第六話 面会謝絶?
一月三十一日 午前十時
新西京中央区 新西京中央病院
我と誠二は高橋美幸という、資本主義に呑まれた哀れな稚児に会うために新西京中央病院へと出向いたのである。
本来であれば向こうからこちらに出向いてきて謁見を願い出るべきなのではあるが、病床の身にあるというのであれば仕方あるまい。我自らが出向き、拝謁の栄光を賜ってやることとする。
白衣を纏いしヒューマンの看護士に案内された我らは病室に入場した。矮小なる空間に寝床が二つほど並んでいる。中央には秘匿されるべき私事を保つためのカーテンが脱力しきり弛緩した無様を晒しておった。
看護士が立ち去るのを待ち、我は光の反射率操作を解除し、顕現する。
ベッドの上に虚ろな顔をして横たわった、痩せこけた哀れなる娘がそこにいた。
愚かなる誠二が声をかける。
「美幸ちゃん、俺は斎藤誠二。君のお父さんにお願いされて君のサポートにやってきたんだ」
不器用な奴なりに知恵を絞ったのであろうが、全くの無意味であった。
娘から放たれた返事は宇宙に満ちる虚無よりも虚ろ。
「帰ってください……」
「一人で寂しくないかい?」
誠二は無視して懲りずに話しかける。
「帰ってください……!」
しばしの沈黙。
「誰に声をかけられたんだ?」
誠二は誠二なりに戦法を変えたようだ。だがそれは、元々破滅する運命の愚者が物事を好転させようと足掻いた結果、破滅の針を早めるのに似た結果をもたらしたにすぎぬのであった。
「あなたに――何の関係があるんですか!」
「……。そうだな。無い。でも……君だけで終わるとは思えない。なら、未来の被害者を増やしたくない。協力してくれないか?」
「どうせお金のためなんでしょ? 綺麗事を並べてるけどさぁ! どいつもこいつも! 金! 金!」
どんなに大人が綺麗事を並べ包装したとしても、稚児とはその幼さ故に、その本質は泥にまみれていることを見抜けるのである。
「確かに俺は報奨を貰っている。だからそれは否定しないよ。でも、未来の被害者をなくしたいのも確かだ」
誠二は愚直なまでに正直に答えた。
「綺麗事よ! だいたいそれで私に何の得があるのよ! 何がハイシドだよ! ミドルシド? ローシド? 何がシドだ! くだらない! あんたなんてミドルシドですらないローシドじゃない!」
そしてまた、稚児ゆえに本質を見誤るのだ。この馬鹿は真剣にそう思っている。だが――今現在の時間軸において、この稚児には何を言っても届くまい。
「誠二。この娘には今、何を言っても無駄よ」
我の言葉に娘が視線を下に向け、ようやく偉大なる我を視界に収めた。さぁ、我への賞賛の声を高らかに天上まで届けるがよい!
「えっ……なんで猫がいるの……? しかも喋ってる……」
「ふっ、我が名はリーナス。我と対話する栄誉を――」
我の言葉が終わらぬうちに娘は看護士を呼ぶ召喚鈴を押した。
「逃げるぞリーナス!」
「こら! 誠二! 我を抱えるでない!」
こうして我と誠二は何の成果も得られぬまま、死に向かう哀れなる者たちの寄合所を逃げ出したのであった。
***
一月三十一日 午後八時
新西京三区 大黒天通り 斎藤誠二探偵事務所(斎藤誠二)
俺とリンクスは晩飯を食べた後、こたつでその日の成果について語り合っていた。
「とりあえず病院は駄目だった。高橋美幸は何も語ってくれなかったよ。もうね、貝のように口を、いや結構ペラペラしゃべってたな。心を閉ざしてるね」
「そうか」
向かいに座っているリンクスが感情の起伏の薄い声で答え、頷いた。
「そりゃ当然そうなるよせーちゃん」
右隣に座っている結衣がうんうん頷きながら綺麗な茶色のポニーテールを揺らした。
「何が当然なんだよ、お嬢様」
俺は紅茶を啜りながら、結衣に質問を投げかける。
「だってさ、見ず知らずの、ちょっと怪しい雰囲気の男の人がいきなり病室にやってきてさ、自分の人生が壊されたようなセンシティブな案件について根掘り葉掘り質問されて、はいそうですかって答えるわけないじゃん。デリカシーがなさすぎでしょ」
何か無性に腹が立つ言い草だが、一理あるのが余計に忌々しい。
「じゃあ結衣。君なら聞き出せるのか?」
「うち? う~ん……無理めじゃない?」
結衣は宙を睨んで考え込んでいたが、両手を広げるとそう結論を出した。
「無理なのかよ!」
「そりゃそうよ~。多分彼女の心を今開くのは難しいと思うよ?」
「本当はリーナスに彼女の表層思考を読んでもらうつもりだったんだが……それ以前の問題でな」
俺はため息をついた。
「うむ。実に小癪な小娘であった。だがまぁよい。我は寛大である。特別に許してやろうではないか」
こたつの中からリーナスの声が聞こえる。
「で、そっちは?」
俺はリンクスの成果を聞くことにする。
「ねぇねぇ! リンクスちゃん、クラスに可愛い女の子とかいた!? そこから運命の恋とか始まっちゃう系のイベントはあったの!?」
「とりあえず、授業は楽しいぞ。真面目に聞いてない奴が大半だが」
結衣のアホな質問をガン無視して、リンクスはミカンの皮をむきながら答えた。
「学内の噂とかは?」
「まだ初日だぞ誠二……さん。初日から派手に動いていいのか?」
「いや、それはそうだな。まずは馴染むことを優先するべきだろう」
俺は頷く。
そして再度質問をする。
「ハイシドやミドルシド、ローシド、そこらへんの学生の空気感は?」
「少なくとも、俺がローシドだからって直接的な差別はされなかったな。あぁ、もちろん、ハイシドの奴らは言葉のはしばしに差別的空気をまとわせていたが――あれは悪気があるわけじゃあないんだろうな。はっ。あぁ……そういえば男子生徒が面白くなさそうな顔をしていたが……たいした殺気でもないし、どうでもいいことだ」
リンクスが鼻を鳴らす。
「ローシドの学生は?」
ターゲットになりやすいイメージがあるので、とりあえずローシドの学生の状況については押さえておきたい。
「あぁ、それが――やっぱり絶対数が少ないみたいで俺しかクラスにはいなかったな。他のクラスにも一人か二人いる程度なんだろう」
「……。となると、発想を変える必要があるな。メインターゲットはミドルシドか?」
「その方が現実的でしょう誠二。そもそも、数があまりいないローシドを狙う理由がありません」
雪風がいつもの後付けロジカルハラスメントをしてくる。
「先に言えよ!」
「いえ、この程度の内容は当然理解されているのかと」
「ともかくだ。俺が見る限り、ローシドはそもそも数がいないからミドルシドを狙うんじゃないか? まぁ一番多いのはハイシド様だったが。両方かもな」
リンクスが皮肉げに付け加えてきた。
「ちょっと~だから可愛い女の子の話はどこに行ったの!」
結衣がしつこくアホな事を言っている。
「どこに言ったもくそも最初から影も形もねーよ! あんな養豚所の豚みたいな奴らに興味ないね!」
「何でよ! あーしだって一応ハイシドだよ!」
「だから誠二に相手にされないんだよ!」
「えっ……!?」
止めろリンクス。俺にふるな。しかもそれはかなりの風評被害だ。
「そうなの? せーちゃん……本当にうちのことハイシドだからって避けてるの?」
「なわけないだろうが。というかなリンクス。前々から言おうと思っていたが……」
とりあえず俺の返事に満足したのか結衣はふふん、と満足げな顔をする。危ない危ない、鎮火に成功したか。
「なんだよ……ですか」
むき終えたミカンを口に放り込みながらリンクスがふてぶてしく返事をしてくる。
「お前のそのハイシドへの偏見。ハイシドが自分達未満のシドを下に見るのと同じことをしているんだぞ。お前がゼロシド出身で辛い目にあってきたのはわかる。しかし、本質的にやっていることは同じだ。止めろとは言わないが、それは認識しておくべきだ」
俺のその言葉を聞いたリンクスの顔が凍り付いた。
しばしの沈黙。
「……いや、それはおかしいよ誠二」
「ほう。何がだ?」
俺は片方の眉をあげてみせた。そしてリンクスの思考の隙をついてミカンを少しかすめ取って自分の口に放り込む。
「おい! 人のミカンを勝手に盗るな! 食べたきゃ自分でむけよ!」
「だって手が汚れるじゃ~ん。で、何がおかしいんだ?」
「あいつらはそもそも――恵まれた環境にいて、恵まれた環境にいない奴を見下してる。それも自分の努力とか何も関係なく手に入れただけの境遇でだ」
「そうだな」
俺は頷いた。
「俺はそんな奴らの態度や生き方を心底軽蔑しているんだ。何も持たず生まれてきて、搾取されてきた俺達と同じじゃないだろう」
リンクスは苦々しく言い捨てた。
「それはその通りだよ。だが、俺はさっきの発言を撤回はしない」
「何でだよ! てか、ミカン剥いて食べたぶん返せよ!」
やれやれ、なんとまぁ食い意地のはった餓鬼だ。しかたあるまい。俺はミカンを手に取ると剥き始める。
「なんといえばいいか――上手く説明できないかもしれないが――」
「大丈夫だ。あんたの話はだいたい上手く説明できてない」
話すの止めようかな。
「……良いか? 選択の余地なく、そうなってしまっているだけのことなんだ。ある意味、彼らも被害者なんだ。多くの子供の価値観の大半は親と環境で形成される。それは誰にも責められはしない」
「じゃあそこの変人はイレギュラーってことか?」
リンクスが結衣を親指で指した。
「え~! うち変じゃないよ」
結衣が不満げに頬を膨らませる。
「まぁ世間一般から見れば変わっているのはそうだな。だが、だからこそ彼女はここにいるんだろう」
「だよね~」
結衣は満足げに頷いた。
俺はミカンを剥き終えると自分の口にミカンを放り込む。
「おい! 俺に返す分のミカンだろ!」
俺はため息をついてミカンを少しリンクスに渡す。
「お前、本当に食い意地張りすぎだ」
「あんたが人のを掠め取るからだろ! ふざけんな!」
「まぁ、そういう訳でだ。子供のうちは仕方ないことだと思うぞ。社会に出て、その後様々な経験をして、そのうえで偏見から脱せないやつもいる。大半はそうだがな。だが、そうじゃない奴もいる。結衣やアーク、他にも何人もいるだろう?」
リンクスは不承不承頷いた。
「そうだったな。あんたがケチって意地悪して買ってくれなかったストロベリーサンデーを、シーリーはまだゼロシドの俺に奢ってくれたんだった。いい人だよ」
「おい、あの悪魔の名前を軽々しく出すんじゃない。どんな災いが降りかかるか――」
「シーリーさん良い人じゃん!」
結衣が何やら感心している。いかん、俺以外の全員がシーリーの味方になる事態はよろしくない。話をそらそう。
「だからあまり言ってやるなリンクス。少なくともまだ、な」
「そんなもんか」
リンクスは不承不承頷いた。
「そんなもんだよ。そもそも――お前がそう思っている想いは、どれだけ隠そうとしても、どうしても滲み出るものだ。たいていの人間は意識的にせよ無意識的にせよ、それを感じ取る。どうせなら第一印象は好きから入れよ。そのうえであぁ、こいつ駄目だな。ってなったら評価を訂正すればいい」
「成程ね。あんたにしては筋が通っている」
何か余計な、心の広い俺でなければ射殺してるレベルの要らない一言があった気がするが、聞かなかったことにしてやる。
俺はホロリンクで時間を確認した。
「結衣。そろそろ帰れ。送っていってやる」
「えー! まだ早いー!」
「うるさい。どさくさにまぎれてここに泊まろうとする邪悪な計画は阻止させてもらう」
「そんなの企んでないって! マジで! マジだから!」
「本当は日が昇っているうちに家に帰るべきなんだよ! いちいち送るリンクスの立場になってみろ!」
「えっ……俺。今日の復習して宿題するから。送迎はパスで」
リンクスはそんなことを言うとミカンを食べつつ宿題を始めた。
ちっ、仕方ない。俺が送るしかない。
俺は結衣の腕を掴んでこたつからズルズルと引きずり出す。
「あれ? リンクスちゃん紙のノート? ガチで?」
引きずられながらも、結衣がリンクスの手元を見て不思議そうな声を上げた。
「誠二……さんがホロリンクのワープロソフトより紙がいいと言って用意してくれ――」
俺は事務所の扉を開ける。寒風が吹きこんでくる。最悪だ。
そして結衣を車に乗せた。
「手で書いた方がいいんだよ。俺の持論だがな。読書も可能なら紙が望ましい。手の刺激ってのは大切なんだ」
「へー! ビッグニュースじゃん! うちも明日から大学で紙のノート使ってみようかな~」
「気が向いたら、試してみたらいいんじゃないか?」
そして俺は彼女の家に向かって車を発進させた。




