第十五話 事務所の三人
二月二日 夕刻
新西京三区ダウンタウン 大黒天通り 斎藤誠二探偵事務所 (リンクス)
下校した俺は誠二のジョークよりも寒い寒風から逃れるように事務所の前まで命からがらやってきた。事務所の中から何やら物音がする。何だ?
……寒い。まずは生存を優先するべきだな。扉を空けて事務所の中に転がり込む。玄関で靴を脱いだ。
靴を靴箱に放り込みつつ正面を見る。視線の先には、こたつに入った誠二と、こたつの上に座っているリーナス師匠がいた。
二人はこたつの正面にあるホロテレビで何やら平面映画を見ているらしい。
「誠二、何を――」
「しっ。リンクス。そこに座ってみていろ。ほら」
誠二がそう言ってポップコーンの入った袋を俺に渡し、コップにコーラを注いできた。
とりあえず促されるままにこたつに入る。
どうやら西部劇を見ているようだ。
黒ずくめのガンマンが仲間を集めているようだ。
二十ドルの報酬に文句を言われ、断られていた。
「いや、今の俺には大金だ」
しかし、断った男はそんなことをいって仲間に加わった。
黒ずくめのガンマンが手を叩け! ともう一人のガンマンらしき青年に言っている。
「もっと速くだ! もっと!」
青年が手を叩く。両手を大きく離し、手を叩こうとした瞬間――黒づくめのガンマンがその手の間に抜き放った拳銃を挟んだ。
それを見た誠二が口笛を吹いた。
俺は思わず口にしていた。
「おい、誠二……さん。何の茶番だこれは」
「えっ?」
誠二がすっとぼけた声をあげる。
「速く叩けと言いつつ――最後のアレが一番遅かっただろ。両手を広げて――」
「馬鹿、リンクス。こういうのはそういう突っ込みをしたら駄目だ。実はお前の言う通り、主演のクリスの俳優さんの抜き打ちが遅くて、あのシーンは大変だったという裏話があるらしいんだがな」
「そんなことより学校であったことを――」
だろうな。ったく、どう見ても子供騙しの映画じゃねーか。早く終われよ。俺はカタツムリの日向ぼっこの観察記録をつける気持ちで画面に向き直った。
一時間後。
荒野の七人のテーマを流しながら俺達は飯を食っていた。
「そのときは――」
誠二が言った。
「良い考えだと――」
こたつの上でリーナス師匠がそう続け。
「思った」
俺が言う。同時に三人で右手を合わせてハイタッチをする。
「金はあるんだろクリス……」
リーナス師匠が言い出した。
「あぁ、実は金鉱が目当てだったんだ」
誠二が言った。
「金か……来てよかった……」
俺が言った。
「いぇーい!」
同時に三人で右手を合わせてハイタッチをする。
「いやー最高だったな。やはり何度見ても良い」
誠二がそんなことを言いながらトマト缶と豆の缶詰とひき肉を炒めたものと、オニオンコンソメスープ、ガーリックライスを順番に口にする。
「ふむ。たまには実写もいいものよ」
リーナス師匠は尻尾に巻き付けたスプーンで器用にガーリックライスを食べながら満足げに頷いた。この猫のスプーンを使ったりそのまま食べたりする基準が俺にはわからない。
「西部劇がまさかあんなに面白いとは……」
俺はぽつりと口にした。
「ふっ、リンクス」
誠二がもったいぶって何やら言い出した。
「なんだ?」
「実はな、リメイクがあるんだよ」
その言葉に、俺よりもはやくリーナス師匠が反応した。
「なんと! 観てやっても良いぞ?」
「いや、待ってくれリーナス師匠。この手のリメイクはだいたい駄作と――」
俺はリーナス師匠を正気に戻すために口を挟む。
「そう思うだろ? まぁ観てみろよ」
「いや、騙されないぞ俺は」
誠二はかなりいい性格をしている。こいつの言うことを鵜呑みにするのは危険だ。
そもそも、そんなことよりも俺が学園でぶちのめしたあの糞野郎のホロリンクを解析してもらう方が――
二時間後
「ファラデーかっこよすぎだろ……」
俺はリーナス師匠と二人、感動していた。
「な、リメイクだからって馬鹿にしてはいかんだろ?」
誠二がしたり顔で語りだす。
「あぁ、俺が間違っていた。むしろ完成度ではリメイクの方が上かもしれない。鐘楼を使った狙撃、ガトリングガン……各々のガンマンの見せ場も多かった」
俺は同意せざるを得なかった。
「そうなんだよ! 戦術面や盛り上がり方とかは明らかにリメイクの方が上なんだよ」
誠二は手を叩いて俺を指さした。
そして誠二は続けて言った。
「ゴー! ファラデーゴー!」
リーナス師匠がこたつの上で言った。
「まだまだだ!」
俺が言った。
「俺は最後には勝つんだ」
「親父がいろいろ言っていたのを思い出すよ」
誠二が言った。
「何て言ってたんだ!」
リーナス師匠が言った。
「いろいろごちゃごちゃ言ってたんだよ!」
俺が言った。
同時に三人で右手を合わせてハイタッチを――
「違う!!」
俺は叫んだ。
「何だ?」
誠二が麻雀で自分の手元の牌が十二枚しかない(本来は十三枚ある)のに気付いた玄人のようないぶかしげな顔をした。
「解った。じゃあ次の西部劇を――」
誠二が満漢全席を食べた直後にフランス料理のフルコースを食べようというくらいアホな事を言い出す。
「おぉ! 今度は何だ?」
リーナス師匠が尻尾をピンと立てて嬉しそうに答える。
実力行使しかない。俺は黙ってホロリンクをこたつの上に置いた。
「ん――これは。おい、待て。このホロリンク、アキュレイトの――」
誠二が言い出した。
「あぁ、糞高いやつだ」
俺は頷いた。そこらの車より高いはずだ。
「で、これがどうしたんだ? 万引きか?」
誠二が食後の麦茶をコップに注ぎながら聞いて来た。
「ふざけんな。実は――」
俺は今日学校であったことを誠二達に話して聞かせる。
「まじかよ。お前、まだ三日目だよな……もう暴力事件を――」
誠二が手を顔にあてて天を仰ぐ。
「待てよ! 褒めろよ!」
「冗談だ。よくやった」
誠二はにこにこして頷く。
「雪風!」
誠二が声をかけた。
「わかりました。解析を開始します」
誠二の腰から女性の声がした。
「リンクスよ……誰にも借りはないのだから死に急ぐな」
リーナス師匠が俺にそんなことを言い出す。
「俺に借りがある」
俺は反射的に答えていた。
誠二とリーナス師匠がハイタッチをする。
「ふむ。業を使って素性を隠したのは正解だったな」
誠二が俺に視線を戻してそう言う。
「そうだろう」
俺はよくわからないまま頷いた。
「だが、なんだってその助けた女の子をぶちのめすとか――」
「理由は説明しただろ」
「いやはや気が早いよ。瞬間湯沸かし器か何かか?」
「いやいや、断片的に聞こえてきた内容から推理したんだよ。何も俺は切れちゃいなかった。完璧にクールだった」
「じゃあ具体的に何が聞こえたのか言ってみろよ」
誠二が腕組みをして右眉をあげる。
「何かローシドやゼロシドをお前は搾取しているだのどうとか――?」
「フーム。そこだけ切り取れば悪党の仲間割れに聞こえなくもないな」
誠二は顎に右手をやる。
「そうだろうが!」
俺は勢いよく言ってやった。
「しかし、だ」
誠二は何やらホロリンクを操作しだした。
『あの人の仕事のやり方は強引で、正直言って大嫌いでした。でも、実際に一緒にプロジェクトをやってみたら、誰よりもチームのことを考えて動いてくれる熱い人だと分かって、心から尊敬しています』
女性の声で静かに音声が読み上げられた。
「これをだな」
『あの人――正直言って大嫌いで――。――際に一緒に――をやって――、誰よりも――動いて――分かって、心から――います』
ノイズ混じりの音声が読み上げられた。
「こうする」
俺は黙るしかなかった。
「とまぁ、こういうことがある。もちろんリンクスのケースがどうかはわからないが」
「誠二よ、あまり言ってやるでない」
リーナス師匠がフォローを入れてくれるが……くそ、確かに誠二の言う通りかもしれない。早まったのか俺は……だとしたら、酷い目にあったばかりの女の子になんてことを……
「でも、助けてもらったのにあいつは逃げたんだ。きっと何か後ろめたいことが――」
俺が口を開いた時、雪風が声を発した。
「解析が終わりました。転送します」
俺のホロリンクにもデータが転送される。
何やら表計算ソフトの名簿だ。
名前を見ていくと……これは聖エリュシオン学園のローシドの生徒ばかり集めた名簿か。
「また、削除された通信履歴がありましたので、復元しました」
「どんな内容だ?」
誠二が雪風に聞いた。
「こちらです」
『修二さん! やべぇよ! リンクスとかいうガキ、いかれてやがる! 助けてくれ!』
『無能どもが! 絶対に僕の名前は出すなよ!』
『じゃ、じゃあどうすりゃ』
『……有栖川エリカと言っておけ!』
『わ、わかった』
『今、救助を向かわせている』
『た、助かる』
このやり取りを読んだ俺は血の気が引いていく。
「ふむ。お前を襲った馬鹿三人組はこのホロリンクの持ち主が差し向けたようだな。しかも有栖川エリカに濡れ衣を着せようとした、と」
誠二が冷静に分析をしだした。
「で、翌日に屋上で有栖川エリカに暴行未遂……話が繋がるような繋がらないような……何にせよ、有栖川エリカが企んでいたわけではなさそうだな……」
俺は何も言えなかった。なんてこった……はやまっちまったのか?
ストリートじゃ推定有罪で頭を吹き飛ばすのなんて日常茶飯時なのに――学校ってのはなんて面倒くさい世界なんだ。
「で、このリスト……学園の名簿と照会してみると、だ。ローシドばかりで……名前、金額、が書いてある。これはカツアゲリストか何かか?」
誠二は首をひねる。
「そうなると、学園のローシドのみを狙ったカツアゲ軍団ってことでしょうか。そして、リンクスからの思わぬ反撃をうけ、自分の名前が出るのを恐れた結果、ドクソルダートサービスを派遣した、と?」
雪風が事実を統合しだす。
「そうだな。ここまではほぼ事実だと思う」
誠二が人の気も知らないで淡々と話し合う。
「有栖川エリカのせいにしようとしたのはいいとして……翌日屋上に呼び出したのは何だ?」
誠二が首をひねる。
「ふっ、誠二よ。我が教えてやろう」
リーナス師匠が得意気に伸びをして言い出す。
「どうせそやつは小者の中の小者よ。慌ててドクソルダートを呼んだはいいものの、大赤字になってしまって有栖川エリカとやらに責任転嫁をしようとしたのだろう。濡れ衣を着せたあげく、赤字の補てんまでさせようとしたのではないか?」
「で、有栖川エリカに『自己責任でしょ? 知らないわよそんなの』とか言われてぶちぎれた?」
誠二が右の掌に左手の拳をぽむ、と置いた。
「ありえますね」
雪風が誠二の推論に同調した。
「つまり――」
誠二がそう言いつつ俺に目をやる。
「――やっちまったであるな、リンクス」
リーナス師匠が固まっている俺の肩に右手をポン、と置いてそう言った。
全身の血の気が引く感覚が抜けない……どうしよう……その時、俺は視界の端に、封筒が表示されていることに気づいた。
三時間前。差出人は――有栖川エリカ。
まずい、映画に夢中になっててまったく気が付かなかった。しかし、今、俺が世界で一番顔をあわせたくない人間は間違いなく有栖川エリカだった。
「……有栖川エリカからメッセージが来てる」
俺は呆然としたまま、何も考えずポツリと呟いてしまう。
「何? 噂をすれば何とやらだな」
誠二が驚く。
俺は文面を読んだ。簡潔な内容だ。口にした以上、全部話すしかないな。俺は腹をくくった。
「VRで会いたいらしい」
「いつだ?」
誠二が聞いてくる。
「返事をくれればいつでもいいらしい」
「ふむ。VRか。会いに行く気があるなら、そこにある接続機械で入ればいい」
誠二がホロテレビの隣にあるゴーグルとヘッドバンドを指し示す。正直な気持ち……会いに行きたくはない。だが、俺がメッセージを開いた通知は向こうにも伝わっているだろう。これでシカトを決め込むほどださいことはない。ストリートでは舐められたら終わりだ。多分学校でもそこは変わらないはずだ。変わらないでいてくれ。もう俺は自分の何を信じれば良いかわからなくなっていたが、そう信じることにした。
「そうだな。じゃあ十分後を指定してメッセージを送るよ」
俺は頷いて返事を送った。




