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新西京アンダーズ――斎藤誠二の事件簿  作者: FUKAMIEIJI
第六部 出会いも別れも突然に

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第十七話 調査が進まないのは?

 二月三日 午前八時十五分

 新西京一区 聖エリュシオン学園中等部 Aルーム (リンクス)


 俺は聖エリュシオン学園のAルームの自分の席について考え事をしていた。

 教室にいる生徒は四割くらいか。

 教室内の静かな喧噪、廊下の雑音が教室内でブレンドされ、跳ね回っている。


 ひとまず、本を読んでいるふりをして話しかけられないよう、周囲に読書防壁を展開しておく。

 あの後、エリカに協力しろと言われ、内容もわからないまま解散したわけだが……いったいどんな無茶を言ってくるんだあの女。


 調査の進展もよくよく考えるとかたつむりの歩みよりも遅い……

 何故こうも進展していないのか?

 理由を考えてみる。


 気付いた。

 高橋美幸について、何も聞き込みが出来ていないという事実に。

 何故だ?

 理由を考察してみる。

 

 そもそもいきなり高橋美幸について転校初日から聞き込みすることはできない。

 二日目は何やら誘われて、その後のバイオレンス。

 三日目はエリカが屋上に行ってその後のバイオレンス。


 ……暴力だらけじゃないか。どうなっているんだ俺の学園生活は。 

 いや――これが一般的な学生の送る学園生活だとしたら?

 俺は教室内を見回した。友達のグループで集まって談笑しているが……あれが最小単位のストリートギャングだとしたら? 

 三人、四人単位での水面下の抗争をずっと続けているのか?

 小学校から大学まで……えっと……六歳から二十二歳くらいか。

 なんてこった――平均的なストリートチルドレンなら十八にもなれば長生きだが、こいつらは二十二歳までこの水面下での暗闘を繰り広げ――社会に出て行くってのか?

 ……本当にそうなのか?

 何やらこの学校に通うようになってから、あまりにも俺の常識とかけ離れた出来事ばかりで、雨の日の革靴なみに何も信じられない。


「おはようございます、田島君、木下君」

「えっ……お、おはようございます」


「おはようございます、桑原さん、高宮さん、浜田さん」

「エリカさん、おはようございます」


 何やら落ち着いた柔らかい声でそこら中に挨拶して回っている女がいるようだ。挨拶と声がだんだんと俺の席へと近づいてくる。


「おはよう、斎藤君」


 今までと違い、その挨拶の主は俺の席の隣で立ち止まった。

 おい、誰だよ斎藤って奴。ちゃんと返事くらいしてやれよ。

 挨拶されたら返事するのは人として最低限の礼儀だろうが。

 ……あっ、俺だった。今の俺は斎藤リンクスだった。


「おはようございます――」


 そう言いながら読書防壁に使っていた『ボーン・コレクター』から目を上げた。


「――有栖川さん」


 有栖川エリカが……VRで会った時の姿から、服だけを制服に取り換えた姿で立っていた。

 まさか、俺が転入してきてから一度も教室内の誰とも会話をしていなかった女が、街でチラシを配るかのごとく、丁寧に挨拶をばら撒きながら歩いてきただと? なんだ? 学級代表の座でも狙い始めたのか? 学級代表――それはつまり、このクラスのトップに君臨することを意味する。権力志向に目覚めたということか? マフィアのボスを狙うとは、命知らずの女だ。まぁ良い。俺は関わらなければ問題ない。


「あら、斎藤君。何を読んでいるの? しかも紙の本だなんて!」


 彼女はそう言いつつ俺の読んでいる本を少しのぞき込んで本文をチラ見する。

 お嬢様にリンカーン・ライムがわかるかよ。

 いくらな、教養高いハイシド様でも前世紀のこの名作は知らな――


「ジェフリー・ディーヴァーじゃない。リンカーン・ライム、私大好きなの」

 

 エリカは両手を合わせて笑顔で喜び始めた。

 なん――だと――? 俺の唯一のマウント要素が……


「ライム凄いよね。あの知性の閃き憧れちゃう。でも、サックスも私は好き。斎藤君はどう?」

「……そ、そうですね。僕はやはりライムが好きです。あの科学分析から繰り出す推理は素晴らしいと思います」

「そうだよねー。ライムの気難しいところは、ちょっと身の回りに居られたら私は勘弁だけど、斎藤君も少し似てるところあるからよりライムに共感するのかも?」

 そう言って悪戯っぽくエリカは笑った。


 おい、誰があんな偏屈野郎と似ているって?

 丁寧に文句を言おうと思ったが、俺が文言を考えている隙にエリカはそのまま笑顔で自分の席――俺の隣だ――に座って一限目の準備を始めた。


 二月三日 午後九時

 ヒロミチャンネル配信


『は~いみんな~☆ ヒロミチャンネルの時間だよ~! 昨日、うちの通ってるガッコでマジヤバなことがあってぇ~、それをみんなに共有しようと思いま~す。うちのガッコの屋上って一般生徒は立ち入り禁止なのに~なぜかそこに出ちゃって、閉じ込められた間抜……可哀そうな男子が居たんだって! この季節にそれはやばいっしょ! 警備員さんが~見つけて救助したらしいんだけどぉ、その男子が言うには? 何か? 闇が襲ってきたとか? こわすぎ~! 聖エリュシオン学園七怪談の一つ、屋上に巣食う闇ってやつ~? テケ・リ・リって鳴き声がしたとか? あー、投げ銭いつもありがと~シアワセより愛を込めてさん! で、誰が屋上に締め出されていたのか~とかは、有料会員限定の方でやるね~☆』


 二月四日 昼休み

 新西京一区 聖エリュシオン学園中等部 Aルーム (リンクス)


 昼休みになった。午前中の授業から解放された生徒達は、解き放たれた羊の群れのごとく机をくっつけたり学食に移動したりし、それぞれのグループで固まって食事を開始した。


 俺も何名かの女子に誘われたが、今日は柔らかく断った。だんだんわかってきたが――どうせつるむなら強いグループとつるむ方が良い。調査の進展にも役立つだろう。何も考えずにスチューデントギャング(と、俺は命名した)に参加した場合、後々の調査に影響がでるかもしれん。まったく、学校ってのはストリートと違って、力関係がわかりにくくて面倒くさい処だ。

 

 それはともかくとして、だ。昨日はそれとなく聞き込めた。

 その成果を俺は思い出し、まとめ直してみる。


 高橋美幸は高等部の、赤いメッシュを髪に入れているガラの悪い女の先輩とつるんでいたらしい。高等部か。……。何もツテがない。いきなり高等部のクラスに行って聞き込みをするか? 俺でもわかる。あまりにも怪しい。学校を裏で牛耳る麻薬密売組織にマークされるのは時間の問題だろう。おっと、そんな組織があるとして、だが。

 わからないことだらけだな。俺は弁当を開けて昼飯にすることにした。


(リンクス君、お弁当見せてください)

 エリカからチャットが飛んでくる。

(すぐ隣なんだから見に来い)

 俺は当たり前の返事をする。そもそもなんでチャットなんだよ。


(じゃあ机をくっつけて並んで食べますか?)

(なんでそうなる。止めろ) 

(……酷い)

 エリカの方をちらっと見るとしゅんとしている。何なんだ。

(あ、えっと、すまん。ほら)

 俺は弁当を傾けてエリカに見えるようにした。


(きんぴらごぼう? 挽き肉が入ってるんですか!? そっちのひじきの煮物のその豆は何です? その焼き鳥はタンドリーチキンなのでしょうか?)

 じっと見つめて何やら猛烈に語ってきた。

(うちのきんぴらごぼうは人参とひき肉が入る。ひじきの煮物の豆は普通に大豆だ。大豆がないときはひよこ豆を緊急でいれることもある。焼き鳥はそのままタンドリーチキンだな)

(リンクス君が作ったんですか?)

(俺と――)

 誠二と言いかけて俺は慌てて親父に直した。

(――親父だ)


(ふーん。お父さんと仲いいんですね)

(いや、最悪だ)

(えっ、そうなんですか? じゃあお母さんは)

(知らん。死んだ)

(あっ、ごめんなさい)

(なにがだ? 顔も知らないから何の思い入れもない。気にするな)

(はい。お父さんは私立探偵でしたっけ? 料理は得意なのでしょうか? 今何してるのでしょうか?)

(あぁ、あのバカは私立探偵より料理人になるべきだな。明らかにそっちの方が向いてる。今何してるかって? どうせ事務所でごろごろごろごろ暇しているに決まってる)

 そう、俺を調査に差し向けてあいつは炬燵で何か本を読んでいるのだろう。クソ、むかついてきたな。いや、しかし金は貰ってる。そうか、これが報酬を払うということか。いや、おかしい。あいつは炬燵でごろごろしているだけだぞ? 俺は学校で命懸けで調査をしてるってのに――

(ふーん。そうなんですね。おかずを一口いただけますか?)

 そんな俺の考えを、エリカの面倒くさい要請が中断する。拒否したい。だが、絶対面倒なことになる。

 俺は箸を反対に持ち替え、自分が口をつけてない箇所のおかずを弁当の蓋に載せ、エリカの机の上に置いてやった。

 俺は箸の持ちての部分をハンカチで拭き、食事を再開する。


(おいしい……!)

 ちらっと隣を見るとエリカが嬉しそうな顔をしている。

(え? あぁ、そうか?)

(凄いですよリンクス君! あっ、私の食べますか?)

(いや、要らねーよ)

 俺はエリカから視線を逸らした。

(なんでですか?)

(なんでもだ)


 何だろう。俺のストリートで培った勘が告げている。この女、絶対何かろくでもないことを企んでいる、と。そしてそれは、放課後に現実のものとなった。

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