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第十九話 ファールが続くあいだに

 午後七時四十七分

 新西京スタジアム直下調整池(斎藤浩一)


 柱を背にし、数える気にもならない数の敵に囲まれた斎藤浩一。

 ホロリンクで野球の実況中継が流れているが――耳を素通りしていく。

 浩一は完全に目の前の戦闘に没入していた。


 

 多数の敵と対峙した際には考慮しなければならない事がいくつかある。


 一つ、背後を敵に取られないこと。

 一つ、回避できるだけの空間を維持すること――特に後方。

 一つ、一対一を繰り返すこと。 


 

 浩一が完全にクリアしている条件は最初の一つだけである。


 ……今、この場で一対一を繰り返すのはやり方次第だ。

 見たところ奴等は徒手空拳のそれ。こちらが有利な点は武器のリーチ。

 つまり、浩一は積極的に打って出るべきと判断した。


 三メートル前方にいる右手、正面、左手にいる青白い炎に包まれた人間、を見据える。

 アレはまさか――放射能で死んだ人間の怨念か……何であろうと――斬る。

 抜き放った刀は右斜め下につけ、刃先が水に浸るよう静かに構えた。


 浩一は静かに正面に進み、誘いをかけた。


 呼応して右手、正面、左手の敵がほぼ同時にこちらに飛び出してくる。

 時代劇のように順番に斬りかかってくれれば良いのだがな……しかし実戦はそうはいかない。


魔剣(ブレイドアーツ)――流水剣(ハイドロ・サーキット)


 刃先を下に向けたまま右から正面まで円弧を引くよう振り、水面を斬る。

 浩一の操作する水が瀑布となって高さ二メートルまで吹き上がる。水の壁によって動きを阻まれる右手と正面の敵。


 その隙に正面まで回した刀を左手からくる敵に逆袈裟斬りに振り上げ、斬り捨てる。


「おぉぉぉ……」


 左脇腹から右肩口まで斬られた敵は世にも不気味な声を残し崩れ落ち――徐々に身体が崩壊し水と粘土に戻る。

 浩一の刀は自分の左斜め上に振り上げた形になっている。

 やはり死体が残らんか……召喚体なら当然だが、不味いな。


 浩一は今しがた斬り捨てた敵の後ろ一メートルほどにいる敵――今の浩一の真正面――に斬りかかろうと視線を向ける。


 その浩一の背後。


 吹き上げる水に阻まれていた敵二人が、背後に迫――浩一は即座に身体を右に回し、刀を緩い角度で右下へと振り下ろす。


 背後に迫る二人の敵はまとめて斬り捨てられ、水と粘土へと戻っていった。


 浩一は刀を振り切った状態――左手を一瞬刀の柄から離し、手首のホルスターから前方へと空気圧縮缶を射出。


魔剣(ブレイドアーツ)――無風剣(ゼロ・ヴォルテックス)


 同時に周辺の大気を、今しがた振った剣閃にそって圧縮。大気の壁を生み出す。

 今しがた斬り捨てた敵の後ろに位置していた敵達が更に踏み込んでくる動きを阻害。軽い減圧で微かに耳鳴りがするが、空間が広いのと空気圧縮缶による瞬間的な高気圧のおかげで大きな影響はない。


 そのまま瞬時に一回転して先ほど無視した形になった敵――五歩先――に向き直り、一気に踏み込んで左から右に刀を薙ぎ払い脚を斬り二歩下がる。そのまま右脇に刀をつける脇構えを取る。


 浩一は最初に居た位置からやや左斜め前に突出した形となった。

 右手は大気の壁が今のところ敵の動作を遅延させてくれている。

 次に対処するべきは正面と左手の敵だ。


 左手の敵が踏み込んで殴りつけてくるのを後ろに下がって回避、右から左に刀を振りぬいて脚を切り倒す。


 死体が消えないのであれば――敵を倒すことで障害物にしていける――だが、この敵は倒すと消える――ならば消えないようにするまで。

 無風剣(ゼロ・ヴォルテックス)で阻害していた右手の敵に跳びこむ。即座に無風剣(ゼロ・ヴォルテックス)を解除し敵召喚体の太ももを両断した。





 ***


 午後七時五十分 新西京スタジアム 九回裏ルーブ・マーティン


 シーリー()は……いない、か。

 ピッチャーマウンドに立ったルーブはスタンドを見渡した。

 現在一対零でこちらが優勢。


 一人目のバッターがヒットを打って塁に出る。

 二人目のバッターにもヒットを打たせて塁に出した。


 これは事前に決められていたことだ。

「ここでバッター四番!! タイタンズの主砲、ベイブが登場です!!」

 実況が大声で四番バッターの登場を叫ぶ。


「日本シリーズでルーブを打ち崩してきたベイブ!! 果たして今夜も逆転サヨナラを放つのか!! それともルーブが見事抑えるのか!!」


 ルーブはロージンバッグ(滑り止め)を握る。

 そしてマウンドに丁寧に戻した。


 あの私立探偵(斎藤誠二)は嘘をつく男ではない――ルーブの直観がそう告げていた。

 ならば。

 俺に出来ること――俺にしかできないこと――は一つだけだ。

 ルーブは球を握りしめると何度も見ていたビデオを思い返す。


 やれるはずだ。

 

 いや――やらなくてはならない。

 命がけで戦っているであろう彼との約束を守るために。





 ルーブは大きく腕を振りかぶった。




 ***


 午後七時五十八分 新西京スタジアム直下調整池ハイビスカス


 一筋の青い旋風となった斎藤浩一は瞬く間に二十もの召喚体を斬り捨てていた。

 だが――まだ召喚体の数は三十は残っている。

 蒼い光を目に灯した女――ハイビスカスはまるでオペラを眺める貴族のような優雅さをもって佇んでいた。


 その指先30センチ程に、さながら血を吸って育ったバラのような赤みをもった光が蓄積している。


 斎藤浩一は魔術出力を可能な限り絞って負担を軽減している。

 並みの同調者(アチューナー)ではない。どれだけの修羅場を潜ってきたのか。


 だがしかし同調者(アチューナー)どもは――銃聖(ガンマスター)だの剣聖(ブレイドマスター)だのと粋がっているが――魔術師(スペルスリンガー)から見ればどこまで行っても半端者。


 同調した道具や動作を介さなければ魔術も使えない程度の才能しかない者が、純粋なメイジである私……このハイビスカスに敵う訳もないのだ。


 致命傷を避ける事で召喚体を障害物にするという小癪な作戦……実に憐れみを誘う。





 ***


(斎藤浩一)

 斎藤浩一は魔術出力を可能な限り絞り、(アーツ)の連続使用をかろうじてこなしていた。


 それは、サーカスで細い綱を目隠しで渡るのにも似た曲芸であった。

 そろそろ(アーツ)は限界が近い。

 特に焦るでもなく浩一は、一流の棋士と同様に戦局を冷静に分析する。 


 だが、戦いやすくはなってきている。


 浩一は敢えて致命傷を与えず、脚を切断することで切り倒した敵を障害物としていた。

 致命傷を与えなければ切られた敵が消えることはない。

 (アーツ)が使えなくとも刀のみでまだ戦える。


 正面の召喚体の脚を神速の横薙ぎで払い、新たなる障害物とする。


 瞬間、ハイビスカスの指先から放たれた熱線が複数の召喚体を貫いて浩一の左肩を穿った。

 いかな剣聖(ブレイドマスター)といえど、何体もの味方を犠牲にしてまで放たれた死角からの魔の一撃、躱すことはできない。


 不味い――そう思った浩一の耳は微かな水音を拾った。

 それを意味すること気づいたのは、彼が歴戦の剣士だからであろう。

 彼の後ろ、斬り倒された敵召喚体達がいつの間にか消え――背後から青白い炎に包まれた人間が浩一に踊りかかる。


 振り返りざまにそれを斬り捨てる浩一。

 さり気ない召喚解除――なかなかの戦術家だ。

 浩一はハイビスカスへの評価を更新。


「惜しかったわねぇ斎藤浩一」

 妖艶な女魔術師が浩一に声を投げる。

「随分と……余裕だな……」

 さしもの浩一も息が荒かった。

「それはそうよ。あなたとの戦いは、余興にすぎないもの」


 反対にハイビスカスは余裕そのもの。

 仮に今、彼女の心拍数を測ったとしても――平常と変わらないであろう。

「野球のルールを知らないようだから教えてやるが――レイヴンズは今、リードしているんだぞ?」

「ルーブは打たれるわ。これまで通りね。そしてその時、新西京は聖地となるのよ」

 妖艶に笑うハイビスカスの背後の空から、一筋の小さな光がゆっくりと降りて来ていた。

 ハイビスカスの傍らに置いてあるスーツケースに向かって。 



 ***


 午後八時 新西京スタジアム 九回裏ルーブ・マーティン


 新西京スタジアムは静まり返っていた。

「またもやファール!!十四回連続ファールです!!」


 そこに存在するのは実況の声と


「メジャーの史上最多ファールは二十一球、十三分二十三秒ですが……それに届く勢いですねぇ!」


 解説の声のみ。


「観客席もあまりの展開に、静まりかえっております!!」

「実際問題…ルーブ投手から長打を打てるタイタンズのバッターは、ベイブ選手しかいませんからね。ここでサヨナラを逃したら、タイタンズはかなり不利になると言わざるを得ないでしょう」

 ルーブはこの数日間ベイブの投球を研究し続けていた。ホームランを自然に打たせるために。


 今はそのシミュレーションをしていて良かったと確信している。

 ホームランを打たせられるならファールだって打たせられる。


 ルーブは腕を振りかぶった。

 何球だろうが、シーリーがここに辿り着くまで、俺はファールを打たせ続ける!!

 バットがボールを捉える快音が響く。


 しかし――


「十五回連続ファールだあああああああああああっ!! この一騎打ち、最早伝説になろうとしています!!」

「ルーブも凄ければベイブも凄いですね。両者の実力が伯仲しているからこその展開でしょう」





 ***


(タイタンズバッター ベイブ)


 あの解説の目は節穴か?

 ベイブは怒っていた。

 ルーブは俺のサイン通りのコースに投げてきてる。


 つまり、これは――俺がファールを()()()()()()()

 ()()()()()()()だと、この俺が……!

 どこまでもコケにしやがって……!


 だが、最後に勝つのは俺だ……!

 恐らくあいつは俺の得意な角度に合わせて回転を変えることで――飛ばす方向をコントロールしていやがる。


 つまり、ミートする場所を微妙に調整すればホームランになる……実際、徐々にファールラインから寄せてこれている。


 微調整はそろそろ終わりだ。

 あばよルーブ。

 勝つのは俺、そしてタイタンズだ。




 ***


(シーリー)


 シーリーは球場にたどり着いた。

 膝に手をやり、呼吸を繰り返す。

 こんなに走ったのは久しぶりね……運動不足かしら?


 顔を挙げると、球場は人でひしめき合っている。

 しかし観客達は言葉を奪われたかの如く、静まり返っている。

 皆、ルーブとベイブの対決に応援も忘れてしまっているみたい。


 でもこの人混みじゃあ……前に進むことも……ここまで来ておいて私には何もできないの?


 どうしたら?


 私はすぐそこにいるのに……自分の無力さに足から崩れ落ちそうになる。

 探偵さんが命がけで助けてくれて、ここまで来たのに……悔しい――!


「シーリーさん?」


 とても綺麗なエルフの女性が話しかけてくる。

 淡いピンクのスーツ、吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳がとても印象的。

 どこかで見たことが――いや、今はそれどころじゃ――


「え、えぇ……そうですがあなたは?」

「私、新西京トラストニュースのジェーンと申します。実は斎藤誠二から――あなたにはこれが必要になるだろう、と言われていまして」

 そう言うと、ジェーンさんが私に差し出してきたのはマイクだった。

「携帯型スピーカーも用意してあります」

 探偵(誠二)さん――私にはまだ、歌があった。





 ***


(ルーブ・マーティン)


 ルーブは丁寧にロージンバッグ(滑り止め)を握っている。

 これから投げる球のコースをイメージする。

 しかし、ベイブは対応してきている。


 こちらも微調整をするべきか――その時、静まり返っていた球場に――彼にとって聞きなれた美しい歌声が、響いた。

 

「……? どうしたことでしょう! 突然球場に歌声が響き始めました……こ、これは? 去年引退したはずのシーリー? シーリーの歌だー!!」


 スタンドの応援楽団が即興でシーリーの歌う曲を演奏しだす。


「何ということだ―ッ!! まさか、日本シリーズの決勝戦に!! 幻の歌姫シーリーがレイヴンズの応援に駆けつけてくれました!! まさに伝説の一戦に相応しいっ!! 私、実はシーリーさんのファンでして! サイン下さい!!」







 ルーブは目を閉じ――球場に響くシーリーの歌声に耳を澄ませていた。







「有難う誠二君。君は間違いなく俺のヒーローだ」

 そう呟く。

 そしてバッターボックスに立つバッターを見据える。

 ベイブ……お前に俺の本気のシンカーを投げるのは初めてだな……!


 これが俺の!!


 ソニックシンカーだあああああああっ!!


 ルーブの渾身の一球が――







 ――放たれた。


 ***


(ベイブ)


 舐めるなよルーブ!!

 もう見切ってんだよ!!


 ベイブはホームランを確信してバットを振りぬく――


 





 ――ミットに球が収まる快音が球場に響き渡る。


 

 馬鹿な――八百長なんてなくても俺は打てると思っていた――だが――手からバットが離れ、マウンドに転がる。


 膝から力が抜けていく。


「アウト―――――――――――ッ!! ルーブ選手!! ついに、ついにベイブ選手を討ち取りました!! おおっとベイブ選手、バッターボックスに崩れ落ちました!!」


 スタンドが大歓声に沸いた。


「後二人! 後二人でレイブンズの優勝が決まります!!」




 ***


 午後八時一分 新西京スタジアム直下調整池(斎藤浩一)


 ホロリンクの中継を聞きつつ戦闘を行っていた斎藤浩一、そしてハイビスカス。

 両者ともに、その動きを止めていた。


 冬の朝の空気のように静かでいて、清冽な笑い声が氷の静寂を打ち砕く。

 それは、浩一が発したものであった。

「ははははは、すまないが――どうやら我々の勝ちのようだな」

「馬鹿な……馬鹿な!! こんなことが……!! 何故だ! 誰が!!」

 それまで、泥の中に咲き誇る一輪の蓮のごときたたずまいをみせていたハイビスカス――彼女に初めて焦りが生まれた。


 右手一本で刀を携える浩一は何も答えない。


「勝った? 勝っただと? お前は限界。もう(アーツ)は打ち止めなんだろ? つまりこれから私になぶり殺しにされるんだよ」

 浩一は頷く。

「その通りだ。だが、俺達の勝利条件はお前達の領域(レルム)構築の妨害にある。俺がここで貴様に敗北しようと、俺達の勝ちは揺るがんよ」

「いや、違うな。お前等が喫する予定であった最大の敗北が、通常の敗北に変わっただけだよ。斎藤浩一」


 先ほどまでの余裕が完全に消え失せ、赤い硝子細工のように――血走った眼でハイビスカスは続ける。

「新西京全域を核汚染してやるまでよ。確かにレイヴンズ敗北による愚民どもの絶望が無いのは計画と大きく異なるが――新西京が吹き飛ぶのをお前に止められるのかい? 刀を振るしか能の無いお前に!!」

「そうだな、確かに俺に爆発の阻止は無理だ。遠慮せずやればいい」


 浩一は蕎麦屋で笊蕎麦を注文するときよりも、平静な態度で答える。

「ハハハハハ!! 解っているじゃあないか!! レイヴンズが負けた時ほどの領域(レルム)は構築できないだろうが、やらないよりは全然良い!」


 哄笑とともにハイビスカスはホロリンクを立ち上げる。そして起爆のスイッチをためらうことなく押した。

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