第十六話 抱きしめたいぞ!
新西京二区 農道――時速二百三十キロの上空
ミサイルの噴射炎が夜闇を切り裂き、アークとリンクスの運命がコンマ数秒の演算に委ねられた瞬間より少し前。
新西京二区 コテージ玄関
(斎藤誠二)
俺は、先ほどまで自分が立っていた場所がアイアンベリーの掃射によって、チーズの穴みたいにボコボコに削られる音を聞いていた。
一階の左手、居間の方向からはもう銃声は聞こえない。聞こえるのは、あの不吉な無限軌道の駆動音と、逃げ遅れた三下たちの、もはや言葉にもならない断末魔だけだ。
今俺がアイツにして欲しくないことは――このまま前進してきて至近距離からの鉛玉のフルコースだ。
たとえ無駄でも多少はやる気を見せて近寄らせない必要がある。
遮蔽から手を出して雪風を八連射。
金属が弾丸を跳ね返す気持ちの良い音が響く……わかってた。
一発だけ弾丸を残し、マガジンを太ももの間に落とす。
コートから替えのマガジンを取り出して装填。
太ももの間に落としたマガジンを床に落とす。残り徹甲弾のマガジン三本。
無限軌道の駆動音がこちらに迫ってくる。
やっぱりかよ――だが――!!
距離十メートル。
炸裂手榴弾を左手でコートから取り出し、ピンを口で抜く。
「苺ジャムになりな!!」
無限軌道の間に炸裂手榴弾を放り込むが――あの野郎、即座に反転、急速後退していく。
左手で左耳の穴を塞ぐ。
……。
いや、対応速度が速えーよ。
爆発音が俺の鼓膜を殴りつける。
爆炎の中から現れたのは元気な苺ちゃんの姿だった。
ありゃ機手が人機統合してるな。
でなければあの対応力・反応速度、説明がつかん。だが少しはびびらせたはずだ。人間なら尚更な。
クソ、爆発の余波で耳鳴りが――その時だった。
「うわ、まじやばじゃん! 何の音?」
もがくリーナスを抱えた五十嵐結衣が階段の一番下の段を降りるところだった。セミロングの金髪、快活そうな表情、星形のイヤリング、ネックレス、薄黄色の襟付きワンピースを着た可愛らしい女の子だ。
しまった――迫ってくるアイアンベリーへの警戒と手榴弾の音で完全に気づいていなかった。
五十嵐結衣は遮蔽になってくれる壁から顔を覗かせる。
彼女が――精神的にも肉体的にも危険だ。
そして地獄とかしている室内を目視する。
「え、何これ……」
腰が抜けてへたりこむ五十嵐結衣。
「来ては――」
その隙にリーナスが彼女の腕の中から逃げ出した。
このタイミングなら間に合う――俺は二、三発弾を食らうかもしれないが九パラなら耐えられる。
俺は叫びながら五十嵐結衣に飛び付く。
「――駄目だ!!」
遮蔽から飛び出し廊下を跳んだ俺は彼女をしっかり抱え――左手は彼女の後頭部に、右手は彼女の背中をしっかりと抱き締め、地面に叩きつけられる衝撃が伝わらないように――床へと倒れ込む。
「無事か?」
至近距離で顔を見つめる。怪我はない。腹部、足に目をやる。
……よし、大丈夫だ。やれやれ、肝が冷えた。
「あ、はい……」
彼女が小声で頷く。
王子様じゃん……とか聞こえた気がした。まさかな。この緊急時に気のせいだろう。
即座に立ちあがろうと身を起こすと――彼女の両腕が俺の背中に回っていて抱き締めている。
おい、びびったのはわかるが今は子守りをしている暇はないんだ。
「大丈夫だ、俺が守る。だから言うことを聞くんだ」
安心させるために声をかけながら手を優しく引き剥がす。
手が、震えている?
当然だ。いきなりあんな解体処理場を見せられれば普通はそうなる。
可哀そうに……俺は身を起こした。
「リーナス、気づいたか?」
リーナスは重々しく頷いた。
流石だよリーナス。
「あぁ……貴様が白昼堂々発情して救出対象の雌に――」
きやっ、とか五十嵐結衣が言って顔を覆う。
彼女、聞いてたのと大分キャラが――違う!
「馬鹿野郎! そうじゃない!」
「ふむ。つまりはガンダム00の抱きしめたいぞ!! ガン――」
俺はアホを無視。
奴の戯言を脳内からシャットダウン。
遮蔽から身を乗り出して雪風を六連射。
向こうからも撃ち返してくる。
こっちが六発撃つ間に二十発は撃ち返してきやがる。
残弾十。
糞……どうする?
二階に逃げて窓から飛び降りて逃げるか?
いや、屋外に出て、アレが追ってきたら――確実に殺される。
ここでやるしかない。
奴がリロードしている隙を掴まなければ……あの糞苺がこちらに向けている機関銃を撃ち終え、リロードに入った瞬間。
機体を回してフル装填されている機関銃をこちらに向けてくる。
ズルすぎるだろうが!!
俺はアイアンベリーのオンラインマニュアルをダウンロード。
「俺が言いたかったのは――あいつ、オートシュートのはずだ。同時に八つもの機銃をマニュアルシュートするとは思えん」
リーナスにさっきの話を続ける。
「成る程な」
「ならさっき俺はなぜ撃たれなかった?」
「我の威光?」
あああああ!!
こいつに聞いた俺が馬鹿だった!
雪風、戻ってきてくれ!!
俺の想像では恐らく――オンラインマニュアルを検索しつつ牽制射撃。
奴に搭載されている機銃は装弾数四十八発。
連続射撃で十六秒間の連射が可能。
一秒間に三発?
随分控えめだな――通常の機関銃なら一秒間に十二発とかだろうが。
ねちねちと継戦能力重視とは開発者は性格が悪いんじゃないのか?
派手にばらまいてさっさと弾切れしろ!!
残弾三発。
またそろそろ奴がこちらに突っ込んでくる頃合いか?
適当に手だけ出して更に二発撃ち込む。
弾丸が金属に当たって跳弾する気持ち良い音が俺の耳に触れる。
あった。
目的のページは見つかった――成程な、完全に理解した――だが、最後の一ピースが足りない。
何かないか?
何でも良い!
いや、何でも良くはないが!!
また無限軌道が徐々に、ゆっくりと、着実にこちらに迫ってくる音。
機関銃の連射が激しさを増す。
俺が手榴弾をまだ持っている場合に備えて、いつでも逃げれるようにしながら少しずつ迫ってくる――彼我の距離十五メートル。
こちらに手榴弾が無ければそのまま圧殺するつもりか?
不味い、このままでは全員死ぬ。
いや、俺の推理が正しければ結衣ちゃんは助かるかもしれん。
だが、俺もリーナスもまだまだ長生きする予定だ。
その時、俺の視線の先――五十嵐結衣が手に提げた紙の袋が目に入った。
「結衣! その包みは?」
「結衣なんて……えっと……これは……」
その時、遠くから爆発音と夜空を赤く染める炎が立ち上った。




