第十二話 黄色と青色
(斎藤誠二)
俺は戦術ソフトを立ち上げるとリーナス・アーク・リンクス・俺・雪風でユニットを組む。
「アーク。五十嵐結衣のホロリンクのIDを寄越せ」
「解りました」
送られてきたIDをIFFに登録。
「これで五十嵐結衣が俺達の射線上に飛び出てきても自動的に武器のロックがかかる」
「成程! 流石はアンダーですね!!」
アークが感嘆の声を上げる。いや……感激しているところすまないのだが、普通のことだ。
「ナイフや投擲武器はもちろん止まらんから気をつけろよ。グレネードは範囲内に居る場合起爆強制停止措置がかかるが――俺しか持ってないな」
ただ、俺は最悪の可能性をあえて口にしていない。ここに五十嵐結衣が居ない可能性だ。勿論九割以上の確率でここに捕らえられていると俺は確信している。
しかし、そもそもこいつらが五十嵐結衣を誘拐していないかもしれない。
そして、誘拐していてもここに監禁していない可能性もある――だからこそ是宮のホロリンクは入手しておきたい。まぁそこらの三下のでも五十嵐結衣を誘拐したかどうか、そして監禁場所はわかるだろうが。
思わず苦笑が漏れる。
立体映画や立体ドラマなら都合良く誘拐した組織で確定し、誘拐された可哀そうなヒロインが確実にいるわけだが……現実はこうだ。
誘拐したかどうかも暫定的。にも関わらず強襲をかけて殺戮を行う。
これで自分を正義なんて言える奴こそが悪人か狂人だ。
とはいえ、やれることをやるしかない。
「雪風、センサーは?」
コテージの正面、百メートルの地点にある茂みに俺は身を隠した。
まずコテージを見回す。
コテージは富裕層がこういった別荘を構える際に好む外観の一つ、コロニアル様式のでかい洋館だ。
外装は白に塗られている。二階建て。
ちょうどど真ん中に両開きのでかい玄関扉が見える。
そして地下へと続くと思われる下り坂が玄関の右手に見える。
地下に直通でいける――つまり地下駐車場がある可能性が高い。
玄関扉の左側にはでかい曇りガラス――灯りが漏れている。
右側は小さい窓ガラスが三つほど見える。
二階も同様。
恐らく一階の左側は広い客間兼居間。
一回右側は風呂・トイレ・キッチン。
二階の左側も広い居間……こちらはプライベート用だろう――右側はトイレや私室と想定。
地下もあるとすると地下に駐車場や監禁する用の部屋などがある――可能性。
ただ、監禁するだけなら二階の私室でも良さそうだな。
ざっと脳内での構造シミュレートを済ませる。
「赤外線、動体センサーが検知されました」
俺の視界にセンサーの位置と想定される検知範囲が表示される。
「監視カメラが二台ほどあるな……死角はあるが、その死角を補うようにセンサーが配置されている、か」
手持ちの装備を確認する。熱煙幕手榴弾、ペッパーパンチ手榴弾、炸裂手榴弾、チャフ手榴弾、ジャミング用手榴弾を各一個。
ここでジャマ―を切るか?
いや、流石にそれはないな。
「リーナス」
「何だ」
「リュックを預かろう」
「荷物持ちか。関心である」
「ちょっとそこを三周してきてくれ」
「何故だ!!」
ええい! いちいち逆らうんじゃない!
「動体センサーにあえてお前をひっかける。そして猫かよ……ってさせる。ほら立体映画でよくあるやつだよ」
「おぉ!! 成程。我がプリティな身体で奴等を煙に巻くということか」
「そういうことだ」
リーナスは嬉しそうにしっぽを振りながら中庭へ向かって歩いて行った。
しばらくすると監視カメラが動いてリーナスを捉える。
その隙に俺は玄関扉まで辿り着く。
監視カメラが興味を失ったかのように元の位置に戻った。
リーナスが俺の処にやってくる。リュックを再度装着。
さて、地下駐車場から攻めるか?
ちらっと地下へ降る坂道に目をやると、シャッターが下りている。
本当は地下から攻めたい――背後を取られ難いし逃走用の足も潰せる――のだが、
シャッターか。
階段を三段登ったら玄関扉があるその階段の脇――すぐそばには地下へと降りる坂道の入口がある――にしゃがんで悩む。
すると少しコテージの雰囲気が変わる。
人が動き出している気配がする。
まさか――?
是宮は想像以上に頭が回る……?
「誠二……寒いのだが?」
寒風に吹かれるのに嫌気がさしたであろうリーナスが文句を垂れる。
「待て、リーナス。そこを凍――」
俺の言葉をバイクのエンジンが挙げるうなり声が遮った。
馬鹿野郎が、マフラーを改造してやがる。
ホロメッセージでリーナスに指示を送りつつ腰の|アンダーテイカーカスタム《口径十ミリの拳銃――雪風搭載》を抜き放つ。コンバットゴーグルを着用。
シャッターが金属がこすれる音を立てて高速で天井に引き上げられる。
同時にリーナスのリュックから液体窒素缶が射出されて炸裂する音がバイクの爆音の合間を縫って俺の耳に届いた。
クソ!
金持ち仕様のシャッターは開閉も特別仕様らしい。
四台のバイクがこちらにライトを向けて一気に加速する。
不味い、ライトが眩しくて何も見え――コンバットゴーグルが大光量補整を行い視界がましになる。
その時にはバイクは坂道を駆けあがり俺とすれ違っていた。
が、一台のバイクがスリップして転倒。
リーナスに路面凍結の指示を出していたからだが――流石に全面は無理だったか。
俺の判断ミスだ。判断が遅すぎた。
残り三台が走り抜ける。タンデムしているバイクはない。黄色いパーカーを着用している奴は――駄目だ、遠い。
仕方がない。
俺はしゃがんだ姿勢で一番手近な奴のバイクの後輪に向かって銃を六連射。派手にバイクが転倒する。
残弾九発。
路面凍結でスリップしたバイクのライダーが呻いているので頭に一発打ち込んで黙らせる。
話はあちらの転倒したバイクのライダーに聞かせてもらおう。
「リンクス、バイクが二台逃げた。黄色いパーカーを優先して止めろ」
「解った――りました」
その時、俺の耳に金属がこすれ合い、地面を削る音が飛び込んできた。
「これは……キャタピラの音?」
すぐに音は消える。
「……何かおかしい」
この違和感は不味い。
戦場で思考にとらわれ過ぎたら死ぬ。だが考えない奴も死ぬ。
一瞬悩む俺の視界に坂道をよろよろと登ってくる薄汚れた十歳から十五歳くらいの少年少女の集団が現れた。
俺は理解した。
可能な限り証拠を消すつもりか――五十嵐結衣は無事だろうが逆に――
「雪風! ハッキングを開始しろ! ばれてもかまわん!!」
雪風に叩きつけるように指示。
「そこのお前等!! 俺はお前等の仲間のリンクスの師匠だ!! ここは戦場になる! ちょっといった先に赤い車が止まっている! その車の所に居ろ! 飯を奢って風呂に入れた後、家まで送り届けてやる! 急げ!!」
リンクスの名を聞いて警戒を解いたらしい。
子供達はそそくさと走り去る。
「リーナス。こそこそしていられん。侵入するぞ」
「最初からそうすれば良いのだ。やれやれである」
「そりゃすみませんね」
転倒させたバイクのライダーに止めをさして俺は玄関前に向かった。
***
(リンクス)
暗い闇の中、俺は石像のようにしゃがみこんでいた。
路地裏の塵溜めで育った俺にとって、闇は古くからの知り合いだ。
だが、そいつとジュースを酌み交わしたいと思ったことは一度もない。
だというのに、今夜はどういうわけか、この冷たい暗闇が自分の肌の一部になったかのような錯覚に陥っていた。
誠二の声が、耳の中の通信機から泥を跳ね上げるような音を立てて響いた。
「リンクス、バイクが二台逃げた。黄色いパーカーを優先して止めろ」
「了解――しました」
ZXが逃げ出したらしい。あの軽薄なクズが、沈みゆく船から真っ先に逃げ出すネズミの真似をするのは、世界が明日も回るのと同じくらい当然のことだった。
コンバットゴーグルが提供する青白い視界は、夜の真実を容赦なく暴き出す。
バイクの爆音が、静寂という名のカーテンを暴力的に引き裂きながら近づいてきた。
黄色いパーカー。あいつか。
俺はクロスボウを構えた。呼吸を止めると、心臓の鼓動が指先に伝わる。
俺は落ち着いて狙いを定め、鋼の矢をバイクの前輪に吸い込ませた。
時速百キロを超える鉄の塊の前輪に、三本の矢が同時に突き刺さるとどうなるか?
答えは簡単だ。
物理法則という名の冷酷な審判が、ライダーに重力への服従を命じる。
バイクは派手な弧を描いて吹き飛び、黄色いパーカーはまるで千切れた蝶のように宙を舞った。隣を走っていたもう一台のバイクは、友情などという安っぽい概念を持ち合わせていないらしく、そのまま暗闇の奥へと滑り去っていった。
地面に転がり、肺から空気が漏れるような音を立てている黄色いパーカーに俺は歩み寄った。慈悲など、この街の質屋に持っていってもチロルチョコの代金にもなりゃしない。
俺は残りの矢を、そいつの胴体に二本、事務的に撃ち込んだ。
最期に、そいつの頭に最後の一本を。カートリッジを交換する金属が触れ合う音だけが、夜の静寂に心地よく響く。
残り二カートリッジ。
俺は死体の顔を覗き込んだ。
そして、胸の奥で何かが凍りつくのを感じた。
違う。
こいつは是宮じゃない――ZXじゃない。
「誠二! 黄色いパーカーはデコイだ! 逃げた青いパーカーの方が本命だ!」
俺の声が、闇の奥へと静かに消えていった。




