第二十話 シーリーが歌う間に
午後八時二分
新西京スタジアム直下調整池(???)
だが――爆発は起きなかった。
ブルーローズの女メイジが何度も起爆ボタンを押す。
一切興味の無い相手に呼ばれた猫のように無反応。
「何が起きている?」
女はそう言って振り返る。
視線の先には核爆弾の収まっている黒いスーツケースがあった。
その上に赤いショートカット、赤い瞳の可愛らしい小妖精が座っている。
ティニィはスーツケースを優しく撫でていた。
「あっ、こんにちは☆」
目のあったティニィはぺこりと頭を下げて挨拶をする。
「情報魔術師風情が――貴様――アレはまさかこのための茶番――」
怒りのあまり言葉が出てこないらしい。
「そうだよ~あれはお芝居だよ~。それでね、この子には|ちょっと眠って《起動システムを弄らせて》もらったよ」
ティニィが笑顔で解説を入れる。
いや、言っている場合じゃない。
さっさと逃げろ。
浩一がホロリンクの音声をイヤホンモードから大音量のスピーカーモードに突如切り替え派手に走り出す。
水を跳ねる足音とシーリーの歌声が空洞内を跳弾した。
『いつも遠くを 見つめているあなた』
ノリの良いBGMと足音が響く。
「死ねクソガキ……我が掌中に宿りし炎よ――」
「そんなに怒らなくても良いじゃん!! べーっ!!」
ティニィが飛び立って逃げる。
ブルーローズの女メイジの掌の上に炎の球が現れ――それがティニィに向けて放たれ――なかった。
俺は雪風を構える。
彼女の斜め後方から連続でゲル弾を十五発全弾撃ち込んだ。
今回ばかりはチャンバーに一発残す必要はあるまい。
命中――彼女の体勢と集中を崩し、炎の球は霧散する。
『すぐそばにいる 私に気づかない』
銃声とシーリーの歌声がハーモニーを奏でる。
そこにリロードのために落としたマガジンの上げる水音が、アクセントとして追加された。
「落ち着けよハニー。俺がデートに遅刻したのは謝る。だが、いつだってヒーローは遅れてやってくる。映画ならここからが一番の見せ場だぜ?」
俺が遅刻を詫びているのを無視して彼女は叫ぶ。
「斎藤浩一が二人?! いや――まさか貴様等双子か? 俺達の勝利条件? そういうことか……卑怯な、道端の犬の糞よりも汚らわしいカスどもが!!」
「正解。百点をあげよう。イケメンな俺が兄であっちの不機嫌そうなのが弟だ」
「嘘をつくな誠二」
瞬時に三体、召喚体を斬り捨てながら浩一が言う。
『いつも軽口で 隠した心』
「……そうか、街角で私の胸を見つめてきたセクハラ男はお前の方か!! お前だな? シーリーを助けたのは?」
ちょっと待て。女が俺に誹謗中傷の極みを行い始める。これは名誉棄損では?
「うわぁ誠二さいてー……」
ティニィ、信じるな。
「まず訂正しておくが――確かにあんたの胸は立派だが、俺は見ていない。二点目だが……確かに俺はシーリーとデートをしてきたが……やきもちをやかなくても大丈夫だ。この後のデートの予定は全部キャンセルしてきた」
丁寧に俺は答えてやる。
「そうか、こいつの足音をごまかすために……わざわざスピーカーモードにして走ったのか斎藤浩一!!」
俺が親切に回答したのに満足したのか、今度は浩一に文句を言い出す。
気の多い女だ。
「ま、そういうことになるな」
周囲に召喚体がにじり寄ってきているにも関わらず、浩一が肩をすくめて刀を鞘に納める。
あの間抜け、肩の出血が酷いな。仕方ない、心配してやろう。
『あなたの本音は どこにあるの』
「おいおい浩一。お前やられてるのか? 随分格好よくなってるじゃないか」
「そういうお前もな。こざっぱりして新しい香水もよくあっているよ」
これだけ軽口を叩けるなら無傷みたいなもんだな。
「気づいたか。何せここに来るためにわざわざ新しい香水をつけてきたんだからな。
シャネルの新作なんだが一発ハグでもどうだ?」
俺は両手を広げて浩一に話しかける。
「胡椒臭くて最高だ。頼むからそれ以上近づかないでくれ」
まだ二十メートルは離れているのに失礼な野郎だ。
「我が掌中に宿りし炎よ我が怨敵全てを……」
物騒な詠唱をして、俺に向かって火の球を飛ばそうとしてきたブルーローズの女メイジ。
俺はまたもや彼女にゲル弾を連続で撃ち込んで体勢を崩す。
「俺が火傷したらどうするんだハニー? 美女との火遊びは歓迎だが、焼き加減はレアで頼む」
俺は雪風をホルスターに納める。
「貴様――」
「あんたの再生魔術がヤバいのは浩一の戦術リンク越しに見てたんでな。こっちの方が体勢を崩すのに効果的だろ? ところで俺も魔術を使えるんだが――見てくれよ」
そう言って右手と左手をそれぞれコートのポケットに突っ込む。
ブルーローズの女メイジが身構える。
俺は格好良く叫ぶ。
「火球!!」
「火球を高速詠唱!?」
彼女が驚きの声を発する。
俺は左ポケットから取り出した手榴弾を召喚体の群れの中心に投げ込む。
視線がそちらに集中したのを見計らって右手のグレネードを女メイジの頭上に放り投げる。
浩一が慌てて走って逃げた。
『黄昏の街を 追いかけて行く』
シーリーの歌がさびに入る少し前、派手な爆発音で召喚体がまとめて吹き飛ぶ。
完璧なタイミングだ。俺の音楽センスに乾杯。
「何が魔術だお前!! 馬鹿にしているのか!!」
なぜか女が怒りだした。いや――俺の見事な魔術にびびったのか?
「至って真剣だ」
俺が答えた瞬間――右手で投げたペッパーパンチグレネードがブルーローズの女メイジの頭上で炸裂した。
彼女が咳き込み始める。
「ゲホッ、み、水よ――」
彼女の足元から水が巻きあがり――大気中にまき散らされた刺激物があっと言う間に掃除される。やれやれ、ずるいだろう。
そう上手くはいかないか。
『名もなき誰かの叫びが! あなたの背中を押すから』
シーリーの歌声に背中を押されて俺は走り出す。彼我の距離は十メートル。
「げほっ、ごほっ、ふざけ――」
青い死神の影が、女の懐に飛び込む。
鞘のついたままの刀を上から斜めに振り下ろし――右の太ももに叩きつけ――あの音――骨にひびが入ったな。
「無駄だと――」
彼女がそう言い終える前――浩一は彼女の正面からみて左手に飛び下がる。
俺は彼女の右手から走りこみ、軽く跳び――真上から鉈を振り下ろすように――左のローキックを浩一が叩いたのと同じ場所に、叩き込む。
骨の軋む音――彼女の太ももの裏側から骨の先端が飛び出し、姿勢が完全に崩れる。
「ほら、治してみろよ。無駄なんだろう?」
俺が言った。
「切り傷は治せても骨折は難しいらしいな」
そう言った浩一がまた風のように潜り込む。
左の脇腹に鞘に入ったままの刀を右から左に横殴りに叩きつけ、すぐにまた彼女の左手に飛び下がる。
女メイジは左手を浩一に向ける。
詠唱省略で放たれる熱線が浩一を貫――
「レディの胸に触るとは、女の敵が!」
俺はローキックを放った左足が地面に着くと同時――右足を踏み込みつつ右手で鎧通し――浩一が打った位置に徹す。
彼女の姿勢が崩れて熱線が浩一のいた場所から数センチずれた虚空を穿つ。
骨の折れる音とともに肋骨の先端が女の腹からのぞく。
俺も一歩飛び下がる。
くっそ……今ので足の傷口が開いたな。
痛覚切ってなかったら痛みで泣いてるよこれは。
「誠二、八時の方向に射撃」
雪風の警告――俺は左手でバックアップを抜き、左斜め後ろに六連射――こちらはいつもの徹甲弾を装填している。
背後から俺に襲い掛かろうとしていた召喚体達は銃弾を食らって吹き飛ぶ。
即座にホルスターにバックアップを戻す。
「俺は鞘越しだぞ? 素手のお前こそ明白に痴漢だ」
浩一が屁理屈を言い出す。
「俺は脇腹だ。胸じゃないからセーフ。ここは本人の意見が大切だろう」
「――」
女は苦し気な喘ぎ声しか出せない。
「俺が魅力的すぎて声も出ないか? 色男も罪だな」
彼女が右手を俺に向ける。
「縛、れ――!!」
俺の身体が硬直する。
意識していなかった俺はもろに食らってしまった。
対策されやすいが決まれば強力な幻術をこの瞬間まで伏せていたのか。
五系統目の魔術……最低でも高位魔術師級。
かなり想定外だ――こいつ、強い。
女メイジの指先に炎が灯る――わずか数秒の硬直――だが、死ぬには十分な時間。
これは死んだな。
俺は辞世の歌を考え始めた。
くさってる、この世の中を、くさらせて――
「誠二、彼女はかなり怒ってるな――」
即座に飛び込んだ浩一が女の右肘を下から鞘で殴りつける。
浩一の打撃でそれた熱線が俺の左頬を掠める。
そして浩一が二歩下がる。
「――謝って死んだ方が良い」
浩一が言葉を終える。
同時に俺は身体の支配権を取り戻し即座に踏み込む。
「まじかよ、すまなかった」
俺は軽口を叩き――少し跳ね上がった彼女の右手首を左手で掴んで捻じり――下に引き下ろし――右の肘打ちを下から真上に、彼女の肘に叩き込む。
またもや骨が折れる音。
「お詫びに浩一が腹を切るよ」
女性にあまり暴力は振るいたくはないが――街一つ吹き飛ばそうとしているとなれば話は別だ。
「うああああああっ!! 斎藤誠二!!」
俺の言葉が終わると同時に女メイジが苦痛の叫びを挙げつつ俺の名前を呼ぶ。
違うシチュエーションでもっとロマンチックに呼んで欲しいものだが――何かしてくるのは間違いない。
すぐにステップして回避行動を――口の方は滑らかに回るが、足はそろそろ限界だ、痛みはないが動か――突如俺の腹に浩一の蹴りが叩き込まれて――俺は吹き飛ぶ。
浩一も俺を足で押す反動で飛び退く。
その直後、俺と浩一がいた場所に空から落ちてきた水球が叩き付けられる。
水が派手な音を立てて舞い上がり俺と浩一のコートに撥ねてくる。
この女、俺をぺしゃんこにする気か?
先ほど彼女が巻きあげた水を上空に待機させておいて――俺達二人まとめて一気に
叩きつけるタイミングを測っていたらしい。
なんて奴だ。
わがままな黒猫の代わりに美人探偵助手になってくれ。
「対象の催眠音波の分析完了。逆位相音の連続再生で打ち消します。以後、敵メイジの拘束魔術は無効化可能です」
雪風が良い仕事をする。
俺は左手でバックアップを抜くと、浩一の背後に迫っていた召喚体を二体撃ち殺し、再びホルスターに収める。残弾数――五発。
「おい、もっと優しくしろよ。生まれたばかりの子猫を扱うよりもな」
俺は浩一に礼を言う。
「変わった礼の言い方だな」
浩一が返事をする。
その時だった。
『ストライーク!! バッターアウト!! レイヴンズの優勝! 優勝です!!』
『いつの日か 手を取り合っていくー』
地上から響く観客の歓声と歌姫の歌声が、地下までをも震わせた。
一気に領域が偏移したのだろう――残っていた召喚体はすべて元の粘土と水に戻る。
正直、これ以上あいつらをさばきながら戦うのは限界だった。
最高の援護だ、お転婆歌姫。
俺と浩一は彼女の正面五メートルほどの位置に、彼女を頂点とした二等辺三角形の形で立っていた。
「最終ラウンドに入る前に一応聞いておくが……そろそろ降参したらどうだ? もうお前の領域はお終いだろ」
あくまでもジェントルマンな俺は一応降伏勧告を試みる。
ギターソロが終わりシーリーの歌が二番に入る。
『視線の先にはいつもあなたがいる 届かない想い抱きしめてる』
「フフフ……熱……い……苦し、い……」
まともな反応を返さない女メイジを見つめながら俺は浩一に確認を取る。
「浩一、業は?」
「とっくの昔に看板《売り切れ》だ」
答えた後に浩一が聞いてくる。
「誠二、脚は?」
「生まれたての小鹿よりは元気だな」
『誰にもみせない その傷跡 私にだけは 話してほしい~~』
彼女は熱に浮かされたように何かを呟いている。
「綺麗……全てを……蒼く……蒼く染めて……」
あれは不味くないか?
「つまり浩一。俺はお前より余裕ってことだ。帰って寝てて良いぞ」
「いや、誠二。俺の方が余裕がある。お前こそさっさと帰って入院しておけ。頭の病院にな」
「お前、失礼過ぎるだろう」
そう俺が言ったとき。
女メイジの瞳からだけ放たれていた蒼白い光――それが身体の各所から放たれ始めていた。
水面に反射した光は、暗黒の大神殿に捧げられた灯火のごとくあたりを照らし出す。
「おい浩一、あれはまさか――」
「あぁ、既に堕ちている。領域が彼女優位でなくなったにも関わらず――高度な魔術を連発しすぎた代償だ」
『強い怒りが あなたを焼き尽くす 燃え尽きないよう 支えながら~』
なんてこった。一応確認を取る。
「完全に堕ちる前にやるしかないか」
「じゃなければ俺達が死ぬかもしれん」
結局、いつもこうなる――雪風のマガジンを排出、徹甲弾入りのマガジンを勢い良く叩き込む。バックアップのマガジンも手早くリロード。
雪風が小さく抗議の声を上げる。
「もう少し丁寧に――」
「生命保険はかけているんだろうな?」
雪風の抗議を無視して俺は問いかける。
「勿論だ」
浩一が俺に缶を投げ渡してくる。
ホロタグを確認――液体窒素。
俺は左手で受け取るとポケットに放り込む。
「感心だな。なら今すぐ死んで良いぞ」
「良い知らせだ。受取人はお前じゃない」
浩一が答えながら刀を抜く。
おかしい、親族は俺しかいないはずだが?
「じゃあ死ななくて良い。いや、やっぱり腹立つから死ね」
俺がそう言った瞬間――彼女の身体の各所から青い閃光が無軌道に放たれる。
実際問題、無軌道な同時攻撃の方が俺や浩一のような場馴れしている人間にはやり難い側面がある。
培った戦闘予測が役に立たないからだ。
反射的に雪風に演算を全て敵の攻撃予測に割り振るよう依頼。
足も辛いし左後ろに下がりながら落ち着いて余裕をもって回避。
同時に銃弾を彼女に八発撃ち込む。
この距離で二発外したか。
彼女の身体に赤いインクを垂らしたような点がぽつぽつと浮かぶ。
だがゆっくりと消えていく。
だいぶ再生能力も落ちているようだ。
しかし、高速詠唱どころか詠唱省略連打とは無茶苦茶すぎる。
俺の仕事は可能な限り残存魔力を消耗させつつ注意を引くことだ。
浩一は右側に跳ぶ。
三人の位置が直角三角形をなす――理想的な立ち位置。
俺は追加で残りの銃弾七発を撃ち込み、彼女の目の前七メートルの距離で悠々とリロード。
ぶつぶつとつぶやく彼女がこちらに蒼い炎の球を放つ。
「フライドチキンにするつもりか?」
俺は左手をさっき受け取った缶に伸ばす。
「誠二、今です」
雪風のアドバイス通りに缶を放り後ろに跳――べない――火球が、至近距離で爆――空中に解き放たれた窒素が一瞬で膨張。
冷気が火球の熱を優しく抱きとめて霧散する。
浩一のくれた缶が無ければフライドチキンだった。
それでも熱いが――いや、シーリーの歌のおかげということにしておこう。
衝撃で俺は吹き飛び――雪風を連射、彼女の右膝付近に全弾撃ち込――背中から着水、水飛沫が上がる。
「やっちゃえ浩一!!」
『きっと追いつくから いつの日か手を取り合っていく』
上空で応援しているティニィの声とシーリーの歌声がデュエットを奏でる。
右膝を砕かれ、体勢を崩した彼女。
『ヒーローなんかじゃないと あなたはいうけど 私だけのヒーローを ずっと見つめ続けている~!!』
その死角を突いて浩一が斜め後方から迫り、一閃――
――青い軌跡と共に、今度こそ彼女の首が宙を舞った。




