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第九話 盤上の包囲網

 十一月九日 正午三十分

 新西京三区 大黒天通り 斎藤誠二探偵事務所

(斎藤誠二)


 戦闘開始だ。俺はホロ通話をかけた。相手はジェーン。

 新西京トラストニュース所属、プロデューサー兼ニュースキャスターだ。

 ついでに昼飯を作り始める。

 バターを切り取るとフライパンに放り込んで焦げる寸前まで加熱する。同時に鍋に水を沸かしてパスタを放り込む。


「はい。ジェーンです」

 チョコレートパフェを食べてるジェーンの画像がホロリンク越しに立ち上がる。

 金髪のロングヘアから突き出る尖った耳が目に入る。エメラルドグリーンの瞳。いつもの淡いピンクのビジネススーツを着用している。


「俺だジェーン」

「あら誠二、何か用? 私今忙しいんだけど」

「パフェをつつくのにだろうが!!」

「そうよ。食後のデザートよ。あなたより余程大事でしょ?」

 確かにアイス系は溶けるからな……ちょっと納得してしまう。

「まぁとりあえず食べながらでいいから聞いてくれよ」

 俺は下手に出てやる。

「仕方ないわねぇ」


 そう言いながらアイスをすくってお上品に口に放り込んでいる。


「五十嵐結衣という新西京大学の学生が昨日から家に帰っていないって話は知ってるか?」

「いいえ。良くある話じゃない。特にこの街ではね」

「あぁ――それだけじゃあニュースにならんだろうが――容疑者がハイ・シド(企業所属)のお坊ちゃんだったら?」

「……。もう少し詳しく話してくれても良いわよ」

 ジェーンの耳がピクリと動いた。

 興味を持ち始めたようだ。


「大学生が起業する。その企業をフロント企業にして人狩り(マンハント)してる奴がいるみたいでな。そいつが同じ大学に通う女の子をどうも攫ったらしい。大方得意先にハイ・シド(企業所属)のお嬢様、ギャル風味、とかを持ちかけられて金に目が眩んだんだろうな」


「あら、実に資本主義的でよくある話じゃない」

「あぁ、だが奴がついていなかったのは俺がその事件に関わったことだ」

「みたいね~。そのお坊ちゃまに同情しちゃうわ」

 そう言いながら、彼女の緑色の瞳は悪戯っぽく笑った。

 少なくとも俺にはそう見えたが――ま、どうでも良い。


「で、ニュースで五十嵐結衣が誘拐されたと流して欲しい」

「つまり、アルゴスがハイ・シド(企業所属)相手に手を抜けないように圧力をかけたいってわけね?」

「流石ジェーンちゃん。才色兼備!!」

 ゆで汁を焦げる寸前まで加熱したバターの入ったフライパンに放り込む。追加でコンソメも放り込んで混ぜる。パスタを笊にあげる。


「はあ~……それ、うちがアルゴスに睨まれない?」

 わざとらしくごねる。

 俺は騙されないぞ。

 これは俺に貸しを作るための演技に過ぎないことを俺は視抜いている。

「大丈夫だろ。上手くいったら何があったか全貌を渡す」

「あら、また独占放送できちゃうじゃない。この間の宮下ちゃんの事件の時、うちの速報ニュース契約数結構挙がったのよねぇ」


 何やら得意げに語り始めた。

 いや、俺のおかげだからな?


「今回は企業が絡んでる。より契約取れるかもな」

 しかし、俺はわざわざ機嫌を損ねるようなことはしないで持ち上げておく。

 これが大人かつハードボイルドな交渉術だ。

「仕方ないわねぇ。一つ貸しとくわ」

「いや、俺が貸しだろこれは」

 パスタをフライパンに放り込んで和えつつ黒コショウと粉チーズをこれでもかと大量に振りかける。

 つけあわせは蒸したブロッコリーにマヨネーズと味噌と七味を混ぜたものだ。

「しかたないわねぇ。じゃあ貸し借りなしね」

「釈然としないがそれでいい。いつ流せる?」


 何かおかしいな? まぁいい。


「午後一のニュースで流せるわよ」

「そうすれば、新西京中が彼女を探し出す」

 俺は右手を鉄砲の形にして突き出した。

「当然よ。私が読むんだから」

 ジェーンは笑顔でそう答えた。

「任せたぞ」

 俺は銃の形にした手を軽く上に跳ね上げ通話を切る。



「良いんですか誠二さん。勝手にニュースに流しちゃって……」

 アークが俺のパスタをガン見しながら言ってくる。

「良いかアーク。これは牽制だ」

「そうなんですか? 追い詰められてやけくそになりそうですが」

 心配そうにアークの顔が曇る。

「まぁそのリスクは多少はある」

「えっ! 駄目じゃないですか!!」

「いいから食え」

 俺流パルミジャーノ・レッジャーノを渡す。


 なんだこれは! 美味しすぎる!!

 とか叫ぶアークをしりめに俺はトルネロへホロ通話をかける。

 帰ってきたリンクスとソファの上でふんぞり返っているだけのリーナスにも盛ってやる。


「俺だトルネロ」

「おぉ、誠二か。どうした?」

「頼んでた物は?」

「あぁ、真っ黒い塗装のワイヤー付きナイフ、真っ黒い塗装をした投擲用小型トマホーク、真っ黒い塗装をした連射式小型クロスボウと真っ黒に塗られた連射式クロスボウ用の矢とカートリッジ、リバーシブルの黒と都市迷彩の防弾ジャケットじゃな。勿論できとるわい」


 俺は控えめに提案をする。 

「ついでにさぁ……噂を流して欲しいんだが」

 トルネロは露骨に顔をしかめる。

「……噂じゃとぉ?」

 超嫌そうな声を出すなこいつ。

「あぁ。どこぞの馬鹿が――」

 本田是宮の写真を送る。

ハイ・シド(企業所属)持ちの女をさらって、しかもバレそうって噂をな」

「マジかよ~そりゃあ偉いこったなぁ~」

 物凄い棒読みで返事をしやがった。

 演技下手糞か? ラズベリー賞を進呈してやろうか?


「高く取引されているから手を出しちまったんだろうが――残念ながら今回は上手く立ち回れなかったようだな、この間抜け君は。関わると一緒にアルゴスにやられるって言いふらしてくれよ」

「おいおい誠二! わしぁ嘘つきになれんぞ!!」

 両手を振り回して何やら抗議しだした。

「おいおいふざけんなよトルネロお前――いいんだぞブルーローズに核爆弾売りつけたってアルゴスにちくっても」

「それこそふざけんなよ誠二!!」

 何かすごい剣幕で怒鳴りつけてきたな。仕方ない。


「オーケー。午後一でニュースが出る。それを視れば信じるか?」

「マジか。そこまで行ってるのか?」

「当然だ」

「しかたないのぉ……本田是宮はハイ・シド(企業所属)なのか?」

「親がそうだな」

「そうかそうか」

 顔が損得勘定でキラキラしだしたな。


「多少株下がるかもな~……空売りチャ~ンスかもなぁ~?」

 とわざとらしく言う。

「誠二! お前! 人の不幸に付け込む気か!? わしぁそういうのは許せん性質でなぁ!」

 顔をにやつかせながら人でなしが道徳を語る。

 これほど滑稽な喜劇、アリストファネス(ギリシャの喜劇作家)でもなかなか書けないだろう。


「あーはいはい。そうですねぇ。じゃあ商品さっさと届けろよ」

俺はとりあわずせかした。

「おぅ、午後には届くわ」

「じゃあ任せたぞ」

 通話を切る。良く言うぜごうつくばりの中年が……


「誠二……さん、これ、本田是宮にバックがもしついてたら切り捨てさせるってことですよね?」

 話を聞いていたリンクスがおずおずと聞いて来た。

「良く解ったなリンクス。パスタは美味かったか?」

「パスタは美味かったですよ。つまり、俺達が襲撃する前に奴等の結束や組織力を潰すってことか……ですか?」

 俺は頷いた。

「……あんたの本の『孫子』にあったな。敵の結束を乱し、戦わずして屈服させる……まさにその通りのやり口ってわけか……ですね」

 リンクスが、まだバターの香りが残るフォークを置いて、俺を真っ直ぐに見た。


「正面から殴り合うのは、知恵のない奴か、あるいはホロムービーの中のヒーローがやることだ」

「……怖いな」

「そうか? どちらかというと親しみやすい誠二さんで通っているんだがな」

 にこりと笑顔を浮かべてみる。

「ああ。街を一つ、盤面にして遊んでるみたいだ……でも」

 リンクスが不敵に笑う。

 その瞳には、路地裏で怯えていたガキの影はもうなかった。


「最高に面白い……これが、斎藤誠二のやりかたなんだな」

「戦う前に可能な限り敵をぶちのめす。手を下すのは最後の最後、あらゆる不確定要素を潰してからだ……さて、パスタを食い終わったら、届いた武器の手入れをしろ。仕上げは自分でするのが、俺の事務所のルールだ」

「了解」

 リンクスは頷いて答える。


「雪風。俺達は奴の隠れているアジトを特定するぞ」

「了解しました。恐らくあまり長い時間はかからないでしょう」

 俺もパスタにとりかかるとしよう。

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