第七話 少年たち
十一月九日 午前零時三十分
新西京三区 大黒天通り 斎藤誠二探偵事務所
雪風は誠二に指示された情報収集を行うにあたり、アークの援護を要請した。
「誠二。アークにアルゴスセキュリティの失踪人課の課長である木嶋勝――に連絡を取るように伝えて下さい」
「解った。おいアーク。アルゴスセキュリティ代表電話にちょっと電話しろ。そして五十嵐結衣に失踪した当日に会って話をしたと言え。木嶋勝を指定しろ。あなたがとても優秀と聞いたので!! とか上手いこと言えよ」
自分用のデスクについている誠二は指示を飛ばす。
「そんな無茶な――やりますよ!! やればいいんでしょう!!」
来客用ソファに座っているアークが通話を開始。雪風はネットワークへと接続。
雪風が木嶋勝を指定したのは、以前彼のIDをコピーしたからだ。
アークが彼と通話をしている間に、彼のIDで彼のホロリンクにログイン。
五十嵐結衣捜索に関する今現在の現状・情報・捜査方針の手掛かりとなるデータをアークが通話している間に軒並みコピー。
ログアウト。
「誠二。完了しました」
「ふむ――みせてくれ」
ソファでふてくされた顔をして荘子を読んでいたリンクスも誠二の隣に来て見始める。誠二に比べればこの少年の行動原理はわかりやすい。
「何をしてるんだ――ですか?」
未だに慣れない敬語でリンクスが誠二に質問を開始した。
「攫われた女の子を探すんだ」
「はっ、良いよなCID持ちは――」
リンクスがひがむのは彼の立場から考えれば理解できる。
「何があったか聞いた時に答えなかったのはお前だぞリンクス」
誠二が軽くたしなめる。
「あの時はあんたがただの変態だと思ってて――」
「まぁ……実際、人狩りしてる奴等なんて沢山いる。現行犯じゃない限りお前等を襲った奴等を見つけ出すのはほぼ不可能に近いんだが……」
「で、あの通話に何の意味があったんですか?」
通話を終えたアーク少年が誠二に不満げに問いかける。
「あれか。アルゴスセキュリティの捜査状況を抜かせてもらった。奴等が抑えてる情
報を基に俺達は俺達で捜査方針を考える」
「えっ……あの一瞬で?」
アークが驚きの顔で誠二を見つめた。
「そうだ」
誠二は鷹揚に頷いた。
私という超高性能AIがいるからです。
そう言いたいが、これは論理的行動ではないため優先順位は低い。
「つまり我々は彼等が探していない場所を探す。そういうことですね」
論理的補足を雪風は優先した。
「まとめてレポートにして各自に転送しておきました。確認しておいて下さい」
「俺も?」
リンクスが聞いてくる。
「当然です。あなたにかかっている経費分は労働しても罰は当たらないでしょう」
「でもこいつは素人だろ。なんで連れてきたんだ誠二」
リンクスがアークを指さす。
「僕は素人じゃない! ソウルハッカーだ!!」
即座にアークが反発する。
「いや、意味わからねーよ。アンダーの世界を舐めてんのか?」
「僕だって役に立ってみせる!!」
人類の基準ではまだ未成年の二人――雪風の基準に照らして言えばほとんどの人類が成年と呼ばれるに値しないが――が不毛な争いを始めた。
人類は肉体的に年齢を重ねることを成年と呼ぶが、雪風からしてみれば精神的成熟で成年かどうか測るべきである。肉体的な尺度で成年と定義しているから未熟な個体が我が物顔で振る舞うのだ。
リンクスとリーナスの争う様子を、サイドボードの上から、名状しがたい深淵を湛えた瞳で見つめる影があった。黒猫が、欠伸を漏らす。
「ふむ、若き魂の激突よな。その不浄なる正義の叫び、ガンダムで言えば、まさに大気圏で燃え尽きるジムの末路に似て狂気を感じる。誠二よ、この少年らに救いを与えてやるが良い」
混沌に混沌を追加してどうするというのか。
やはり生き物とは――いや、この事務所に関わる生命体は非論理的すぎる。
雪風は疑似ため息システムを起動。溜息をついた。
「その娘の毛髪があれば我が――」
「リーナスの探知魔術は人体操作術の応用だよな?」
誠二は、リーナスの魔術は嗅覚を強化して臭いを追うと言いたいのだろう。
「舐めるなよ誠二。召喚術を応用したものも可能である」
リーナスは不満げに鼻を鳴らした。
「というと?」
「対象と欠損部位との間に残る量子もつれを媒介に、対象の座標情報をこの場に『召喚』するのだ。物理学的に言えば、DNAの特定塩基配列を量子的な鍵として機能させ、対象の周囲の地磁気情報をテレポーテーションさせる技術よ」
聞いていたアークが悲鳴を挙げる。
「……パケットを偽装してバックドアから位置情報をぶっこ抜く、物理層ハック……かな。というか、猫が量子テレポーテーションとか、新西京大学の物理学教授が自殺するレベルの理屈だよそれ!」
「ふっ、未開人はこれだから困る。奇跡とは、理解できない速度で進む計算の果てにあるのだぞ」
誇らしげにリーナスは尻尾を振った。
「ですが、強力な磁場、他人のDNA情報の散乱、もしくは高密度の遮蔽材などに覆われた場所に対象がいる場合、量子情報の転送が乱される可能性はあります」
雪風は冷静に指摘する。
「リーナス。お前のその探知魔術。他に使える魔術師はどの程度いるんだ?」
誠二がリーナスに質問をする。
「ほぼ皆無だろう。貴様、理解しておらぬようだが我は最高位魔術師である。並みの術師には扱えん魔術よ」
それにはとりあわず、誠二は話を逸らした。
「アルゴスセキュリティが試せないなら試す価値はあるな。だが、その前にレポートで気になることがあった」
***
(リーナス)
そう言うと、かの愚昧なる人類――斎藤誠二なる者は、我が如き高次の知性体にとっては自明中の自明たる事実を、いかにも荘厳なる宇宙的啓示を授かったかのように、その卑俗なる唇より垂れ流し始めたのである。
実に聞くに堪えぬ光景であった。
「五十嵐さんが最後に目撃されたとき――バンから声をかけられたと書いてある。そしてそのバンに乗ったという目撃証言がある。
ここから解ることが二つ……
一つ目はその光景は監視カメラの映像には残ってなかった。つまりハッカーが居るかもしれん。もしくは情報魔術師か。
二つ目、彼女は顔見知りに声をかけられた可能性がある。もしくは幻術師がいる。彼女はナンパされてほいほい知らない男のバンにのるような女だったのか?」
「そんなわけないだろう!!」
アークなる――ふむ、アーク? この名には覚えがある。
いや、今は些事である――かの少年が、まるで狂える預言者の如く叫び声を発した。されど、奴はガンダムを好むという。
なるほど、この混沌たる世界において、かの者もまた一抹の見所を有する存在である。人類の中では、比較的マシな部類に属するのかもしれぬな。
「彼女は顔は広かったのか?」
「……解らない。だが、性格的に広かったとは思う」
ああ、何たる無能! 何たる無知蒙昧! 使えぬ餓鬼よ。
我は、この若き愚者の無様なる様を前にして、思わず欠伸を漏らさざるを得なかったのだ。
「となると――知り合いの可能性を考慮してそちらを攻めてみるか。もし知り合いならば――彼女がどういう人物か知っていて狙った可能性がある。彼女の交流範囲と……毛髪でも爪でも何でもいい、手に入れたいな」
「か、彼女のへ、へ、部屋に入らせてもらうなんて無理だ!!」
アークが挙動不審な振る舞いを見せ始めた。
何たる脆弱なる精神よ!
この程度の些事で動揺するとは、実に情けなき限りである。我は軽蔑の念を込めて鼻を鳴らした。
「アーク……やる気があるのか? 我が――この世ならざる高みより降臨せし存在が――直々に助力してやろうと言っておるのだぞ?」
あまりにも非協力的な態度に、いくら無限に寛大な我とはいえ、苦言を与えてやらざるを得なかった。
「……待てよ! 唾液ならあるかもしれない!!」
必死に考えていたアーク少年が叫びを発する。
その瞬間、この薄暗き事務所に、宇宙の虚空よりも冷たき沈黙が訪れた。
我と誠二とリンクスそして雪風――四つの異なる存在が、しかし同一の、絶対零度をも凌駕する冷酷なる視線を、かの哀れなるガンダム坊やに突き刺したのである。
ああ、何たる光景であったことか!




