第九話 初めてのカツアゲ
二月一日 帰宅途中
新西京三区 ダウンタウン(リンクス)
放課後のダウンタウンのまばらな人混みの中、俺はやっと手に入れた孤独をかみしめていた。心なしか足取りも軽い。まだ屋台やディナーを出す店が本格的に稼働していないからか、いつもストリートに溢れている食欲をそそる美味しそうな匂いはまだ漂っていない。二月の寒い最中、寒風が吹きこんできて寒いが、今日は午後のうららかな日差しが差し込み、少しだけ暖かい。
それにしても――あの後、放課後の学食での高山と佐藤の二人の会話についていけなさすぎた俺は、サハラ砂漠の乾燥しきった愛想笑いでからくも切り抜けた。アレはもはや異世界に放り込まれたと言っても過言ではない。
「ねえねえリンクス君、これ見た? シーリーの新曲お披露目ライブのチケット、一等区画の優先権だけで即完だったんだって! やばいよね?」
高山がホロリンクを弄りながら唇を尖らせた。
シーリーさん?
誠二に頼めばチケットは手配できそうだが……いや、誠二は語りたがらないが、シーリーさんと豪華客船で何かあったらしい。やめておくのが無難だろう。
「そういえば、さっきのガ―ブラ先輩恰好良かったよねー」
後ろから佐藤が吐息混じりにそんなことを言う。
「まじ頼りになるー。山岸がまた絡んできたらうちらにいうんだよリンクス君」
いや、あんな野郎、簡単にぶちのめせるんだが……
「ありがとう……ございます」
俺はぎこちなくお礼を述べた。さながら借りてきた山猫といった風情だ。
「そういえばゼノン社が新しく出した今季の新作コスメが~」
「リンクス君は、どっちのカラーがいいと思う?」
そんな事を聞いてくる。
俺を何だと思っているんだ? 知らねーよ!
――そこまで回想したところで、俺は深海の底に沈んでいた意識を引き上げた。我に返る。そろそろか。
先ほどから素人丸出しの三人組の男が、途中から俺をつけてきていた。親鳥の後を必死に後を追ってついてくる雛鳥みたいなもんだ。
一人は肩までの長髪で鼻ピアスをしたエルフ、二人はヒューマン。ヒューマンの片方はリーゼントで痩せている。もう片方はチビで太っていた。
年のころは高校生あたり。
三人とも服装は上着は赤いパーカーにジーンズをだらしなく着こなし、三人で横に広がって肩を揺らしていきりちらして歩いている。
夜なら即座に誰かにぶちのめされて転がっていただろう。
山岸……あいつの差し金か?
早速学食での意趣返しってわけか。
……待て……ついさっきそれで失敗しかけたばかりだ。
結論を出すのは事実が揃ってからだ。
なんか誠二が偉そうにそんな講釈を垂れていた気がする。
俺はため息をつくと、お膳立てをしてやることにした。
奴らが俺に絡みやすいよう、俺は敢えて人気の無い裏路地へと入っていく。
走る足音が迫る。
鞄を往来のど真ん中に放り出す。
そして俺はまだ夜の営業を始めていないシャッターの降りたバーとバーの間の路地、大人一人が通れるくらいの狭い隙間に滑り込み、しゃがんで身を潜めた。
「影業――静寂の闇を駆ける孤影」
詠唱を行い、視界に映る光の粒子を操作――俺の周辺から押しのけ、周囲をほんのりと暗闇に染める。
間抜け三人組が走って俺の目の前を通りすぎる。
「あのローシドのちびどこいった!?」
「わからねぇ! 一瞬で見失った!」
「おい、あそこに鞄があるぞ。あのチビのか?」
三人が路地の真ん中にポツンと転がる鞄の手前でピタリと立ち止まる。
俺の目の前に左からエルフ、ヒューマン、ヒューマン、で立っている。
「光業――集いし光よ、焼け」
小声でそう呟き、エルフの男の周辺に急激に光を集め、赤外線を操作……魔力で無理やり収束させ、エルフ男の肩に熱線を撃ち込んだ。
「うわ!? あつい!? 火が!?」
エルフ野郎の服が一瞬で燃える。
混乱したエルフ野郎が慌てて走り回る。
「火が! 火が! うわああああ!」
ヒューマン二人が驚いてそちらに目線を飛ばす。
俺は路地の後ろから静かに出ると右端のちびで太ったヒューマンの金的を蹴り上げる。
「ひっ――、あぐっ――」
声にならない悲鳴をあげて右端のヒューマンが倒れた。
「どうしたヤマ?」
中央のリーゼントにしてるヒューマンが振り向いた瞬間、そいつの金的にも俺は蹴りをぶち込んだ。
数分後。
抵抗する気力を完全に失うまで徹底的にボコボコにした三人組を前に、俺は尋問を開始することにした。手錠がないから、とりあえずジーンズを足首まで下げて冷たい路地裏の地面で雑魚寝を楽しんでもらっている。まぁ、腰パンならぬ足首パンってやつだ。新西京の流行の最先端だな。
「で、何だお前ら?」
俺は保育園の先生が幼稚園児を労わるよりも優しく穏やかな声色で質問をしてやった。
ついでにホロリンクで写真を撮影する。
「すみません、勘弁してください……」
髪が燃え、服が燃え、半裸になり、軽い火傷を負い、俺にあちこち殴られ、蹴り飛ばされた哀れなエルフの男が謝ってきた。その憔悴しきった様子は雨に濡れた子犬だった。子犬の可愛さはどこにもなかったが。
「俺の質問に答えろ」
エルフの男が答えようと口を開く。
「いや……ただ、シュ――」
「おい!」
地面に這いつくばったままのリーゼントが――もはや乱れてぼさぼさだが――すぐ隣で仲良く寝転ぶエルフ男に何やら鋭い声をあげた。
「あっ、その――俺達は何も知らないんだ!」
エルフが目をあちこちに泳がす。
シュ? 何かあるのは間違いないようだ。
「お前ら……自分の立場がわかってないようだがな……」
まだ恐怖が足りないらしい。
しかたない、可哀そうだが――俺は反射的にナイフを取り出そうとして……あれ?
身体のあちこちを掌ではたく。おかしい。
足首にも仕込んでない。手首にも。
当然ジャケットの内ポケットにも……いや、今は糞ださいブレザーだが。
ない。どこにも、ない。
……そうだった、学校行くから誠二に置いていけって言われて置いていっていたんだ……!
くそったれ!
「光業――集いし光よ、焼け」
奴らの目の前に光を集める。放射熱が奴らを炙り始めた。
短時間で魔術を連発したせいで少し眩暈がするが、手っ取り早くペラペラ喋らすためだ。
「ひぃ!! 魔術師なんて聞いてねぇ!」
「ローシドのガキがなんだってんだ!」
悲鳴をあげて後ずさろうとするが、俺がこいつらのズボンを足首まで下げさせてるから逃げられない。
「ステーキになりたくなかったらさっさと吐けよ。ほらほら、噴水みたいに吐き出せよ。そうしたら楽になるぞ。それともやはりステーキがお望みか? 焼き加減は? レアか? ウェルダンか?」
その時だった。
――遠くからサイレンの音が微かに耳に飛び込んできた。
……。まさかな。
奴らに視線を飛ばすと、にやにや笑ってやがる。
「おい、お前まさか――ドク・ソルダート・サービスに契約してんのか?」
俺の質問を無視してリーゼントは笑みを深めた。
「そうか……到着まで後三分くらいか? お前らを殺してずらからさせてもらうとしよう」
俺は冷たくそう言うと一気に光量を上げる。
赤外線を収束させる。一気に熱量が上昇した。
一人、最低でも失明くらいさせてもらおうか。
眩暈を抑え込んで――
その時、俺の放つ殺意が本物だと理解したのだろう。
「こ、このガキまじか!?」
小太りが悲鳴をあげた。なかなか見所がある奴だ。
「あ、有栖川だ! 有栖川エリカの指示だ!」
小太りは俺が予想もしていなかった事をまくしたて始めた。
「有栖川? 確か俺の同級――」
思わず俺が口にした言葉が意味を成す前に、池に小石を投げ込んだ程度だったサイレンの音が俺の鼓膜をかなりの勢いでノックし始めていた。
まずい、サイレンがかなり近づいてきている。
俺は舌打ちすると鞄を拾うと、駆け足でその場を後にした。
冷たい空気と路地裏のすえた臭いに包まれながらも俺は頭脳をフル回転させる。
やはり俺の推理は(部分的には)当たっていたらしい。
有栖川エリカ。あの虫も殺しません、とばかりにすました女があの不良どもを顎で使って俺を……俺……を……?
ん?
そもそもあいつらの目的は何だったんだ?
確かめる余裕もないまま、俺は冷たい空気を裂いて走り続けた。




