第二十二話 神によるお悩み相談室
(リーナス)
ここ最近、我はカフェ『ブラックキャット』で優雅な午後を過ごしていた。ふ……『ブラックキャット』などと遠慮せず、素直に『ゴッドリーナス』とでも名付ければ良いものを……奥ゆかしさも時に行き過ぎれば美徳ではなくなるということを、エリカという娘は知らぬのだろう。情けなきことよ。だが、あの年頃でその無知を責めることはしまい。我は寛大な心の持ち主である。
当然のことではあるが、聖エリュシオン学園に集う迷える子羊たちは、我というセラエノの大図書館に匹敵――いや、圧倒する叡智を求めさまよい、大挙してその卑小にしてどうでもよい、塵芥にもならぬ、だが、当人にとっては世界の存亡よりも重い悩みを我にぶつけるため列をなして並んでいたのだ。この相談をスムーズにするため、我が鎮座する神の御座は透明で防音性の高い素材に取り囲まれたのである。
ケース一:友達グループがしんどいです
Q:クラスの友だちグループにいるんですが、最近ノリが合わなくてしんどいです。抜けたらぼっちになりそうで怖いです。どうしたらいいですか?
A:笑止!
貴様の言う友達とはなんであるか? それが答えよ。もちろん、群れを抜ければ孤独になるという考えは当然のことだ。しかし、既にそなたはしんどいと感じておる。居心地の悪い場所はもはや巣ではない。貴様を閉じ込める檻なのだ。であるならばどうすればいいか? 我とて今すぐ抜けろとは言わぬ。なぜなら人類とは一人では生きられぬ卑小で軟弱な生き物であるからな。まずは抜ける前に小さなつながりをふやしていくべきである。
例えば、教室で孤立している級友、部活、このカフェの常連仲間――特に小汚いハーフエルフのガキや下手糞なウインクを飛ばしてくる気持ちの悪い店主がお勧め――といった者達と小さなつながりを持てばよかろう。そもそも、誰とも組まない自由と、誰でも選べる自由は双子のように似ておるが、実際のところはまた別の話である。この言葉の意味、よくよく考えることだ。
ケース二:努力しているのに報われません
Q:毎日頑張っています。勉強も部活も続けています。でも結果が出ません。才能がないのでしょうか?
A:笑止!
人類はすぐに努力を神格化する。『努力したのだから報われるべきだ』とな。何を勘違いしておる? 努力とは成功とやらの絶対条件ではない。ただの挑戦権にすぎぬのよ。では結果の出ない努力は無意味なのか? まったくそのようなことはあらぬ。まぁ、ここでその話をするのは止しておこうではないか。話が長くなりすぎてしまうゆえにな。
我から言わせてもらえば、成功のためだけに努力している者はどこかで躓く。その成果とやらはどこまで達成できれば満足するのだ? 学内一か? 県内一か? 世界一か? 答えられるか? 成功したらどうするのだ? 努力とやらを止めるのか? それとも全国一位二連覇のためにまた努力とやらをするのか? よく考えるべきである。
少々雑な例えだが――才能とは出発地点であり歩く速度でもある。努力とはそこから歩いた距離なのだ。小僧、貴様の言う成功とやらが他人と比較してのものであるならば、その努力、貴様のみが行っているとでも思っているのか?
この世に真に平等な競争など何一つあらぬ。もし真に平等な競争があるならば、同じ努力をした者はまったく同じ結果になるべきである。しかしそうなると、競争にならぬであろう。つまり競争とは、生まれ持った才能、家の経済力、努力、そういった様々な外的要因の総合戦である。努力というパロメーターだけで比較するのが愚鈍、愚昧、愚かさの極みよ。我は眩暈がしてきたわ。そう言うわけだ。それを理解した上で争いに身を投じるべきである。肝に銘じよ。
成功を目的にした時点で貴様にその悩みが生じるのは半ば必然よ。そもそも、競争というのは不平等なものであり、努力はその一要因でしかあらぬのだ。貴様が努力そのものを楽しめぬようであれば、その悩みと付き合い続けるしかあるまい。地獄を歩く覚悟はいいか? 我にはない。おっと、そもそも神たる我に努力など不要であったわ。要は、成功のための努力という名の地獄が嫌であるならば、努力にたいする考え方そのものを変えるべきである。
ケース三:SNSを見ると苦しくなります。
Q:SNSを見るたびに、自分だけ取り残されている気がします。みんな幸せそうです。妬ましい気持ちでいっぱいです。見るのをやめればいいのでしょうか。
A:笑止!
貴様はアニメを見て「あいつら毎日事件ばかり起きていて羨ましい!」と思うのであるか? アニメとは鑑賞するものであって、自分が出演するものではあらぬ。何? ハーレム物の主人公になりたい? アレこそ架空の産物よ。あのような都合の良い世界など、想像の世界にしか存在せぬわ。目を覚ますがいい。現実に存在したハーレムにせよ、大奥にせよ、それはもう女同士の嫉妬や争いに際限などないのだ。もちろん、逆の立場になっても同じことよ。多夫多妻制の国か世界に転生するしかあるまいな。
そもそも、アニメもSNSも現実ではあらぬ。編集されたものでしかないのだ。綺麗で他人に自慢できる一場面のみを加工し、切り取っておる。この店の店主のように赤貧に喘ぎ、今時かび臭い紙の本をかき集め、ことあるごとに死にかける――どうだ? 何も輝いておらぬ。哀れな猿よ。だが、奴は奴なりに汚泥の中で輝く唯一無比のビー玉なのだ。貴様も同じと知るがいい。
SNSを見るなとまでは言わぬ。いや、やはり見なくともよい。時間の無駄である。自分の人生と、切り取られた他人の人生のハイライトを比較してどうするのだ? 貴様も自分の人生のハイライトを自分なりに演出してみるがよい。もちろんSNSに挙げる必要などない。例えばそうさな――おい誠二。彼女に特製ストロベリーパフェを出してやるのだ。何? そんなのメニューにないだと? 貴様――事務所の隅で密かに自分だけこそこそ鼠のように作り、隠れて食しているのを我が知らぬとでも?
よろしい。五分もすれば届くであろう。さすればそのパフェを撮影して、自分の人生のハイライトの一つにすればよいではないか。貴様ら人類はその程度でハイライトになるのであろう? お手軽でよいことである。む? これはバカにしているのではない。幸せの閾値など低いにこしたことはないのだ。なんなら朝無事に目が覚めたことに感謝を感じるのがよかろう。
何? 感じたことがない? 愚かな――睡眠とは一時的な死である。無事に目覚める保証など、どこにもない。にもかかわらず毎朝無事に目が覚めている。これを感謝せずして何に感謝するというのだ? 貴様は毎朝、漫画やアニメの登場人物がよくいう『〇〇がなければ即死だった』という九死に一生を拾っておるのだ。どうだ? 貴様が今、こうして我が前に座り、我が神託を乞えていることが、どれだけの奇跡の連続の上に成り立っておるのか理解できたか?
ふむ。我と記念撮影する栄誉も賜ろうではないか。このためだけに貴様は生まれてきたといっても過言ではあらぬ。よいよい、感激に涙する必要は無いぞ。
ケース四:ローシドです。ボディガード契約の料金を値上げすると先輩に言われました。どうすれば良いでしょうか?
Q:えっと、この学園に入学して一か月くらい経った頃でしょうか。ヒューマン二人とエルフ一人の男に絡まれてカツアゲをされました。その後も定期的にされて――暴力まで振るわれて……そうしたら、あるハイシドの先輩がボディガード契約を毎月契約すれば追い払ってやると言われ、契約したら確かにつきまとわれなくなったんです。が……つい先日、その代金を上げると言われました。
正直、金銭的にかなりきついです。どうしたら良いのでしょうか?
A:笑止!
臭いゴミは元から断つべし。我が……いや、我が出張るほどでもあるまい。しばし待つがよい。リンクス、この小娘のボディガードをしてやるのだ。む? エリカ、なぜそう不機嫌そうなのだ? 案ずるな、このリンクスは見た目は小汚いガキであるが、こう見えても我の弟子であり――あぁ、まぁ、そういうわけだ小娘よ。リンクスもしくは店主――誠二は間抜けな猿だが、おぬしを守るくらいのことは無能なあやつでもやりとげるであろう。
(雪風)
雪風はリーナスが突然共有してきた相談内容を観測する。リンクスと誠二がリーナスの意見を見た瞬間の反応を演算。
演算結果:二人は切れる。
「誰が小汚いガキだ!」
リンクスが切れた。
「誰が猿だ! 俺は私立探偵だ!」
誠二も切れた。
あの黒猫状謎生命体は――普段はランダム変数に依存した言動をとるが――ときに霧の中の真実を的確に言い当てることがあると、認めざるを得なかった。
リーナスが共有してきた質問は興味深い内容だ。果たして《《この生徒だけ》》なのだろうか?
雪風は記憶していた。リンクスが絡まれ、撃退した三人組もヒューマンが二名、エルフが一名の構成だったと。リンクスが持ち帰った間修二のホロリンクに入っていた表計算ソフトの表。
偶然の可能性もある。
雪風は思考を重ねる。
共通点:ローシド。入学して日が浅い。同じ不良のメンバー構成。
保留点:リンクスを襲った三人組の目的は不明――カツアゲだった場合、共通点となる。
要確認:間修二のデータに掲載されていた数値と今相談を受けている生徒が要求されている金額。
(リーナス)
(なんであるか?)
(彼女のその値上げ前のボディガード代を聞いてください)
(よかろう)
リーナスの返答を確認。
間修二のリストに今、リーナスが相談を受けている生徒の氏名――加藤ジュンの名前を確認。
記載されている数値とリーナスの聞いた数値の照合――同値。
ほぼ確定推論:これは間修二による指示で襲撃をさせ、その後、間修二がボディガード契約を持ちかけるマッチポンプである。
関連推論:間修二は聖エリュシオン学園のローシドを狙った脅迫犯罪を行っている。
この仮説を誠二、リンクス、リーナスに転送。
(あのクソ野郎……ぶっ殺してやる!)
(落ち着けリンクス。何も具体的証拠がない)
(んなもんいらねぇだろ!)
(推定有罪で好き勝手殴ってたらこの街は全域がスラムになるぞ)
(じゃあどうすんだよ!)
(誠二。いつものようにマスコミにリークするというのは?)
雪風は誠二のよくとる行動から提案。
(そうだ! それでいいだろ!)
リンクスの同意。
(いや……今回それは難しい)
しかし、誠二は苦しそうに否定した。
(……なぜでしょうか? 論理的説明を求めます)
(間修二はイーシドの可能性が高い)
(なんだそれ?)
リンクスの疑問。
雪風はデータベースを検索。該当なし。
(イーシドは……実際には存在しない。ハイシドの中でもエリート中のエリートが自称して、仲間同士で集まっているという噂だ……金と、血筋の両方を兼ねそろえたやつらの名士クラブらしい。そいつらの権力は絶大だ。例えばジェーンに頼んでもニュースは流れんし――ジェーンが理不尽に解雇されたり……最悪死ぬ)
(クソかよ)
(なぜ誠二はそれを?)
雪風は疑問だった。その話が真実ならば誠二が存在を知っているのがおかしい。
(警察の重犯罪に関わる部署にいたら、本当に時々だがあるんだ。突然上から捜査中止命令が出たり、なんなら不自然な証拠と容疑者が現れることすらな)
雪風は納得した。確かにいくら存在を隠蔽したところで捜査の最前線にいる者たちは――不自然な動きを察知することができる。
(わかりました誠二。では、この件はボディガードの必要があります。これは――高橋美幸はミドルシドですが――彼女の事件にも、関係している可能性があります)
(……そうだな。俺もそう思っていた)
誠二ならば気づいていてもおかしくはない。
(誰がガードするんだよ? 俺は今日は宿題がたんまり――)
(その時々で手の空いている方で良いのではないでしょうか?)
雪風は提案。
(なるほどな。リンクスにあまり頼るのもな……)
(あぁ、俺はこう見えても勉強が忙しいんだ)
(ま、勉強を頑張るのはいいことだよ)
(だろうがよ)
(アレだけいきたがらなかったのにな……なんか殴りかかられた気もするしなぁ……)
(うるせー! 忘れろ!)
棚上げしていた設問に、雪風は少しだけ思考リソースをめぐらした。
設問:何故有栖川エリカは突然カフェを経営することを決意したのか?
今考えても結論は出ない。雪風は瞬時に保留へと戻す。
優先事項:二人の言い争いは、放置しておくと低レベルな争いが起きる確率七十八パーセント。
(私がリンクスの宿題の量などからローテーションを組みます)
時間の浪費を防ぐため、雪風は建設的な意見を提示。
(わかった、任せるよ)
雪風はローテーションの作成に着手した。




