第十話 会議は肉ジャガを作りながら
二月一日 午後七時
新西京三区 大黒天通り 斎藤誠二探偵事務所(斎藤誠二)
事務所の台所で俺はいつものように華麗な手捌きで料理を行っていた。
鶏胸肉にフォークで穴を開け、包丁で切り、塩と砂糖を溶かした水に放り込む。
そんな作業をこなしつつ今日の成果を思い出す。今日も今日とて高橋美幸に会いに行ったが、顔を見るなりナースコールを鳴らされてしまった。やれやれだ。しばらく連日で会いに行ったら、ぴたりと止めてみるか……
「――で、学食に誘われてついていったらそこが三色に塗り分けられていたんだ。どうもシドによって座る場所が分けられているらしい」
食卓で生姜を切っているリンクスが今日の成果をぶつくさ言っている。
「まじで!? なにそれやばくない? 中等部からそんな露骨なの!?」
俺の隣で人参を切っている結衣が驚きの声をあげた。
「かつて、南アフリカで施行されていた人種隔離政策に似た制度ですね」
雪風が冷静な指摘を付け加えた。
俺は無言でジャガイモの皮をするすると剥く。地獄のフルメタルキッチンで身に着けたスキルにより、一瞬でジャガイモの皮が剥けていく。あの地獄を思い出すと乾いた笑みが思わず浮かんだ。二度とごめんだ。
「はいせーちゃん。次に投入する人参、カットしといたよ」
結衣が切った人参を渡してくる。
無言でリンクスも千切りにした生姜を俺に渡してきた。
「二人とも、サンキュー」
それらを受け取った俺は、ジャガイモ・人参・生姜・玉ねぎ・八角を圧力鍋で炒める。
「で! 女の子二人のピンチに我らがリンクスちゃん白馬の騎士みたいに立ち上がって!?」
結衣が脳内で都合のいい少女漫画を展開し、勝手に一人で盛り上がり始めた。
「いや。ガーブラとかいうドワーフの女性の風紀委員長が現れて。騒ぎを起こした馬鹿どもに目が飛び出しそうな高い罰金を課して去っていった」
「えー? そんな都合のいいタイミングで? リンクスちゃんの晴れ舞台が……」
結衣が首を傾げ――その動きに合わせてポニーテールも不規則に揺れる――尋ねた。
「言われてみればそうだな……」
リンクスも顎を指でさすりながら眉をひそめ、少しとがった耳が開く。
俺は肉をサルベージし、鍋に放り込んで追加で軽く炒めた。本来は小麦粉をまぶしたりする方が良いのだが――面倒だ。手を抜かせてもらおう。
「そういえばさー、聖エリュシオン学園ってヒロミチャンネルのヒロミちゃんが通ってるんだよねぇ」
「……九条ヒロミか?」
リンクスが名前をあげる。ちゃんとホロリンクに全校生徒のデータをまとめておいて、検索できるようにしているようだな。素晴らしい。
二人とも手を洗い、こたつに戻っていきつつそんなやりとりをしていた。
「そうそうー。カリスマ高校生インフルエンサーでー、有料のメンバーシップ配信がバカ売れって噂だよ」
「へー」
どうでもよさそうなリンクスの返事。
俺は具材にある程度均一に火が通ったのを確認し、八角を取り出した。そして調合しておいた漬け汁を圧力鍋に注ぐ。圧力鍋の蓋をセット。蒸気が噴き出して来たので弱火にして十五分。その間に出汁をとった汁に切った豆腐、なめこを放り込む。五分ほど煮て火をなめこに通したら味噌をとく。
「で、帰りに不良っぽい奴につけられてて、ぶちのめしたんだが」
「えーっ! なんで!? トラブルだらけじゃない!」
結衣がこたつから身を乗り出して大きな声をあげる。
「それが……目的が不明で。しかもあいつら俺に地面に転がされたら、ドク・ソルダートサービスと契約してたのか、呼ぶなりしやがって途中で俺は逃げる羽目になったんだ」
「え、もったいないね」
結衣のその発言にリンクスが不思議そうな声を出す。
「何が?」
何がもったいないのか俺にもわからなかった。
「だってその女の子達と別れた後だったんでしょ? 女の子達を守るために戦ってたらきっとそこから新しい恋が――」
俺は思わず味噌汁に顔を突っ込みそうになる。
「結衣……その恋愛脳、どうにかした方がいいんじゃないか? ほら、丁度誠二があそこで味噌をといてる。入れ替えてもらえ」
リンクスが溜息をついて至極まっとうな指摘をした。
「えーっ! ひどーい!」
「いえ、私もリンクスに同意です」
無情な雪風が後ろから結衣を刺す。
十五分経過。
俺は圧力鍋の圧力を抜き、中に春雨とおふを放り込み汁を吸わせる。
新西京式肉じゃがの完成だ。
「よし、食べるか」
冷蔵庫から胡瓜の漬物を取り出しつつ俺は声をかけた。
「やったー! 待ってました!」
結衣が歓声をあげた。
「結衣、お前――家でいいもの食べられるだろ?」
リンクスが眉をひそめた。
「いやー最新型の自動調理器の料理よりもー、せーちゃんの愛のこもった手作り料理のほうが美味しいに決まってるじゃん?」
「残念ながら愛は込めてないな」
結衣の妄言を俺は遮る。
「なんでよー!」
俺とリンクスは結衣が何やらぶつくさ言うのを無視してこたつで食事を開始した。
尚、リーナスはアニメを見ながら隣の部屋で食べている。ながら食いとは行儀の悪い猫だ。今度厳重注意しておくべきだろう。
「美味いな、これ」
俺の右隣に座っているリンクスがジャガイモを食べながら言う。
「あぁ、そうだろうそうだろう。事実だからな。外に出て大声で叫んできてもいいぞ」
俺は笑顔で頷いてアドバイスをしてやった。
「頭おかしいのかよあんた。違った。おかしかった――おかしいですね」
「おい、それ、敬語にしても内容がそもそも失礼だからなリンクス。何のフォローにも、いや、誤魔化せてすらいない」
「うちはもう少し八角効いててもいいよ!」
何やら結衣が左隣で自己主張をしだした。
「そうか。じゃあ今度は八角は引き上げないでおくか」
俺の言葉に結衣がにこにこしながら頷いた。
個人的には俺も八角は最後まで入れておいて強めに効かすのが好きだ。
ま、ここらへんの個人の好みに合わせた微調整は自動調理器には難しい。
「で、その不良どもが最後に有栖川エリカの差し金って言ってたんだよ」
リンクスが話をつづけた。
「ふむ。知っている名前か?」
「有栖川エリカは俺の隣の席の女だ。つまりあの女――何か学園内で企んでやがるってことだろう。高橋美幸の件にも関係があるかもしれない」
リンクスが事件の真相を掴んだとばかりに、おもおもしく告げる。
「成程な……」
俺はおもむろに頷く。
「あんた……誠二さんもそう思うだろ……思いませんか?」
「そうだな――俺はそうは思わん」
「だよな、やっぱり俺の推理は……って、なんでだよ!」
リンクスが目をむいて抗議の声をあげてきた。
やれやれ。俺は冷静に奴の前に事実を積み上げてやる。
「考えてもみろ。ドク・ソルダート・サービスが迫っている。つまり後少しで尋問状態から切り抜けられる。正直に語る必要があるか? 何なら濡れ衣の可能性すらありうる」
「それは……でも、完全に嘘とも限らないだろう」
「それはそうだ」
俺はあっさり同意して頷いた。
「なんだよ! どっちだよ!」
リンクスが意表をつかれたのか、何やら文句を言う。
俺はまぁまぁと右手を上げる。
「落ち着けよ。要するに、だ。可能性の問題なんだよ。決めつけるのは危険って話だリンクス。だから頭の片隅にでもメモっとけ。もしくはホロリンクにな。探偵ってのは確実な証拠と、怪しい証拠、きちんと整理しておく必要がある。そしてたいていの証拠は怪しい証拠なんだ。で丁寧な調査をすることで怪しい証拠の是非を見極めていくのさ」
「そうか。そうかもしれない……しれませんね」
リンクスは不承不承頷いた。
「じゃないと叙述トリックにやりたい放題されるぞ?」
俺は人差し指を立てて教えてやる。
「あんたは真面目な話の最中にすぐギャグを挟むからもう何が何やら……」
リンクスが頭を抱え始めた。
おやまあ。仕方ない、真面目な話をしてやろう。
「むしろ俺が気になる点は他にある」
「高山さんと佐藤さん、どっちがリンクス君と――」
結衣が嬉しそうに馬鹿なことを言い出した。
「違う」
俺は冷たく切り捨てる。
「はぅ……」
結衣は静かになった。
「おかしいと思わないか? そこらのチンピラがドク・ソルダートサービスと契約している、もしくは呼びつけるだと? それなりの金額だぞ、あれは」
俺はホロリンクを操作。念のためドク・ソルダートの今の相場を確認することにした。
やはりか。契約してないゲストの場合、普通のサラリーマン一か月分の給料くらいはかかる。契約している会員でもプランによるが結構な額がかかる。少なくとも毎月そこらのチンピラ学生が払える金額ではない。
「確かに……あんたにしては筋が通ってるな」
リンクスが頷いた。
……さっきからこのおちびさんの口から何かこう、随分と失礼な発言が続いてる気がするが……まぁこいつも慣れない学校生活でそれなりにストレスが溜まっているのだろう。俺は太平洋よりも広い心でこの程度の生意気は見逃してやっ――待てよ? そもそもこいつをあの学園に半強制的に放り込んだのは俺だったな……てへっ☆
「絡んできた奴らの顔は?」
気を取り直した俺はリンクスに聞いた。
「これだ」
リンクスから転送されてきたデータを確認する。
「雪風」
腰の銃に声をかける。
「……新西京中の高校をハッキングして生徒名簿とデータの照会をしろと言いたいのですね?」
「天才かよ」
俺は口笛を吹いた。
「構いませんが、高校生ではない可能性もありますよ」
「……。まぁ、そうかもしれん」
「取り敢えず岩村課長や番田刑事に頼んでみては?」
「そうするか……」
そうだな。犯罪行為に手を染めるのは最後の手段でいいだろう。
俺はホロリンクを操作し、アルゴスセキュリティの殺人課の刑事達にメッセージを送った。




