第二話 拾う理由
十一月三日 午前一時二十分
新西京七区スラム街廃アパート レッドコード元本拠地(斎藤誠二)
先日から降り続いていた雨は、新西京の街に雨上がり特有の湿った香りと何気ない温かさを残して去っていた。
そのどことなく心地良い香りに包まれながら俺はシャルテンちゃん――ロシアンブルーの雌猫だ――を探している。
スラムをうろつく時は気を付けなくてはならない。
ストリートギャングがいつ襲ってくるかわからないからだ。
奴等に理屈は通用しない。
特に手にミスタードーナツの袋を提げている時は危険だ。
ドーナツという圧倒的な存在が、ただでさえ乏しい奴等の理性を消し飛ばす。
……なんでただの猫探しがこんな命がけな事態になるのだろうか?
解せぬ。
「見える! 我にも敵が見える!!」
足元で喋る黒猫がまた理解不能なことを言っているが、今はこいつが頼りだ。
俺は思い出した。アニメの台詞だったな……。
近くから猫の鳴き声が聞こえた。
「雪風」
俺は腰のホルスターに収まっている銃――の中に居候している人工知能――に声をかけた。
「最新の新西京七区スラム街ストリートギャング勢力図データによればここはレッドコードの縄張りです」
腰の銃から女性の、丁寧だが無機質な声が返ってくる。
「攻撃性は?」
「あまり高くはないようです」
「ふむ。つまりドーナツで懐柔可能ということか」
俺は顎に手を当てて考えた。
「その論理には何も根拠がないため私としては支持しかねます」
「馬鹿な。ドーナツは全人類を笑顔にする共通言語のはずだ」
返事がない。納得したのだろう。
AIすら納得するドーナツの破壊力――ストリートギャングが理性を飛ばすのも納得だ。
俺達は廃棄された集合住宅……いわゆるアパートの前庭に侵入した。
どこから狙撃されるかわかったものじゃない。
辺りを見回すが人気がない。逆になさすぎる。
さっさとシャルテン……ちゃん……を見つけて帰ろう。
前庭の中。
灰色の毛並み。緑色の瞳のロシアンブルーが血だまりの中、何かを舐めている。
俺の瞳は猫と同じように低光量対応になっている。なのでかすかな月明りでも昼間のように良く見えるのだが……シャルテンが何を舐めているのか――見えない。
違和感を覚えた俺は即座にコンバットゴーグルを熱映像視野に切り替える。
その視界に映ったのは――ヒューマン?
いや、ハーフエルフ。年の頃は十二歳前後か。
ストリートギャングの基準でいえば成人だ。
この血はあの子供のものか。
少しあたりを観察する。
入り乱れた足跡、車の轍……血と薬莢。
しかし、視界内にいるのはこの子供だけ、か……普通のストリートギャング団同士の抗争ではないな。
九割がた人狩りにあったのだろう。
胸糞が悪い。だが俺はプロ。まずは依頼を迅速に遂行する。
「見つけたぞ!! シャルテンちゃん、こっちだよ~」
まず猫と仲良くなるコツはガン見しないことだ。
あいつらはチンピラと同じだ。目を合わせると喧嘩を売られていると思う。
目があったら目を細めて軽く目を逸らす。これが猫族のマナー。
そして高い音や大きな音、突発的な動きも嫌いだ。
俺のような大人でいけている男性は猫に好かれやすい。
つまりこれが俺の天職――いや、深く考えてはいけない。
しゃがんだ俺は猫撫で声でシャルテンちゃんの警戒をと――こちらを見て身構えるシャルテンちゃん。
仕方あるまい。
ここで逃げられても面倒だ。切り札を切ることにする。
俺は懐からドラゴンクロウ社――ドラゴンが社長の会社だ――のドラゴンも食べる猫缶を取り出し、蓋を開けて右手に持つ。
俺でも腹が減る良い匂いが立ち込める。
「こら誠二。そこの猫には勿体ない。我に捧げよ」
横から奪おうとしてくる黒猫を左手で押しのけつつシャルテンちゃんに向けて差し出す。
ゆっくりとこちらに近づいてくるシャルテンちゃん。
またたびを猫缶の上にまぶし、缶を置いて俺は下がり――
二分後、俺はシャルテンちゃんを猫ケージに入れていた。
そして猫缶を抱えて地面に横たわるリーナス。
完全にまたたびで酔っぱらっている。
「もう我は……動けぬ……誠二……我を抱っこして連れて行くことを……許す……」
いつものようにふざけたことを言っている黒猫は無視。
……俺は倒れている子供に近づいて脈を確認。
――生きている。
……どうする?
正直な話――可哀そうな子供を見かけるたびに救っていたら……俺は破産してしまう。
……どうせ間に合わん。
だが、間に合うかもしれん。
金がそんなに大切か?
いや――どうでも良い。どうせ墓には持っていけない。
俺は倒れている子供をよく観察する。薄汚れ、痩せこけて、髪はボサボサだ。
彼が何をした?
ただ、生まれた環境がついていなかっただけだ。
愛読書を思い浮かべる。師匠ならどうするだろう?
そもそもこの間のちょっとした仕事で懐は珍しく潤っている……なら答えは決まっている。拾う以上、半端は無しだ。
「誠二――」
雪風が何か言いたげに声をかけてきた。
「雪風。言いたいことは分かっている。超論理的判断、だろ」
俺はウインクを飛ばした。
「私にとってはあなたの存在が非合理の極致です」
十一月三日午前一時四十分
新西京四区住宅街 闇医者黒田宅
俺はいきつけの闇医者のところに拾った子供を連れて来ていた。
黒田を表すにはぼさぼさの白髪で黒目。ノームの爺。いつも白衣を着ている。身長百四十センチ。女好き。これで事足りる。
対して広くない診察室――菫の花の壁紙、天井で瞬く白いLED照明、ぼろい机、小汚い診察台、黒田の座っている椅子。患者が座る用の椅子。
意識の無いストリートチルドレンを診察台に横たえる。
「こいつ、助かるか?」
「なんじゃ誠二。ほう、なかなか可愛い顔をしておるではないか。女か?」
また始まった……俺は頭痛を感じ始めていた。
だいたい俺の価値観からすれば、この世界で見た目なんておまけみたいなもんだ。
顔にしろ性別にしろ後からなんとでも弄れる。問題なのは魂だろうが。
「知らん」
「もし男でもこの顔なら……」
溜息をついた俺は|アンダーテイカー・カスタム《十ミリ口径セミオートマチック拳銃》を抜くとクソ爺の後頭部に押し付けた。
「良いから早く診ろよ」
「じょ、冗談だってば誠二ちゃ~~~~~ん」
黒田は両手を上げた。
「あんたのは冗談に聞こえんな。後、ちゃんづけで呼ぶな。鳥肌が立つ」
雪風をホルスターに戻す。
俺はこのクソ爺が不埒なことをしないか見張るため、手近な椅子に座る。
そしてスペンサーのララバイを取り出して読み始めた。
「なんてこった……」
爺の哀し気な叫び。
間に合わなかったか……知りもしない子供が哀しい死を遂げたことに心が少し沈むのを感じる。
後三分早かったら間に合ったのだろうか?
よくあることだろう誠二。いちいち落ち込んでたら生きてはいけない。
自分に言い聞かせる。
「駄目か?」
「あぁ……駄目じゃ……このガキ……雄だったわい」
俺は大きなため息をつくと雪風を抜く。
わざと響かせるように銃の撃鉄を落とす。
いつでも銃を撃てる状態にしたことをアピール。
「なぁ爺さん。あんた、余程今日を命日にしたいらしいな。悪いが葬式は出してやれんぞ」
「落ち着かんか。冗談じゃ。輸血さえすれば大丈夫じゃろう。救えるぞ誠二」
あほな事を言っているが、処置する動きには一切のよどみは無い。
流石はプロ――と思っておこう。
「そうか」
安堵の溜息をついたのも束の間、その言葉の直後に送られてきた請求書を見て俺は眩暈を覚えた。
いかん、低血糖か?
そうだった、ドーナツを持っていたんだった。
ドーナツをかじりながら本を読み進める。
しばらくして爺が話しかけてくる。
「誠二、どうする? 銃弾は摘出した。何日かしたら目を覚ますだろう。連れて帰るか? ここでしばらく面倒をみてやっても良いが」
「当然その分料金は上乗せされるんだろうな?」
わかりきったことだが一応確認をしておく。
「お前、資本主義社会を理解しとらんのか?」
爺が首を振って言ってきた。資本家の犬め。
「パンクなんでね。一緒に資本主義社会に逆らって生きないか?」
「それで飯が食えるならな」
一本取られたな。俺は誤魔化すために鼻で笑うと子供を抱えた。
「たまには看病もしてみるもんだ。仕方を忘れてしまうからな」
「素直に懐が寒いと言えんのか?」
黒田は鼻を鳴らしてそんなことを言い出した。
「代わりに心はいつも温かい」
心が温かいのを証明するために笑顔を一つプレゼントしてやる。
「もうええ。帰れ。今度はおっぱいのでかいかわいこちゃんを――」
奴のふざけた発言が終わる前に俺はドアを叩きつけるように閉め、その場を後にした。




