第十五話 鍵は、信仰のふりをする
午後四時二十二分 ブルーローズ教団施設地下二階(斎藤誠二)
死闘を繰り広げてきた敵の額を撃ち抜いた俺は、即座に雪風にマガジンを叩き込む。
その直後、レイが地へと倒れ伏した。
突然スプリンクラーが作動し、辺りに充満していたアルミ粉塵、刺激物の砂嵐を洗い流す。
雪風が気を利かせてくれたのだろう。
コンバットゴーグルを外し、壁に寄りかかって一息つく。
しかし、最低限の周辺警戒は怠らない。
「助かった。ちょっとしたピンチだったな、雪風。……そう、トイレでお尻を拭こうとしたらトイレットペーパーが尽きていた時くらいのな」
「それは人類の尊厳に関わる事態ですね。しかし、感謝の言葉はリーナスにお願いします。私も助けられました」
俺は視線を這わせる。
そこには、魔力を使い果たし、監視室の入り口で丸くなって眠る「黒い毛玉」がいた。
「……寝かせておこう」
今夜は高い猫缶でも買ってやるとするか。
「雪風、シーリーは」
「一つだけ、システムから完全に独立した部屋があります。恐らくそこがそうかと」
よし、そこにいてくれよお姫様。
もう一つ、気になる案件がある。
「核ミサイル――と確定していないが、ミサイルは?」
「施設内の情報を検証した結果、屋上にミサイルが設置されているようです」
「マジかよ……新西京に撃ち込むつもりなのか?」
「いえ……それが……データを検証した結果……九十九パーセント――あのミサイルは張りぼてです」
珍しく雪風が戸惑った声を出した。
どういうことだ――奴ら、新西京を核汚染したいんじゃないのか?
「……おい、じゃあプルトニウムは何処に?」
「レイのホロリンクを今からさらいます」
確かにな。
手がかりがあるとしたらそこだろう。
「頼む。俺は、その間に銃弾を摘出しておく」
床に転がっていたレイのナイフを拾い上げた。
右足の銃創。
熱を帯びた「異物」が肉を押し広げている。
痛覚遮断を維持したまま、俺はナイフの先を傷口へと差し込んだ。
「……っ……」
声にならない吐息が漏れる。感覚は鈍麻しているが、肉を裂く感覚は気持ちの良い物ではない。
抉り出された弾丸が、濡れたコンクリートに虚しい音を立てて落ちた。
一つ、二つ……強化血小板が傷を塞ぐのを待ちたいが、時間は俺の味方ではない。
失血による眩暈が、俺の視界を揺らす――太もものつけね側を軽く縛って止血。
雪風に指示された扉によろよろと向かう。
鍵穴らしきものは――ない。
マグロック形式の鍵か。
簡単に言えば特定の磁気信号を記憶させ、その特定の磁気信号で開くタイプの鍵。
電子化の進んだ西暦二千百年には珍しい。
とはいえ、レイの遺体を漁ってカードキーをみつければすぐに開くだろう。
午後四時四十分 ブルーローズ教団施設地下二階
すぐに開く。
そう思っていた時期が俺にもありました――あれからレイの死体を漁るがカードキーなどもっておらず、仕方なく他の戦闘員の死体まで漁るがそれらしき物はもっていない。
「おい! ここまで来てどういうことだ? 歌でも歌って踊りを踊るか?」
焦燥感と苛立ちで俺は叫ぶ。
「ここは天岩戸ではありません。むしろ磁気読み取り機能が破損する可能性があります」
雪風が相変わらず冷静に突っ込んでくる。
「何だよ俺の美声でエラーが生じるって? そんなに褒めるなよ」
「誠二、あなたの日本語読解能力は――」
雪風が何か言っているがそれどころじゃない。
まずい……どうする?
まさかこんなバカみたいなことが――今は西暦二千百年だぞ?
完全独立型のマグロックキー?
ふざけるなよ!!
駄目だ、ここでいらついていて扉が開くならいくらでもいらつくが、明らかに何の意味もない。
考えろ……俺は名探偵のはずだ……この紫色……違う、灰色の脳細胞で!!
マグロックは登録された磁気の波長で鍵を開ける。
――波長――何かが俺の中で引っかかった。
『あ、あぁ……これですか? これは教団に入って信心を積めば、あなたにも授けられますよ!』
街でチラシを配っていた彼女の胸元を思い出す――蒼く光っていた。
アレはつまり――俺はレイの死体からペンダントを回収。
街でチラシを配っていた彼女がつけていたのとそっくりだ。
壁面に備え付けられているガイガーカウンターに近づける。
微弱な反応。
俺はペンダントの透明の箱から中の鉱石を取り出す。
ガイガーカウンターが突然ロックコンサートをおっぱじめる。
磁気ではなく……放射線の波長ならば?
俺はシーリーが囚われていると思われる部屋の前に移動。
鉱石をマグロックキーの読み取り口にかざす。
解錠音が廊下内に木霊した。
俺は鉱石を透明の箱に戻し、レイの亡き骸に放り投げて返却。
「三途の河の渡し賃を取ったら悪いからな。いや……渡し守もプルトニウムなんぞ迷惑か」
「誠二、あれはプルトニウムではありません。ラジウム・ルミネセンス――」
「うるせー! 放射能オタクか!?」
講釈を聞いている場合じゃない。
さっさと扉を開いた。
***
午後四時四十二分 ブルーローズ教団施設地下二階
私はここに閉じ込められて――何日経過したかわからなくなっていた。
ルーブはきっと心配しているだろう。
日本シリーズはどうなったのだろう。
ダニエルのやつ……絶対にぶっとばしてやる。
こうなったら何としてもここから逃げ出すしかない。
扉の錠の外れる小気味良い音が室内に響いた。
食器の載せられていたトレイを手に取り、後ろ手に構える。
扉が開くと――誰!?
目の前に立っていたのは、真っ赤なコートを纏い死神と野良猫を足して二で割ったような男だった。
何この臭い?
胡椒と唐辛子の許される匂いのラインを明白に超えていた。
……不審者。間違いなく不審者。
あるいは、スパイス工場の幽霊。
赤いコートの裾から水滴が一滴――床に落ちた。
男が口を開こうとする。
初めて見るし、状況も意味が解らないし、ちょっといい男だけど!
とりあえず殴り倒そう!!
「えい!!」
隠していたトレイを思いっきり叩きつけ――あれ!?
――手応えがな――低く、軽やかな声が私の耳元で響く。
「情熱的なお出迎えだな」
もう一回トレイを振り上――トレイを奪われ、足を払われ、地面に倒れこ――突然、力強い腕で私は抱きとめられた。
こちらを見つめてくる男と目が逢う。
瞳孔が猫の瞳に似ている。
改造者だ。
「誰よ、あなた」
私は思わず口走った。
「君がシーリー? 助けに来たんだ。どうやら元気が有り余っているようだが、よろしければ俺に脱出を手助けさせて頂いても?」
あら、それは失礼したわ。
それが私と、探偵さんの出会いだった。




