第六話 ソウルハッカー登場
十一月八日 午後十時
新西京四区住宅街 安達邸
(アーク)
いつものように今朝、僕の部屋に従姉妹の五十嵐結衣がやって来た。
『今日は帰りに新発売の超パワフルドライヤー買う予定なんだ~。一分でどんな髪もしっとりしつつ乾かしちゃうらしいよ? やばくね? まじテン挙げだわ~♪ あ、因みに晩御飯は寿司の気分!』
と、一方的に宣言して学校に行った。
だが、彼女は来ない。オンラインゲームでリーナス――最近の僕の宿命のライバルだ――と死闘を演じていた僕は時刻を確認し、違和感を抱いた。
おかしい、彼女は今日来ると言っていた……遅すぎる。
その時だった。五十嵐家からホロ通話がかかってきたのは。
「はいもしもし」
「歩君、うちの結衣はそっちに行ってないよね?」
心配そうな叔父さんが映し出される。
「いえ、来ていません。帰ってないんですか?」
その話を聞いて僕も眉をひそめた。
「そうなんだ……無断外泊するような娘じゃないから心配で……」
「警察には?」
「そろそろ言おうかと思っていて……」
「その方が良いと思います」
「もしそっちに来たらすぐ家に連絡するように伝えて欲しい」
「もちろんです」
結衣が心配なのだろう。
元気のない叔父さんはそう言うと通話を切った。
あんなうるさい従姉妹がどうなろうとしったことじゃあない。
だが――僕に寿司を届ける途中でトラブルに巻き込まれたとしたら?
僕にも責任の一端があると言っても良いだろう。
警察が見つけてくれる?
僕の両親の事件を解決してくれたのは警察では無かった……あんな奴等に任せっぱなしにはできない。
とはいうものの僕はアンダーでもない。ただのゲームの得意な高校生だ。
そこで以前聞いたことのある都市伝説に頼ってみることにした。
新西京三区ダウンタウンにはアビシニアンというカフェがあるという。
そのカフェには凄腕のアンダー達が集うという都市伝説がある。
本当にどうしょうもなくなったら、そこの一番奥の席にいつもいる赤いコートを着た私立探偵に頼め。
ただし、代償として魂が必要。
魂?
そんな馬鹿な……しかし、眉唾かもしれなくても試してみる価値はある。
検索。
ヒット。アビシニアンは実在する。
僕は震える手でホロ通話を立ち上げた。
***
十一月八日 午後十一時四十分
新西京三区 布袋通り ゲームセンター『電脳曼荼羅24』
(斎藤誠二)
マスターから俺に突然連絡が入った。緊急の依頼をしたい依頼人がいるらしい。
指定されたのはゲームセンター『電脳曼荼羅24』
アビシニアンで良いだろうが面倒くさい……とはいうものの、アンダーを警戒して相手のホームでない場所を指定する依頼人も居るといえば居る。
今回もその手合いなんだろう。
俺は布袋通りの裏路地に向かう。かつて雑居ビルだった場所を強引に改装した地下3階・地上5階の巨大な迷宮がそこにはある。
自動扉を潜って入ると 常に線香のような香料の匂いと、電子機器の熱気が混ざり合っている。
五階の「VIPフロア」では、違法なニューロリンク・ゲームが密かに行われているという噂もある。
思ったよりも早く着いたな……久々にちょっと遊ぶか。
「誠二。どう考えてもお金の無駄です」
「どう考えても最近の教育でたまったストレス解消に有用だろう」
「明らかにあなたは楽しそうです」
「いやいや、教育者ってのは大変でね?」
「それはあなたと出会ったその日から私も毎日噛み締めています」
どういう意味だ?
あぁ、俺が雪風を教育するのが大変ってのを慮って言ってくれたのか……可愛い奴め。
俺はDDR2100の筐体に向かう。
十一月九日 午前零時
新西京三区 布袋通り ゲームセンター『電脳曼荼羅24』
(アーク)
時間通りに到着した僕は、指定した場所でDDR2100で遊んでいる男を見つけた。
赤いコート――恐らくこの男だが――ClariSのコネクトをチョイスだと――!?
シーリーのカバーも最近人気だが、やはり原曲こそが至高。
信用できる。
僕は彼を信用することにした。
『あなたが斎藤誠二か?』
「そうだ。俺に何を頼みたいんだ?」
男は振り返りもせず、ステップを踏みながら返事をしてきた。
『何が出来るんだ?』
「色々できるな。特に美女のナンパなんかはお手のものだ。ウインク一つで気絶する。後はウイットに富んだジョークとか。ただ、金を貰ってもやらないこともある。むしろその方が多いかもしれん」
『……こっちは真剣なんだよ!!』
「じゃあとりあえず何をして欲しいか言ってくれ」
最高難易度をこなしながら軽口を叩くこの男――いろいろな意味で無茶苦茶だ。
『人を探して欲しい。従妹だ』
「ふむ。いつ消えた?」
『多分今日。六時間くらい前。今日は確か――高性能ドライヤーを買って寿司を買って家に来るって言っていたんだけど午後十時になっても来ない――明らかにおかしい。連絡もつかない』
「警察には?」
『二時間前に届けているはずだ』
「なら警察に任せとけよ。俺一人増えたところで変わらん」
『彼女はハイ・シドだから確かにそうなんだけど……』
「それなら警察も多少真面目に探すだろう。もしもニュースがとりあげてくれれば新西京中が探すことになる」
『彼女は……僕の所に来る途中にトラブルに巻き込まれた可能性があるんだ』
「運が悪かっただけさ。おみくじで大凶を引いたんだよ」
赤いコートを翻してステップを踏みながら、明日の天気の話をするように酷い事を並び立ててくる。
『さっきからなんなんだあんたは!! 受ける気はないのか! 魂が必要なんだろう?』
「何の話か解らんが。お前の魂なんぞ要らんぞ。金は持ってるのか?」
男の提示した金額は安いものではなかったが――中規模なゲーム大会の優勝賞金くらいだ――十分払える。
『払える』
「見つかる可能性は低いぞ」
パーフェクトで踊り終えた斎藤誠二が答える。
「で、お前……何者だ?」
斎藤誠二は振り返ると、僕が操作している浮遊型小型ドローンにそう言った。
***
(斎藤誠二)
俺は眩暈を感じていた。
ドローン越しに依頼だと?
怪しすぎるだろうが。
『僕? 僕はソウルハッカー――アークだ!』
悪戯か……俺は黙ってDDRの筐体を降りると外への通路を歩き始めた。
『ちょっと! 何か言えよ!』
「いや……厨二病患者は既に手一杯でな……じゃ、そういうことで」
「誠二……何を帰ろうとしているのですか?」
雪風がいつものトーンで口を挟む。
いや、いつものトーンじゃない。これは切れてる。
「あなたは先ほどから依頼人に対して否定的かつ挑発的な軽口ばかり叩いていましたが――自分の財政状況を……まさか……まさかとは思いますが理解していないのでしょうか。
だとしたら私はあなたの相棒兼事務所の財務を預かる身として断固たる措置をとる必要性を強く感じています。リンクス少年を拾ったことで先日の報酬は半分近く吹き飛んでいる現実。日々のランニングコストの増大――」
いつお前が財務を預かる身に? と言いたいがヤバい。
「わかった! 引き受けよう」
俺は立ち止まってアークと名乗ったドローンに答える。
『……。いや、やっぱり考え直して――』
だが、ドローンから返ってきた答えは拒絶だった。
雪風ぇ!! お前のせいだろうがこれは!!
「良いか。依頼を受けるにあたってお前に言っておくことがある」
ここは押し切るしかない。
問答無用で話を進める。
「ロー・シドの女の子が誘拐されることはそこまで珍しい事じゃあない。特に単身で旅行なんてしてたら良くある話だ。だが、ハイ・シド持ちとなると少し話は別だ。
そういった純粋培養された高値の華みたいな女の子を欲しがる変態も一定数いる。それ向けにさらわれた可能性がある。となると今のところ薬漬けにされて輪姦されたりはしていない可能性が高い。勿論そうじゃない可能性もあるがな」
『なんでそんな酷い事を言えるんだ!!』
「俺は可能性の話をしている。きっと大丈夫!! 無事!! とか言うのは簡単だがな。そんなこと言いつつも実際に見つけたら薬漬けになっていました。なんてのは掃いて捨てるほどある話だ。
依頼を受ける以上、無責任なことは言えん。苦労して見つけたのは良いものの……そんな結末がありうるんだよ。覚悟の問題だ」
場合によりけりだが――今回の場合、五体満足で帰ってくる可能性は五分五分か――シーリーの時とは状況が違う。
『そんなことが許されて良いんですか!』
「需要があれば供給して稼ぐやつもいる。しかたのないことだ」
『あなたは正義の私立探偵と聞いていました……そんな台詞! 僕は聞きたくなかった!』
いきなりなんなんだこいつは……最近、俺の周りではこれからの正義の話をするのが流行っているらしい。そういうのはサンデル教授に頼んでくれ。
「教科書に載ってるレベルの資本主義の原則だぞ」
「それをそのまま受け入れて諦めるなんて! そんな大人! 修正してやる!」
突然ゲームの筐体の影からパーカーを着てフードを被ったヒューマンの少年――身長百六十五センチくらい、登山でもするつもりなのか?
かなりでかいバックパックを背負っている――が俺に殴りかかってくる。
俺はその右ストレートを左手で受け止める。
「これが――若さか」
「殴られてから言えよ!」
「本当に粛清しなくてはいけないのは俺じゃなくて需要と供給をもたらす奴らだろ……ったく、最後に一つだけ条件がある。俺のやり方に口を出さないこと。良いな」
パーカーを着た少年は頷いた。
「わかりましたよ」
「お前が依頼人だな? とりあえずよろしくなアーク」
そう言ったあとアークを落ちつかせるために、俺はウインクを一つサービスした。




