表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/117

第十七話 七回裏、地下

 午後七時

 新西京四区 斎藤浩一の自室(斎藤浩一)


 誠二からメッセージを受け取った斎藤浩一は、戦いに備えて準備を行う。


 浩一の自室は和室だ。

 遮光障子が窓際に、部屋の片隅に行燈型LED。

 大き目の本棚が一つ。中には大量の時代小説が並んでいる。

 衣装箪笥二つ、並んで置かれている。


 そのうち片方を浩一は開く。中には様々な缶が敷き詰められている。

 浩一は一つ一つ取り出し、青いコートの内側に納めていく。

 浩一が選んだのは空気圧縮缶、酸素圧縮缶、液体窒素缶をそれぞれ三個、蛍光スティックを一本。

 更にコートに隠れている右手首と左手首のホルスターに空気圧縮缶をそれぞれセット。


「浩一~水蒸気圧縮缶は?」

 浩一の肩の上に座っているティニィが聞いてくる。

「ティニィ。下水道に水蒸気圧縮缶を持って行ったことはないぞ」

「そういえばそこらへん水蒸気だらけだもんね!」

「そういうことだ」

「でも不測の事態が何かあるかもよ?」

 一理あると浩一は考える――が、これ以上荷物を増やしたくはない。

「その時はその時だ」


 浩一は肩をすくめると部屋を後にした。




 午後七時二十分 新西京六区 地下下水道入口


 バイクを降りた浩一は、地下下水道入口で日本シリーズの中継を聞きながら時を待っていた。

 陽は既に落ち、月の光とネオンの煌めき、街頭、民家・オフィスビルの照明が夜の太陽となって街を照らす。

 地下下水道から漏れ出てくる生臭い臭いを嫌い、辺りを通る人はまばらだ。

 時折吹く粘度の高い潮風。

 ティニィは浩一の頭の上に胡坐をかいて退屈退屈と騒いでいた。


 レイヴンズ対タイタンズが八回に入った。

「頃合いか」 

 浩一はそう言い置き、新西京スタジアムの真下に通じる地下下水道に身を投じた。

 地下下水道特有の生くさい臭いと、立ち込める水蒸気が浩一の肌にねばりつく。

 しかし、意外と寒さは感じない。海に面した新西京は朝夕に風が吹く。

 その風が地下にまでは吹き込んでこないからだろう。


 微かな蛍光をホロリンクから発させる。コンバットゴーグルの低光量視野には十分な光量だ。

 昼間の光の下のように明確な視界の中、浩一は半ばダイダロスの迷宮と化した新西京の地下下水道を歩く。

 レイヴンズとタイタンズの中継と、水の流れる音、自らの長靴の音だけが世界の全てとなる。


「浩一。領域(レルム)が」

 内ポケットから顔を出したティニィが沈黙を破る。

「……これはきついな」


 地下の汚染環境はまっとうな魔術様式に対してのカウンターレルムになる。

 その上にブルーローズの核汚染に偏移したレルムが重ねられている。

 浩一とティニィにとっては魔術行使がかなり厳しい環境と言えよう。


 誠二と役目を入れ替えるべきだったな。浩一はふとそんなことを思う。

 いや、あいつは自分が受けた依頼を他人に任せたりはしないだろう。

 だが――その方が確実と判断すれば拘りを捨てられる男でもある。

 我が弟ながら良くわからん男だ。思わず笑みが漏れる。


 思索にふけりながらも、浩一はホロリンクのマップと大気組成から目を離さない。

 特にメタンガスが一定濃度を超えたかどうかの検知は必須だ。


 目的地は調整池。

 集中豪雨時に都市が冠水するのを防ぐための、巨大な地下神殿のような空洞。







 浩一の歩く足音が反響する。


 前方十メートル。


 サブマシンガンを構え、黒いジャケットとジーパン、戦闘用ヘルメットを着用した男が二人立っている。

 浩一はメタンガス濃度を確認――危険域ではない。

 何も言わず二人が銃を持ち上げ、片方がこちらに射撃。

 下水道内――銃声が、狂騒曲を奏で始めた。


 同時に浩一は立ち止まる。

 




 ――加速(クロックアップ)圧縮(・コンセント)思考(レーション)


 戦術プログラムが示す行動予測・弾道予測を見ながら浩一は考える。

 反応速度・射撃精度からして改造者(メタル)ではない。

 この距離なら当たらない。

 当たる可能性のある二発の弾丸の射線から身をかわす。

 撃ってきていた方――太郎と浩一は命名――がリロードを開始。

 浩一は猛然と前方に向けて駆ける。


 距離七メートル。

 待機していた方――浩一は次郎と命名――が銃を持ち上げ射撃開始。

 流石にその程度の連携はしてくるか!


 思考で指示、左手首のホルスターから左手の中へと空気圧縮缶を滑り込ませる。

 手首のスナップで前方に弾くと同時、缶の中に圧縮された空気が展開。


 シャンパンの栓を同時に百個抜いたような音とともに、瞬間的に周囲の気圧が上昇する。


魔剣(ブレイドアーツ)――無風剣(ゼロ・ヴォルテックス)


 浩一は抜刀、二人の丁度中間を真下から真上へと刀を振りぬく。

 周囲の気圧が減圧され、浩一はかすかな耳鳴りを感じる。


 刀から伝わった魔力が空気を収束していき、浩一の剣閃の軌跡にそって厚さ一センチ、高さ一メートル八十センチ、長さは太郎と次郎に届く気圧の壁が瞬時に形成され、二人は気圧の壁で分断される。


 浩一は太郎側へと走りこむ。距離五メートル――銃における必殺の間合い。

 次郎は銃を連射。


 プログラムが警告――





 ――無視。


 浩一は魔力で脚を更に強化――加速。

 瞬間、弾丸は気圧の壁に触れ減速、軌道がずれた。

「何だと!?」

 次郎の驚きの声――距離二メートル。

 太郎がリロードを終え銃口を――浩一はサブマシンガンを横凪ぎに切断、返す刀で太郎を袈裟斬り。

 左肩から右脇腹まできれいに刃が通り、太郎は血煙の中にもんどりうって倒れる。

 下水が赤く染まっていくのを見届ける暇もなく、浩一は次郎へと向き直った。


 次郎はなかば半狂乱になりつつサブマシンガンを連射。

 しかし、弾丸は気圧の壁で減速。浩一にはその一瞬で十分。射線から身をかわす。


 必死でリロードを行う次郎。


 浩一は無風剣(ゼロ・ヴォルテックス)を解除、二人を遮る気圧の壁は消えた。

 同時に閃光の突きを心臓に滑り込ませる。


「斎藤――浩――生き――」

 次郎が苦し気に怨嗟の声を上げた。

「貴様等が地下で騒がしいおかげでな。おちおち死んでもいられん」

 浩一は次郎から刀を抜き、そのままサブマシンガンを念のために両断。


 その後一振りして血を払った後、納刀する。

 水音を立てて次郎が下水の中に沈む。


「浩一! ほっぺが」

 コートの懐から頭をティニィが出すと、浩一の頬を心配げに指差す。

 避けきれなかった弾丸がかすったようだ。頬には薄い切り傷が出来ており、少しだけ血が滲んでいた。

「あぁ……やはり(アーツ)の効きが悪い」

「気を付けてね」


 それに答えず浩一は考える。

 ティニィはやはり置いてくるべきだったか――いや、言ったところで聞くような性格ではない。

 それにティニィの力は必要だ……そもそも核爆弾が爆発したらかなり遠くに逃げていないとどのみち巻き込まれる。


 つまり、俺が――いや、俺達で奴等の計画を潰すしかない。

 浩一は、チタンで補強された鞘の感触を一度確かめる。

 そして再び歩き始めた。


 破滅の中心に向かって。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ