第十七話 新西京スカイフォール
新西京二区 斎藤誠二が戦っているコテージから約十二キロ地点
(アーク)
発射されたミサイルはコンマ数秒でマッハ2まで加速するだろう。
ミサイル着弾まで二秒。
今からする軌道には――もっと人機統合率を挙げる必要がある――!!
僕は高度百五十メートルから高度五十メートルまで急降下。
肌を打つ大気の感覚、身体を軋ませるGがもはや現実のものとして僕に襲い掛かる。
(まだだ! まだ終わらんよ!)
速度は時速三百キロ。
ミサイル着弾まで後一秒《距離六百メートル》。
(リンクス、グレネードを投下してください)
雪風さんの指示に対し、最早毒を吐く元気もない――リンクスはグレネードから手を放す。
ミサイル着弾まで後0.8秒
(もってくれよ――!!)
僕は叫び、同時に機体が強烈なGに悲鳴を挙げる。
残存稼働時間三分――急激な加速の連続で燃料が一瞬で消し飛んでいく。
僕は急上昇――エアブレーキを全開、エンジンを切る。
一瞬で高度が八十メートルまで跳ね上がる。速度は時速二百キロ。
僕自身の身体にも急激なGで反動による肉体損傷が入る。毛細血管が破裂し、鼻血、目から血の涙が流れる。
(この程度――エリア88を読み込んでエースコンバットをやりこんだ僕には――!!)
僕は叫んだ。
(漫画とゲームかよ!!)
***
(雪風)
ミサイルはアーク少年が描いた軌道と同じように上昇から下降に移る。
高度六十メートル。
ミサイル着弾まで後0.5秒。
グレネード投下から0.3秒経過。
アークとリンクスは既に投下したグレネードから七十メートル離れていた。
ベストタイミング。
雪風はグレネードを遠隔起爆。
炸裂。
爆炎が広がり強烈な熱が発生。
ミサイルのセンサーは新たに産まれた太陽を捉える。
エンジンを切って上空に離脱したアークではなく――前方下方の高熱源体にミサイルは吸い寄せられる。
――着弾。
グレネードに続いて二度目の爆発。
農道にでかい穴が開き、まき散らされたテルミットが炎を挙げた。
***
――時速百キロ
(ZX)
マジかよ道路燃えてんじゃん。
ちょっとやりすぎちまったか――まぁあのストーカーども、派手にキャンプファイアーになったろうから全然ありよりのあり。
「速度違反取締完了。正義は勝つってわけ」
とはいうもののちょっと減速してあの炎と道路の穴は避けていかないと――少しずつ減速していく。
時速七十キロ。
その時だった。
***
(アーク)
――時速六十キロ。
急上昇した僕は大きくインメルマンターン。
ZXが僕達の下を通過する。
(もらったよ!!)
ZX上空から一気に降下、真後ろに付く。
(リンクス君! 今だ!! スリップストリームにつく――多少は楽なはずだ)
時速七十キロ。
***
(リンクス)
俺は久々にまともに呼吸ができていた。
さっきまで溺れた子供が水面に時々顔を出して呼吸を行う程度の呼吸しかできていなかったが、今はまともに呼吸ができている。
(生きて――る?)
思わず声がこぼれた。
(撃つんだリンクス君!!)
アークの声に俺は我に返る。
クロスボウをホルスターから抜く。
俺は共有されているヘッドアップディスプレイのデータを確認する。
残存稼働時間二分を切った――ここで決めないと次はない。
***
(ZX)
「は? なんであいつら生きてんの? マジ意味不。完全なチートだろ、これ。運営仕事しろよ! こっちは正当に課金してる優良プレイヤー様だぞ!!」
ヤバい、後ろの野生児が何か構えてやがる。
「うわ、狙撃とかキモっ! 粘着質すぎんだろ!」
ZXはバイクを蛇行させ、回避運動に入る。速度が時速六十キロまで落ちる。
『良いかリンクス――確実に当たる場所に攻撃を叩きこめ――いきなり急所を狙っても当たらん。動きを止める、急所にぶち込む。これが基本だ』
俺は誠二の教えを思い出す。
距離、八メートルくらいか?
狙うのは乗り手じゃない。排気ガスと騒音を撒き散らす鉄の塊――バイクの車輪だ。
俺は、まるで安物のジュースを飲み干すような無造作な動作で、クロスボウを五連射した。
アスファルトを矢が叩き、火花が夜の闇に火を灯す。
「ほらな! 俺に当たるわけねーだろ! ノーコン乙(笑) 弾切れ乙(笑)」
ZXが嘲笑う。だが、前方には自分がバラ撒いたテルミットの火の海が迫っていた。
「チッ、これに突っ込むのはコスパ悪りぃな……」
ZXはブレーキを握り込んだ。
時速五十キロ。
減速したZXの背中に、死神の影が重なる。
『最後の一発は、常に自分のために残しておけ。それが何度も俺の命を救ってくれた』
誠二の警告は、今や俺の血肉になっていた。
弾切れしたと確信して、にやついたツラを晒しているZXが目の前にいる。
こいつは――アンダーじゃない。ただの、戦場をゲームと履き違えた迷い子だ。
俺は五メートルの距離で、雪風の提示する射撃管制システムの補助を受けながら、奴のバイクの後輪へ残しておいた最後の一発をチェックメイトの代わりに叩き込んだ。
タイヤから空気が抜ける音と、矢をバイクが巻き込む異様な断末魔の叫びがあたりに飛び散り、バイクがつんのめるように横転――ZXが空中に投げ出された。
俺はそれを見届けるとまずクロスボウを放り――手動でドローンと自分を繋ぐハーネスを解除。ようやく地獄の絶叫マシンから解放され地面を転がる。
(リンクス君!)
アークから通信が入る。
「……ああ、生きてるよ。最高の遊覧飛行だった。おかげで一生分の絶叫マシンに乗った気分だ」
(僕はもう燃料がない! 残存稼働時間一分を切った!)
「あとは歩きでいい。有難う」
(グッドラック! 正義は必ず勝――)
前方の爆心地に、黒いドラゴンが力尽きたように吸い込まれていった。
数メートル転がって落下の勢いを殺した後、俺は立ち上がる。
――ほぼ同時。
前方、二十メートル先。
青いパーカーを着た人の形をした排泄物もミサイルの残した炎を背に立ち上がっていた。
「マジでぶち殺す……お前が今回のレイドボスかよ? さすがに仏の俺もキレたわ。垢バンどころじゃ済まさねーからな。上級国民様に対する礼儀ってのを教えてから殺してやるよ」
俺はもう理解してきていた。
CIDなんてものには何の価値もない。記号だ、記号に過ぎない。
「何がハイ・シドだ。てめーらは所詮養豚場の豚にすぎない。そろそろ現実を見つめろ。今から俺がお前をチャーシューにしてやる」
「ざけんなカスが!! 笑えねーんだよ!!」
こいつだけは――今ここで殺す――そのために俺は、いや、俺達はここまで来た。




