第四話 リンクスにも衣装
一月二十九日 午後八時
新西京三区 大黒天通り 斎藤誠二探偵事務所(斎藤誠二)
飯を食べ終えた俺は食洗器に食器を放り込み、こたつに戻った。そして正面に座っている擦り切れたダークグリーンの軍用ジャケットを羽織り、黒いシャツ、黒いジーンズを履いたハーフエルフの少年、リンクスに話しかける。
「なぁリンクス。実はちょいと厄介な依頼を受けてしまってな。是非、お前の助けが必要なんだが」
「へぇ。是非、か。珍しい接頭辞がついているな、誠二――さん。で、何をして欲しいんだ……ですか?」
軽く警戒心を見せるリンクス。俺は心の中で舌打ちをする。ちっ、この危機管理能力の高さ、面倒臭いやつめ。これだからストリートチルドレンは厄介なんだ。
「あぁ、いや、たいしたことじゃないんだ。どうだ? ちょっとした潜入捜査なんだが、人手が足りなくてな」
「この間、ロシアンマフィアの経営するクラブに行った時みたいな?」
リンクスが一人で誤解を始める。良い感じだ。
「そんな感じだな。どうだろう。手助けしてもらえないだろうか? もちろん報酬は出す」
「いらねーよそんなの」
リンクスは手を振って拒否してくる。
「いや、そういうわけにはいかん。仕事にはきちんと対価を支払う必要がある。そうすることでお互いに責任が生じるからな」
「そんなもんか」
「あぁ、そんなもんだ。俺が払えるときは素直に受け取っとけよ」
「わかったよ」
勝った……完全な勝利だ。
俺が一息ついたタイミングで、結衣が紅茶を入れたコップを俺とリンクスの前に置いてくれた。
「はいせーちゃん。リンクスちゃん」
「ありがとう結衣」
「どーも」
その後、結衣はこたつの右側に入る。
俺は一口紅茶を啜ると話を続ける。
「で、肝心の内容だが――聖エリュシオン学園という中高一貫校があってだな……」
高橋トオル氏の依頼内容をリンクスに説明する。
「というわけだ。流石に俺の年齢とこの顔では、中学生のフリをして潜入するのは物理的には不可能。俺では手が出せん。つまり、お前がその学校に転入しろ」
そこで俺は言葉を切って紅茶のカップを置いた。
「いや、お前――何を言っているんだ……ですか?」
リンクスは驚いた顔をした後、文句をくどくどと陳列し始めた。
「馬鹿なのか? 馬鹿じゃねーのか? いや、馬鹿だったなこの馬鹿が!」
リンクスの口から馬鹿四段活用が飛び出してきた。
「えーっ! 聖エリュシオン学園なついじゃ~ん。リンクスちゃん見た目イケメンだから絶対制服にあうし~っ! そういえば歩もここ通ってたんだよね」
結衣が何やら喜んでいる。
「アークが?」
リンクスが聞いた。
「うん。今は全然行ってないけどね~」
「引きこもりが……」
リンクスがつぶやく。
「おいおい、学校なんてな。無理に行かなくても良いんだよ」
俺はフォローを入れた。
「でも俺には捜査の都合で行けっていってるんだよな?」
リンクスがいまいましげに言い出す。
「リンクス……」
俺は敢えて重々しい、玉露よりも渋い声を出した。
「何だよ?」
「聖エリュシオン学園は半分がハイシド。残り四割がミドルシド。そして一割がローシドだ。当然、ヒエラルキーがある。今回の被害者はミドルシドだったが……もし、学校側のシステムがハイシド未満を切り捨て、養分にするようなものだったならば……ローシドが一番危ういかもしれん」
俺は紅茶を一口飲んでリンクスの反応を見る。
「だから何だよ。俺の知ったことかよ」
駄目か。仕方がない。切り札を切ろう。
「ZXの件、覚えてるよな」
ピクリ、とリンクスの肩が微かに跳ねた。
「当たり前だろうが、忘れるわけが無い」
憎々しげにリンクスが吐き捨てる。
「ZXって?」
結衣が横から首を傾げて口を挟んでくる。
「お前を誘拐して、リンクスの仲間をさらって臓器売買の商品にしようとしてた奴らのボスだよ」
「あぁ! 本田君か!」
そうか。結衣のやつ、通り名のZXじゃなくて本名で把握してたのか。俺は頷いて続けた。
「そうだ。あいつらの取引相手で、詳細不明な奴も居たが――もしかしたら聖エリュシオン学園にもあいつらの取引相手の根が張っている可能性がある」
「なんだと?」
リンクスが反応する。
「あのクズどもは壊滅したが……取引先で潰せたのは半分だ。潰せない奴――大手のヤクザ、竜造寺組なんかは別として、他にも正体不明の奴が何人もいた。結衣、というか、ハイシドのお嬢様をご所望だった糞野郎……アラフェール、の正体も謎のままだ」
「お嬢様なんて……せーちゃんたら~」
何やら結衣が喜んでいるが、俺は無視。
「……。わかった。やるよ」
リンクスはそういうと頷いた。
「すまないな。父親は俺。母親は……」
「はい! うち! うちが!」
結衣が隣で手を挙げて猛烈にアピールしてくる。
「あのな……リンクスはハーフエルフだぞ? お前はヒューマン。俺もヒューマン。ありえん。そもそもお前は何歳でリンクスを産んだことになるんだ?」
「ぶううううううううううううううううううううう!」
何やらぶーぶー言い始めたが相手にしてられん。
「そこの豚ちゃんは放っておこう。だから母親は若くして死んだことにしようと思っている」
「そうだな、それが良いと俺も思う。あんたの知り合いのエルフの女性はいかれてるやつが多すぎる。例え仮でも母親なんてありえん」
リンクスも頷いた。俺も続けて頷いた。俺達は今や一心同体だ。
「とりあえず、ローシドの奨学生枠をトルネロに頼んで確保した。頼んだぞ」
「仕方ない、やってやる……やりますよ、誠二、さん」
「助かるよ。で、これが制服なんだが」
俺は用意しておいた制服を取り出した。
「何だこれは?」
それを見たリンクスの表情が氷像となる。
「制服だが? みたことないのか?」
濃紺の三ボタンのブレザースタイルの制服だ。スラックスはセンタープレスの効いた細身のスラックス。シャツは襟が高めのクレリックシャツで、ネクタイは学年ごとに色が異なる。中学一年生は青色だ。
「やはりこの話は無しだ。誠二」
リンクスが拒否しだした。あれ? 一心同体はどこに?
「何でだ!」
「こんなもの着ていられるか!」
「おい、学生だから制服は当たり前だろうが!」
馬鹿な、勝利を確信していたのにまさか、こんなところで作戦が崩壊するだと!?
「嫌だって言っているんだ! こんなものを着るくらいなら死ぬね!」
リンクスが決死の表情で主張を始める。
「えーっ! リンクスちゃん似合うよ! 可愛いってば! うちが保証する!」
良いぞ結衣、その調子で援護射撃をしてくれ。何と頼もしい援軍だ!
「可愛い……だと? いいか! 男で可愛いとか言われて喜ぶ奴なんざほぼいねーから!」
リンクスが結衣に人差し指を突きつけて何やら宣言しだした。確かに一理ある。結衣め、余計な地雷を踏みやがって。役に立たん。黙っていなさい。
「わかったわかった。とりあえずサイズが大丈夫かどうか、一回着てみようぜ」
俺は両手をまぁまぁと上げてなだめるような動作をしつつ声をかける。
「なんでそうなるんだよ!」
リンクスが殺気に満ちた視線を飛ばしてくる。
「いや、気が変わるかもしれんし」
「変わらねーよ!」
「まぁまぁ、ほら、袖だけでも! な?」
その後、俺の探偵としての全交渉術を注ぎ込んだ、三十分に及ぶ泥沼の説得の末、リンクスは着替えたのだった。
そして着替えた、ブレザー姿のリンクス。
「イースターの七面鳥の気分ってのは、こういうものなんだろうな。飾り立てられて食卓に並べられる晒しもの――」
仏頂面を通り越して、虚無の境地に達した表情で何やらぶさぶつと哲学的な愚痴を垂れ流しているリンクス――その姿が面白すぎて俺はつい爆笑してしまった。
「……。馬子にも衣装とは言うが……ふふ、くくく……リンクス、あまりにもその服装、似合わなさすぎる……あはははは!」
「いやいや! 可愛いでしょ! 自信持っていいよリンクスちゃん!」
結衣はそう言うが――上品すぎるブレザーと、スラムで生きてきたストリートチルドレンとしての殺伐とした雰囲気が水と油のように反発しあっていて、どう見ても似合わない。そのミスマッチのやばさに俺は手を叩く。
「誠二、お前――ぶっ殺してやる!」
ぶちぎれたリンクスが俺に襲い掛かってきた。
蹴りと突きと捌きが俺とリンクスの間で交わされる。なかなか鋭い動きだが、まだ俺には届かんなリンクス。
リンクスのパンチを弾き、蹴りを繰り出そうとするのを蹴り足に後の先を取って蹴りを入れて止める。
「まだまだ甘いなリンクスく~ん」
「てめぇ誠二! 今にみてろ!」
挑発に乗ったリンクスの動きが更に単調になり、俺はより防御が容易くなる。
右ストレート。左手で弾く。
左の突き。右手で弾く。
金的蹴り。膝ブロック。
リンクスが至近距離に踏み込もうとする。
リンクスの右肩を左手で押さえて止める。
俺の左手を掴もうとするので左手を放す。
その隙に踏み込もうとする足に関節蹴りを軽めに入れて止める。
「ほほほほほほ。そこから動けまいて」
俺は余裕の笑みを飛ばした。
「くそ! なんて嫌な大人だ! こんな奴が大人とか俺には認められん! 世界のためにもここでお前を倒す!」
リンクスが毒づく。
「ちょ、二人とも喧嘩やめなって!」
戦う俺達の間に、結衣が慌てて割って入ろうとしたその瞬間。
リンクスの制服右肩の生地の裂ける音が必要以上に大きく部屋に響いた。
「あっ」「えっ」「あーあ」
俺とリンクスと結衣の声がはもる。
静寂。
永遠にも思える数秒後――静寂が破られた。
「誠二? リンクス? あなたたちは、一体全体何をしているのですか?」
俺の腰にさした銃から――雪風の押し殺した声が発せられる。
こうして雪風委員長の長いお説教が始まった。




