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第十二話 舞い込んだメッセ―ジ

 二か月後 新西京中央病院(宮下良子)


 麻薬中毒の治療を開始して二か月が経ち――今日が私の退院日だった。


 私がここに入院した経緯は実のところよく覚えていない。仕事が忙しくて夫とすれ違いが増えてたとき、友達に勧められた覚せい剤キャンディ。軽い気持ちだった。だけどそこからは早かった。あっという間に私は引き返せなくなっていた。

 その後のことは朧げな夢のようだ。

 私が娘にプレゼントしたのと似た熊のぬいぐるみを持っていた男。赤いコートを着た彼が下手糞なウインクをしていたことはなぜか鮮明に覚えている。


 病院の看護師の話だと、匿名の通報とその後、匿名の治療費の振り込みがあったという。そのおかげで私はここで最高級の社会復帰プログラムを受けられたらしい。

 なぜ見知らぬ私にそこまでしてくれたのだろう。誰なのだろう。


 そんな物思いにふけっていると部屋の扉にノックがされた。


「宮下良子さん、実はこんな退院祝いが」


 困惑した表情の担当の看護師さんが立っていた。彼女はあちこち修理した跡のある熊のぬいぐるみを抱えている。

「えっと……」

 目で先を促す。


「いやー、何か黒猫をつれた不審な赤いコートを着た男があなたにって持ってきたんですよ。じゃあ病室にお通ししますね。というと『いや、それは良いんだ。ただ、これを渡して欲しい』の一点張りで。しまいには下手糞なウインクしだしたので、警備員を呼んだら慌てて逃げていってしまいまして」


思わず私は笑ってしまっていた。きっとあの人だ。よく覚えていないけれど。

「とりあえず、これ。渡しておきますね」

 看護師さんから受け取ったぬいぐるみに触れた瞬間、指先に温かいものが込み上げた。

 これ……チャーリーだ。私が娘に贈った、あの子の親友。


 ぬいぐるみの腕に、一枚のメッセージタグが添えられていた。

 タップすると眼前にホロメッセージが展開される。




 退院おめでとう。

 路地裏での刺激的なデートのお礼に、これをあなたに返させてもらう。

 本当は娘さんに直接返そうかと思った。

 だが、あなたの名前と、路地裏でのあなたの発言、そしてチャーリーに残されていた宮下ケイちゃんのぽつりと漏らした言葉をヒントに、少々調査をさせてもらった。

 あなたは宮下ケイちゃんの母親だ。

 だから、あなたからこれを彼女に返しておいて欲しい。

 きっと大丈夫だ。

 人生、取り返しのつかない事なんて……まぁ、あるにはあるが、あんまりない。

 あなたの今後の素晴らしき人生と幸せを祈って。

 新西京一ハードボイルドな私立探偵より。




 私は気付いたら涙を流していた。

 神様はいないかもしれない、でも、良い人はいるのだ。

 私も、あの子のヒーローになれるよう、もう一度やり直そう。

 私はチャーリーを強く抱きしめながら、新しい朝の光の中で、声を上げて泣いた。





 ***

 カフェ アビシニアン(斎藤誠二)


 今日も俺は猫探しのポスター作りだ。やれやれ。

 なんというかこう俺向きの、そう例えばヒューマンの――エルフは絶対にお断りだ――美女の護衛依頼とか?

 謎の猟奇殺人事件の調査とか?

 迷い猫探しは明らかに凄腕の私立探偵である俺のやる仕事ではない。


「おいリーナス。何かないの? 迷い猫を召喚する魔術とか?」

「地球の重力に魂を引かれた愚か者よ。そんな便利なものがあるわけなかろう。それよりも百鬼堂にあった電動猫じゃらしを我に捧げよ」


 リーナスの返事を聞いた瞬間、俺は違和感に気づいた。

「……。いや、思い出したぞ! お前、俺を路地裏まで追いかけてきたよな? どうやった!?」

「……。さて、西暦を舞台にしたロボットアニメの続きを観るとしよう」

 奴は俺に背中を向ける。

「ごまかすな!!」


 平和だ。平和過ぎて、二ヵ月前の死闘が嘘のようだ。……この二か月間にもいろいろあった気もするがまぁ――それはそれ、置いておこう。

 店内のホロTVからは涼し気な声が流れている。

 ジェーンの読み上げるニュースだ。

「二ヵ月前、凶弾に倒れた宮下ケイさんですが、なんと今日、無事に退院することとなりました」

 画像にはすっかり元気になった宮下ケイちゃんの映像が映し出されている。心なしか、ジェーンの声も明るく弾んで聞こえた。

 画面の中では宮下ケイちゃんの美しい長い黒髪が揺れている。

 元気になったようで本当に良かった。


 元気じゃないのは俺の懐具合だけだ。

「結局――あなたのピンチのメッセージの送り主から報酬獲得大作戦は大失敗でしたね」

 雪風の二ヵ月越しの突っ込み。これだからAIは恐ろしい(忘れない)


 ニュースには退院する宮下ケイちゃんとそれを出迎える母親の姿が映っていた。

 母親は黒髪をショートにした少したれ目の美人だ。

 きっとあの母娘なら上手くやっていくだろう。

 そうでなければ、俺が死にかけたわりに合わない。


「そうか? これ以上の報酬は無いだろ」

 言葉と共に、こういう時のためにとっておいたとっておきの爽やかスマイルを浮かべる。

 完璧に決まったな。

 斎藤誠二の事件簿――銃聖ガンマスターマーカス対私立探偵(プライベートアイ)斎藤誠二――、完。


 俺の脳内でエンディングテーマ(GET WILD)が流れ出す。


「それでは次のニュースです。新西京レイヴンズの今季の成績ですが新しく入ったエースの活躍で――」

 プロ野球か……特に興味ないな。と、俺が意識を逸らした瞬間だった。

「良いですか? 自己満足は結構ですが――現実は待ってくれません」

 突然、雪風の脅迫が始まった。

 その声色は淡々として一切の感情の色が無かったため、より強固な脅迫として機能する。

 しかしこの俺にそんな根拠のない、非論理的な脅迫なんてものは通用しない。


「意味がわからんな……マスター、コーラのおかわりとペペロンチーノを」

 奴の根拠のない脅し文句なんてとりあえず無視。まったく非合理な事ばかりぬかすAIだ。

 俺の方がよっぽど合理的――ん? おかしい、マスターの返事が無い。

「マスター? あのー……コーラとペペロンチーノをですね……?」

 マスターがカウンターの奥から冷たい一瞥を飛ばしてくる。

「誠二さん。この二か月分のツケを払うまで、当店では水すら出さない事にしました」

「……」


 マジかよ。なんたる理不尽。これが資本主義の闇か?

 マルクス主義は死んだ……!!

 いや……よくよく考えると二ヵ月もツケをためている俺が悪い。

「気づいたんだよ。エルフの美人に関わるとろくなことがないって。わかるか?」

 俺はこの瞬間、恐るべき謎に気づいた。

 おかしい、あれだけの目にあったのになぜ俺はツケすら返せていない?


「確かにジェーンは世間的に美人と言われる顔立ちをしています。また、宮下ケイは骨格から推定するに、将来美人と言われる顔立ちになるでしょう。しかしそれは、人間特有の無関係なことに無理やり因果関係を見出す悪癖でしかありません。三年は遊んで暮らせるお金を全額寄付したのは――あなたですよ、誠二」


「いや、しかし、人助けをしたのにこの結末は――」


「さらに言うならば、私に投資するべきでした。私のこのおんぼろ中古演算チップを最新鋭に買い替えれば次回以降、更なる脅威に直面したときにあなたの生存確率は圧倒的に上昇したはずで――」


 おい、それが本音だろう?

「そうだ! 我が猫じゃらしは? フィギュアはどうなっておる?」

 テーブルに飛び乗ったリーナスまでもがわけのわからないことを言い出す。

「コラボグッズを手に入れただろうリーナス」

「それはそれ。これはこれである。我が手中にこの世全ての財を捧げよ誠二。馬車馬のように働くがよい」


 リーナスは尻尾をふりふり偉そうにふんぞり返って何やら言い出す。

「いえ、最新の――」

 雪風も訳の分からない寝言を続けている。

 ええい! 会話の成立せん奴らめ!

「俺は学んだね。つまりエルフの美女には関わるなってことだよ」


 この狂猫と狂人工知能相手に、苦しい責任転嫁を続ける俺の正面の座席にゆっくりと濃霧が漂い始めた。その霧が集まると黒髪、赤いドレス、煙管を持った美女に変わる。


「やぁ探偵君。じゃあ吸血鬼の美女なら良いのかな? もちろん私が美女かどうかは判断に困るところだし、自分でいうのも大変面映ゆいのだが。ただ――話の流れ的にこの発言は外せないだろう? というわけでこんばんはだ。いやはや君がいつまでたってもツケを払いに来てくれないから取り立てに来たよ。もう退屈で退屈で死んでしまいそうだ。いや、もう死んでいるのかもしれないが、なかなか難しいところだね?」


「……」

 

 俺の目の前には妖艶な女吸血鬼――久遠寺遥――が座っていた。

 まずい、最低でも半日は捕まる。俺は恐怖に震え始めた。

 封印された古の記憶が甦る――昔報酬の代償として捕まった時、俺は三日三晩徹夜で話を聞かされ飯を食うこともできず寝落ちと空腹と脱水症状に苦しんだことを。


「まったくつれないことだね? 私のパーマロイのおかげで命拾いしたというのに……報酬に世間話をしにさえきてくれないとは。それとも怪我の治療や治療費を捻出するための日々の労働で精いっぱいだったのか――もちろん、私とて鬼ではないよ。だからわざわざこうして私から出向いてきてあげたわけだ。この優しさ、君も見習うべきだろう?」


 いや――あんたは吸血《《鬼》》だ。と、軽口を叩きたいがそんなことをいえる立場ではない。

 というか、遥さん相手に下手な事を言うとどんどん話が長くなる。ここは沈黙の掟(オメルタ)一択。これが最善手だ。

 俺は――ここから数時間は一言もしゃべらない覚悟を決める。


 ジェスチャーとウインクで切り抜けるしかない。

「おぉ! 店主殿ではないか!! 我に、我に電動猫じゃらしを授けたまえ!!」

 リーナスが尻尾を振り振りしながらあほなことを言い出す。

 黙ってろ! 遥さんを刺激するな!

「ふふ、お金はあるのかい黒猫君。物にはね……それ相応の対価というものが必要なのだよ?」


 遥さんは嬉しそうにリーナスに返事をする。止めてくれ遥さん。

 その馬鹿の相手をする必要は――

「成程。大丈夫である。誠二につけておいてくれるが良い」

 予想通りのリーナスの答え。

「よしきた。ではすぐにここに配達するように手配を――」

 よし来たではない。


「ストップー! なにも大丈夫じゃない。リーナス君は勝手に人のツケにしない! 良いね? そもそもツケというのは人としてよくない。いつもニコニコ現金払い。これ、人類の常識だから。OK? リーナス君はちゃんと学習しておいてね?」


 誰か、誰か俺を助けてくれ……!!

 あぁ、サルのお金を受け取っておくべきだったのか!?

 新西京の空は今日も灰色のままだが――どうやら俺は――いつもの日常に戻ってきたらしい。


 斎藤誠二の事件簿 FILE1 舞い込んだメッセージ 完




 

 斎藤誠二の事件簿 FILE2 失投 予告A


 記録。

 一人の少女を救うために多額の負債を抱えた斎藤誠二の元に、新たな『不浄』の依頼が舞い込みました。

 ターゲットは、新西京が熱狂する日本シリーズの英雄、ルーブ・マーティン。

 資本主義の聖域からスラムの下水道まで、街全体を舞台とした巨大な陰謀が観測されました。


「ヒーローには、最後までヒーローでい続ける義務がある」


 非合理的。

 ですが、彼が泥を被ってでもその誇りを守ると言うのなら、私は彼の目として機能し続けるのみです。

 ……誠二、今度こそまともに稼がないと倒産してしまいます。




 斎藤誠二の事件簿 FILE2 失投 予告B

 

 やれやれ、新西京の龍脈がかつてないほどに活性化しておる。

 愚昧なる民草が球投げに興じる裏で、深淵より『蒼き薔薇』がその棘を伸ばしておるようだな。

 我を現世の苦痛から解き放つ聖歌、シーリーの歌声を奪いし不届き者はどこのどいつだ?

 おまけに赤い馬鹿が二人になったかのような騒がしさ。


「いつだってヒーローは遅れてやってくる。映画ならここからが一番の見せ場だぜ?」


 よかろう、下水道という名の地獄を、我らが魔導の戦場に変えてやるとしよう。

 誠二!

 勝利の暁には、シーリーのサイン、そして最高級の猫缶を献上せよ!

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