第十一話 勇気だけが残った
午後四時十分
旧・聖母マリア療養所跡地 現ブルーローズ教団拠点地下一階
ここで手間取ると数の少ないこちらが不利。
手元にエースがあるのなら、出し惜しみして死ぬのは素人のすることだ。
俺はコートの内ポケットからグレネードを引き抜き、出現したばかりのドローン集団のど真ん中へと放り投げた。
戦闘員たちが出てきた室内に慌てて飛び込む。
扉を閉める。
ほぼ同時――爆音が膨張し、ドローン四機分の金属破裂音が廊下を跳ね回った。
即座に壁から銃を突き出して待つ。
扉を開けて顔を出す奴がいたら――弾丸をプレゼントしてやろう。
扉が開く。
頭が見える。オートシュートON。
雪風にトリガー権限を委譲。
即座に二連射される。
勇敢だが不運なそいつの頭を吹き飛ばした。
とはいうものの後何人だ?
また扉の陰から何かが現れる。
アレは――チタン製防弾シールド――全高一メートル五十センチ、分厚さ二センチもの防弾シールドだ。
それを構えた戦闘員が二人ほど通路に現れる。
「リーナス!!」
「合点承知の助よ!」
なんだその返事は?
リーナスの尻尾が防弾シールドを指す。
一秒後、尻尾の先端から高速で火線が伸び――前方の防弾シールドに衝突。
俺は散発的に制圧射撃を開始。
適当に雪風をぶっ放して相手の動きを牽制する。
シールドで火線が止まり、貫通しない。
敵がシールドを構えた戦闘員の後ろに陣取り、こちらへの射撃を始める。
お互い致命傷にならない――ジャブの撃ち合いのような銃弾のやりとりをしながら俺は考える。
ふむ。
グレネードを使わない……そりゃそうか。できれば自分達の施設を壊したくないだろうからな。
俺のもう一発のグレネードは階段から増援が来た時のために取っておきたい……あっちに投げ込んでも全員は仕留められないだろうからな。
もっと必殺のタイミングに備えて温存しておくことにする。
例えば……奴らが部屋に逃げ込んだとき。
足元のリーナスに声をかける。
「リロードする。お前も遮蔽に戻れ。加熱は?」
「そろそろのはずだ」
マガジンを太ももの間に落とし、コートの内ポケットからマガジンを抜き出して装填。
太ももの間のマガジンを床に落とす。間違って踏まないよう遠くに蹴飛ばしておく。
再び遮蔽から射撃準備を取る。
マガジン残り四。
向こうの前方で防弾シールドを構えていた男が
「駄目だ、下がれ!!」
と言いながらシールドを取り落とす。
リーナスの熱線で熱されたチタンが熱くなりすぎて保持できなくなったのだろう。いかに熱伝導性が低いチタンといえども空気中の塵が燃える高温で熱され続ければそうもなろう。
シールドを構えていた戦闘員とその後ろにいた二人が慌てて部屋に逃げ込もうとするが、俺は足を狙い撃つ。
三人とも積み重なるように転倒する。
よし、グレネードを――後ろのシールドを構えていた戦闘員がグレネードをこちらに投げてくるのが目に入った。
的確な判断だ。
死んでしまう。
俺はリーナスの首輪を掴む。
「こら! 誠二――」
「ミートボールになりたいのか?」
抗議の声を無視――開けっ放しにしておいた非常階段へと飛び込む。
後ろで爆音が響き、爆風が扉の隙間から吹き込んできた。
非常扉を開けっぱなしにしておかなかったら死んでいた。
残弾数は六発。
リロードをするためにマガジンを交換。
どう戦うか……待て……よくよく考えると俺は私立探偵だぞ?
ここはもう戦場では?
リーナスの様子を見る。明らかに補助具のおかげでまだ余裕がありそうだ。
「誠二。施設へのハッキングは?」
「やってくれ」
雪風にハッキングの開始許可を出す。
どうせバレてるから出し惜しみはなしだ。
「承知しました。戦闘開始してから既に、あなたのホロリンクに三十八回の不正アクセスが試みられています」
「早く言え!」
「取り込み中だったようですので」
言い争いをしている場合じゃない――俺は非常階段の監視カメラに見られているのを承知で、更に地下へと下りていく。
むしろ見られていなければならない。
俺は下に降りていっているんだぞ?
良いのかな?
俺達を追いかけなくて。
地下二階は割とすぐそこだった。
ここの監視カメラはぶち壊す必要がある。
俺は監視カメラに向かって首をくいっと横に振って、ニヤリと笑うと銃弾を叩き込んで破壊する。
次に地下二階の非常扉を開ける前にリーナスに声をかける。
「リーナス!」
リーナスのリュックから冷気魔術用触媒缶《液体窒素》を取り出して階段に投げつけた。
低温圧縮された気体と液体の吹き出す音――液体窒素が階段にまき散らされる。
「ちっ、触媒か……まぁ良いだろう」
リーナスの元素魔法は分子運動を不活性化。階段が凍り付く。階段を通って後を追ってきた奴らはもれなく転がり落ちることになるだろう。
問題はこちらの退路も断たれることだが、しかたあるまい。
階上が騒がしくなってきた。どうやら追撃するつもりらしい。
そうでなくては困るが、急がなくてはならん。
俺は地下二階の非常扉をゆっくり開けて中を伺う。
構造は地下一階とほぼ変わらないようだ。
まず監視カメラを破壊。
前に進み出て右手にあるエレベーターの表示を見る。
地下一階から地下二階へ移動中。
俺はグレネードのピンを抜く。
中央廊下は何も気配が無い。
エレベーターの扉が開く瞬間、グレネードをその「密室」へ放り込んだ。
絶叫と爆鳴。
エレベーターの中は、見るも無惨な肉のミルフィーユと化しただろう。
同時、エレベーター組と挟み撃ちしようと追いかけてきた五人のうち三人――が、階段に足をつけた瞬間転がり落ちる。
そちらに戻った俺は、頭に銃弾を二発ずつ撃ち込んで三人に息をお引き取り願う。残り三発。
二人は踊り場から降りてこられないようだな……再びリロード。マガジン残り三。
さて、トルネロのカタログで見たものがマジならレイは恐らくアレを持っている。
考えるだけで憂鬱だ。
奴が準備を完了するまでに始末したいところだが――既に俺の計画は完全アドリブになっている。
「良いかリーナス。お前は階段の二人が降りてきたら殺せ。やり方は任せる。降りてこなくても殺せるなら好きにして良いぞ」
リーナスにもしもの時のための指示を出しておく。
「誠二。貴様はどうするのだ?」
「俺はシーリーを探す。恐らくこの階にいるはずだ」
さっさとシーリーを見つけて退散したい。
「我と役目を交代しないか?」
リーナス……何を言っている……?
「俺の腕では二人が降りてきたときに倒せないかもしれない。その点お前なら確実だ。わかるか?」
「その通りである。しかたあるまい。行ってこい」
何がその通りだこいつ!
いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。
俺は中央廊下を確認、開きっぱなしになっているエレベーターの中を確認――生存者がいたら後ろから撃たれる――しに行く。
防弾シールドを部屋の隅で構え、その陰で生き延びている戦闘員。
防弾シールドはグレネードの破片でずたずた、こいつも恐らく破片で切り傷だだらけ。
だが、銃口は既にこちらを向いていた。
不味い!
とっさに銃を向ける。
銃声――反射的に身を反らす。
心臓への着弾は回避、脇腹の上の方に衝撃。
俺にとって幸運だったのは、戦闘員がアサルトライフルを防弾シールドの陰には持ち込めなかったことだ。
拳銃弾――しかも通常弾の九ミリパラべラムなら――俺の対弾コートと、強化皮膚、骨密度強化で耐えられる。
もちろん痛いことに変わりはない。
三発食らったか?
後ろに飛び、更に右手――非常階段の方へ飛ぶ。めちゃくちゃに痛い。が、マーカスの魔弾に比べればまだいける。
痛覚はまだ遮断しない――アレは感覚が鈍り――勘が鈍り――致命傷を負う。
可能な限り使いたくない。
奴の銃のスライドが後退したまま停止。
銃声が止む。目視で完全な弾切れを確認。
俺はエレベーターにダッシュ――奴の隠れているシールドに横蹴り――リロードを妨害、マガジンが床に落ちる音。
隙間に銃口をねじ込む。
「一発は残してリロードするようママに教わらなかったのか?」
奴にアドバイスをくれてやる。
銃声。
やれやれ……骨は折れていなさそうだが、正直ラッキーだ。死ななかったとしてももう少しダメージを受けていた可能性はある。
もっと慎重に、それでいて大胆にいかないとな。
リロードしてマガジンを入れ替える。
マガジン残り二。
さっさとレイを見つけないと不味いことになる……エレベーターから飛び出す。
俺の視界に――中央廊下の奥から、圧倒的な質量感を伴って『それ』が現れる。
真っ黒な軍事用フルボディアーマー。
右手にアサルトライフル、左手に防弾シールド。
まさに移動要塞。
俺は雪風を連射する。無力に弾かれる銃弾。
予想通りだ――俺の冷めた部分が囁いた。
こんなに外れて欲しい予想もなかなかないが……雪風にやつのフルボディアーマーに防塵・防ガス能力の有無を確認。
電子戦で忙しいようだが、回答が来る。
防塵・防ガス能力有。またもや予想通りだが――最悪だ。
レイがこちらにアサルトライフルを向け――俺は非常階段の遮蔽へと飛び込む。
俺が居た床を銃弾がえぐる。
「何だ誠二。さっきからいったりきたり何をしておる?」
リーナスがこちらを見て暢気に声をかけてくる。
返事する余裕がない――俺は廊下をちらっと見る。
こちらの火力ではダメージが通らないと平然と歩いてくるレイ。
不味い、このままだとリーナスともどもここで死ぬ。
おかしいな……俺の計画では奴がアレを着る前にシーリーを見つけてさっさと脱出しているはずだったのだが――なぜ目の前にフル装備のアレが立っているのだろう……?
アレはこの環境下ではほぼ無敵――レイが無防備に歩いてきているのも当然だ。俺だってそーする。
リーナスのリュックから魔術触媒《アルミ粉末缶》を抜き取る。
そしてコンバットゴーグルを着用。銃はホルスターに戻す。
「おい、それは我の――」
リーナスが何やら文句を言う。
こいつ、触媒なんぞ不要とか言ってただろうが!!
「リーナス。俺がもし死んだらお前はなんとかして逃げろ」
レイは距離六メートルほどまで近づいてきていた。
俺は熱煙幕手榴弾を廊下に転がす。
奴は盾を構えて蹲るが――用心深いやつだ――吹き出すのはただの熱煙幕。
すぐに熱煙幕手榴弾だったことに気がつき、奴はアサルトライフルをこちらに向けた。
俺は熱煙幕の中に走りこむ。
奴が被っているスターウォーズのストームトルーパーそっくりのヘルメットには、熱映像、低光量、超音波視野対応改造がされているだろう。
熱映像は熱煙幕で無効化できる。
超音波視野に切り替えるはずだ。
手元のアルミ粉末缶を作動、アルミ粉末があたりの大気にまき散らされる。
これで超音波が乱反射する。
奴は有視界戦闘に入るしかない。
つまりこれで視界的にはほぼ五分。
この隙に一気に仕留める。
俺は呼吸を止めた。
強化された俺の肺と心肺機能は十分間程度は無呼吸でも活動可能。
そして左手で単分子ナイフを抜く。
俺のナイフの扱いは唐手の延長線だ。
基本的に逆手に構え、サイを扱うように手首を柔らかく保ち、場合によって順手に持ち替える。
奴は左手にシールドを構えている、右手にナイフを持った場合、シールドに防がれる確率が上がる。
左手にナイフを構えた状態で相手の心臓に向かって真っすぐ突きを放ち――ナイフを逆手から順手に持ち替え――心臓に突き刺す!
これで一気に終わらせる!
レイはアサルトライフルを掲げ、銃身にナイフが貫通して止ま――左手に持った防弾シールドを俺に叩きつけてくる。
俺は後ろに大きく飛ぶ――レイがアサルトライフルを捻る――乾いた音が響き、俺の左手の単分子ナイフが折れた。
奴はアサルトライフルを失い、俺は単分子ナイフを失った。
不味いな、これに対応するだと?
敵ハッカーの敵対行動予測システムか?
もしくは奴の技量か?
奴は使い物にならなくなったライフルを捨て、俺も折れたナイフを投げ捨てる。
濃霧の中、お互い正確な位置を見失う。
どうする――あの無敵の装甲をどう攻略する?
まともに視界も効かない中、勝利を確信したのかレイが話しかけてきた。
この廊下は少し離れれば銃火器が当て易い距離。
雪風の戦術予測システムによる回避にも限界がある。
特に近距離射撃はそうだ。
「斎藤浩一。剣聖と聞いていたが……随分と泥臭い戦い方をする。銃豪……いや、珍しいな。銃武か」
こちらの射撃は通らない、向こうは通る、射撃戦はアウト――至近距離での超近接戦しかない。
「おい、あんな不細工と三年連続抱かれたい男世界ランキング二位に入賞している(俺調べ)斎藤誠二様を間違えるとは、お前の目はどうなっている?」
丁度良い、そっちが時間を浪費してくれるなら付き合ってやる。
親切な俺は勘違いを訂正してやることにした。
「斎藤誠二? 誰だ? 道理でたいしたことないわけだ」
何てことを言いやがる。
「おいおい、斎藤浩一がもしここに来ていたらお前の前に立つ前に死んでいたよ」
俺の鎧徹しなら……決定打にはならない――熱煙幕が晴れるまでに何か――
「そうか。どちらにせよデッドエンドは変わらない。そうだろう?」
考えろ――単分子ナイフは残り一本、こいつに賭けるしか――
「俺は自分自身に関してはハッピーエンドしか認めない派でね」
待てよ――超至近距離でのワンホールショット――駄目だ、装甲を抜ききる前に俺が死ぬ。
「ほう。ということはまだ切り札があるんだろう? 出してみろよ」
「後は……勇気だけだ」
サイボーグ009へのリスペクトを表明しつつ俺はハードボイルドに答――
――っ?!
熱煙幕の向こうで刃の煌めきが爆ぜる。
――この野郎、会話は位置を探るための撒き餌か!




