第三話 探偵はストリートにいる
午前零時
新西京三区ダウンタウン路上(斎藤誠二)
何度も再生したあの映像――ようやく掴んだ違和感の正体。
その答え合わせを、雪風に分析を投げる。
俺はダウンタウンを歩きながら次の手を考える。
路上でネオンの光が踊り狂う。
行き交う人々――オーク・ドワーフ・ゴブリン・ヒューマン……きりがない――の喧噪が鼓膜に触れ、屋台から漂う様々な食べ物の匂いが鼻孔に忍び寄る。
リングイサ・ソーセージのサンドイッチの屋台が目に入る。
「お兄さん安くしとくよ」
俺は腕に絡みついてくる立ちんぼを適当にあしらう。
「またな、かわい子ちゃん」
さて――やらなくてはならないリストを頭の中で並べていく。
ケイは明らかに廊下を曲がっていた。にもかかわらず銃弾が命中した。
魔術だ。
頭が痛い。
そもそも雪風が銃聖と分析してたので今更だが。
必中の魔弾だと?
撃たれる側からしてみれば笑えない話だ。
次に……画像から奴らの身元を調べ上げる必要がある。
特にギャングの男だ。
アルゴス・セキュリティの男――恐らく麻薬取締捜査官の方は俺が手を下すまでもなく死ぬだろう。
俺の推理が当たっていれば、だが。外れていた場合は……厄介なことになる。
しかし可能性はかなり低い。今は気にする必要は無い。
***
(雪風)
雪風は思考する。
誠二からのオーダーは二つ。
画像解析と男たちの情報収集。
画像解析開始。
銃声、着弾、銃声の音量を計算する。
通常、一定距離内で発射された弾丸は音速を超えるため、銃声より先に着弾する。
結論:あのオークの男の使っている銃弾は亜音速弾の確率が最低でも八十%
結論を誠二に送信。
情報収集開始。
雪風は新西京のネットワークへと接続する。
捜索対象確認。
オークの男。
派手な緑色のジャケットに金歯。がっしりした体躯。明るい緑色の肌に少しとがった耳。鋭い犬歯。黒髪の長髪。
人間の男性。黒髪、クルーカット、黒いアルゴス・セキュリティのジャケット。高確率でアルゴス・セキュリティの警官。
手段の検討。
アルゴス・セキュリティの風紀課・および人事課へのハッキング:対象はストリートギャングとアルゴス・セキュリティの警官と推定される。情報を得られる可能性大。ハッキングリスク評価は中。
SNS・アンダーの集う掲示板での情報収集:ストリートギャングのオークの情報が得られる可能性中、アルゴス・セキュリティ所属(未確定)の男の情報を得られる可能性小。
雪風は思考する。アルゴス・セキュリティへのハッキングは誠二への確認を取る必要がある。
結論:無意味
彼がお前に任せるという確率。百%。
選択
検索:アルゴス・セキュリティ
新西京のVRネットワークの中、アルゴス・セキュリティのサーバーは要塞のように聳え立っている。雪風はアルゴス・セキュリティの風紀課へのハッキングを開始する。
雪風は認識。
第一層:公開アクセスポート。ここは誰でも入れる。アクセス
第二層:社員用イントラネット。認証が必要。パスワード、生体認証、二段階認証
雪風は誠二に確認。
「誠二。民間警察企業の社員とホロ通話は可能ですか?」
「俺の顔の広さを舐めるなよ? 少し待ってくれ」
***
(斎藤誠二)
俺は雪風の結論を確認――取るべき戦略・戦術・必要な装備を計算。
まずはメールだ。アンティークショップ、『百鬼堂』へ向けてメールを作成。
(パーマロイ、ポケットに入るサイズ、極小の電源とコイルを内蔵させたもの。至急工面してくれ)
あの店ならできるに決まっている。
続けて俺は民間警察企業に勤務している元同僚にホロリンクで通話をかけた。
「はい、もしもし猿渡です」
勤務中だからだろう。猿渡のホロはOFFになっている。
「サル、俺だよ」
「誠二じゃねーか! サルは辞めろって言ってるだろ! 懐かしいなぁ。お前がうちを辞めてアンダーになってから――」
「アンダーじゃない、私立探偵だ! それよりも久々に話すんだ、ホロをONにしてくれても良いんじゃないか? ちょっとくらい顔を見せろよ」
「え? あぁ……一応勤務中だからな」
「こんな時間に証拠保管室なんて誰もこないだろ」
「それもそうだな」
俺の目の前にサルの上半身が映し出される。
三十代後半の人間の男、短く切りそろえられた茶色の髪、良く動く大きな目。
そして民間警察企業の黒いジャケット。
胸には証拠保管室の身分証明ホロが表示されている。
「で、どうしたんだ誠二?」
懐かしさと困惑の入り混じったサルの声。
「いや、なんとなくお前の声が聞きたくなってな。景気は?」
そう答えて俺は親し気な笑みを向けた。
「ぼちぼちだよ。お前は?」
「お、俺か? そりゃもうガンガン稼いで資本家の仲間入りする寸前でマルクスに呪われそうだ」
「ならもう少しきれいなコートを着ろよ。私服刑事の頃から着ているだろ? その赤いボロキレ」
サルは失礼過ぎることを言いながら、わざとらしく腕時計型ホロリンクに目を落とす。
「……。お前こそ、なんだよその腕時計型ホロリンク。え? まさかアキュレイト社のRXか?」
「おっと気づかれちまったか~!」
気づかれたもくそも、ちらちら腕時計を見てアピールしていたのは黙っておこう。
「サル、確かかなりいい値段がするはずだよなそれ」
サルは昔からブランド物が好きだった。だが、アルゴスの給料じゃあとても手が出せないと良く嘆いていたものだ。
「あ、あぁ……まぁな」
「確かアレだろ? RXシリーズはドワーフの職人が一つ一つ手作りで生産してるってやつだよな? ちょっとした車買えるくらいの値段じゃなかったか?」
「いやーそうなんだけど我慢できなくてさぁ……分割払いで買っちまってよぉ。でもほら、やっぱりこういう良い物ってのは人間の格を高めてくれるんだよ」
***
(雪風)
雪風は猿渡修の通話記録から抽出した音声データを解析。声紋、話し方の癖、呼吸のパターン。
対象の網膜情報模造防止用コンタクトの有無:非着用
人間の言語的定義では幸運。十分の三秒で猿渡の音声・網膜パターンを完全に再現可能。
音声認証:クリア
網膜認証:クリア
雪風が求めるのは風紀課のデータベースだ。社員イントラネットからさらに深い階層へ潜行する必要がある。
第三層:内部監査システム。ここには風紀課が調査中の案件、危険な犯罪組織の情報、所属職員情報などの閲覧が可能
走査:社員イントラネット上にログイン中の非活性アイコン
検知:失踪人課課長―木嶋勝
木嶋勝のホロリンクのハッキングを開始:クリア
ステータス:ドワーフ女性のポルノVRに没入中
コピー:木嶋勝のアルゴス・セキュリティの社員ID
侵入:アルゴス・セキュリティ内部監査システム
木嶋勝は二重ログインで社員イントラネットからログアウトされる。しかしVR没入中のため気づかず。
防護プログラムが起動。
侵入者検知システムが雪風の存在を認識開始。
提示:木嶋勝の正規ID
結果:パス
雪風は風紀課データベースに到達
検索条件を入力する
対象:明るい緑色の肌、オーク、男性、ストリートギャング、麻薬取引
検索結果:百二十七件
絞り込み:金歯、派手な緑色のジャケット
検索結果:三件
さらに絞り込み:魔術使用の記録
検索結果:一件
マーカス・マーク・グリムズビー
詳細:オーク、男性、推定年齢三十五歳。
新西京第八区を拠点とするストリートギャング『グリーンヴェノム』のボス。麻薬密売、恐喝、殺人の容疑多数。だが逮捕歴なし
理由:グリーンヴェノムの拠点がある新西京八区の外れは民間警察企業契約管轄外
グリーンヴェノム
構成員:オークを中心とする38名程度
武装脅威度:ここ最近急激に武装化が進む
資金源:麻薬売買、売春
バック:現状確認できず
検索。
対象:黒髪、クルーカット、人間、アルゴス・セキュリティ、麻薬取締捜査官。
検索結果:二十三件。
絞り込み:チャーリーの記録画像と写真の適合率チェック
開始
ヒット
適合率九十八%のプロフィールを表示
氏名:宍戸健
詳細:人間、男性、年齢四十二歳。麻薬取締捜査官。勤続十五年
誠二へ情報を転送
タスク完了
ログアウト:アルゴス・セキュリティのサーバー
***
(斎藤誠二)
「駄目だぜサル。リボ払いなんてしたら。あれは地獄への片道切符だ」
雪風から転送されてきた情報を確認しながらサルに返事をする。人間の格、ね。
「違いない。そこらへん誠二はしっかりしてるからな」
俺の脳裏をアーセナル社のガンオイルのリボ払いが通り過ぎていく。雪風が何か言いたげに振動したが、俺は無視した。そもそもあれは九十九%お前のせいだ。
「あ、あぁ……そうだな。そういえば車は? 新しく買ったのか? お前、車も好きだったよな」
「おいおい、俺の安月給でRX買ってその上俺の欲しいような高級車なんて買えねーよ」
「そりゃそうだ」
「で、本題はなんだよ?」
ちょっと詮索しすぎたか?
俺は追及を緩め、軽いフェイントをかける。
「あぁ、いや、まじでお前の顔が見たかっただけなんだよ。また今度飲もう」
「変な野郎だな。そもそもお前は飲め――」
ここだ。
「そういえば、宍戸はどうしている?」
「えっ……? 宍戸?」
俺は機を見計らって本命のストレートを撃ち込んだ。
サルの滑らかに回転していた口が突然止まる。
代わりに彼の良く動く目が激しさを増す。
すまないな、俺の質問タイミングの良さは刑事コロンボ譲りなんだ。
成程。この反応で俺には十分だった。恐らく最悪ではないが、最悪でもある。思わずため息が漏れる。
「……。あぁ、サルはあいつのことを知らなかったか」
「いや、あの宍戸だろ――」
「ん? 我が愛しの彼女から着信だ。美人なんだが嫉妬深くてね、着信をスルーしたら明日には俺の死体がそっちに届きかねん。すまんがまた今度な」
「おい、誠――」
通話を切る。
するとリーナスが、偉そうにアドバイスの名を借りた挑発行為をしかけてくる。
「良いか誠二? 嘘と言うのは実現可能性の高い選択肢の中からまだ実現していないものを選択し、提示するのが上質の嘘というものよ。その点、貴様の嘘は実現可能性零%。最低の出来だ。今後は気を付けるが良い。演技の質も下の下。ゼータガンダムのカミーユの絶望の叫びを聞いたか? 少しは貴様もあの素晴ら――」
今は相手にしている場合ではない。無視だ。
「はぁ? アカデミー賞ものの演技だっただろうが!!」
いかん、条件反射で反論をしていた。
「いえ、ラズベリー賞ものですね」
雪風が背後から俺を刺してくる。
「雪風お前……」
溜息を一つついた俺は、ホロリンクでジェーンの番号を呼び出した。本当はあまり頼りたくないが、今回ばかりは仕方がない。仕事中毒の彼女のことだ。どうせまだ局にいるだろう。
「はい、こちらジェーンです」
「俺だ」
ホロに金髪のロングヘア、エメラルドグリーンの瞳、淡いピンクのビジネススーツを着用したエルフの美女が現れる。新西京トラストニュースの看板ニュースキャスター兼ディレクター兼プロデューサー。この街の声の一人。
彼女は今、自分のデスクにいるようだ。そしてクッキーの乗った小皿と、紅茶が入っているらしきティーカップが置いてある。
「こんな夜遅くにいたいけな独身美女にホロ通話をかけてくるなんて常識ないの? 私は今優雅なティータイムを終えて帰宅するところだったのだけれど? 」
なにがいたいけだ、この性悪エルフが……ふざけんなと言いたい。だが、これからお願いをする立場にも関わらずいきなり機嫌を損ねるのはまずい。俺の周囲にはまともな奴はいないのか? 常識人は俺だけなのか?
「いたいけ? 美女?」
周囲を見回すふりをする。あの屋台の焼きそば美味そうだな……
「切るわよ」
ジェーンの冷たい声が俺を焼きそばから通話に引き戻した。
「冗談だよ。その優雅なティータイムに俺の美声を添えたいと思ってね」
軽くオペラ調に唄ってみせる。
「騒音公害の押し売りなら切るわよ。あと一秒でも続けたら訴訟するわ。のど自慢なら予選落ちね」
言いたい放題言いやがる。
「まぁ待てって。今夜のお前のニュースだが――」
「あら、私のニュースを見てファンレターでも送りたくなったのかしら?」
「あぁ、お前のニュースを見てたら俺にファンレターが届いてな」
彼女の形の良い眉がひそめられる。
「ちょっと宗旨替えするように私から説得してあげたほうがいいかしら?」
「いやいや、最高に趣味が良いと思うぞ。何を言っている?」
「で? ただの雑談なら切るわよ。もう退社して寝ないとお肌に悪いもの」
「とりあえずこれをみてみろよ」
切られてはたまらん。俺はチャーリーの記録をジェーンに送り付けた。
「何よ? 変なウイルスを送らないでくれる?」
「ちげーよ! 良いから見てみろ」
しばらく無言の時間が流れる。ティータイムを再開したらしいジェーンがクッキーと紅茶を楽しみながら動画に見入る。
……仮にも通話中だぞ?
俺の事をなめすぎていないか?
まぁ良い、俺も歩きながらだしな。待ち時間は有効に活用させてもらおう。目に付いた二十四時間営業のコンビニ、セブンーイレブンの無人レジで焼酎のパックを注文。購入。
ありがとうございましたー、という合成音声に見送られて店から出てくると足元でリーナスが欠伸をした。
「ふん。エルフの雌か。耳が尖っているだけで、何故貴様ら人間はこうも発情するのだ? 我が眷属の触手の方が余程機能的で美しいぞ。もしくは魔法少女マジカル・ルルとかだな。ところで、我のためにするめでも買ってくれて良いのだぞ? 何故買わぬ?」
「お前の美的感覚は銀河系外へ家出中か? 美的感覚がヒッチハイクして地球に戻ってくるまで静かにしていろ。しかもなんで俺がお前のするめを買わなくてはならんのだ。お前のお小遣いで買いなさい。そもそも俺はあんな性悪に一切発情なんて――いたっ! ひっかくな!」
見終わったジェーンが話しかけてくる。
「いくら?」
「その話の前に条件が二つある」
「何? 私にデートしろと? 最悪だわ信じられない! 勝手にデータのコピーを取ってニュースにしちゃうわよ?」
何故こいつはすぐに俺を色魔にしたがるのか?
「落ち着けよ。お前もコレをすぐに緊急ニュースとしてこのまま流すリスクは理解しているはずだ」
「そうね。うちとしても民間警察企業に睨まれるのは嫌ね」
「あぁ。だからこのニュースは午前三時以降に流してくれ」
宍戸とマーカスが会う時間より少し後――個人的にベストなタイミングだ。
で、調整をジェーンがつければ午前三時前には宍戸は……
「その間に私は民間警察企業と話をつけろと?」
「そういうことだ。これが一つ目の条件」
「二つ目は?」
「宮下ケイ。彼女が撃たれたとき……金属製のアクセサリー……そうだな、ペンダントとかを持っていなかったか? これを教えて欲しい」
「少し待ちなさい」
端末を操作する音が聞こえる。そしてクッキーが齧られる音も。俺にもクッキーを寄越せ。
「えぇ、所持品の中にペンダントがあるわね。で、その手は何? 知らないのかもしれないから教えてあげるけど、ホロに映っているクッキーは、実は食べられないのよ?」
「これは指の運動だ。ピアニスト志望でね。なるほど、ペンダントか」
指を滑らかに動かしてみせる。
ジェーンの情報で仮説の確度がかなり上がる。良い兆候だ。
「フーン」
ジェーンがそう言って見つめてくる。
『何か隠してるでしょう』
吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳がそう語りかけてくる。並の男なら何でもペラペラしゃべってしまうだろうが、俺はそうはいかない。
「で、報酬の件だが」
「あら、先ほどの話で無料提供かと思ってたわ」
「一切そんな話はしていないな。俺はボランティアはしない主義でね。ついさっきドク・ソルダートサービスで一人の麻薬過剰摂取暴走者――エルフ女性を回収してもらったんだ。彼女に最高級の社会復帰プログラムを手配してやってくれ」
「あらあら。また女を泣かせたのかしら。あなたの責任でしょ? 自分で支払いなさいよ」
彼女の声と視線が氷点下になる。
「あのね……ウーマンリブの最前線に立っているジェーン様におかれましては、お怒りになられるのもごもっともです。しかしだな、俺と彼女は今日初めて会ったんだよ。何なら殺されかけたくらいでね?」
「まぁあなたがそんなにもてるわけないしね。OK。どうせまた下手糞なウインクでもしたんでしょう? ならそれくらいはしてあげないとね。その女性もかわいそうに」
何故俺のウインクが不発だったことを知っている?
「うるせーな! 切るぞ!」
「図星ですね誠二。貴方のウインクによる誘惑の成功率は現在零%です」
「雪風、音声回路をオフして欲しいのか?」
そんなに俺のウインクはいけてない?
明らかにおかしい。これは許せん。今度ジェーンに会ったとき試してやる。
きっと自分から服を脱ぎ始めて――
ジェーンの声が俺の思索を断ち切った。
「……あの画像のオークだけど。マーカス・マーク・グリムズビーでしょ?」
「詳しいな? まさかあの野郎のファンか? サインでも貰ってきてやろうか?」
「彼、銃聖って噂よ? あなた、彼と戦うつもりなんでしょ?」
「いや、違う。戦うんじゃない、殺すつもりだ」
「身体強化しかできない銃豪が、魔法で身体強化して魔術も操ることもある銃聖に勝てるの?」
「あのな……何か勘違いしているようだが俺は銃豪ではなく私立探偵だよ、お嬢さん」
「本当にあなたは冗談ばか――」
そろそろ『百鬼堂』に着く。用事は済んだ。彼女の睡眠時間のためにさっさと通話を切ってやろう。
「おっと、悪いが切るぜ」
そう言って通話を切る。どう考えても通話を切っても彼女は寝れない気もする――しかも原因は俺だ。が、気にしては負けだ。
通話を切った俺にリーナスが喧嘩を売ってきた。
「殺すつもり? よく言うな誠二よ。無能力者が敵う訳があるまいに」
「おいリーナス。知らないようだから教えてやるが――基礎スペックでは銃豪の方が上だぞ。コンマ一秒速い」
「ふむ。では答えよ誠二。僅かコンマ一秒速いのと、銃弾を対象に追尾させられるの、貴様はどちらが良いのだ?」
「真正面からの撃ち合いなら俺が勝つよ」
質問の答えをはぐらかす。どうだ。この論理防壁。お前達には崩せま――
「誠二……マーカスは真正面から撃ち合ってもあなたに勝ちます。彼は全力で回避しながら必中の銃弾を放てます。あなたには無理です。コンマ一秒速くても何の意味もありません。そもそも論からして、ストリートの戦いで正面でむかいあってよーいドン! で撃ち合いなんて決闘でもしない限りまずありえません。それは闇討ち大好きなあなたが一番よく知っているのでは?」
俺の論理は雪風の攻撃により一瞬で崩壊した。
止めるんだ。
しかも何か凄く卑怯者みたいに言われた気がする。これ以上ぼこられないために、俺は白旗をあげるしかなかった。
「そりゃ追尾弾撃ちたいよ……弾丸に電気まとわしたりさ……したいよね? 何か格好良いよね?」
「言えたではないか」
何だこの黒猫。
「仕方ありませんリーナス。あなたも知っての通り、魔術は純粋に才能の有無で決まります」
「そうだな。我のような才能の塊ではない、無能の塊のこの男にはちと酷な話であった」
無能の塊? 聞いたことない罵倒語が飛び出て来たな。覚えておこう。
「良いかお前達。幾ら俺が温厚でもそろそろ怒るよ? ここは配られた手札でベストを尽くす誠二様は最高に格好いい! クール! って嘘でもおだてろよ!」
「自分で言ってて哀しくならぬのか、誠二よ」
「これはけっこう食らっていますね。そろそろ止めてあげましょう」
雪風とリーナスにぼこぼこにされていて気が付かなかったが、いつの間にか俺達はコロニアル風の建物の前に立っていた。
壁面と屋根は全て漆黒に塗り固められており、窓にかかっているカーテンは暗い赤。古びた看板の文字『百鬼堂』は、ネオンではなく墨書き。いつもながらどう考えてもいかれたセンス。
「ここか……。ふむ」
リーナスが、店の奥から漂う気配に髭を震わせる。
「この店……中から、とてつもなく冒涜的で、甘美な『古き血』の匂いがするな。楽しめそうだ」
「この店はお前には遊園地かもしれんが、俺には頭痛の種だ」
溜息とともに、俺は重い木製のドアに手をかけた。




