


 右手に熱煙幕手榴弾、左手にチャフ手榴弾を持つ。両方の手榴弾のピンを口で抜いて床に捨てた。

 そして遮蔽から飛び出した。



 ***

(ロバート)


 遮蔽から赤いコートを着た男が飛び出してくる。

 ついにやけくそかぁ斎藤誠二!!

 両手には手榴弾を握っている。成程、つまり俺に神風特攻して五十嵐結衣だけは助けようって魂胆か。お前は知る由もないことだが――元から彼女は殺さない予定だ。


 五十嵐結衣のホロアドレスはIFF(敵味方識別信号)に登録している。

 彼女を撃とうとしたらセーフティがかかる。

 ガッツは認めるが――最後がやけくそ特攻とは――がっかりだったよ。

 網膜に映る照準を斎藤誠二に合わせる。


 オートシュート(自動射撃)起動。


 さぁ、何発耐えられる?


 








 ――――――――だが、弾が出ない。


 !?


 何故だ?

 セミオート(半自動)でトリガーを引く。

 機銃がロックされている――IFF(敵味方識別信号)を確認――あいつ――()()()()()()!!



 

 ***

(斎藤誠二)


 予想通り!!

 死ぬかと思ったが――遮蔽から飛び出した俺を機銃が追い、こちらをロックした瞬間、奴の射撃は止まった。

 俺は飛び出す直前に五十嵐結衣のホロリンクと俺のホロリンクを交換していた。

 さっき俺が彼女に飛びついた時、射撃停止の違和感――やはり正解だったか。


 ホロアドレスでIFF(敵味方識別信号)を登録していたようだな。

 そのまま室内へと飛び込む。

 俺は叫ぶ。


「おいでかぶつ!! 今から二十秒でお前をいちごジャムにしてやるぜ!!」




 ***


(ロバート)


 飛び出してきた斎藤誠二が俺に向かって叫ぶ。


 二十秒だと?

 やれると思っているのか?


 一秒経過。


 調子に乗るなよ――銃豪ガンスリンガーごときが機手ライダー人機統合ドリフトしてるアイアンベリーに勝てるわけが無いんだよ!!


 オートシュート(自動射撃)モードを解除。

 マニュアルシュート(手動射撃)モードに切り替える。

 マニュアルシュート(手動射撃)モード時のIFF(敵味方識別信号)無効を設定。

 これでIFF(敵味方識別信号)に関係なくトリガーを引けば銃弾が出る。 


 二秒経過。


 これであの野郎を――瞬間、奴の持った手榴弾が同時に起爆した。

 煙幕で視界が塗りつぶされる。

 光学視野から熱映像視野に切り替える。


 駄目だ。何も見えん。

 アレは熱煙幕手榴弾だ。

 即座に超音波視野に切り替える。


 こちらも駄目だ。

 もう片方はチャフグレネードか!!


 三秒経過。


 だが――アイアンベリーは全周囲に射撃可能。

 俺は無限軌道キャタピラを使いその場でアイアンベリーを回転。

 全砲門の射撃を開始。

 俺は十六秒間、鉛弾の台風の目となる。


 更に俺はこのコテージの施設の管理権を握っている――換気扇を起動。

 一秒でも早くこの熱煙幕を消してやる。


 その時があいつの死ぬ時だ。




 ***

(五十嵐結衣)


 うーわ、マジ無理なんだけど。

 私は王子――誠二さんに言われたことを、頭の中で呪文みたいに鬼リピ中。


 コンセント、オッケー。

 スイッチオン、オッケー。


 二十八秒になったら、これを床にシュート。……いや、マジで意味不。


 てかさっきから、外で爆竹?  みたいな音がパナいんですけど! 

 銃弾とかいうやつがコテージの中で跳ねまくってて、変な臭い(硝煙の香り)が鼻にツンときて超不快。まじで鼻死ぬ。


 怖い、怖い、怖い!!


 秒で帰りたい。てかソッコーでいつもの日常に戻りたい。

 誠二さん……マジでミスったら承知しないからね!?


 

 ***

(リーナス)


 愚かなる誠二が遮蔽を蹴り、決死の跳躍を見せてから十七秒が経過した。

「今だリーナス!!」

 金属を噛み砕くような不協和音の合間を縫って、誠二の卑俗な叫びが我が高貴なる耳を汚し、神経を逆なでる。


 致し方あるまい。


 奴に命じられた通り、我は星の深淵より這いずる火球の理を、この現世(うつしよ)へと編み上げる。

 ただ一条の光線として万物を炭化せしめるクトゥグアの息フォマルハウト・ブレスに比べれば、膨張する炎の球体を維持することは、確かに宇宙的な難解さを伴う。


 無論、それは精神を病み、狂気へと堕ちる凡百の魔術師(スペルスリンガー)にとっての話だが。

 古の叡智を知り、最高位魔術師(ウォーロック)たる位階に昇り詰めた我にとっては、盲目の白痴の神が奏でる不気味な旋律に合わせて羽虫を潰すよりも容易きこと。


 我は、名状しがたい優雅さをもって、名もなき暗黒の地平より詠唱を紡ぐ。


「クトゥグアよ!! 永劫の探究の果て、千貌の神をも焼き尽くす、フォーマルハウトの業火を従えん。其れに触るる全き虚無を、狂える赤の光へと塗り潰せ!!『虚無を灼き尽くす(ファーマルハウト)叛逆の劫火(・エグゼキューター)』!!」


 我の尾の先に、悍ましき熱を孕んだ異界の塊が顕現する――空中に舞う塵芥が、目に見えぬ「何か」に喰らわれるように燃え上がり、形を成していく。


 十九秒経過。


 殺戮の響きが途絶した刹那、我は廊下へと進み出た。

 そして、世界の理を焼き尽くす、名状しがたき業火を――居間の中央に鎮座する鉄の化け物へと投げ込んだのだ。

 そしてその手前に這いつくばる哀れなる誠二。



 ***

(ロバート)


 俺のアイアンベリーの旋回と換気扇で熱煙幕はほぼ晴れた。


 どうせ斎藤誠二はこの機体の死角――地面にはいつくばっているに決まっている。

 視界が戻ればすぐに轢き殺す。

 遠くにいるなら追いかけて撃ち殺す。

 どちらにせよ俺の勝ちだ。


 だが――あの斎藤誠二が何もなしで突っ込んでくるのか?

 今、奴が宣言した二十秒が経過しようとしている。

 

 機銃がリロードを始める。


 その時、薄くなってきていた熱煙幕を引き裂いて白熱の塊が俺に向かって飛んでくる。


 これか!! 奴の切り札は!!

 俺は即座に無限軌道(キャタピラ)を走らせて避ける。


 火球は後ろのソファに命中し、派手に燃え上がった。

 不味い――コテージが火事で焼け落ちるのは――警察(アルゴス)に察知される可能性もあるし五十嵐結衣が焼け死ぬのは――即座にスプリンクラーを起動。


 ウォーターミストが辺りを包む。

 外部カメラに水滴がついて視認性が落ちるが仕方ない。

 俺は外部スピーカーで斎藤誠二に呼びかけてやる。 


(惜しかったなぁ斎藤誠二! もう二十秒経過したぞ!)


 二十二秒経過。


 二メートルほど先の床に這いつくばる斎藤誠二を発見。

 轢き殺してやる!!

 俺はアイアンベリーを突っ込ませた。



 ***

(斎藤誠二)


 俺は這いつくばった姿勢から飛び起きる。

 奴が銃弾をせっせとバラまきながらくるくる踊っている間に俺の右手はばっちりジャマ―手榴弾を握っていた。


 二十三秒経過。


 水しぶきをあげてアイアンベリーが俺に突っ込んでくる。

 俺は右手のジャマ―手榴弾に軽くキスをして放って起爆。

 強力な電磁波が炸裂、奴とアイアンベリーとの人機統合(ドリフト)を強制解除。

 敵味方含めた通信が遮断される。




 ***


(ロバート)


 斎藤誠二の野郎やってくれる――人機統合(ドリフト)の強制解除による反動による(フィードバック)肉体損傷(ダメージ)で毛細血管が切れ、ロバートの鼻と目から血が流れ落ちる。

 まさかジャマ―手榴弾まで持っていたとは、ただの銃豪(ガンスリンガー)じゃないってことか。


 どうせなら対ジャマ―を搭載しとけあのガキ(本田是宮)が!!

 いや、これは八つ当たりだな、対ジャマ―はそれはそれで欠点がある。

 常に起動していれば電力を無駄に食うし、その分装備積載量が減る――今回のアレは不意打ちに近い。

 搭載していても防げなかった可能性が高い。

 だが――あの程度のジャミングならば、軍事規格(ミリタリーグレード)のアイアンベリーは四秒前後で再人機統合(ドリフト)可能。


 奴の死が四秒延びただけだ。

 俺は再接続を連打し続けた。



 ***

(斎藤誠二)


 跳ね起きながら俺は右手で単分子ナイフを逆手に抜く。

 同時に左手にバックアップガン(十ミリ口径拳銃)を抜く。


 二十四秒経過。


 敵の機手(ライダー)人機統合(ドリフト)の強制解除から自動運転に戻ったアイアンベリーはIFF(敵味方識別信号)で俺を五十嵐結衣と認識したのか停止。


 どのみちこの距離では俺の方が速い――目の前の機銃(高さ百五十センチ)を下から単分子ナイフを振り上げて切断。


 二十五秒経過。


 アイアンベリーのオンラインマニュアルで確認しといた位置――機銃の横、四十センチにあるドラムマガジン収納用ボックス――に単分子ナイフを刺す。


 三センチの鉄の装甲も俺の強化された筋肉と単分子ナイフの前にはバターを切るように貫通する。


 二十六秒経過。


 差し込んだ単分子ナイフを右から左に振りぬいて穴を広げ、踵を返して玄関口へと走る。

 

 二十七秒経過。


 ***

(ロバート)


 再人機統合(ドリフト)完了。

 戻ってきた俺の視界に飛び込んできたのは背を向けて玄関口へと――遮蔽を取り直すつもりか――飛び込む斎藤誠二の背中。


 遅い。


 すぐに機銃を照準。

 マニュアルシュート(手動射撃)で奴の背中にたっぷりと銃弾を――発射されない。


 エラー。

 まさか破壊されている!?

 クソ!!


 二十八秒経過。


 俺は旋回して隣の機銃を誠二に向けながら他の損傷個所を確認。

 他に損傷は無し。

 いや、待て。

 破壊されている機銃のリロードに問題あり?

 その時だった。


 廊下から五十嵐結衣が姿を現し、床に何かを滑らせてきたのは。

 即座に五十嵐結衣はまた身を隠す。



 ***

(斎藤誠二)


 俺は結衣が電源を入れたドライヤーを滑らせるのに合わせて前へ飛び込む。

 宙を跳ぶ俺の眼下をドライヤーが滑っていく。


「そろそろ仕上げといくか!!」


 俺は景気良く叫んだ。


 ***

(ロバート)


 二十九秒経過。


 俺は電源を入れたドライヤーが濡れた床を滑ってくるのを視認。

|機械には電気?

 馬鹿が――軍事規格(ミリタリーグレード)の戦闘用ドローンだぞ?


 耐電(アース)処理してあるに決まっているだろうが!

 旋回終了。

 射撃可能な機銃が誠二の背中を捉えた。



 ***

(斎藤誠二)


 俺は前転、着地、その場で百八十度回転。

 一連の動作中にオートシュート(自動射撃)をONにする。

 しゃがんで膝立ちになりドライヤーを照準。


 ***

(ロバート)


 三十秒ジャスト。


「あばよ斎藤!!」

 俺がマニュアルシュート(手動射撃)でトリガーを引こうとした――瞬間。

「隠し味にこいつをくらいな!!」

 斎藤誠二が叫ぶ。


 アンダーテイカーから放たれた弾丸が――トリガーを引く分、マニュアルシュート(手動射撃)は遅い――ドライヤーを破壊。


「無駄だ!!」

 俺は叫んでトリガーを――












 ――ドライヤーから流れ出た電流がアイアンベリーの装甲の隙間から水を伝い、機銃の弾丸を収めたドラムマガジンを直撃。


 アイアンベリーの内部で弾丸が誘爆し弾け飛ぶ。




 ***

(斎藤誠二)


 あれだけ俺を苦しめた黒いドローンが炎を挙げ、派手な爆音が廊下を駆け抜けていく。

「きっかり三十秒、イチゴジャムの完成だ」

 立ち上がりながらコートの裾を払い、俺は恰好良く言い放つ。

 いや、相手の機手(ライダー)には油断させるために二十秒って言ってたな……ま、そのことは忘れよう。


「王子! かっこよすぎ! でもうちのドライヤーが!?」

 とか言いながら五十嵐結衣が俺に飛びついてきた。

「誠二! 二階にある聖遺物を運ぶぞ!」

 リーナスが俺のズボンの裾に爪をひっかけて引っ張り始める。


 おい、ハードボイルドに決めさせろ。なんだこいつら。

 シリアスとは無縁なこいつらは無視。


 俺はリンクスとアークが消えた農道の方へ頭を向けた。


 ――生きてるか、お前達?

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