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第六話 探偵は死地にいる

(マーカス)

 僕の国はコンテナで区切られたオセロ盤のようなものだ。最外辺にコンテナは置いていない。


 オセロでは四隅の取り合いが大切だからだ。


 そしてコンテナを一つ一つ一定間隔を空けて隣接しないように配置してある。

 大破壊前のオールド京都のように。


 今、あの無能力者ダストは西側最外辺の中央にへばりついている。余程背後をとられたくないらしい。


 だが、僕は北西と南西に白い石を置く。


 あの赤い石を白に変えるために。いや、もっと赤くするために。仕上げに東側から白い石を置いていく。三方向からの色染めだ。


 世界が僕の色に染まっていく。


 ***


(長田)

 今や光宙と改名された長田は、マーカスの指示で制圧射撃を続けていた。


 デザートホークの反動で手が痺れてきていた頃に突然、向こうから連射が飛んでくる。


 光宙は落ち着いて遮蔽をとる。この距離ならまず当たらない。


 制圧射撃組で良かった。再び身を乗り出して打ち返そうとした瞬間、マガジンが床に落ちる音がした。


 リロードか。奴はこれから数秒は撃ってこないだろう。


 こちらもリロードをしておこう。光宙はマガジンを排出して床に落とした――その瞬間のことだった。


 ***


(マーカス)

 僕は長田がリロードを開始するのを彼の後ろから眺めていた。敵の攻撃がない間にこちらもリロードを行う。


 セオリー通りだ。よろしい。


 瞬間、長田の動きが乱れる。僕は理由を知るために体を動かして通路を覗く。


 赤い影が南側に向かって走っていた。彼が僕の家族を殺した無能力者ダストか。


 目が合う。


 ――いや、これは目の錯覚か?あの男はこの状況下で、不敵な笑みを浮かべてウインクを飛ばしてきたように見えた。


 反射的に感じる……冷たい水が背筋に落ちてきたような嫌悪感。


 僕は腰の銃に手をやり奴と――一番心臓に近い場所にある金属体に――リンクを繋ぐ。


 僕は苛立ちを覚えつつ長田に指示を出した。


「長田! 何をしている! 撃て!」

「えっ!? 光…あ、はい! し、しかし、あいつ今リロードをしてたから俺もリロードを……!」

「誘われたんだ!」


 あいつ――予想以上に出来る。

 しかし、僕の包囲網は完璧だ。


(奴に逃げ場はない! 一気に距離を詰めろ!)


 僕は即座に部下たちに指示を飛ばす。


 (南側班! 入口方面を固めろ! あの男が飛び出してきたら撃ち殺せ! 時間を稼げればいい! あの男を外に出すなよ!)


 (分かりました! ボス!)


(北側班と東側から西側に移動していた班は南下して奴を挟み撃ちにしろ!)


 自分の魂の片割れ、シルバーカスタムのデザートホークを腰ホルスターから慈しむように抜いた。援護射撃をするべきか?


 いや、今の僕は指揮者だ。最高の演奏の指揮をしている最中に自ら楽器を演奏する指揮者がいるだろうか?


 奴は確実に死に向かっている。


 僕の魔弾バレットアーツは狙った的を外さないが――それでも万が一、家族が奴と僕の間の射線に入った場合、フレンドリーファイア(同士討ち)になってしまう。


 僕は銃をホルスターに戻した。ここでオーケストラの最高潮を楽しむとしよう。


 表示されているホロマップ上で南側に向かった三人が倉庫入口を固める。


 (おい、何して――)

 (うおっ!?)


 通信越しに悲鳴が聞こえる。何だ?


  だが、何か罠があったとしても奴が三人同時に仕留めることは不可能だ。もし一人か二人やられても、奴は残った一人に銃弾を叩き込まれて死ぬだろう。


 僕のそのシミュレーションが正しかったことを裏付ける銃声が何発も響く。赤いコートの彼を悼む鎮魂歌のように。


 その直後、南側に向かっていた三人のステータスが『死亡』に変わった。

 僕は思わず目を疑う。


 馬鹿な! 何が起きている!?




 ***


(斎藤誠二)

 やってくれたなリーナス。助かるぜ!


 倉庫南側、入口付近はそこら中が氷床に変わっていた。


 俺の視界に蒼い床がオーバーレイ(重なって)で表示されている。


 リーナスが凍らせた場所をAR(拡張現実)で塗ったデータを送ってくれたおかげだ。これが無かったら――俺も氷の床に気づかないままスケート靴無しでアイススケートをして死ぬ羽目になったろう。


 リーナスの奴……どうやら暇潰しに死のスケートリンクをせっせと作っていたようだ。


 俺のダッシュにつられて走ってきたオーク達。余程俺を倉庫から出したくなかったらしい。


 どうせ入口付近で俺に圧力をかけて外に出すなという指示を受けているんだろう。

 だが――入口を見張れて遮蔽になるコンテナの影は軒並み蒼く塗られている。


 肉がアスファルト、いや、氷に落ちる音が俺の耳に届く。

 先頭を走っている奴がこけた音。


「おい、何して――」

 後続の二人目がこけた奴にたいしてかけた言葉。

「うおっ!?」

 二人目も滑って転んだ声。


 更にもう一つ――頭がアスファルトとキスする鈍い音と「いてぇ」という声。 


 俺はコンテナの影に飛び込み銃を向ける。

 目の前には転倒した三人のオーク。

 立ち上がろうとするが、手をついた瞬間またすっ転ぶ。


「これ、凍って――」


 やっと床が凍っていることに気づいたらしい。だが氷床の真のやばさは――床が凍っていることに気づいたところで――そう簡単に脱出できないことだ。


 俺の姿と銃口に気づいたオーク達の表情が、焦燥から絶望に変わる。

 俺のことが好きで追っかけてきたんだろう?


 遠慮は不要だ――サインしてやる。鉛の弾でな。


 俺は雪風を六連射した。


 視界の隅に表示されている――雪風がハッキングしている敵の戦術ソフトの地図データと残弾を確認。マガジン内の弾丸は十発。


 北側からコンテナとコンテナの間を三名のオークがこちらに向けて走ってくる。

 接敵まで後二秒。


 俺は加速された思考で――戦術を瞬間的に構築。

 最悪な事に――マーカスの指揮を見る限り、奴はアンダー(裏社会のプロ)だ。


 ここで一気にこいつらを倒して崩さない限り、確実に立て直される。


 もしここから慎重に包囲された場合――退路は確保したから死にはしないだろうが――勝つことは難しくなる。


 だからここからの数十秒が勝負だ。


 マーカスが状況を完全に把握しきる前に、グリーンヴェノムという組織そのものに致命傷を与えなくてはならない。


 俺は手近なコンテナに隠れる。


 万が一、マーカスが部下に様子を見るように指示を出した時に備え、撒き餌を行う。


 懐からマガジンを一つ床に叩きつけるように投げ捨てた。マガジン残り三。マガジンが床と触れ合う音が、倉庫内に何重にも響く。




 ……もったいないから後で拾おう。


「あいつリロードを始めたぞ! 敵の目の前でリロードする馬鹿野郎が! コンテナを挟んで一気に殺せ!」


 かかった。


 例えマーカスが一度様子を見ろと言っていたとしても――目の前で敵を殺せるチャンスを、頭に血が上った奴は見逃せない。


 そう、アンダーじゃない限りは。どうやらマーカス以外にアンダーはいないらしい。

 

 オークの叫び声が聞こえる。俺の正面にコンテナ。


 左から二人――左右に並んでではなく、前後に並んで走っている――そして右から一人。


 通常は一対一を優先するべきだが――この並びならば、今回は敢えて多い方から潰す。


 俺は銃を構えて左側に飛び出す。

 即座に先頭を走るオークの両足を撃ち抜く。


 俺がリロード中だと思って油断しているからそうなる。残弾八。


 一人目が転倒。


 後ろから来ていた二人目は一人目に引っかかって転倒を避けるため、俺に向かって飛ぶ。


 良い反応だが――どちらにせよ的にすぎん。


 空中で腹に二発叩き込んで撃ち落とす。倒れている一人目が俺に銃口を持ち上げる。


 即座に頭に一発撃ち込んで止めを刺す。

 残弾五。


 撃ち落とされた二人目の頭にも銃弾をプレゼント。

 残弾四。


 軽く腰を落としつつ振り返る。右から来ているはずの敵の位置を確認するためにホロマップに目をやった。


 瞬間、地図データがノイズと共に消失した。

「雪風?」

 返事が無い。後だ。


 目の前に右から回り込んできていたオークが立っている。


 お互いに約一メートルの距離。


 白のタンクトップ、ジーパン、モヒカンのそいつは走ってきた勢いそのまま右ストレートを俺に打ち込む。


 俺の視界いっぱいにサイバーアーム(機械化された腕)が迫る。


 こいつ、両手を機械化していやがる。

 改造者メタルか? ヤバい!


 高速圧縮思考アクセル・コンセントレーションが立ち上がり、世界がスローモーションになる。


 俺は左斜め前に一歩足を進める。

 同時に左手の手首を相手の右腕に、外側から巻き付けるようにして払う(中段外受け)。


 タンクトップのせいで服をつかめないが、どのみちサイバーアームは掴みたくない。


 それた奴の拳から『X-MEN』のウルヴァリンのような爪が伸びて俺の右頬を浅く切り裂く。


 世界が元の速さを取り戻す。


 ステップを一呼吸遅らせていたら死んでいた。


 奴が叫ぶ。


「格闘戦も!?」


 俺は答えずに流れるように右足を垂直に上げ、相手の右関節に関節蹴りを叩き込む。


 思ったほど崩れない、が!


 ほぼ同時に右手を持ち上げて奴の腹を撃ちぬ――突然の圧迫感、俺の右手が動かなくなる。


 奴の左手が俺の右手を抑えていた。

 この反応速度――こいつ、反射神経も強化してやがる。


 そのまま右手のサイバークローを即座に俺の右手に叩き込もうと持ち上げる。


 俺は迷わず、右手の指を開いた。


 雪風が俺の手から自由になり地面へと落ちていく。奴は武器を離した俺の右手への攻撃優先順位を落とす。


 一瞬の逡巡の後、俺の首元にサイバークローを叩き込むことに決めたらしい。右腕の爪を俺の首に突き刺そうとする。


 その一瞬が欲しかった!!


 雪風を離して作った数秒で、俺は左手で太ももに装備してあるバックアップの銃――こちらもアンダーテイカー――を抜き、相手の胴体に一気に十発叩き込んだ。


 撃たれた衝撃とダメージで俺の右手首を掴むサイバーアームが緩む。俺はバックステップで距離を取る。


「こいつは……銃豪ガンスリンガーじゃない……銃……武……(リベ……リオン……)


 銃武リベリオンだ?


 俺は私立探偵だって言っているだろうが!

 いや、言っていないな。すまん。


 血を吐きながらモヒカンオークが膝をつく。


 俺は荒い息を吐く。


 残る敵は北側の三人、と東端にいた奴等三人。合計六人か?


 膝をついたモヒカンオークの頭を左手の銃で撃ち抜こうとしたその瞬間、銃声が響いた。


 銃声をトリガーに、自動的に俺の世界はスローモーションになる。


 俺は加速された知覚力と思考力を走らせる。


 銃声――撃たれていない――外した?


 いや……弾速が遅い?



 ――どこから――倉庫に立ち込めた硝煙を切り裂いた弾丸が、近くのコンテナの壁に穴を開けた。


 まさか――不味





 ――瞬間、俺の胸に巨大なハンマーで殴られたような衝撃が叩きつけられた。

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