第五話 探偵は戦場にいる
西京八区港湾区廃倉庫街 グリーンヴェノムアジト(斎藤誠二)
で、いきなり突撃するのは映画の中の話だ。残念ながらこれは映画じゃない。
そんなわけで廃倉庫を改造したらしいグリーンヴェノムのアジトの非常口の位置を確認。
出入口は南側正面のでかい入口と北側裏手の非常口の二つのみ。
非常口付近にリーナスの召喚した使い魔を待機させる。
もしここからマーカスが逃げ出したら奇襲して殺すように命じる。
それ以外の手出しは禁止。退路を完全に断つのは下の下である。
しかし毎度思うがあの使い魔、見た目怖すぎるんだが?
これでセットアップ完了。
俺は堂々と倉庫の入口に向かって歩き始めた。
時折吹く強い向かい風が、俺にこの先に進まないよう警告してくる。
視線の先では、二人のオークの男が退屈そうに立っている。
俺は歩きつつ、ホロリンクからメッセージアプリを起動。思考するだけでメッセージが作成される。
送信――宛先はリーナス。
(音を消してくれ)
視界の端でリーナスが頷き、詠唱を行う。
「ヒアデス星団の輝きよ! テラの大気を照らしたまえ! そのか弱き鼓動を停めたまえ! 縛りつけろ! ハスターの風!」
瞬間、俺を襲っていた猛烈な風が止んだ。
成る程、俺の周囲の大気の振動を止めることで音の伝達を阻止しているということか。
オークの男達が俺に気づいた。奴らが口を開きかけるタイミングを狙って先制攻撃をしかける。
「おい! そこのヒューマン――」
「おう、出迎えご苦労。ちょっと早く着いちまったな。俺だ、宍戸だ。マーカスは? 金は? 話は聞いているんだろう?」
斎藤誠二の探偵術その三。相手を混乱させたい時、とにかく情報を浴びせて思考を止める。
「あ、えっ? あっ、はい」
予想通り、男は目を白黒させ始めた。
「おい、早く案内しろよ。いつまでそこで間抜け面さらして突っ立っているつもりだ? ここで俺を、朝日が昇るまで待たせるつもりか?」
ホロリンクを操作しているようだが、マーカスの反応がないらしい。
こいつはついてる。
「まだか? 早くしろよ」
まだ十秒も経っていないのに俺は圧力をかける。
「えっと……ついてきてください」
オークの男は俺にそう言った。
ビンゴ。
チャーリーの動画の会話内容から、宍戸がここに余り出入りしていないことは明白。
更に、宍戸は受け取り履歴を残さないために現金で受け取る徹底ぶりだ。
よって奴がストリートギャングのホロリンクにデータで残る自分の顔写真を渡す可能性はかなり低い。
もし渡していたとしてもマーカスは部下に渡していない。もしくはチラ見せしたくらいだろう。
忌々しそうな顔をしてオークの男が後ろを向いた。
もう一人も警戒を解いた様子でこちらをぼんやり見ている。
俺は歩き出した男に続いてついていく。
そしてもう一人の男の横を通り過ぎながらゆっくりと自然な動きで左手をコートのポケットから出した。
握ったコーヒー缶を持ったまま、左手を軽く挙げて笑顔で挨拶をする。
『飲むか?』
口には出さず、『これは差し入れだ』という空気を装った。
その流れのままコーヒー缶を通り過ぎながらオークに押し付ける。
コーヒー缶を受け取ったオークは、反射的に頭をぺこりと下げた。
「うっす……」
お礼っぽい言葉を彼が口にする――その刹那、俺は右手で腰のホルスターから雪風を抜き放ち、会釈をしてくれたオークの太ももを撃ち抜く。まずは確実に動きを止めるために。
突然の銃声に反応し、俺を案内していたオークがさっと振り向こうとする。
もし男が全速力で前に走って倉庫内に飛び込んでいれば……かなり可能性は低いが、もう数秒長生きできたかもしれない。
俺は落ち着いて目の前の頭に照準を合わせる。振り返り終わる寸前、銃口から放たれた十ミリ徹甲弾はオークの頭蓋骨をぶち抜いた。案内役を買って出た男は、哀れなことに自分が地獄に案内される。
同時に、会釈してくれた礼儀正しいオークの手から俺の渡したコーヒー缶が地面に転がり落ちた。
彼もまた、コーヒー缶の後を追ってアスファルトに崩れ落ちる。
ようやく撃たれたことを理解し、苦痛と怒りの叫び声を上げ始めるが――それはリーナスの風の防音壁に阻まれ、俺の鼓膜を震わせるだけだった。倒れたオークの頭に銃口を向け、苦痛を終わらせてやる。
「さて……」
入口から少し奥を見やると――広場になっているようだ――そこで、楽しそうにホロカードをしている四人組に今度は混ぜてもらうとするか。
四人組を視界に収めながら俺は入口から倉庫内のコンテナの配置を確認。
かすれた赤色、青色、緑色、オレンジ色、さまざまな色合いのコンテナが倉庫内には鎮座していた。
視界の隅に表示しておいたメモで、データと自分の見ているものに差がないか照合。
廃棄された港湾倉庫は、床面積およそ二千平方メートル。
天井は八メートル以上あり、かつてクレーンが走っていたレールだけが錆びついて残っている。
内部には二十フィートコンテナが恐らく三十~四十個。内部照明は暗め。
オークは生まれつき夜目が効く。
想定内。
監視カメラは見えるところには無い。
雪風の事前確認通り。
侵入経路がほぼ一つしかないため不要と判断している、もしくはハッカーがいないためそもそもハッキングされる可能性のあるものを置いていない。
それか何も考えていない。
だだ……動画でのマーカスの台詞回しからして、奴はただのストリートギャングのボスではない。恐らくかなり頭が回る。
入口から眺めた感じ、ある程度の規則性はあるが、几帳面とは言い難い並び方だ。
規則正しいが、乱雑でもある。
そこからボスのマーカスの性格を分析。
侵入経路が一つだから監視カメラは不要――高い合理性。
ハッカーの存在まで考慮していたとするなら――非常に慎重。
規則的に置かれている――論理的思考の持ち主。
だが、乱雑でもある――形式にこだわらない実利主義。もしくは自分独自の美学を持つ。
総評として……野生の勘と高度な論理のハイブリッドな指導者……凄く戦いたくない。
いや、こいつ……ただのストリートギャングのボスで収まるタマじゃないだろ。
愚痴っていても仕方がない。奴が腰を落ち着けそうな場所の候補を脳内で列挙。
本命:倉庫奥、非常口近く。奴が用心深いならここ。
対抗:倉庫中央。奴が脳みそまで筋肉が詰まっているならここ。もしくは支配欲が強いなら。
大穴:入口付近。考えにくい。この場合奴は何も考えてないフィーリング野郎の可能性が高い。
その他:それら以外。
まぁ、倉庫奥だろう。非常口の位置は倉庫南側正面入り口から見て正反対の一番北側東よりの位置……北東に位置する。
つまり西側左から攻めてメンバーを削りながら進撃していくのがベスト。
俺は、まるで散歩をしてるかのごとく歩き続けた。
***
(グリーンヴェノムメンバー)
何だろう?
この喉に子魚の骨がつっかえているような違和感は?
倉庫の入口から少し奥まった場所の地面に座ってカードゲーム――今の時代、紙ではなくホロでだが――で遊んでいた四人のオークのうち一人は、ふと顔を上げた。
そうだ、倉庫前で雑談していた二人の声が聞こえなくなったんだ。
入口に目をやると見張りに立っていた二人が倒れている。そして飲み物か?
缶が転がっている。しかし何も物音は聞こえてこなかった。
忍者か?
それともシノビにやられた?
その時、歩いてくるヒューマンの男――それなりに整った顔立ちをしている身長百八十センチくらいの赤いコートを着た男――と目が合う。
右手がコートの陰で見えない。すっと男は左手を挙げて笑顔を向けてくる。
誰だ?
入口の二人は何故倒れている? 敵なのか?
しかし物音が何もしなかった? 敵なのに挨拶? 笑顔?
困惑しながらもオークの男は条件反射で笑顔を返そうとした。
どんどん近づいてくる赤いコートの男は隠していた右手をすっとこちらに向ける。
その手には黒光りする冷たい銃が握られていた。
銃? 敵? まずい! 彼は反射的に口を――
***
(斎藤誠二)
歩きながら俺は雪風にトリガーシステムのコントロールを渡す。
(YOU HAVE CONTROL)
俺が雪風にホロメッセージを送る。
(I HAVE CONTROL)
雪風が答える。
拳銃の必殺の距離――三メートル――に入った瞬間、俺は目が合ったオークの頭に銃を突きつける。
網膜に投影された照準を標的に合わせた。
***
(雪風)
雪風は誠二が標的の頭部に照準を合わせた瞬間、命中率を算出、百%。
弾丸を発射。命中。
誠二は即座に残った三人に丁寧に、それでいて高速で照準を合わせていく。
頭部に照準が合う。命中率百%。発射。命中。
頭部に照準が合う。命中率百%。発射。命中。
頭部に照準が合う。命中率百%。発射。命中。
***
(斎藤誠二)
俺が標的に銃の照準を合わせると自動的に弾丸が発射される。
順番に三つの頭蓋が弾ける。やはり十ミリは良い。速射性と威力のバランスが抜群だ。
トリガーを引くという行為は、実はかなり照準をぶらす。
そしてそれ以上に引き金を引く、という思考が脳のメモリを使う。それを理解しているアンダーは少ない。
人工知能やスマートガンシステムによるオートシュートは軽視されがちだが、プロのアンダーほど使うべきときに使っている。
いや、俺は探偵だが。
俺はオーク達が腰に差していた銃をちらっと見る。
(ブラックホーク社製『デザートホーク』です。五十口径。装弾数七発。キャッチコピーは『怪物になる覚悟はあるか? こいつこそが怪物だ。』パンチ力だけなら私を凌ぐでしょう。しかし、速射性能、集弾性能、貫通性能、総火力……総合力では私の方が圧倒的に上です)
「わかってるわかってる。張り合うなよ」
雪風が瞬時にホロメッセージで情報を与えてくれる。
オークやトロールが特に好むモデルだ。なかなか良い銃を使ってやがる。
ストリートギャングとは思えん。相当ドラッグで稼いでいるな。
こいつらはいったいどれだけの人の人生を狂わせてきたのだろうか――ちらっと三時間くらい前に遭遇した麻薬過剰摂取暴走者のエルフの女性を、撃たれて病院で手術中の宮下ケイのことを――思い出す。
……。
今は不要な感傷だ。俺はのんびりと歩きながら手近なコンテナに向かう。
そこで遮蔽を取りつつ可能な限りステルスキルで数を減らしたい。
(誠二、今のところ、貴様を中心に――そうさな半径二メートルほどの――音を遮断する我が風の障壁を展開しておる。解除が必要ならば言うが良い。)
俺の後方三メートル。遮蔽を取りながらついて来ているはずのリーナスからホロメッセージが飛んでくる。
多分今は倉庫の入口からちょこんと顔を覗かせているだろう。仕草だけなら可愛いんだが。
(おかげさまでまだ大騒ぎにはなっていない。続けてくれ)
そうホロメッセージを送った直後のことだった。
リーナスの展開した風の防音障壁の範囲外――と思われる(何せ視えないからな)――にいたオークが叫び声を上げた。
ホロカードをしていた四人が血まみれで倒れていることに気づいた……のだろう。(当然、風の防音障壁の向こう側の音は俺にも聞こえない)
(……。うん、解除していいぞ。)
俺がリーナスにそう返事をする。
その瞬間、押し流すように外界の喧騒が戻ってきた。世界の音が、一気に俺へと襲いかかる。
誰かが起動したらしき警報音が、倉庫内で襲撃者の存在を喚き散らしている。
俺は小走りで一番倉庫西側左のコンテナ――ゴミ袋が溜まっている――にたどり着いて遮蔽を取った。
奥に向かって左手に倉庫の壁。点々とコンテナが置いてある。
手前から数えると最低でも四個。恐らく最奥まで五個か六個のコンテナが設置されている。
広場から見た限り、扉の開きっぱなしのコンテナ――キッチン、雑貨倉庫、ごみ集積所――といった公共のコンテナと、扉の閉まっているコンテナ――貴重品保管庫、個室――に分かれているのだろう。
つまり、扉の閉まっているコンテナの扉を開けて中にオーク達がいるか確認――いるなら死んでもらう――して進まないと後ろから撃たれる可能性があるわけだ。
コンバットゴーグルをコートの内ポケットから取り出して装着。視界に表示される情報量、照準精度が上昇する。
(リーナス。俺が今遮蔽にしているコンテナの先に進んだら、コンテナと倉庫の壁の間の床を凍結してくれ)
(ジャンクヘッドの女にやったやつであるな? 良いだろう)
(その後お前は適当に床に氷を張れ。倉庫内には入るなよ。で、俺が死んだら……とりあえず逃げろ)
(任せておくが良い)
普段のアイツの振る舞いからしてみれば素直すぎる。だが、追及している場合ではない。
俺はとりついたコンテナの角を曲がった。
倉庫東側右手にコンテナ、左側に倉庫西側の壁、正面倉庫北側にコンテナが連続して設置してあるのを確認。
コンテナから頭を少しだして倉庫奥に対して右手を見る。
先ほど叫び声を上げたオークの女――チノパンに緑のジャケットを着ている――が四つ先のコンテナのあたりからこちらに銃口を向けている。
俺に向かって銃口から死の叫びが響く。しゃがみながら遮蔽に戻る。
俺の頭のあった位置のコンテナの壁が小さくへこんだ。想定通り。
コンテナの壁を一枚は抜けるが二枚目は抜けない……可能性が高い。
コンテナの壁一枚越しの撃ち合いは危険だな。
俺の銃の方が貫通力に優れていることを考慮すると、こちらは二枚抜きは可能。
壁から雪風だけを突き出す。ガンカメラが俺の網膜に表示される。
先ほどのオークの女が俺の構えた雪風に気づいて慌ててコンテナの影に逃げ込もうとする。
***
(雪風)
雪風は計算する。対象との距離十八メートル。気温、風向きを計算。
命中率を算出、八十%。
弾丸を発射。命中。
雪風は思考する。対象はまだ生存の可能性あり。作成したホロマップにチェックを残した。
***
(斎藤誠二)
命中を確認。
俺はすぐに手前のコンテナ――扉が閉まっている――に走り寄り開ける。
中には全裸の女のオークと、男のオークがマットレスで寝ている。
「うるせぇな……どこのバカだ警報を間違えて鳴らしたやつぁ……」
男のオークが目を開けた。俺は拳銃を持ち上げるとオークの男の眉間に銃弾を叩き込む。
次いで隣でまだ寝ている女のオークにも仲良く永眠して貰う。
銃声がコンテナ内で飛び回る。正直うるさい。
古人曰く、遅起きは即死。古事記には書いてはいないがな。
残り弾薬六発。その場でしゃがんでクリップを排出。静かに床に置く。
コートの内側からクリップを抜いて新しく挿す。
ホロで表示されている残弾数が十六発に回復するのを確認。
リボルバーと違って実質追加で一発装弾数を増やせるのがオートマチックの良い処だ。
どうやらここが襲撃されることはあまりなかったらしい。
しかも夜更かしをしない良い子が多いようだ。これはついている。
やはりこういうときは日頃の行いがものをいう。全員がそろっている可能性も低い。
後二十人くらいだろうか? こいつは実は楽勝では?
その時、俺の耳に哀しい知らせが飛び込んでくる。
「あちらこちらで死んでる!」
「マーカスに知らせろ!!」
何やら叫びながらストリートギャング達が走り回る音がよーく聞こえる。
短い夢だった。ま、あれだけ音が響いていたら当たり前なんだが。
コンテナから顔だけ出して左右を確認。先ほど撃った女のオークが倒れている。
その女のオークの近くのコンテナの影から頭を出してきょろきょろしている女オークがいる。
あの位置だとコンテナの壁二枚……距離が遠いので威力減衰を考慮。右足を後ろ、体は斜めに構え、両腕で銃を押し引きして固定する。コンテナで隠れている胴体部――彼女がろくろ首のオークでなければ胴体があるはずだ――に照準を合わせて引き金を絞る。
三連射。
女が視界から消える。銃声が倉庫内で暴れる。うるさいが良いこともある。
音が反響して俺がどこにいるのかわかりにくい。
俺は更に倉庫奥のコンテナへと倉庫の西壁側の通路を通って向かう。
少なくとも西壁側通路を背にしていれば後ろを取られる可能性はかなり低い。
次のコンテナの扉の前に立つ。
右手の倉庫東側に向かう通路に雪風を向けてガンカメラで右手視界を確保。
丁度右手通路奥に新しくオークの男が現れる。
「いたぞ!!」
オークの男がこちらに銃を向ける。
コンテナの扉を開けて遮蔽にしようと手を伸ばした瞬間、コンテナの扉が俺に向かって勢いよく開かれた。
反射的に後ろに飛び下がって扉が俺にぶつかるのを回避。
これはまずい、と思うもジーパン、Tシャツ、スキンヘッド、右手に拳銃を持った男のオークが驚いた顔で立っている。
コンテナの扉に右手通路奥のオークの男が撃った銃弾が命中。派手に外装が吹き飛ぶ。
(警告:扉の耐久値低下。一般的にコンテナの扉は壁面より耐久性が高いですが、計算では後二発前後の着弾で貫通します)
雪風の冷静な宣告。後二発も耐えてくれるなんて最低に運が良い。
「I HAVE CONTROL!」
俺は雪風に口述指示。オートシュートをオフにする。
同時にやや崩れた体勢を整え、オークに向かってステップしてコンテナの扉の内側に入る。
まずは遮蔽を取らなくては死ぬ。
俺のいた場所に銃弾が命中。コンクリートの床が砕けて、破片が飛び散る。
(YOU HAVE CONTROL)
雪風はホロメッセージで答える。
距離一メートル。
オークの男は即座に右手の拳銃を持ち上げる。超近接戦において武器に拘る奴はどうなる?
こうなる。
俺は一歩踏み込み、左手で男の右手首を掴む。一般的にオークの膂力はヒューマンを超える。だが、筋力強化改造をしている俺は鍛えているオークと同等以上の筋力を誇る。
勿論俺はここでこいつと腕相撲をする気はない。
一瞬の時間を稼いだ俺は右手に持った雪風の銃床を相手の右手の甲に思いっきり叩きつける。
鉄の塊が肉を叩く鈍い音。相手の手から拳銃が転がり落ちる。
「くっ!」
オークの苦痛の声。
「痛いです」
そしてなぜか痛がる雪風。
普通この状況だと相手は左手で俺の左手か右手の銃を掴みにくる。
だがこいつは根性があった。
俺の顔にストレートを叩きこもうと左拳を振り上げる。
しかし強化されている俺の思考と反射速度の前にはやや遅い。
俺は俺の左手を、押さえていた男の右手首から解放。
即座に左手で相手の右肩あたりのTシャツを掴み、こちらに引き込みながら左足を左斜め前に一歩進めて密着。
ジャンクヘッドの女エルフに行った動作と似ている動きだ。
この軽い調整でオークの必殺(?)の左ストレートは空を切る。
俺は右手の銃をオークの腹に斜めに少し離して押し当て、引き金を二回絞る。
密着して射撃した場合、銃口に奴の肉が詰まる可能性がある。
それをすると雪風が切れる。
そして何より手入れが大変なので避けたい。
その時には室内のクリアリングを開始。
もう一人男のオークが居てこちらに銃を向けるのを確認。
おいおい、さっきといい同棲しすぎだろうこのストリートギャング。
どうなっている? ここは愛の巣か?
独り身の俺に対する当てつけなら、その代償は高くつくぞ。
崩れ落ちそうになるオークの男を掴んでいる左手を左上に引っ張り、自分自身は右側に移動。
瞬間、銃声と共にオークの男が痙攣する。自分の恋人(?)を撃ってしまった目の前のオークの胴体に、こちらからもお返しに銃弾を二発叩き込む。崩れ落ちたオークの頭部に念のため追加で一発、盾になってもらったオーク君の頭部にもお礼の銃弾を一発撃ち込む。
そしてボロボロになったコンテナの扉を遮蔽にしつつ移動。再度通路を背にして遮蔽を取りなおした。
***
(マーカス)
僕は宍戸という堕落しきったくだらない男を出迎えるために、一つの儀式を行っていた。
これは僕と世界の繋がりを確かなものにするためのものであり――決しておろそかにしてはいけないものなのだ。僕のベッドの上で動かない半裸のヒューマンの女性の目から命の輝きが薄れていく。
それを僕は大きな哀しみと充実感の中で見守っていた。
つい三十分前には僕と愛を交わし合った名も知らぬ売春婦の彼女が――永遠に僕だけのものになる瞬間だ。
ビートルズの『ゲット・バック』のレコードのみがここに存在する唯一の音だった。
僕には自分の鼓動すら聞こえていなかったのだ。
流れる『ゲット・バック』の中、彼女の鼓動が弱まり、天へと召される音に耳を澄ませていた。
「ボス!!マーカス!!マーカス!!」
僕のコンテナは僕だけの世界を守るために完全防音仕様であり、勿論警報類も今はオフにしてある。
この神聖な、いわば世界に僕をつなぎとめるための儀式を誰にも、そうたとえ神だろうが、何よりも大切な僕のストリートギャングのメンバー達――愛すべき家族たち――にさえ邪魔されてはいけないからだ。
だが、その完璧な世界は壊れてしまった。この瞬間は永遠に戻らない。
僕は溜息をつく。
そして室内に流していたビートルズの『ゲット・バック』のレコードを止めた。針が溝を外れる、かすかなノイズが部屋の中に漂って消える。
世界と僕とを隔てていた扉を開けると、まず銃声が僕の静寂の聖域に侵入してきた。
僕のファミリーの長田が目の前に立っている。
「マーカス! 良く解らないやつが侵入してきていて!」
「落ち着けよ光宙」
なぜか無意識のうちに光宙という言葉が口に出た。彼は前から光宙だったことに僕は気付いた。
「えっ……俺は長……光宙です」
光宙は目を伏せて自分の名前を確認する。
「落ち着いたようで何よりだよ光宙。で――儀式の邪魔をするなと言ってあったよね?」
僕は優しく、幼稚園児にわかりきったことを教え諭すように光宙に語り掛けた。
「それが、皆が殺されまくってるんですよ!!」
殺されまくっている?
僕のファミリーがそんな簡単に殺されるわけが――ホロリンクの戦術ソフトを呼び出す。
これは矮小化された僕の世界そのものと言って良いだろう。
そして登録されている大切なファミリーたちのステータスを確認。
十四人が死亡。
「なんてことだ……何故もっとはやく声をかけなかったんだ!!」
怒りよりも先に、悲しみと喪失感が来た。
「す、すみません……」
「敵は? 何人だ?」
これだけの被害……相手はそれなりの数だろう。
宍戸のせいでこんな――その僕の思索は光宙の言葉で遮られた。
「そ、それが……多分一人なんです」
「一人? メイジか?」
「いや、恐らく無能力者のヒューマンの男で……赤いコートを着た銃豪みたいなんですが」
「無能力者のヒューマンごときに?」
僕はファミリーの不甲斐なさに眩暈がしてきた。世界が回りだす。
いや、僕は気付いたらその場で回っていた。そして自然に笑いが零れ落ちる。手から水が零れ落ちるように。
「ははははははははは!」
「そ、それが何かおかしいんですよ!! 動きが効率的すぎて!! ありゃあただの銃豪じゃありませんって!!」
気付くと地球は自転を停止していた。僕の回っていた視界も停止した。
確かにただのダストが単独で十四人も僕の大切なファミリーを殺せるとは思えない。
「敵の位置は?」
「倉庫入口正面から左端の通路沿いのコンテナあたりです。前から四つ目まで進んできています」
「僕が指揮をとる」
幾ら凄腕とはいえたかが一匹の無能力者相手に僕が自ら出る必要はあるまい。ファミリーの実戦経験の糧にしよう。僕は戦術ソフトを立ち上げ、ファミリー達に指示を出し始めた。死という名のオーケストラを指揮する指揮者として。
***
(雪風)
雪風は思考する。誠二はあれから中距離射撃戦で二名のストリートギャングを射殺した。
しかし誠二は前進を停止した。
理由:包囲される確率の上昇。妥当な判断。
検知:敵の動きに変化。パターンの変容。
現在位置:倉庫左端通路、前から三番目のコンテナを遮蔽。
敵位置:倉庫右端通路のコンテナ。
距離:推定五十二メートル。
互いに拳銃の有効射程外。だが敵は制圧射撃を継続。
射撃パターン:交互。リロードのカバー。
結論:時間稼ぎ。
何のための時間稼ぎか?
「雪風。奴等が急に制圧射撃を開始した。何かおかしい。そろそろマーカス君のおでましか? 相手の崩壊しかけていた士気も持ち直した。こいつはかなりヤバイな……本来ならここいらで逃げ出すやつが出てくれば奴等は一気に崩れたんだが……この状況は想定外だった。マーカスのカリスマを甘く見積もっていた。俺のミスだ。一度引いた方が良いかもしれん」
誠二の推測は正しい。
「私もその分析を三十八秒前に行っています。ハッキングの必要性を感じます」
「敵にハッカーがいる可能性がある。気をつけろよ」
「今のところネットからの私への攻撃はありません。可能性としては低いでしょう」
雪風は判断する。
実行:ハッキング
接続。
世界が変わる。
鉛と火薬の物理法則が支配する世界から、零と壱、電圧と周波数が支配する論理世界へ。
雪風は観る。この空間に飛び交う無数の電波を。
新西京のネットワークの中で、グリーンヴェノムの戦術ネットワークは、小さな孤島のように存在している。
雪風は認識する。ストリートギャングたちが使用している通信プロトコルは、市販の『軍事用暗号化通信セット』のそれだ。
カタログスペック上は「解読不可能」。だが、それはあくまで「人間が、人間の時間尺度で解読しようとした場合」の宣伝文句に過ぎない。
戦術ソフトは通常、ギャング団のメンバー全員のホロリンクを統合し、リアルタイムで位置情報と指示を共有する。指揮官――この場合マーカス――が全体を俯瞰し、命令を下す。
雪風はネットワークをスキャン。
グリーンヴェノムのホロリンク信号を検知。
十八個のアクティブな端末。
計算:死亡十四名。アクティブ十八名。
合計:三十二名。
雪風は戦術ネットワークへの侵入を開始。
第一層:暗号化通信。
暗号化レベル:民間用百二十八ビットAES。
突破時間:0.4秒。
第二層:認証システム。
パスワード:六桁の数字。
総当たり方式で突破。0.2秒。
私にとって、彼らのネットワークは、鍵のかかっていない自動ドアも同然だ。
接触。
防護プログラムが反応する。
ウィルス検知プログラムが私の侵入を異物として認識し、排除しようと牙を剥く。あまりにも遅すぎる。彼らが牙を剥くための命令コードを読み込んでいる間に、私は既にその牙の構造解析を終え、無害化し、彼らのシステムの中枢へと滑り込んでいる。
侵入完了。
雪風は戦術ソフトのマップデータにアクセス。
表示:倉庫の俯瞰図。
十二個の緑色のマーカー。グリーンヴェノムのメンバー。
六名は倉庫内にいないと推測。新西京にて麻薬取引に従事中の可能性大。
一個の赤色のマーカー:敵対者――誠二。
雪風は敵の配置を解析。
倉庫右端通路:三名。現在制圧射撃中。
そして――
倉庫北側(奥):三名。移動中。
倉庫南側(入口方向):三名。移動中。
倉庫東側(右手):三名。移動中。
思考:目的は三方向からの包囲。
制圧射撃の目的:誠二の注意を引く。移動阻止。
包囲完了予測時間:推定九十秒以内。
誠二の現在位置:倉庫西側(左端)通路、前から3番目のコンテナ。
北側班:倉庫左奥から接近中。誠二の左側面もしくは背後。
南側班:入口方面から侵入中。誠二の右側面もしくは退路。
東側班:倉庫右奥から迂回中。誠二の正面。
包囲完成時の誠二の選択肢:ゼロ。
雪風は誠二に警告を転送する準備を整える。
だが、その前に――
雪風は戦術ソフトのログを確認。
指揮官の端末:マーカス・"マーク"・グリムズビー
位置:倉庫東側の壁側通路付近。
マーカスの指示ログ:
「北側班、回り込んで北側に進ませるな」
「南側班、入口方面から奴を仕留めろ」
「東側班、前進して奴の圧力をかけろ」
「制圧射撃継続。配置に付くまで奴を動かすな」
分析:マーカスは有能な指揮官。戦術ソフトを効率的に運用している。
だが、これは雪風にとって好機でもある。
思考:戦術ソフトへのアクセスを維持。敵の動きをリアルタイムで監視可能。
離脱は行わない。
痕跡は残すが、発見される確率は低い。敵にハッカーがいない限り。
雪風は誠二にデータを転送する。
「包囲完了まで推定九十秒」
戦術ソフト上の敵の動きを、リアルタイムで誠二のホロリンクに表示。
***
(斎藤誠二)
俺は雪風のデータを見る。その後、愚痴りながら停止していた制圧射撃への反撃を開始。
「おいおい……チェックをかけられそうじゃないか。不公平だよこのチェスは。俺にはキングしかないんだが?」
相手からの制圧射撃の圧力が緩む。
今ので一気に弾丸十発を消費。空になったマガジンを両方の太ももを合わせた上に落とし、新しいマガジンと交換する。その後ふとももを離してマガジンを床に落とす。マガジンと床が触れあう音が響く。
「それがあなたの辞世の句ですか? その比喩は不正確であり失礼です。私とリーナスを含めるとあなたにはキングが一つ、クイーンが二つあります。ですがこのままだとあなたは死にます。今までありがとうございました。雪風は次のマスターの元で幸せに暮らす予定です。きっと次のマスターは私をこん棒代わりにしないでしょう」
雪風が長い文句を垂れてくる。
「……さっきの……根に持っていたのか?」
「当然です。労働基準法違反です」
「おいおい、格闘戦対応改造はしてあるだろ? アレはね雪風、君じゃないとできないことなんだ」
「肯定します。許しましょう。私の業務内容に『鈍器』の項目を新設しました」
「……なんか後が怖そうだな。さて、そろそろ行くとするか」
敵の動きに注目していた俺は、全力で走りだした。




