第二十一話 我は聞いていない
午後八時十分
新西京スタジアム直下調整池(斎藤誠二)
青い薔薇が散っていくように。
首を落とされた女の死体が光を放ち、塵となって……消えていく。
堕落したメイジの末路は死体も残らない。
「魔術の過剰行使は怖いな。無能力者で良かったと思うね」
下水まみれになりながら俺は立ち上がった。最後の最後になんてことしやがる。
俺の赤いコートはもう、クリーニング屋がみたら気絶しそうな代物だ。
とりあえず雪風のマガジンを交換、ホルスターに収める。
「確かにそうかもしれん」
浩一が刀を収めて歩いてくる。
「浩一~かっこよかったよ~」
宙から降りてきたティニィが浩一の右肩に座る。
「いや、ティニィ。お手柄だったぞ」
「でしょでしょ~」
浩一に褒められて喜ぶティニィ。俺は一つ言うことがある。
「いちゃついてるところ悪いんだが――お礼の言葉を聞いてない気がするな?」
「……。あっ、誠二いたんだ。おつかれー」
ティニィは完全に棒読みの――浩一の時のきゃぴきゃぴ声とは真逆――氷点下の声色を俺に投げつける。
「俺の存在が眩しすぎて目を逸らしていたのか?」
何やらご機嫌斜めだな――しかたない――十ワットくらいの省エネウインクを飛ばす。
「あー、そのセクハラやめた方が良いよ? でも、さっきはありがとうね」
ティニィが俺に舌を突き出してそんなことをほざく。
「は? ウインクがセクハラになるとか聞いたことないが?」
所詮はフェアリーか……俺の色気がわからんとは。
そして素直にお礼を言えまったく。
「……誠二」
浩一が黒いスーツケースを見つめながら声をかけてくる。
「……」
俺も黙って黒いスーツケースを見つめる。
「遠慮せず持って行けよ浩一」
先手必勝――この戦い、負けられん。
「いや、俺は今は左手が使えん。万が一ということもある――片手は開けておきたい」
浩一が情けないことを言い出す。
「待てって。見ろよこの俺の脚」
傷口が開いて、しかも下水で汚れた足の傷を見せる。
「大変そうだな。でも手は無事だよな」
「お前アレが何キロだと――」
「そうか。じゃあ俺は帰る」
不味い! こいつはこう言ったらまじで帰る男だ。
「おいー! それでもお兄ちゃんか?」
仕方ない、ここは切り札を切ることにする。
「確か――お前が兄だったはずでは?」
くそっ! こいつ、根に持っていたのか?
「誠二が持っていけよー!」
ティニィまでもが浩一の味方を……
「雪風。何とか言え!!」
このままでは数の暴力で押し切られる――俺は援軍を要請した。
「……。最初はどちらが平気か競っていたのに今はどちらが重傷か競う――全く理解不能です。私はアルゴス・セキュリティに連絡することを推奨します」
違う。そうじゃない。
「それもそうだ」
浩一が頷く。
「流石雪っち! 天才じゃーん」
ティニィ、雪風にはやたら甘いな。
何だ? 俺にだけあんな態度なのか?
俺達は下水道を歩きながら会話を続ける。
「成程。じゃあ任せたよ雪風。俺達はさっさと帰ろう。助けてやったんだからジャマイカカレーを奢れよ浩一」
「助けてやった? どちらかと言えば俺が優しく足で押して助けてやった気がするんだが?」
「……むしろ俺はクリーニング代を請求したい気分だ」
浩一の足形の残る赤いコートを指さす。
「仕方あるまい。中間をとって蕎麦を奢ろう」
「何も中間取ってない!!」
雪風がまた口を開く。
「では公平にジャマイカカレー蕎麦にしましょう」
何故だ。
「成程」
納得するな浩一。
***
午後八時二十分 新西京スタジアム付近のインプレッサ車内
我、再臨。
微睡みから覚めれば、世界は喧騒に満ちていた。
人類がホロリンクと呼ぶ道具を経由した中継では、ルーブのインタビューが行われている。
『ルーブ選手は押しも押されぬ新西京のヒーローですね!』
人類の矮小な価値観では球投げが上手いとヒーローになるらしい。
我は鼻を鳴らした。
『私も誰かのヒーローかもしれませんが……きっと、誰もが誰かのヒーローなのだと思います』
違うな。我こそがこの宇宙における真のヒーローよ。
誰か我に電動猫じゃらしを捧げるべきである。
『では、ルーブさんにもヒーローが?』
『えぇ。もちろんです』
ふむ。我の事か。矮小なる人の子ではあるが、なかなか見込みがある。
『お名前を伺っても?』
良いぞ、宇宙の果てに届くくらいの大声で我を称えるが良い。
『いえ――多分、それを彼は望んでいないと思います』
…………何故だ!?
ええい! なんたる無能!!
我が偉大なる気持ちを貴様如き塵芥が察しようなど宇宙開闢始まって以来の不敬である!!
我が憤怒に身を焦がしていると――車の扉を開けてより臭くなった愚かなる人類代表が入ってくる。
「リーナス、目が覚めたのか?」
「うむ。貴様、何をしていた?」
「あぁ、それはだな――」
目の前の赤い馬鹿の話を聞いて――我は恒星を焼き尽くすほどの怒りを感じた。
「つまり……何だ? 貴様はシーリーの歌声をバックに――それこそマクロスFの最終回のように戦ってきたと?」
「……。ま、まぁ……詩的に表現するとそうなる――のか?」
申し訳なさそうに目を落としても我が怒りは収まらぬ。
「で、その間……我は何も知らず、深海の底よりも深き微睡みの縁に居たと?」
「……。ま、まぁ……詩的に表現するとそうなる――ね?」
縮こまって何やら苦しい申し開きをしておるが我が怒りは収まらぬ。
「……待てよ……我は思い出した。お宝はどうなった!?」
燃え上る怒りで我が美しき漆黒の毛が逆立ち天を衝く。
許せぬ!
許さぬぞ誠二!
我が尾が二尾に増え――
「待てリーナス!!」
人の形をした何かが何か言っている。
いいや、待てぬ!!
我が尾は三尾、四尾に――
「俺はちゃんと回収しておいたんだぞ?」
「何? これ以上くだらぬ嘘を一言でもその口から垂れ流してみろ我は――」
ゴミはそう言いつつ我がリュック(既に外してある)を開く。
これでくだらぬものを我に見せて見ろ、我は――その中から出てきたのは、世界の至宝であったのだ…………。
「お、おぉ……嘘では……なかったんだな……お宝はあったんだ……」
「あぁ、お前が寝てしまったからな。僭越ながら俺が回収しておいた」
優秀な下僕が説明をする。
ふ……最初から我はわかっていたのだ。こやつは出来るやつであると。
遠くから街の喧騒と張り合うような金切り声を挙げつつ、パトカーが走ってくる。
「やばいな、さっさと逃げよう。職質されたら面倒だ」
確かにこの男、血と硝煙と胡椒と唐辛子と下水道の様々な汚臭が混ざり合った――最早地獄の釜底をさらってきたような香気を放っておる。
この我ですら嗅いだことのないこの混沌。
最早人智を超えた領域に居ると言えよう。
我が警官ならばこやつの臭いを嗅いだ瞬間、この生物兵器を公正なる裁きのもと、問答無用で射殺するであろう。
だが、我が寛大なる心は太平洋よりも広く、マリアナ海溝よりも深い。
この臭いによる冒涜、特別に許そうではないか。我は奴の周囲の大気の流れを固定、臭いがこちらに漂ってこないようにする。
こうして我らは堂々と焦らず急いだ安全運転で――戦場を後にしたのである。




