第十四話 黒猫とギャルと死の苺
十一月九日 午後六時三十五分
新西京二区 新西京・ネクス・ジェネシス拠点
(斎藤誠二)
銃声、怒号、悲鳴、厚い鉄に銃弾がぶつかって跳弾する音が、左手の扉から俺の耳に飛び込んでくる。
扉にいくつも弾痕が空く。
開けたくないな……明らかにヤバいだろう。
俺はリーナスに手早く指示する。
「リーナス。二階を探索して五十嵐結衣を探してきてくれ」
「よかろう」
リーナスは尻尾を振って返事をした。
「俺はあっちのパーティーでどんな催しが行われているか見学してくる……かもしれん」
「楽しんでくるがよい」
リーナスは階段を駆け上がっていく。楽しんでくるがよいだって? 本気か?
明らかにサバトに飛び入り参加するほうがましなレベルのイベントが起きてるだろう?
すると突然――――
――――ラジオのスイッチを切ったかのように音が消え、静かになった。
俺は扉の前で、こいつを開けるべきか悩んでいた。
これは開けない方が良いのでは?
藪蛇になるのでは?
弾痕から中を覗いてみるべきか……ちょっとどきどきするな。
***
(リーナス)
我は、天頂へと続く冒涜的なまでに長い階段を、重力という名の古き呪縛を嘲笑いながら踏破した。
踊り場で華麗なる旋回を披露する我。
下層で這いずる誠二には、この高みに潜む真理を覗くことなど叶うまい。
二階という名の未知の階層に到達。
正面には排泄の儀式を司る二つの祭壇――「お手洗い」なる卑俗な空間。
左手には、無限の暗闇へと繋がっているかのような廊下が伸び、その両脇には何の変哲もないがゆえに、かえって薄気味の悪い六つの扉が、閉じられた死神の瞼のように並んでいる。
我は今入ってきた玄関に向かい合うように立っているわけだ。
階段で百八十度回転したといえよう。
我は至高の、かつ形容しがたき柔らかさを秘めた肉球を使い、右手の重厚な扉を押し開く。
そこは狂気の色に染まった大広間であった。名もなき獣の皮を剥いで作ったかのような巨大な長椅子。緑色の羅紗が敷かれた祭壇の上には、不吉な色彩を放つ数多の球体が転がっている。
そして視線の先には、異界への門か。
巨大な金属の扉が聳え立ち、その上部には不吉なルーン文字――『2、1、B1』と刻まれている。
エレベーターなどという文明の利器を装った、地下の深淵へ至る道標だ。
部屋の中には知性の欠片もなさそうな金色の長髪、だらしなく黒い長袖のシャツに緑色の良くわからぬ長ズボンを履いた若い猿がいた。
猿がその濁った瞳をこちらに向ける。
奴の死んだ魚の眼球は、我という「絶対的真理」を捉えた瞬間、宇宙的恐怖に直面したかのように震度三級の振動を始めた。
「何なんだあの悲鳴と銃声は……何が起きているんだ……えっ……なんでここに黒猫が……まじ意味わかんね……」
猿が、深淵の縁で正気を失いかけた預言者のようにうわごとを漏らす。
誠二という名の俗物が、背後の憂いを断つために「間引け」とのたまっていたな。我は小さく、しかし深遠な溜息を吐いた。尾の先端を、その無価値な猿の眉間へと静かに向けた。
「クトゥグアの息よ」
高速詠唱によって、因果律は歪められた。尾の先から放たれた極限の熱線は、時空を裂いて猿の脳漿を焼き払う。生前も死後も、その灰色の脳細胞に詰まっていたのは無価値な塵芥に過ぎぬ。
猿は一言の断末魔も残さず、静かに虚無へと帰した。
もはや我の興味は、崩れ落ちた肉の塊にはない。
室内の「真の宝」へと注がれた。おお! 視よ!
そこに鎮座ましますのは、時空を超えた幻視を映し出す、人知を超えたサイズの「聖遺物」ではないか!
あの大画面であれば、我が愛する『装甲騎兵』たちの無機質な闘争を、網膜に直接焼き付けることができよう。
「誠二に、この聖遺物を運ばせる栄誉を授けるとしよう」
我は満足げに踵を返し、反対側の廊下――さらなる深淵へと足を踏み出した。
***
(五十嵐結衣)
拉致られてからマジで丸一日。時計とかないけど、体感でそんくらい。
つーかマジ最悪なんだけど。テンサゲ通り越して、もはやメンタルが虚無。
これ詰んでね?
これから私、どうなっちゃうの?
ワンチャン海外とか売られたりする?
怖すぎて草も生えないんですけど。
手足は縛られてないけど、殺風景な個室に放り込まれて、置かれてるのはぬるいペットボトルのジュースだけ。
歩と一緒に食べようと思って買ったお寿司、悪くなりそうだったし食べちゃったけど、マジで虚しい味しかしなかったわ。
後は今日買った強力ドライヤーの入った包み……
「ちょっとぉ! お腹ペコすぎて胃袋消滅するんだけど!? 何か食べ物持ってきなさいよ! ウーバーとか呼べないわけ!?」
ベッドとショボい机、あとは電源も入んないホロテレビだけの殺風景な部屋。
ヤバ……さすがにちょっと泣けてきた。エグい。
歩、助けてよ……。
その時だった。扉の鍵がカチャリとか言って開いて、そこに立ってたのは――なんか、リュック背負った黒猫だった。
「貴様が五十嵐結衣か?」
そして喋った。
「……えっ? 猫が喋った? 待って待って、マジ意味不なんだけど! これ幻覚? でも、まって……しぬほどプリティじゃん……尊すぎて語彙力溶ける……!」
「もう安心だぞ、ポルナ――」
「いやー!! かーわーいーいー!!」
思わず私は部屋から飛び出る。そして黒猫を抱えて抱きしめた。
「止めぬか!! 不敬!! 不敬である!!」
「はいチーズ!!」
写真を撮影した。
ん?
誘拐されて部屋に放り込まれたときに何かホロリンクの無線接続が繋がらなくなってたんだけど繋がる?
マジでラッキー。
あ、この部屋アンテナ立たない感じの部屋だったってわけ?
電波悪すぎ~
***
(斎藤誠二)
俺が弾痕から室内を覗こうとした瞬間――扉が勝手に開いた。
蝶番の立てる金属音が俺の耳にたどり着いて息絶える。
開いた扉の先は一面クリーム色の壁紙。灰色の絨毯。
めちゃくちゃに広い――外から見たとおりだ――奥行き三十メートルはありそうだ――居間には灰色で統一されたソファ、机、椅子が乱雑に置いてある。いや、置いてあった。
壁紙と絨毯は元の色を保っている部分の方が少ない――血の色に、いや、血に染まっている。
天井にはスプリンクラーか?
ヒューッ、金持ちは違うねぇ。
家具はほとんど原型をとどめていない。
そして辺りには死体が大量に転がっている。
ざっと二十人か。
そして居間の一番奥、高さ、幅が三メートルの巨大なエレベーターの扉が目に入る。そのエレベーターから出てきたと思われる全高、全幅二メートルの巨大な、黒光りする――鋼鉄の苺が鎮座していた。
いや、正確には当然苺ではないのだが……下部に無限軌道、その上に鋼鉄の苺を乗せた姿。
俺はアレを知っている――如月社製アイアンベリー。通称死の苺。キャッチフレーズは『この苺を味わうとき、そいつは死んでいる』だ。
正直意味がわからん。
市街地の対人掃討作戦用に開発されたこいつは地上から八十センチの高さに東西南北に九ミリパラベラムを発射する小型機銃を搭載。また地上から一メートル五十センチの高さに北東、北西、南東、南西の方向をカバーする同じ形式の機銃を搭載。
つまり八方向への同時射撃が可能。
その鉄の装甲は三センチ。俺の徹甲弾では抜けない。
同一点連続射撃をぶち込めば貫通できるかもしれないが、あのでかぶつに銃弾を一発無理やり貫通させたからってどうなるってんだ。
眩暈がする。
苺がこちらを認識したようだ。
「あ、どもー……僕、通りすがりのものなんでぇ……じゃ、そゆことで」
俺は紳士らしく片手を挙げて挨拶をしてやる。
苺は俺の丁寧な挨拶を無視して無限軌道を震わせながら位置を変えた。
そして機銃をこちらに向け掃射。
小気味良い機銃の掃射音に追いつかれる前に俺は玄関口に飛び込んだ。




