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第八話 交差する因縁

 十一月九日 午前零時五十分

 新西京三区 大黒天通り 斎藤誠二探偵事務所

(斎藤誠二)


 俺はアークに何と声をかけるべきか迷っていた。

『でかした?』いや――しかしな。流石にな。

『それは不味いだろう?』だが、お手柄ではある。

『アン・ハア!』これか? これが一番まっとうな気がする。


 アークは皆の冷たい沈黙に気づかず一人ぶつぶつと言っている。 

「きっと残っているはずだ……こうしちゃいられない……」

「変態かよ」

 リンクスがぼそりと、しかし確実にこの場に居る全員(アーク以外)の意見を代弁した一言を呟いた。


「対象の同意なしに遺伝子情報の含まれる肉体の一部を所持することは遺伝子保護法の第――」

 雪風も便乗して何やら小難しいことを言い出す。

「変態!? 僕が!?」

 アークがようやく皆の冷たい視線に気がついた。

「待ってくれ、何か誤解が――」

「自分の発言を客観的にみてみろよ!! きもいんだよ!!」

 リンクスがここぞとばかりに追撃を入れる。


「違うんだ!! 僕は――僕は、不登校で半分引きこもりなんだ」

 そうだったのかアーク……俺によく会いに出てきたな。

 俺はこの不器用な少年が少々気に入り始めていた。

 いかんいかん、誠二落ち着け。

 自分に言い聞かせる。


「――」 

 何か言おうとしていたリンクスがアークの告白を聞いて口を閉じた。

「結衣は、そんな僕を気遣って良く晩御飯を持ってきて、一緒に食べてくれたんだ」

 リンクスは『良い御身分ですねぇ』っていう表情で聞いている。

 リーナスは――おい、あいつカウボーイビバップの続きを見始めているぞ。


「それで、彼女の食べたご飯の容器がまだ残っているはず……そういう意味なんだ! だから僕は変態じゃない!!」

「ゴミ部屋に住んでるってことかよ」

 リンクスがぼそりと、しかし確実にこの場に居る全員(アーク以外)の意見を代弁した一言を再び呟いた。


「そ、それは――違う! 僕の部屋はゴミ部屋じゃない!! 僕の部屋の外はゴミ部

屋だけど!!」

 必死に言い訳をするアークだが……皆の視線の温度は変わらず氷点下のままだ。

「ゴミ屋敷かよ」

 リンクスが――いや、もう良い。

 するとリーナスが超問題発言を言い出した。


「何やら盛り上がっておるところすまぬが――唾液は我は嫌だぞ。そのようなもの触媒にしたくない。そもそも食器にこびりついた程度の量でどうにかなるとも思えぬ」

 明らかに試したことないけど気分的に嫌だからしたくない宣言。

 もう少しこいつらはチームワークというものを……まぁ嫌なものは仕方ない。


「オーケー。じゃあ俺達は寝る。雪風は残業だ」

 俺は溜息まじりに宣言した。




 ***

 十一月九日 午前十時

 新西京五区 新西京大学

(リンクス)


 雪風が調べ上げた五十嵐結衣の所属している新西京大学工学部情報工学科の学生名簿を手に、俺は新西京大学のキャンパスにいた。誠二の指示は単純だ――聞き込みをして来い。


 キャンパスには、世界の綺麗な部分しか見たことのない連中がうろついていた。


 CID持ちの、日焼けした笑顔と明るい未来。見ているだけで胃が痛くなる。まるで、高級レストランのショーウィンドウを外から眺める野良犬の気分だ。これが八つ当たりに過ぎないことは解っている。箪笥の角に小指をぶつけて、世界を呪うようなものだ。


 俺は仕事に集中することにした。

 誠二の指示はこうだった――大学にあまり顔を出していない奴がいないか、聞いて来い。

 必修授業を終えて出てきた学生に声をかける。


 選んだのは女子の二人組。一人は眼鏡をかけた黒髪ロングヘアのドワーフ。もう一人はショートカット、茶髪のトロール。身長差が漫画のようだった。

 二人ともお揃いの青色のダッフルコートを着込んでいた。


「悪いんだけど――ですけど、少し話を聞かせて欲しい……です」

 我ながら酷い敬語だ。誠二に怒られるだろう。

「えっ、小学生? かわいー!」

 トロールの女が言った。

 可愛くない。

 今すぐその言葉を撤回してくれ。男という生き物は可愛いと呼ばれても喜ばないんだ。少なくとも俺はそうだ。


「小さーい!」

 ドワーフに言われる筋合いはない。お前の方が小さいだろう。

「私立探偵の助手をしているリンクスっていうんですけど――あんまり顔を出してない人とかいます?」


「探偵!? すごっ! 初めて見た!!」

 誠二の言った通りだった。

『良いかリンクス。私立探偵という単語を聞くとたいていの人は喜んで小鳥みたいにピーチクパーチク何でもしゃべってくれる』

 安いものだ。肩書きひとつで人は饒舌になる。

「えーと……思い当たる人いないか……いませんか?」


「えーっ、誰かいたかなぁ」

 ドワーフが考え込む。トロールが名前を挙げた。

「是宮君とか?」

「最近見てないよねぇ」

「確かアレじゃない? 学生ベンチャー始めたとか? 全然見なくなったよねぇ」

 二人で顔を見合わせてそんな会話を始めた。

「あの子ちゃらいから嫌いなんだよね~」

 トロールはマッチョが好みらしい。世の中そういうものだ。

「何か不良っぽいしぃ」

「あ、それ解る~」


 彼女たちの会話は、安いソーダ水のように軽くて甘かった。中身はない。だが、情報は確かにそこにあった。

「えーっと五十嵐さんはご存じですか?」

 すんなり丁寧語が口から出た。奇跡だ。誠二、聞いているか。

「五十嵐さんマジイイ子だよ~」

「コミュ力やばすぎでしょ~」

 二人はキャッキャと盛り上がり始めた。まるで春の小鳥のようだ。平和な世界に生きている人間の声だった。


 ホロリンク越しに誠二からメッセージが飛んできた。

(馬鹿野郎! もっと是宮について聞け!)

 何か見落としたか? だが命令は命令だ。

「オホン! あぁ、最後に一つだけ――是宮君の交友関係についてご存じですか?」

 誠二に読まされた刑事コロンボの真似だ。上手くいったかどうかは知らない。

「えっと、是宮君は何か起業したらしくて? で、何か不良? な人達とつるんでるって話だよ」


「私さぁ、街で是宮君が明らかに不良な人達と歩いてるのみたことある!」

 不良。その単語が、冷たい水のように俺の背筋を流れた。

(これで良いのか……良いんですか?)

(ビンゴだ。今是宮について調べたが――こいつが臭い。限りなくな。アークの部屋並みに臭うな)


(それはやばいな――ですね)

 思わず口角が上がる。久しぶりに仕事らしい仕事をした気分だった。

(僕の部屋は臭くない!!)

 アークが何か言っている。

 俺は優しく声をかけてやった。

(ゴミ屋敷マスターは静かにしてろ)


(何だと! 年下のくせに!!)

 アークの抗議は、遠くで鳴く犬の声のように無視した。

「あっ、助かりました! ではまた~」

 二人に手を振る。彼女たちは笑顔で手を振り返した。綺麗な世界の住人たちだ。

 俺は他の学生にも是宮について聞き込みを続けた。キャンパスの陽光は眩しかった。まるで、俺がそこに立っていることを許さないように。


 ***


 十一月九日 正午

 新西京三区 大黒天通り 斎藤誠二探偵事務所

(アーク)


 誠二さんは事務所にいながらにして早くも誘拐犯のめぼしを付け始めていた。


「アルゴスセキュリティが捜査し難い奴――つまりハイ・シド(企業所属)持ちで五十嵐結衣と顔見知りのやつを当たる。もし無差別誘拐だった場合は――諦めろアーク。それはほぼ不可能に近い」


「何でですか!! 僕は納得いきません!!」

 僕は抗議の声を挙げた。


「俺達の捜査リソースは限られている。考えてみろ。殺人事件が起こったとする。誰でも良いから殺したかった奴が人気の無い裏通りで誰かを刺し殺して逃げた。この場合と、嫌いな知り合いを刺し殺した奴。どちらが見つけやすい?」

「そりゃ嫌いな知り合いを刺し殺した奴、ですが……」

 僕は渋々認める。


「なら、見つけ易い方に限られたリソースを全振りするしかないだろう」

 誠二さんは腕組みをしてもっともらしく語った。

「そうなりますね……」

「この手の事件は事件発生後九十六時間が勝負だ」

「そうなんですか!?」

「あぁ――映画の九十六時間で言っていた」


 本当に大丈夫なのかこの人……僕は不安を覚えた。

「冗談だ」

 誠二さんは即座にフォロー? を入れるが……冗談に聞こえないんだよな……僕は弱々しく心で抗議の声をあげる。


「さて、というわけでこの前提条件に立つと第一容疑者はこの是宮になる。こいつが立ち上げた会社は――『ネクス・ソリューションズ』。表向きは大学発のAIベンチャーのようだな。

 だが、まともに稼働していたのは立ち上げてから数か月。最早何も活動実績がない――典型的なペーパーカンバニー(書類上だけの会社)だ。雪風、法務局で是宮の父親名義の別荘とかないか調べてくれ。勿論このネクス・ソリューションズが取得している土地もな」


「解りました誠二」

「アーク、お前もソウルハッカーを名乗るんだからその程度できるだろ」

 そう言うと誠二さんは僕を見つめてくる。


「誰に物を言っているんですか! 楽勝ですよ!!」

 誠二さんはアホなことを言った直後には何か凄い調査を始める。バカみたいな軽口を叩かなければこの人は凄く優秀なのでは? と僕は思い始めていた。


「雪風、アーク。五十嵐結衣のSNSアカウント(インスタグラム)を特定しろ。鍵がかかっていても、タグ付けされた投稿から是宮のツラが映り込んでいるものを抽出できるか?」


 誠二さんの指示に、僕たちは即座に反応した。


容易(イージー)です。彼女の公開設定は『全体公開』。コミュニティのハブとして機能する個体の典型的な設定です」

 雪風が事務所のメインモニターに、眩いばかりの映え写真の数々を映し出す。そこには、金髪をなびかせ、屈託のない笑顔で友人たちとピースサインを作る五十嵐結衣の姿があった。


「あ、これだ……! 結衣の先月の投稿。情報工学の飲み会の時のやつ」

 アークは画面の一部を拡大する。集合写真の端、周囲の盛り上がりを嘲笑うかのような、不機嫌で傲慢な「キメ顔」をした黄色いパーカーの男が映り込んでいた。

「ビンゴだ。やはり顔見知りだったな。……雪風、この男(是宮)が着ている服、拡大しろ。胸元のロゴは何だ?」


「……スキャン完了。ブランドは『NEONーGARDEN』。今シーズンの限定モデルです。また、背景に映っている店舗の反射から、ここが三区の『ネオン・プラザ』内にある店だと特定しました」


「よし、雪風。お前は法務局のデータベースに戻れ。是宮の親父の名義か、例の『ネクス・ソリューションズ』が所有している不動産の中で、電気使用量が不自然に高い場所、あるいは最近光回線の帯域を増強した場所を探せ」


 その時だった。リンクスの驚きと怒りを押し殺した声が通信越しに全員に届いたのは。

(誠二。こいつだよ。俺を――俺達を人狩り(マンハント)したのは)


「成程な。学生ベンチャーを始めたのは良いものの、上手くいかなかったか初めから裏稼業のフロント企業にするつもりだったか――不良とつるんで弱小ストリートギャングやストリートチルドレンをさらって売っていっぱしの起業家気取りか。ほぼこいつが犯人とみて良いだろう。その前提で行くぞ」


 誠二さんがおちょくるような口調で――ただし、声の温度は僕がこれまで聞いたことがないほど低かった――語る。


「なんて奴だ!! 許せません!! 今すぐ正義の鉄槌を下しましょう!!」

 僕は怒りを隠さずに叫んだ。

「その前にやることが幾つかある。落ち着けアーク。そしてリンクス、お前もな」

 誠二さんはホロリンクを操作すると何やら通話を開始した。

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