第八話 生徒会の私
二月一日 放課後
聖エリュシオン学園(有栖川エリカ)
私はリンクス君たちが連れ立って教室を出ていくのをなんとなしに、視界の端で見送った。今日は生徒会――トップオブトップスの会合だ。行きたくはない……いや、行く価値を感じない。だけど。これもまた「有栖川の血を引く」私の義務なのだと父は言う。ならば、私は行かねばならない。
一体私の意思は何処にあるのだろうか。父の意思が私の意思なのか、私の意思はもとからなかったのか……
私は、そもそも生まれた時から自分の意志なんてものを持ったことがない。人形遊びの人形が――自分の意志など持つ術もなく、好き勝手に操られ、着せ替えられるのと同じことだった。
『今週はファイトクラブはありません』
放送部の放課後放送を聞き流しながら、操り人形が操られて進むかのごとく生徒会室へ向かって廊下を歩いた。
生徒会室の扉にCIDを提示。
「確認しました。生徒会会計――有栖川エリカ」
冷徹な機械音声が私の到来を告げ、電子音と共に扉が滑らかに開く。
長方形の広大な室内には既に私を含めて八名の男女が揃っていた。
室内には長方形の細長い机と、普通の革張りの椅子が備え付けられている。
私は一番下座、部屋に入って十歩ほど歩いた先にある、最も下位の席につく。
視線をあげれば、細長い机の一番奥、一番の上座には黒塗りの豪奢な椅子が床と接合した状態で備え付けられていた。
そこに座っているのは生徒会長である神城タツヤ。身長百七十八センチのヒューマン……大きい。体格はがっちりしている。黒髪をやや長めのスポーツ刈りにしている黒目の青年。その表情は精悍だが、厳しさの鎧を纏っていた。彼の私を見る視線は一切の興味を排したものだ。トップオブトップスにおいて万年九位の私など、路傍の石ころに等しいのかもしれない。私は目を伏せ、最後の一人が来るのを静かに待つ。
「エリカちゃん、今期のスコア――また零なのかい?」
生徒会長 神城の左隣に座っているハーフエルフの男が私にねっとりした声をかけてきた。
神城と同程度の身長だが、彼に比べて線が細く痩せている。制服の第一ボタンを外し、襟を開いて着崩しており、肩まである金髪と浅黒い肌が対照的だ。整った顔立ちで、普段の私生活ではいつも女性を左右に侍らせている。流石にここには連れ込んでいないが。軽薄を装った声だけど、私は反射的に嫌悪感を感じていた。それはきっと彼のなめまわすような下品な視線が原因なのだろう。私をこんな目で見る男性は、私の知る限り彼だけだ。
「はい。すみませんカイロスさん」
私はうつむいたまま小声で答える。結局ここでも私は私ではない、人形なのだ。
「いやいや、カイロス先輩。彼女を責めるのは酷というものですよ。彼女はね、賢いんですよ。我々にかなうわけがないと最初からゲームを投げているんです。ハハッ、でも会議室にただ居てくれるだけで可愛らしいから、それでいいじゃあないですか」
七位の書記、間修二が声を上げる。身長百七十センチ、痩せている。青みがかかった黒髪を長髪にしているヒューマンで黒いたれ目の男。全身から他人を見下した高慢な空気を発散させていた。
「はい……」
私はその嫌味を無抵抗に受け入れ、俯いたまま返事をする。私でもなぜ最初からこのゲームを投げているのかわからなかった。修二の言う通り……彼らに絶対に敵わないと、深層心理で思っているのだろうか?
「いや、僕は彼女を責めているわけじゃないんだ。ただ、心配しているだけさ。お父上がどう思うのかってね」
カイロスの言葉に私が身を固くした、その時。
カイロスの真向かいから艶っぽい女性の声が響いた。
「そうよね〜修二の言う通りだわ~。でもさぁ、イーシドって言ったところで温いわよねぇ。落ちこぼれてても血筋がそれなりならしがみつけちゃうんだからさぁ。ねぇローシド専門の修二ィ? その点、血筋がギリギリでも三位のカイロスは凄いわよねぇ。でもぉ~やっぱりぃ~、エクセレントシドなんて自称するくらいならぁ、血筋と実力、両方必要だと思わなぁい?」
そう言って優雅に足を組み替えたのは二位の副会長である九条ヒロミ。身長百六十センチのエルフ。透き通るような金髪に陶磁器のような色白の肌。化粧は少し濃く、制服を着崩して少し胸を強調している。お父様が見たら、はしたないと眉をしかめるだろう。
「ヒロミ……さんっ……そう、ですね」
間修二は屈辱を感じたのか、ギリギリと歯を食いしばって憎悪に満ちた返事を返した。私のことを見下すのはよくても、自分が見下されるのは彼のプライドが我慢ならないらしい。
「やめてくれよヒロミちゃん。僕はただ、運が良かっただけだよ」
カイロスは気にしてなさそうに返事をする。しかし、飄々とした表情と口調とは裏腹に、その目は一切笑っていなかった。
これが、私たちの生きる世界のすべて。嫌味と皮肉を延々と互いに投げつけ合う。
「お前たち、いい加減にしておけ。そろそろうるさいぞ」
神城タツヤが釘を刺した瞬間、部屋は静かになる。
私が心の中で静かに溜息をついた時、扉が開いた。
「確認しました。風紀委員長――ガーブラ・トルストッダ」
電子音声が彼女の名前を告げた。
学生帽を目深に被ったドワーフの女性がきびきびと室内に入り、九条ヒロミの隣――四位の位置――に腰掛けた。
「私が最後のようですね。お待たせして申し訳ございません」
感情の乗ってない声でガーブラ・トルストッダが謝罪をした。
「いや、時間まであと二分ある。問題は無い。だが、全員そろったのであれば始めようか」
神城タツヤがトップオブトップスの開催を宣言した。今日もまた、お金で価値の決まる話が始まる。




