第十三話 蒼穹の追跡劇
(斎藤誠二)
リンクスの叫びが耳を打つ。
完全に俺の読み負けだ。
「リンクス。良いニュースだ。お前の仲間は無事だ」
「それは良かった。けど――」
「ZXは諦めろ。お前の仲間達を放り出してカーチェイスするわけにもいかん。何せまだ俺達は五十嵐結衣を確保していない。すまん、今回は俺の敗けだ」
その言葉を、俺は絞り出すように紡ぐ。
だが……一時の感情に身を任せて優先順位を違えるわけにはいかない。
「クソ!! 誠二――断言できる。あいつはまた、必ずやる」
「解ってる……解っちゃいるが……最初に優先順位を確認したはずだ」
俺だって今すぐ全てを放り出してあのクソ野郎を追いかけたい……しかし……独りで不安に震えている五十嵐結衣のことを思う。
会ったこともない子だが、きっと明るく、気さくな良い子なのだろう。
俺はヒーローじゃない。全ては救えない……今は彼女を優先する。
その時、黙っていたアークが口を開いた。
「誠二さん。追いつけるなら僕とリンクスで追いかけても――良いんですよね?」
「アークお前……何を言っている」
「僕の秘密兵器――ブラックドラゴンDー206――ならリンクス君をぶら下げて追えます」
何だそれは?
雪風が補足を行う。
「ブラックドラゴンDー206はアキュレイト社が開発した全長ニメートル五十センチのドラゴン型の中型ドローン。分解して折りたたんで収納可能。小型ジェットエンジン搭載。四十キロまでの荷物をぶら下げて極めて高速で飛ぶことが可能です。ルートさえ確保出来れば追いつけるかもしれません。ただし航続距離はあまり長くないはずです」
「リンクス君の体格ならぶら下げて飛べますよ!!」
あの登山用にしかみえないでかいバックパックに入れてたのはそれか――何やら金属音がホロ通話越しに届く。
勝手に展開しだしているらしい。
奴を追えるのか……だが……それでも俺は迷っていた。
「誠二、行かせてくれ。今まで生きてきて、ストリート育ちの不健康児で良かったと思ったのは初めてだ。今このチームで奴を追えるのは俺とアークだけだ」
リンクスが切迫した声を挙げる。
俺は――敢えて言わなかった、言いたくなかった事実を告げた。
「リンクス。ZXはメイジの可能性がある。もしそうだったら今のお前じゃ勝てない」
「それは――」
リンクスの声が途切れる。
それでいい。
「だから、やめておけ」
俺はリンクスを失いたくはなかった。あのクズを殺せる可能性が少しでもあるのならば――送り出すべきだ。だが……だが、それでも俺はリンクスが死ぬ可能性の高い場所へ彼を行かせたくなかった。
「誠二さんが俺の立場ならどうするんだ?」
そのリンクスの意外な一言は、俺の迷いを殺そうとしていた。
「……」
「ここであいつを見逃したら、俺は一生後悔する。それは嫌だ。あんたが教えてくれたことだ」
リンクスが必死に言い募る。
「……」
俺は何も言えなかった。
それでも死ぬ可能性の高い場所へリンクスを送り出すことは――
「ふ、誠二……貴様の負けよ。行くがよいぞ、リンクス」
勝手にリーナスが許可を出す。
「……命をチップにすることになるぞ?」
俺は最後通牒のつもりで声を絞り出す。
「どうせあんただって、いつもしていることだろ?」
リンクス――こいつは――あっという間に、一人前のアンダーになってたらしい。
ならば俺に止める権利はない。
俺に言える言葉はもうこれしかなかった。
「行ってこい。車のダッシュボードに手榴弾が一つ入ってる。お守り代わりだ。持っていけ」
「ありがとう、誠二」
リンクスがありがとうだと?
明日は雪だな。
「雪風、ZXの移動経路の算出と二人のフォローに全演算能力を回せ。こっちは良い。自前でなんとかする」
「了解しました誠二」
***
(アーク)
誠二とリンクスのやり取りを聞きながら僕は感動していた。
なんて格好いいやり取りなんだ!!
僕も混ざりたい!
だが、今はそれどころじゃない。急がなくては。
「リンクス君。僕は機手だ。今から人機統合する。任せてくれて良いよ。僕は機械の魂をハックする!! これこそがソウルハッカーだ!!」
車の後部座席で目を閉じる。意識がブラックドラゴンDー206と一体化する。
まずは両手両足の先についているジャイロで空中に浮かぶ……浮遊感が僕を包んだ。
リンクスがやってくるのが視える。
(リンクス君。お腹のところにある懸架用のでっぱりにハーネスの釘をひっかけてロックしてくれ。そしてハーネスを自分に結び付けるんだ)
「これ、荷物用じゃねーか」
ぶつくさ言いながら地面に落ちているハーネスを拾ってリンクスがセットする。
僕は翼をはためかせて斜め上を向く。仰角は十五度。
胴体下部に埋め込まれたエンジンに点火。
(アーク! いきまーす!!)
僕たちは今、空を駆ける流星となる。
リンクスが悲鳴を挙げている気がするが――気のせいだろう。
今更引き返すことはできない。
***
(斎藤誠二)
通信を切った俺はリーナスと二人で正面扉を蹴り開ける。
いや、リーナスは俺が蹴り開けるのを偉そうに後ろで眺めていただけだが。
正面に階段。右手に廊下が伸びている。正面階段脇に通路が三メートルほど伸びていて個室の扉が二つほど並んでる。
鍵付き。恐らくトイレ。
左手は扉。恐らく開ければすぐに居間だろう。人の気配がする。
まず二階を調べるか……階段はリーナスの魔術で凍結しておけば登りにくくなるから背後から襲われにくい。
降りるのは飛び降りればいいから楽だし、なんなら二階の窓から地上に逃げるという手もある。
その時だった、悲鳴と銃声のスタッカートが始まったのは。
左手の居間で戦争でもしているのかと言わんばかりの銃声が爆発していた。
何だ? 何が起きている?




