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新西京アンダーズ――斎藤誠二の事件簿  作者: FUKAMIEIJI
第六部 出会いも別れも突然に

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第二十三話 自転車は急に止まれない

 二月十八日 午後四時半

 聖エリュシオン学園 カフェ『ブラックキャット』(斎藤誠二)


 午後四時半、放課後の喧噪が引き潮のように去っていく中、カフェの店じまいをしながら俺は考えていた。今日は俺が加藤ジュン(リーナスが相談に乗っていた高等部一年生のヒューマンの女の子)を護衛する日だ。


 あの後、ローシドの同級生三十人ほどを対象に、リンクスがそれとなく話を聞いて回ると……全員が何度も恐喝されていた。そしてそれから逃れるため、ボディガード契約を結んでいたこともわかった。金額も全て間修二のファイルと一致している。限りなく黒と言えるだろう。彼らの話では、間修二から声をかけられたらしい。


『よくあるんだよね、聖エリュシオン学園の生徒が恐喝にあうことがさぁ。僕の家のコネでそういう奴らが絡んでこないようにできるけど、どうする? なぁにたいした金額じゃないから安心しなよ』


 とかほざいてたらしい。金額そのものは大した額ではないが――ファミレスで2回食事するくらい――奨学金でこの特権階級の聖域にしがみついているローシドにとっては、生活を脅かす胃に穴が開くほど重い負担だろう。本当に彼女が襲撃されるかどうか確認してみよう。それから対応について考えてみるか。間修二自身は一区に住んでいるから、手を出しにくいしな。


 俺はエプロンを脱ぎ赤いコートを着ると、カフェの厨房から店内へと移動した。

「加藤さん、お待たせ。行こうか」


 カウンターの隅で小さく座っているヒューマンの少女に俺は声をかけた。黒髪を三つ編みにして左右に垂らした、伏し目がちな黒目で、小柄な体格をしている。真面目で大人しい文学少女といった風情だ。


 彼女は申し訳なさそうに小声で詫びてくる。

「えっと……あの、すみません。わざわざ……」

「いやいや、これも当店のサービスってことで☆ それに美女のピンチに何もしないのは男がすたるんでね」

 俺は彼女の不安を和らげるために十ワットくらいに落としたウインクを投げる。彼女は不安げな顔をして目を逸らしてしまった。ふむ。俺のウインクでもダメとは、どうやら余程不安が大きいらしい。


「じゃあ、俺は後からついて行くから普通に帰ってくれていい」

「あっ、はい。お手数をおかけします」

 そう言って彼女は丁寧にお辞儀をする。

「俺の姿が見えなくても、ちゃんと後についてるから安心してくれ」

「はい」

 彼女は頷いて立ち上がると、廊下へと歩き出した。



 夕刻

 新西京二区 農道


 彼女が高電圧フェンスで囲まれた一区のゲートから外に出て向かったのは、新西京二区だった。寒風を突っ切って電動自転車で軽やかに進む彼女を、俺はただの自転車で追いかけていた。いや、待て。二区かよ!

 

 新西京ではあまり嗅げない臭い――土、堆肥、湿った枯草――が鼻をつく。ペダルを漕ぎながら周囲を見回すと、広大なキャベツ畑、乾いた水田、整然と並ぶホウレンソウ畑、ビニールハウスなどが立ち並び、まばらに民家が点在している。なんてまぁ、尾行に適さない場所なんだ。


 俺の姿が見えなくても、とか恰好つけたことを言ってしまったが――ここで完全に姿を隠しつつ進むのはかなり難しい。というか、そもそもあの三馬鹿は俺のことを知らないはずだから問題なかろう。


 寒さで沈みがちな気分に対抗するため、荒野の七人のテーマを鼻歌で歌いながら自転車をこぐ。この季節の太陽はせっかちだ。するすると陽が落ちていき、あたりは薄暗闇に包まれていった。すると後ろから「邪魔なんだよおっさん! どけ!」などと言いながら三人の男が自転車で俺を追い抜いて行く。


 一人は肩までの長髪で鼻ピアスを光らせたエルフ、二人はヒューマン。ヒューマンの片方はリーゼントで痩せている。もう片方はチビで太っていた。年のころは高校生あたり。服装は三人とも同じものだ。上着は赤いパーカー、下はジーンズをだらしなく着こなしていた。リンクスから聞いていたとおりだ。


「おい、止まれや女ァ!!」

 奴らは叫びながら前方を走っていた加藤さんの行く手を阻むようにして周囲を取り囲む。そして恐怖に硬直した加藤さんの手を、チビで太っている男が掴む。男は何やら喚き始めた。やれやれ……俺は自転車のギアを最大まで上げる。


「最大戦速! マキシマムパワー!! ゴー! ブラックウインド(自転車の名前)!」


 そう叫びながら最大速度で一番右端に突っ立っている、リーゼント男のケツに突っ込んだ。物凄い衝撃がしてヒューマンが自転車ごと吹き飛ぶ。俺は自転車を強化された筋力で制御。よし、タイヤだけ上手くぶつけたから自転車にダメージはない。


「あーあ! 危ないって何度も言ったのに! 道路のど真ん中で下手糞なナンパをしているから、俺のブラックウインド号が追突しゃうんですよ~」


 やれやれと大袈裟に顔に手をやりながら、俺は自転車から降り、自転車を落ち着いて立てた。残ったのは、長髪鼻ピアスエルフと小太りチビの二人。目の前二メートル。


「おいコラァッ! 一言も言ってねえだろうが、このクソおっさ――!」

 そうこうしていると仲間を吹き飛ばされて激昂した鼻ピアスエルフ君が、右手で俺の胸倉を掴――俺は男の右手の小指を掴み、ねじり、手首を掴み、手首を折り畳むように返していく。

「は~い、大丈夫じゃないから落ち着いて寝転がって~」

 俺は優しく声をかけてあげた。

「ぎ、ぎゃあぁあああああ!!! 痛い痛い痛い!!!」

 悲鳴をあげてエルフ君が地面に滑り込むように倒れこんだ。賢明な判断だ。踏ん張ったら腕が折れていた。そのまま俺はエルフ君の腕を極め続け、顔に足を乗せて踏みつけた。あっという間にお友達が地面に転がされたのを見てビビった小太り君の眉間に向けて、俺は人差し指を向ける。距離にして一メートル三十センチ。


「バン!」


 声とともに、人さし指を跳ね上げ、同時にエルフ君の顔に乗せていた足を跳ね上げた。小太り君の金的に正確かつ高速の蹴りを打ち込む。金蹴りに威力は必要ない。必要なのは速度だけだ。

「うっ――――」

 声にならない呼気を吐き出して小太り君は蹲る。俺は一切の容赦なくその顔に横蹴りを叩き込む。小太り君は一メートルほどのけぞり、そのまま仰向けに倒れた。


「さて、と……お前らクソガキには黙秘権があり、お前の供述は、法廷でお前に不利な証拠として使われる可能性がある。お前は弁護士に立ち会ってもらう権利があり……面倒くせぇ、省略」

 そう言いながら倒れているエルフの両手を後ろに回し、手錠を嵌める。


「なっ――て、てめぇ……! サツ(警察)か!?」

 エルフが呻く。


「罪状は婦女暴行、恐喝、傷害、殺人未遂といったところか? フォーカード。おめでと~う! 死刑確実、待ったなしだ! 大丈夫、寂しい独房生活を潤すために、俺が時々面会にいってやるよ。差し入れはなにがいい? やっぱり定番かつ王道の薄いエロ本か?」

「無茶苦茶言いやがって!」


 エルフ君はまだ元気が有り余っているようだな。俺は地面に倒れたままのエルフ君の腹に軽く蹴りを入れる。そして吹き飛んだ小太り君の両足首に手錠を嵌めた。彼はまだ苦しそうに呻いていた。


 最初にブラックウインド号の生贄になったリーゼント君の方を見る。顔から農道に吹き飛んだのだろう。リーゼントはバラバラに崩れ、顔の皮が一部こすれ、手と膝もすりむいて酷い有様になっていた。


「ひぃ! な、なんなんだ!」


 そう言ってリーゼントはよろよろと立ち上がる。俺はすたすた近づき、右のローキックをリーゼント君の左の太ももに入れた。リーゼント君は悲鳴を上げ、もんどりうって再び農道に倒れこんだ。俺はリーゼント君の右手首に手錠を嵌め、ひきずっていき、もう片方の手錠の輪を小太り君の左手とつないだ。


 一連のバイオレンス・ショーに完全に呆気にとられている加藤さんに俺は顔を向ける。

「もう大丈夫でしょう。完全に日が落ちる前に、ささっとお家に帰っちゃってください」

「あっはい……えっと、あの、斎藤さんは……?」

「俺? ――俺はね、こいつらが二度と悪さができないよう、若い可愛い女の子には見せられないような、酷くえげつない仕打ちをしてやる予定なんだ」


 俺はさわやかな笑顔を浮かべながら、それと反比例した、悪魔の祭司がこれから生贄の儀式を執り行うかのような声色を響かせた。仲良く寝転がっている三馬鹿の顔がこわばる。

 

「わ、わかりました……! では、ありがとうございました!」

「何かあったら、私のホロリンクに遠慮なく連絡してください」

 俺は手をひらひらと振り、電動自転車のペダルを必死に漕いで去っていく彼女の後ろ姿を見送った。何かアレだな。もしかして。もしかするが。俺から逃げ出していなかったか? 気のせいだろう。


 新西京の二区の空は、一区のようにホロやAR(拡張現実)のネオンで夜を誤魔化してはくれない。完全に陽の落ちた農道は、しんしんと冷え込む暗黒に包まれていった。


「この季節の日の落ちる速度は、B級の吸血鬼映画なみだと思わんか?」

 寒さに震える三馬鹿に声をかけるが、三人は無言。

「秋の日はつるべ落とし、冬の日はメテオ! どうだろうか?」

 緊張を解くための軽いジョークを無視され続けてきた俺は、少々機嫌が悪くなってきた。というか、三馬鹿の顔色が実に悪い……気がする。ホロリンクのライト機能をオン。顔を照らす。眩しさに三人は目を細めたり顔を逸らし始めた。


「恐らくお前たちは先ほどからホロリンクで間修二に連絡を取ろうと必死になっているのだろうが――無駄だ」

(既に三人のホロリンクは掌握済みです)

 雪風がチャットで知らせてくる。三馬鹿の顔は焦りと焦燥にまみれていた。間修二という名前が俺の口から飛び出してきたのを聞いた途端、三人の顔が凍り付く。


「で、だ……」

 そう言いながら二人の腕からホロリンクを外していく。エルフの男は鼻ピアス型ホロリンクだったようだ。ちょっと触りたくないが我慢して鼻ピアスを取り上げる。


「俺の質問に素直に答えればよし、答えない場合――お前達は全裸でそこの畑に放り出されることになる。明日の朝には冷凍三馬鹿の出来上がりだ。さぁどうする?」

 俺は笑顔で提案してやった。そして言葉をつづけた。


「まぁ、そもそも……お前達が間修二とつながっていることはとっくの昔に把握しているんだ。これから行うのは退屈な確認作業に過ぎない。俺からしてみればどちらでもいいことなんだ。だが、お前達にとっては生死に関わることだ。素直に答えれば俺の好感度は上がっていきノーマルエンド――生きて自分の足で家に帰れる。俺の機嫌を損ねていけばバッドエンド。冷凍食品になる。さぁどうする?」


 ライトの光の下、三馬鹿の瞳から、抵抗の光が完全に消失した。


「では最初の確認だ。お前達は間修二に依頼されて聖エリュシオン学園のローシドを狙って恐喝をしているクズ。そうだな?」

 三馬鹿は頷いた。

「どうやってターゲットの生徒を待ち伏せてるんだ?」

「家だ……住所を教わるんだ。だから、帰り道がだいたいわかるだろ……それで俺達は先回りして待ち伏せをしているんだ」

 エルフ君が答えてくれた。


 ……。生徒の住所を入手だと? 学園の生徒の個人データを? 俄かには信じられんが……間修二がイーシドなら有り得る。顔写真はどうとでもなるが、住所となると話は別だ。


「何人だ? これまで何人のローシドを恐喝してきた?」

「わ、わからねぇ。沢山だ!」


「あぁ、そうだったな。お前ら程度の知能じゃ十を越えたら数えることもできやしないだろうからな。悪かったよ。難しすぎる質問だった。ミトコンドリア並みの知能の持ち主にはそれなりのレベルに落として話をしてやらなきゃなぁ。お前らの数えられる数は三つまで。記憶できることは五つくらいか? そのミジンコサイズの脳みそ――いや、脳みそのかわりに馬糞がつまってるんだろうが――をフル稼働して思い出せ」


 俺は馬鹿どもにホロリンクから呼び出した聖エリュシオン学園の生徒の顔写真を一人一人見せていった。寒い風が吹き、真っ暗闇の中、俺は根気強く見せ続ける。ビンゴ。ほぼ全員をこいつらが脅していた。


 間修二の手下はこの三馬鹿のみとみて良いだろう。ローシドは聖エリュシオン学園でもたいした数はいない。全生徒の十パーセントに満たないくらいだ。この三馬鹿だけでもなんとでもなったのだろう。問題はこの馬鹿どもを排除したとしても、だ。間修二の奴が新しく他にチンピラを雇い入れれば……何の意味も無いということだ。


 かといって恐らく奴はイーシドだ。法的に裁けまい。イーシドを法的に裁けるのはイーシドのみ。法の外側で奴を排除するともなれば――間修二を殺すか?  馬鹿な、奴は糞みたいな詐欺を行っちゃいるが、殺すほどじゃない。リスクも高い。……婦女暴行未遂があったな……殺しとくか? いやいや、落ち着け誠二。


「よし。お前達。二度と間修二に関わるな」

「えっ」

 リーゼントが驚きの声をあげた。


「他人から金や尊厳を奪うな。次にやったら、お前らのその薄汚い脳みそを農道にブチ撒いてキャベツの肥料にしてやる。いや、クレームがきそうだな。お前たちみたいな腐った脳みそをばらまいて育ったキャベツを食べたら、頭が悪くなりそうだもんな」


 俺はいつもの雪風搭載型十ミリ自動拳銃(アンダーテイカー)ではなく(学園内に持ち込めない)、アキュレイト社製の九ミリ自動拳銃、スケルトン(こいつは全パーツが強化プラスチックと樹脂でできていて金属探知機をすり抜けられ、弾倉も封がされていて火薬の臭いが漏れない)を抜いて鼻先につきつけた。

「に、二度と間修二にはかかわりません!」

「も、もぅこりごりだ!」

「す、すみませんでした……っ!」

 三馬鹿が口々に謝罪の言葉を口にした。


「お前たちがカツアゲしていた生徒は皆、ローシドだ。ろくに金もない中、必死になってあの学園で奨学生として、血の滲むような勉強をして未来を掴もうとしている。……なぜ、その必死に生きている奴らから、三人がかりで囲んで、暴力で脅して奪い取ろうなんて下劣な考えに至るんだ? 一人じゃ何もできないやつがイキり散らしやがって……俺には、お前らの腐った倫理観がどうしても理解できん。そんなに、他人の血を吸ってまで金が欲しいか?」


 三人は、地面に額を擦り付けたまま、無言で震え続けた。

「殺しはしないまでも、お前ら三人をまともな日常生活を送れないくらいまで叩きのめしてもいいんだぞ? クソガキどもが。何とか言ってみろ!」


 やがて、極限の恐怖を前に、三人の男たちの口からシクシクと、みっともないすすり泣きの声が漏れ始めた。

 こっちだって、こんな泥臭い暴力の片棒を担がされて、めちゃくちゃに気分が悪いんだ。せいぜい、その馬糞のつまった頭で自分の無様さを存分に呪って反省しておけ。


「す、すみませんでした……本当に……」

 鼻ピアス(今は外されているが)のエルフの男が、涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら、多分、この時は本気で謝罪を口にした。

「俺ではなくお前たちがこれまで尊厳を傷つけてきた、聖エリュシオン学園の生徒たちに、その言葉を言うべきなんだよ」


「……ごめんなさい、ごめんなさい……っ」

 リーゼントの男が、掠れた声で何度も地面に頭を打ち付ける。これくらにしておこう。流石にこれで間修二に関わる気は失せただろう。


「真っ当に働いて、誰かに『ありがとう』って感謝されて稼ぐお金の方が、何倍も価値がある。そんなにお金が欲しいなら普通に働け。誰かから奪うような奴は、最終的に報いを受けるんだ。今回のようにな」

 俺はため息とともに静かにそう告げる。そして三馬鹿を連結していた手錠のラッチを、鍵を使って一つずつ滑らかに外していった。


「す、すみませんでした……兄貴……っ」

 小太りの男が、涙を袖で拭いながら、俺に向かって兄貴などという気味の悪い単語を吐き出した。止めろ。お前らみたいな泥棒のカスに、兄貴なんて呼ばれる筋合いは毛頭ない。だが、俺は無言のまま、短く一度だけ、顎を引いてみせる。


「……行っていい。暗いから、気をつけて家に帰るんだな」


 三人の不良たちが、互いの身体を支え合うようにしてよろよろと暗闇の農道へと立ち去っていく。しばらくの間、俺はその後ろ姿を静かに見つめていた。それから俺は、冷え切った手を息で温めると、愛車のブラックウインド号のサドルに跨る。そして新西京三区の事務所に向けて、ゆっくりとペダルを漕ぎ出した。

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