第十六話 試合開始
午後六時
高速道路(斎藤誠二)
俺達は眠っているリーナスをインプレッサに放り込む。
この足で運転は……自動運転でいくしかない。
こうして新西京へと出発した。
助手席に座っているシーリーをなんとなしに眺める。
金髪のロングヘアに黄緑色のメッシュが入っている。誘拐されたときの服装のままなのだろう、しわくちゃの藍色のブレザー、白いスティックパンツ。身長は百六十五センチくらいか。
髪型のセット費用と服の代金を合わせると、俺の一ヶ月分の生活費よりも多いだろう。
その大きな青い瞳はさっきから俺を眺めまわしている。
ジェーンが清潔さとセクシーさを併せ持ったエルフの美女なら、こちらは可憐さとセクシーさを併せ持ったエルフの美女といえよう。
……忘れていたことを思い出した。エルフの美女!!
ったく、やっぱりエルフの美女に関わるとろくなことがない。
「雪風、奴等のデータサルベージは?」
「暗号化が難解で手間取っています」
「あの……探偵さん、大丈夫?」
おずおずとシーリーが話しかけてきた。
「こんなの君が指をペーパーナイフで切ったのよりも軽傷だ」
「ごめんなさい、私のために」
シーリーは目を伏せ、尖った耳が左右に開いた。
「勘違いしないで欲しいのだが――君のためではなく、金のためだよ」
変に恩に思われても面倒だ、俺は敢えて突き放す。
俺みたいな格好いい私立探偵が命を賭けて助けに来てくれたらそりゃあドキドキしちゃうのは理解できる。だが、それはフェアな恋愛ではない。
俺の持論だが――金のためと断言しておくのがお互いに良い。
しかもシーリーは人妻だ。
「まぁ! 素直にお礼を受け取りなさいよ!!」
シーリーがプンプンしだす。
俺は下半身ゆるゆるのださい私立探偵ではない。
何がハードボイルド御三家だ。
あんなやれそうな女とみれば手当たり次第に――いや、今はハードボイルド論を語るべきときではない。
それより前にやることがあるのを思い出す。
……リーナスが目覚める前にやっておかなくては……全てが手遅れになる。
俺はトルネロに頼んで持ってきてもらっていた物――隠しておいた魔法少女マジカル・ルルのフィギュアを取り出す。
そしてリーナスの背負っていたリュックにそっと入れる。
「えっ……それ、探偵さんの?」
……。
心なしかシーリーの視線が冷たい気がする。
さっきまでそれなりに良い雰囲気の眼差しだったはずだが……かなり好感度が落ちた気が……流石に少し事情を説明しておこう。
俺のハードボイルド性を誤解されては困る。
「良いですかシーリーさん。これには深い訳があって――」
俺が言い訳を始めた瞬間――
「誠二。解析が完了しました」
タイミングを見計らったかのように雪風が遮ってくる。
俺には言い訳すら許されないらしい。
まぁこれはこれで良かったのだろう。
いや、俺の社会的何かが死んだ気がする。
「『希望が絶望に変わりし時、蒼き光が世界を喜びに染めるであろう』について解ったのか?」
「私の推論によれば――彼等の計画は日本シリーズを領域に利用する計画です。魔術的には領域とは特定の魔術様式に偏移した地相のことを指します。別の表現では風水や地霊術とも呼ばれます」
「なんでレルム形成と日本シリーズが関係するんだ?」
「マジックサイエンスの魔術論文によれば――領域には幾つか種類があります。一つは強い感情による自然発生的なもの。
もう一つは宗教施設によるもの。例えば教会や神社ならばキリスト教や神道の魔術様式が強化されます。更には魔術儀式で意図的に龍脈を歪めること。といった具合に」
「だから言ったのだ!! 新西京の龍脈の活性化を感じると。新西京スタジアムを中心に、領域が形成されておるとな!!」
突然リーナスが起きて何やら言い出す。
そういえば……トルネロが依頼に来た時に何か言っていたな。
「えっ! 猫ちゃんが話してるの!?」
小声できゃっ、などと言いつつ口元に手をやって喜びだすシーリー。
「我は猫ではない。最高位魔術師の称号を持つリーナス様と呼ぶが良いぞ。歌姫シーリーよ」
緑色の目を細めて偉そうに名乗るリーナス。
「凄い!! え? なんで? なんでしゃべってるの? 猫又? え? 私のこと知ってるの?」
「猫又? あのような下等生物と一緒にされては困る。もちろん二尾、いや三尾や四尾にすることも可能だが、尾を増やすと堕ちる危険性が――」
何やら盛り上がり始めたな。あいつらは放っておこう。
俺は雪風との会話に戻る。
「つまり、新西京全体が日本シリーズの影響でレルムを形成しつつある、ということだな」
「その通りです。そしてブルーローズ教団は放射能汚染と放射能による遺伝子汚染を崇拝する教団。レイヴンズ敗北の瞬間に産まれるであろう強大な負の感情のレルム。
それに合わせて核爆弾を爆発させることで、ブルーローズ教団に偏移した最強のレルムを作り出す計画なのでしょう」
「……。つまり盗み出したプルトニウムをミサイルに搭載し、打ち込むと? しかし、さっきの話では――」
「えぇ、ミサイルはダミーです。アルゴス・セキュリティはミサイルを追っているはずです。我々が壊滅させた教団支部の屋上にミサイルが設置されているというデータがありました」
「じゃあプルトニウムはどこに行ったんだ!」
「新西京の下水道――レイのホロリンクに残されたデータを解析した結果、新西京スタジアムの真下にあることが判明しました」
俺は思わず耳を疑った。
……下水道?
新西京に戻ってこの足で下水道だと?
例えテロを防いだとしても下手したら感染症で死にそうだな?
「アルゴス・セキュリティに連絡をしたら?」
シーリーが深刻な顔をして言ってくる。
普通の発想ならそうだ。
だが……
「既に地下下水道に爆弾を設置しているとして、そこに警察が大量にやってきて手を挙げろ!! デトロイト市警だ!! とか言い出したらどうします?」
俺はシーリーに質問する。
「え、えっと――逃げる?」
大きな目を見開いてシーリーは考え込む。
「いや、爆弾を起爆するでしょうね」
「でも自分も吹き飛んじゃうじゃない」
当然の発想だ。
「あいつらは元から自爆するつもりですよ」
「それなら……計画を阻止されるくらいなら爆発させるわ」
シーリーは腕組みをして宣言した。
「そうでしょう。ボムですよボム」
俺は右手を開閉して爆発を表現してみせる。
「じゃあどうするのよ!」
シーリーは突然俺の首を掴んで揺すりだす。
おい、なんだこのお転婆エルフは。
誰かどうにかしろ。
俺は一応怪我人だぞ。
シーリーの手をなんとか俺の首からもぎはなす。
「奴らは、レイヴンズが負ける瞬間に爆破させたい。
だからぎりぎりまで引き付けて対処できそうな戦力……つまり俺一人で乗り込めば、奴らは最高のタイミングで起爆したいという欲を出すだろう。そこに付け入る隙がある」
いかん、一人称が私から俺になっている。
だがこの乱暴エルフ娘相手に丁寧にしゃべるのもあほらしくなってきた。
「誠二……素直に浩一に頼るべきです」
「我も雪風に同感だ」
雪風とリーナスめ……そこは俺に同調しろ!
なんでシーリーは浩一のことを知らないだろうにうんうん頷いているんだ?
「仕方ない。雪風、今の用件をまとめて浩一に送っておいてくれ」
「解りました」
疲れ切った俺は椅子の背もたれに身体を預ける。
午後六時――日本シリーズ最終戦が開幕の時間だ。
俺は拭えない疲労感を感じ、瞼を閉じる。
そして、気づいた時にはもう眠りに落ちていた。




