第十一話 大掃除の前夜祭
十一月九日 午後六時二十分
新西京二区 新西京・ネクス・ジェネシス拠点付近
この季節、この時間ともなれば、世界は完全に色を失う。農業区という名の荒野を、淀んだ暗闇が毛布のように覆い尽くしていた。市街地ならばネオンの灯りが電灯代わりにストリートと人々を照らし出すが、二区は農業区という特性上、その輝きは届かない。
何故か胡椒と唐辛子の香りのする車内から俺は闇を見つめる。
ところどころに存在するコテージやバンガロー、民家が暗闇の大海の中に浮かぶ漁船のようにぽつりぽつりとその存在を主張していた。
何故誠二が俺の装備を黒塗りに拘ったのか俺は理解した。
暗闇に溶け込み、相手に察知される前に殺すためか。魔法使いでもなく、改造者でもない俺――無改造者でもあり無能力者でもある――はそれが一番無難で確実な戦いかたなのだろう。
戦いへの興奮からか、それともZXを今度こそ殺せるからか、俺は身体の神経が軽くうずく感覚を抱いた。
一方で斎藤誠二はそのトレードマークの赤いコートを着替える気はないようだ。
視界の先には大きなコテージ……闇の大海原に浮かぶクジラのようだ。
「結局、すべては金か」
吐き出した言葉は、冷たい空気に触れてすぐに消えた。
「よせよリンクス。金で買えないものなんて、この世には五万とあるぜ?」
誠二が、まるでバーでカクテルのレシピでも教えるような軽さで言った。
「何だよ。そんなもん、この街のどこにある」
「そうだな――例えば、俺の最高のウインクとか」
男はそう言って、本気で片目を閉じてみせた。
胃の底から苦いものがせり上がってくるのを感じる。
こいつは、地獄の門番にだってジョークを飛ばすに違いない。
「いや、金がなければサブスクに加入してアニメが観れぬ。リンクスの言う通りよ」
リーナス師匠は、相変わらず自分の哲学という名の毛玉を吐き出している。
「お金なんかより大切な物はありますよ!!」
アークが相変わらず青いことを言う。
「例えばなんだよ?」
アークの回答はコーラを飲めばげっぷが出るくらいにわかりきっているが聞いてみよう。
「えっと――愛とか?」
予想通りだ。なので用意しておいたカウンターを叩き込む。
「……童貞が愛を語るのは、一度もリングに上がったことがない奴がボクシングの極意を語るようなもんだ。滑稽すぎて、涙も出ないな」
「ど!? な、なんて失礼なんだ! ぼ、僕は――」
「リンクスとアークの議論は大変興味深いですね。性行為の有無が、人類の定義するところの謎の感情の一つである愛について語る資格の有無に関係があるとは私個人の分析では関連性はありません。しかし、性行為が愛を伴うものであるという前提に立てば――」
雪風の論理は、いつだって俺の理解を置き去りにして加速する。
「人類の繁栄のための営みについての議論は大いに結構だが――人類のカスを間引くための作戦会議をするぞー」
誠二が諦めきった口調で議論を止めた。
***
(斎藤誠二)
「残念ながら、あの違法建築のフルコースの見取り図は手に入ってない。この街の金持ちどもは、脱税用の隠し部屋と死体置き場を増やすのが趣味だからな」
俺は敷地の図を呼び出して全員に提示して解説を行う。
「初期の段階ですでに地下室と地下駐車場の存在が確認されています。」
雪風が補足を入れる。
「で、俺達はどうするんだ――ですか?」
リンクスの質問に俺は答えた。
「優先順位を叩き込むぞ。第一は五十嵐結衣の身柄確保だ。そういえば失踪当日の服装や髪型はどうなってるんだアーク」
まずは依頼の完遂。これがプロの作法だ。
「……えっと……ゲームに夢中でみてなかった……です……彼女……その日の気分で服装や髪型結構違うから解りませんね……」
申し訳なさそうにアークが言う。
……。
沈黙がアークをちくちくと刺す。
そうか……まぁ、見ていなかったものは仕方ないよな……
気を取り直して俺は言葉を続けた。
「第二はリンクス、お前の仲間のガキどもだ。まだ出荷前で残っていれば、ついでに拾ってやる」
リンクスが無言で短く頷く。
「第三は本田是宮――ZXの頭を撃ち抜いて、その腐ったホロリンクを剥ぎ取ることだ。是宮をゼクウと呼んでゼットエックスとはな」
「何でですか! 盗みですか!?」
アークがまた正義の味方のオーディションみたいなことを言い出す。
正直、一度殴って黙らせたい。
「あのな……奴の端末には、取引相手のクズどもの名簿が詰まってる。それをアルゴスに投げつければ、この街のゴミが多少は減るんだよ。エコ活動だと思え」
「えっ――凄いじゃないですか! やっぱり誠二さんは正義の――」
凄いと叫んだ後、「やっぱり正義の味方じゃないか……」とかブツブツ言っているが、こいつの脳内お花畑をこれ以上除草する時間はない。
「恐らく、五十嵐結衣はニュースを流した時点で無事だろう。本田是宮が糞馬鹿なら逆に輪姦されて殺されたりなんやらで滅茶苦茶にされている可能性はあるが――」
アークの顔が凍り付く。
「まずない。安心していい。なぜか? これから捕まる可能性があるのに自分から罪を増やす奴がいるか? 本田是宮はそこまでの馬鹿じゃない……はずだ」
アークの顔が安堵に染まる。
「裁判所で『たまたまネットで知り合った変態にそそのかされたんです!!』とかそんな糞みたいな言い訳が通らなくなる。わかるか? 敏腕弁護士団の弁護プラス陪審員の買収による執行猶予付き仮釈放という、ほぼノーペナルティエンディングを奴は自ら潰しはしないはずだ」
「糞が」
リンクスが吐き捨てるように言う。
「だからこそ僕たちが奴を!!」
今度アークが正義馬鹿なこと言ったら窓から放り出そう。
「で、リンクスの仲間達がもし生きてるなら――まぁいちいち今構う余裕もないだろう。何なら今日入っていたかもしれない取引がキャンセルされて宙に浮いてる可能性だってある」
そうだと良いんだがな。俺は言葉を続ける
「奴等は恐らく二十人から三十人くらいだろう。皆殺しにするのは大変だ。なので優先順位を考慮して行動すること。良いな? 見かけたら確実に殺すか無力化しろ。後ろから撃たれる可能性がある。だが、一目散に逃げる奴は無理に追う必要は無い」
「ハッキングはどうするんですか?」
アークが聞いてくる。
「俺達が突入するタイミングで雪風とアークが仕掛ける」
「事前に制圧する方が良いのでは?」
「もしハッカーが居てお前たちのハッキングがばれたらこれから襲撃するよ。と大声で宣言しているようなもんだ」
「僕と雪風なら大丈夫ですよ!!」
「根拠がない。駄目だ」
「僕が一番うまくハッキングできるんだ!!」
アークが叫ぶ。
「おぉ!! アーク少年!! ハッキングするときはアークいきまーす!! というのだな!?」
リーナスが尻尾をブンブン振って喜んでいる。
いかん、この猫とガキを共鳴させると話が宇宙まで飛んでいく。
「アークは車内で待機。というかトランクに放り込んだお前のあのデカいバックパックは何なんだ」
「アレですか――聞きたいんですか? あれはですね、秘密兵――」
「で、あのコテージはそこら中が窓だが……」
「ちょっと! 聞いといて無視ですか!!」
「防弾の可能性が高い。なので俺が正面玄関から乗り込む」
文句を言っていたアークと、黙って聞いていたリンクスが狂人を視る眼差しで――いや、世界一のイケメンを視る眼差しだな――見つめてくる。
「で、逃げ出す奴がいたらリンクス、お前が狩れ。クロスボウならほぼ音がしない。まず足を撃って足を止めろ。その後で胴体に何発か、可能なら頭に撃ち込め。お前は奴等に存在していない空気になるんだ。ただし、触れたら死ぬ毒性のな」
「待て。我は?」
リーナスが質問をしてくる。
「一番派手なのが好きだろ? つまり俺と一緒だ」
「仕方あるまい。つきあってやろう」
嬉しそうにリーナスは尻尾を振ってふんぞり返った。
「大変光栄でございます。じゃ、これをつけてくれ」
俺はリーナスに魔術師用触媒(空気圧縮缶二個、窒素圧縮缶一個、チタン粉末圧縮缶二個)の詰まった猫用リュックと尻尾につけるハロゲン熱と冷却切り替え機能のついたポインタを渡す。
「……まさか……あのコテージには至宝が眠っておるのか? それを入れるためのリュックか?」
「……。いや、無い」
「なん……だと……」
しょげるリーナス。
悪いが毎回こいつのためにフィギュアを用意してられん。今回は諦めてもらう。
「リーナスさん……よければ僕のニューガンダムのガンプラを……」
アーク!? 要らないことを!?
「くっくっくっ……殊勝な態度ではないか……たとえ童――」
「そ、それは今、関係ないですよね!!」
大丈夫かこいつら……さて、ゴミ屋敷を『大掃除』する時間だ。




