第二十三話 約束
三日後
新西京三区 大黒天通り 斎藤誠二探偵事務所
『グレートクイーン号が沈没して三日が過ぎました。沈没の原因はスティールセキュリティのエージェントの仕業という説が有力であり、現在、救助活動を行って逃走したゼロシド革命軍のメンバーのほとんどが行方をくらまして――』
ジェーンの読み上げるニュースを聞きつつ、俺は事務所のこたつでミカンの皮をむいている。
まだ全身が痛いが、ホローポイント弾だったおかげで酷い内出血と肋骨に少しひびが入っただけで済んだ。看病するとかいって居座る結衣を追い出した俺は久々にゆっくりしていた。リンクスは今日はもとよりいない。何か用事があるらしい。
『現場に到着したスティールセキュリティの特殊部隊は救助活動に切り替え人命救助を優先しました。また、アルゴスセキュリティが不祥事をなすりつけているとの声明を――』
やはりエルフの美女に関わるとろくなことにはならない――特にシーリー、彼女は駄目だ。災厄が服を着て歩いている。
彼女に関わると毎度死にかける。だから行きたくなかったんだ。
『スティールセキュリティのエージェントの正体は不明です。また、沈没する中、果敢に歌を歌うことで船内のパニックを収めたシーリーさんは――』
ルーブは土下座しかねない勢いで感謝していたが――二度とごめんだ。特にカイン、なんだあの化け物は。絶対にもう会いたくない。いや、もちろん装備の差がなければ俺の圧勝だったが?
そう、そもそも今回の俺は装備が酷いありさまだった。全部トルネロが悪い。
だいたいあのフルメタルキッチンはどうなってやがる。あんなところに送り込むとかふざけやがって。PPMだと?
『それでは生存者にインタビューです。ナギさん』
画面に淡い金髪をサイドテールにしたナギさんが現れた。
『はい、こちらナギです。今、グレートクイーン号で総料理長をしていたジョン・下谷さんのお話を伺いたいと思います』
うげっ、マジかよ。
画面に気難しそうなドワーフのジジイが現れた。
『ジョンです』
『このたびは大変でしたねジョンさん』
『いや、我々はうん(ピー音)のおかげで無事だったんですが、奴はいったい今頃何をしているのか心配で』
『それは……ずいぶんと独特なあだ名の人ですね』
『えぇ、奴はミリタリーオタクで頭のおかしいお調子者なんですが、PPM6を目指せる十年に一人の逸材だったのに……船を救うとかわけのわからんことを言って出て行ったあと戻って来ず、船は沈むし……うん(ピー音)! これを見ていたらすぐに戻ってこい! 皆、お前を待っているんだぞ! わかったか!』
「サー! ノーサー!」
俺は画面に向かって、直立不動で反射的に叫んでいた。
馬鹿な!?
全身に激痛が走り、俺はこたつに崩れ落ちた。
「うるさいぞ誠二。我の睡眠を妨げるでない」
こたつの中で丸まっているリーナスが文句を言ってきた。
馬鹿野郎!
俺は今、洗脳教育の成果を目の当たりにして恐怖に震えているんだ。
『えっと、それではいったんスタジオに戻します』
それが正解だナギさん。俺は深く頷いた。
「結衣、お茶を――」
いないはずの結衣にお茶を注文してしまった。
「誠二。結衣に来るなと強く言っていたのはあなたですよ?」
「今のは失言だ雪風」
くそ、身体を動かすと痛い。痛覚遮断をオン。よろよろと立ち上がり緑茶をコップに補充する。
「だいたい、ここで看病を受けてみろ、押しかけ事務員じゃなくて押しかけ女房面しだすのは目に見えている。それだけは阻止しなくてはならん」
「それでも良いじゃありませんか。むしろ手遅れだと思います」
「良くない。まだ間に合うと俺は信じている」
「そうですか」
インターホンが鳴る。
無視しよう。だって身体痛いんだもん。
しばらくの後、再度インターホンが鳴る。
しつこいな。
インターホンが連打され始めた。
……何だ? ホラー映画の演出か何かか?
ドアノブが金属音をまき散らし、狂ったように揺れる。
怖い。絶対に開けないでおこう。これは開けたら駄目なやつだ。
「鍵を開けますね」
「こら、雪風お前――」
勝手に雪風が開錠する。
無情な開錠音。
「もー! 早く開けてよね!」
文句を言いながら入ってきたのは――白い毛皮のコートを着込み、赤いマフラーを巻いたシーリーだった。何やら紙袋を抱えている。
「誠二? 調子はどう? お見舞いに来たわよ!」
「あっ、あぁ……シーリー……さん。お見舞いは嬉しいんだが、全身が痛くて面会謝絶なんだ。さっさと帰ってくれていいぞ」
「まぁ! 照れちゃって!」
「断じて照れていない」
彼女は玄関で黒いブーツを脱ぎ事務所に侵入すると、俺の隣に入ってくる。
シャンプーのいい匂いが俺の鼻をくすぐる。
騙されるな誠二。こいつは悪魔だ。自分に言い聞かせる。
「色々とテイクアウトの食料品を買ってきたから一緒に食べようと思って。ほら、料理するのも大変でしょう?」
なんだと?
気が利くな……天使に見えてきた。
「マジかよ。もう少し早く言ってくれ、もうすでによだれ鶏作っちまったよ」
「えっ、何それ?」
「鶏胸肉を切り開いたあと、鍋に生姜の千切り、玉ねぎ、塩、酒少々、白ネギ、鶏がらスープを入れて沸騰させないように弱火で長時間煮込んだものだ。
七十度から八十度くらいくらいで煮込むのがコツだ。温度管理がわかりにくければ、とりあえず沸騰する手前で煮込めばいい。七十度以上で三分くらいは奥まで火をとおさないといけないからな。面倒だから俺は一度沸騰したらそこに放り込んだ後弱火にして蓋をして一時間くらいくらいそのままにしてる。
鶏胸肉は火が通って味がある程度染みたら冷やして切る。冷やさないと崩れ易いから要注意だぞ。
そしてごま油に塩とゴマと刻みネギを混ぜたものと生姜のすりおろしをつけて食べる。煮込んだ汁はスープになる。楽に作れる割にスープもできてとても美味しい」
「説明長かったけど……美味しそう!」
「食べて良いぞ。あっちにある」
「誠二は良いお婿さんになれるわね」
そんなことを言いながらシーリーは台所へと向かった。よし、一時的にでも追い払えた。やれやれ。
それにしても良いお婿さんだと?
大きなお世話だ。君には関係ない。といいたいが、わざわざ機嫌を損ねる必要はないだろう。黙っておく。特に今、俺はシーリーに襲われたら殺されてしまう。
は~さっさと帰ってくれないか。俺は身体が痛くて本を読む気にもならんし、真面目に虚無なんだ。
また扉が開いた。おい、インターホンも鳴らさないとかどういう了見だ。
「はーい誠二。生きてる?」
「あっ、失礼します……」
ジェーンと、ナギさんが連れ立って入ってくる。
ジェーンは黒いトレンチコートに黒いサングラス、ナギさんは青いジャンパーに黒いジーンズ。
どいつもこいつも暇人か?
探偵事務所を休憩所か何かと勘違いしているのか?
つまりあのニュースは生ではなく録画か?
「こたつ? 良いじゃない」
「失礼します」
俺の返事も聞かずにこたつの右と左に二人は座った。
「待て。ここの主人は俺だぞ。俺は君達にこのこたつに入っていいなんて一言も――」
「あら誠二。今回の報道――また大きな貸しが私にできたのを忘れてないでしょうね? 良いのかしらそんなことを言って? ナギがどうしてもお礼したいというから、一応付き添いできてあげたのよ。彼女一人だと襲われたら危ないでしょ? あ、これお土産ね」
ジェーンがドヤ顔で語りながらお菓子の詰め合わせの金属の箱を机の上に置いた。
襲われたら?
確かに俺が襲われたら危ないな。何しろ彼女にはどでかい前科がある。
「待て。お前、絶対滅茶苦茶視聴率取れただろうアレ! むしろ俺がお前に貸しを作ったと言っても過言ではない」
明らかにおかしい。ここはきちっと反論しておくべきだ。
「何を言っているの? どれだけの綱渡りだったと思っているのよ。それにナギのCIDも手配したし。もちろん彼女は優秀だし凄く人気出てきているからいい拾いものだったけど、それとこれとはべ・つ・の・話・よ」
したり顔でジェーンはそんなことをほざいて微笑んだ。
「えっと、ありがとうございました。誠二さん。でも、いいんですか? 実際、あの船を救ったのは誠二さんなのに……一切表に出ていないですし……」
俺の隣でナギさんが申し訳なさそうに謝る。
「俺が救ったのは君達であってあの船じゃない。まぁ、強行突入が行われたらその際に人質に被害が全くでなかったかと言われると何とも言えないが。でも、どちらにせよ俺の名前なんぞ出なくていいんだ」
俺は冷静に指摘する。
「それでも、誠二さんは私のヒーローです」
そう言いながらナギさんが少し俺への距離を詰めてきた……気がする。俺は離れたいがそうするとジェーンに近づくことになる。それは嫌だ。
「いや、俺は正義のヒーローなんかじゃないよ。ただの私立探偵だし、それでいいのさ」
俺は自分の暴力を、正義という洗剤で洗うのは嫌いだ。
「正義の、じゃなくて、私の、ヒーローです」
ナギさんが訂正してくる。
確かにそう言っていたな。それはそれで何かちょっと怖いな。
「はぁ……本当、美人をみるとすぐ手を出すんだから誠二は」
ジェーンがやや不機嫌そうにとんでもないことを言い出した。
「誠二さんは誰にでもこんな調子なんですか?」
ナギさんがそんなことをジェーンに聞きだした。
「そうよ。いつも可愛い女の子とみると命懸けで守って――」
ジェーンのその言葉を聞いてナギさんが少し俺から離れた気がする。
いや、それで良いんだが。何か釈然としないな。
俺の社会的何かが一つ死んだ気がする。
いや、それで良いんだが……
「おい! ふざけんなよ! リンクスやアークをみてみろ! 俺はむしろ青少年を救うことに価値を――」
我慢できん。あまりの誹謗中傷に俺は抗議の声を上げる。
「つまり、男女見境ないってことかしら?」
……もういい。
「そういえばリー達は?」
ナギさんに聞いてみる。
「皆は、装飾品を売ったお金でローシドを手に入れて、農業をしています。誠二さんによろしくと言っていました。何かあれば助けになりたいと」
「そうか……それは――」
俺が頷いたとき。
「誠二?」
俺の背後から地獄の底から響くような声がした。
戻ってきたシーリーだ。
両手によだれ鶏を切った皿とスープの入った器を持っている。
事務所が静寂に包まれる。
「……私の席は?」
「む、向かいが空いてるだろ……?」
俺の声は自然に小声になった。
シーリーは無言で不機嫌そうに向かいに座る。
君の顔が真正面から見れて俺はこの方がいいな。くらい言えばいいのかもしれないが……言いたくないし、怖くて言えない。
「……狭いのだが?」
都合四人の足がこたつに突っ込まれたことにより、中からリーナスが抗議の声を上げる……が、俺に反応する余裕はない。
「あら、シーリーさん。歌姫様がお暇なんですか?」
ジェーンが何やら言いだした。
「忙しいけど? でも誠二は私のために身を呈して庇ってくれたから時間を作ってお見舞いにきてあげたのよ」
シーリーが反撃を――って待て。止めろ。
「いや、俺は約束を守っただけで……」
俺の弱々しい抗議は形を成す前に消え去った。
「そこの男は、仕事とあらばぬいぐるみだって命懸けで庇うわよ」
ジェーンが突っ込む。
「私も誠二を守るために命がけで庇ったのよ?」
シーリーが何か自慢げに言いだす。
そんないい思い出か?
明らかに地獄だったろう。俺はもうきれいさっぱり忘れたい。
手榴弾に飛び込んだ時、俺がどれだけ悲壮な覚悟をしていたかわかっているのか?
いないだろうな、うん。
「あら、私だってそこの男の命を助けたわ。ねぇ誠二」
ジェーンが胸をそらして何か言い出した。
「あぁ……まぁ、そう、なる、な」
なぜ張り合う?
むしろ忘れろ。そもそもその件は今回の特ダネで帳消しで良いはずだ。
そんなに都合のいい特ダネもってくる手下を失いたくないのか?
「あっ! 私もサブマシンガンを持ってかけつけて助けました!」
ナギさんが無邪気に乗っかってきた。
止めろよ!
この子はもしかして空気を多少読めていないのではないか?
……こうしてみると俺は命を助けられすぎでは?
命の恩がバーゲンセール状態だ。
新西京一ハードボイルドな私立探偵の名が泣く。
普通に泣きたくなってきた。
情けないぞ誠二!
二度とこんなことが無いように気をつけねば……男としての沽券にかかわる。
待てよ……俺の周囲の女性陣がおかしいだけでは?
新西京の女が強すぎるんだ。そうだ。
そうに違いない。
俺は女に生まれてくるべきだった。
そうすればこんなに命を救われることもなかったはずだ。
俺が宇宙の真理について考察していると、シーリーがわけのわからないことを言い出した。
「あげく愛してるなんて愛の告白を――」
シーリーが頬に手を当てて何やら思い出しにやにやしだしている。
「そこの男は愛してるなんて――えっ? 誠二がそんなことを言ったの!?」
ジェーンが驚きの声を上げる。
俺だって愛してるくらい言うさ……俺はいったい何だと思われているんだ?
もちろんシーリーに言った愛してるは愛の告白ではない。
こう、そう、違うものだ。
あくまで隙を作るためのものだ。
しかし白馬の騎士症候群にかかった彼女は理解できんらしい。今のところ、俺はその勘違いにつけこむ気はさらさらない。折角あのカインとかいう化け物と戦ってかろうじて拾ったこの命、ここで散らすのもアホらしい。
「……。さて、と。あ~~~~~~」
俺はわざとらしく独り言をつぶやきながらこたつから出て伸びをした。
「誠二、本当なの?」
「本当よね誠二!」
無言でおろおろするナギさん。
詰問してくるジェーン。
同意を求めてくるシーリー。
「アレはね。カインに言ったんだ」
俺はカインについて行くのが正解だった気がしてきたので、そういうことにした。結局訂正しているな。いかん、これは命懸けの賭けかもしれん。
「嘘でしょ誠二?!」
シーリーがキレ始めた。
「カイン? 誰? 何があったのかちゃんと全部聞かせなさいよ!」
ジェーンもまた特ダネの気配を察知し、表情が獲物を狙う狩人に豹変した。
「カインというのは……」
まごまごしながらナギさんが解説をしようとしている。なんて素晴らしい。
いいぞナギさん、その調子だ!
ジェーンの気を引いておいてくれ!
「ちょっと外の空気を吸ってくる。ごゆっくり! 飯は勝手に食べて良いぞ!」
俺はコートかけからいつもの赤いコートを掴み、よろよろと外に飛び出した。
新西京の冷気が身体を突き刺してくるが、背に腹は代えられない。
「誠二。ネクタルを飲みに行こうではないか」
いつの間にかこたつから逃げ出してきたリーナスが、俺の隣を並走している。
「リーナス。誠二は下戸です。アルコール一杯で意識を失います」
「なんと! なら少しずつ飲んで強くなればよかろう。さ、飲むぞ」
どちらにせよ飲むのかよ。
尻尾を振り振りそんな提案をしてくるリーナス。
「下戸? ハードボイルドの俺が? ありえん。雪風、下らないデマを飛ばすんじゃない。俺はただ、アルコールは身体に百害あって一利なしだから飲んでないだけであって決して下戸では――」
そんなことを言い合いながら俺達はアビシニアンに向かって全力で走っていった。
約束を守るってのは、本当に、割に合わない仕事だ。
自分自身との約束を守るということは特に。
――――だが、悪くない。
今はナギと名乗るようになったエルフの女性のことを、騙されたまま無駄に死なずにすんだであろうゼロシド達の事を想い、俺は微笑んだ。
***
山陰の高速道路沿いのサービスエリア(カイン)
私は男子用トイレの前に『現在清掃中、立ち入り禁止』のプラカードを掃除用具入れから引っ張り出し、完璧な角度で設置した。
そして男子用トイレの中へ、雌豹のように静かに、優雅に腰を揺らして入っていく。
消臭剤の人工的な匂いで満ちた空間。目標の後ろ姿を発見する。
私は洗面所で顔を洗っている、スーツを着た小男の後ろに静かに立った。
男は顔を上げ鏡を見て、そこに映る私に気づく。
「なっ――カイ――」
騒ぎ出す前に私は右手で井口の襟首を掴んで鏡の前から引っぺがし、左の掌底を井口の喉に叩き込む。
「げほっ、ごほっ」
床に転がり、苦しそうに咳き込む井口。
なんて惨めなんでしょう。
とても可哀そう。
オールバックにした白髪は乱れてぼさぼさだ。あら、どうやらこのおじさん、白髪染めが落ちてきているわ。
井口は這いつくばったままトイレの奥へと逃げていく。
「何の――真似だ?」
トイレの床に膝をつきながら荒い息をつき、それでもなんとか威厳を保とうとする井口。
この小者っぷり、本当に楽しい。
「あら? 確認する必要があるの? ブラックスティールは、あなたみたいな失敗して逃げ出した無能を生かしておくほど優しくないのよ」
「おかしいだろう! お前も失敗しただろうが!」
井口がかすれた声で抗議してくる。本当にお馬鹿さんね。馬鹿な子ほどかわいいというけれど、このプライドだけが肥大化した無様な小男は何も可愛く見えないわ。
「いい? 企業所属アンダーランキングでSランクが何人いると思っているの?」
私はこのくだらない男を見下ろしながら、冷徹な世界の真実を教えてあげることにした。
「なっ――」
「私が失敗したということは――他の誰がやっても失敗したってこと。そうブラックスティールは判断したのよ。当たり前の話よね。代わりの無い最高の猟犬を、一度や二度の失敗で処分する狩人がいるかしら?」
井口が目に見えて震え始めた。深度七ってところかしら?
彼のちっぽけな自尊心は崩壊寸前みたい。
少しだけ慰めてあげましょうか。蜘蛛の糸をカンダタに垂らすのも悪くはない。
「……私はね。少しだけあなたに同情しているのよ?」
「ど、どういうことだ?」
膝をついたまま井口が腕組みして見下ろす私をすがるような目で見上げてくる。
逃げようとしないだけ賢いわね。今腰を浮かしたら、その時点で私はこの小者を殺すつもりでいるのがわかっているみたい。
「だって、あなたのプラン、八割完遂していたんだもの。武器の手配は酷い物だったけど、計画全体は悪くなかった。でもまさか船を沈めて、それをスティールセキュリティのせいにするとか――常識的に考えてありえないでしょ? はっきり言って頭がおかしいのよね」
「そ、そうだろう? わ、私は悪くない! ゼロシド革命軍がやけくそになったせいで――」
でも、私の誠二はそのありえないをやってのけた。おかげで私の任務達成率が百パーセントじゃなくなっちゃったんだけど。赤い死神――本当に伊達じゃなかったわ。もし、シーリーが都合よくあそこにいなければ……私は今ごろ海の藻屑になっていたでしょうね。ふふっ、ぞくぞくしちゃう。
「一応私も逆転しようと頑張ったのよ? ただ、たまたま乗り合わせていた斎藤誠二が想像以上の男で……」
「斎藤誠二? 誰だ? そんな名前報告書には――」
井口の顔が困惑に染まった。
「当たり前でしょ? 彼は私だけのものよ。あなた達みたいな汚い豚に教えるにはもったいないわ」
私は右手の人差し指で自分の右頬をつんつんしながら流し目で井口を見下ろした。
「お、お、おま、お前――もしかしたら俺を救えるかもしれない情報を握っていながら――俺を見捨てたってのか!? お前の報告ではブラックスティール社製の武器だけを渡されたことからの、不審に思ったゼロシド革命軍の暴走って――!」
井口の顔が怒りと絶望で引き裂かれる。
その顔が見たかったのよ。
「お馬鹿さんねぇ。ただのゼロシド達がその程度の情報で真相にたどり着けるわけないじゃない。当然、凄腕のアンダーの関与があったの。だからあなたは本当に、ほんとーに、たまたま運が無かっただけよ」
私は敢えて笑顔でそう告げる。
「カ、カ、カイン――――お、お、お前―――――」
ショックのあまりどもり始める井口。そろそろ虚飾をはぎ取りにかかりましょうか。
「ま、だからブラックスティールからしてみれば、すべては甘い計画を立てた計画立案者の責任。そいつが余計な事をペラペラしゃべる前に消えてもらおうって話。
アルゴスセキュリティにでも逃げ込むつもりだったのでしょうけど――残念。その前にあなたはここで死ぬのよ。あなたも今までにそうやって何人も処理してきたんでしょう? 今度は自分の番が回ってきたってわけ」
「ま、待て、金なら――」
結局殺される話になったことを察知した井口は、必死に命乞いを開始した。
あらあら、アレだけ威張っておいて情けないわね。
「バカね。信用は金では買えないわ。取引にならないわねぇ」
私は腕組みして考え込むふりをしてあげる。
「な、何でもするから命だけは……」
井口ったらおしっこしたばかりなのに漏らしちゃった。
半泣きで命乞いを始めた彼は床に手をついて頭を下げ始める。
「どうしようかな~」
私は気まぐれに入ったカフェで、最後のデザートをどれにするか悩んでいるかくらいの軽さを演出してみせる。
「助けて下さい!」
井口はトイレの床に頭をこすりつけ、惨めな声をあげた。
「やっぱりだーめ。約束したじゃない。私が殺してあ・げ・る。って」
あ・げ・るにあわせて私は右手の人差し指で唇をつついた。
「いつかはお前にも同じ番が回ってくる! 必ずだ! だから私を見逃せ! そうしたら、その時は、私がお前に便宜を図って――」
「その時はその時よ。まぁないでしょうけど……そうなったら潔く死ぬわ。あなたみたいなくだらない男に助けられるなんて屈辱、生きていられないわぁ~ん」
私はわざとらしく身悶えしながら色っぽく言ってあげた。
「クソ女がぁ!!」
そう言いながら井口は懐から拳銃を抜――私のローキックが美しい弧を描いて井口の顔面にヒット。
首の骨の折れる素敵な音がし、宙を舞うバレリーナのように井口は吹き飛び、男子用小便器に顔を突っ込んで動かなくなった。
最後は怒り。ヘタレにしては頑張ったじゃない。少し見直したわ。
さて。私は顎の下に左手をやり、左の眉を少し寄せて考える。
そうね……『収まりきらず溢れ出した汚物』ってところかしら?
まぁまぁの出来栄え……元の素材がいまいちなわりには頑張ったと言えるでしょう。
自動で水が流れた。汚物を検知したってこと?
私は腰につけた、赤いコートを着た小さな人形のストラップを揺らしながら男子用トイレから立ち去る。
「クソだなんて失礼な男ね」
「本当ですカイン様」
先ほど設置したプラカードとすれ違う。
いけないいけない、ちゃんと清掃中のプラカードはしまわないと。
ゴミ掃除は終わったもの。
私はプラカードを元の場所に戻した。
「アベル。早く誠二に会いたいわね」
「カイン様。今度は彼をどのように試すのですか?」
「それなんだけど。もう彼は十分に壊れないことを証明したわ。何度試しても結果は同じだと思うの」
駐車場を歩きながら私は考える。
きっと彼は、同じような状況を何度用意したところで、何度でも自分の命を投げ出すだろう。自分の掟を守るために。彼は自分の価値を証明して見せた。
たいていの人間は極限状態にさらされると自分の信じるもの、被っているくだらないプライドをあっさり投げ出す。その瞬間が最高なのだけど……まさかね。命よりも自分の掟を守る男が居るなんてね。
自然と口の端が上がっていく。この世界に私以外にも人間がいたなんて。驚きよ。
「そうかもしれません」
「それに聞いたアベル? 彼、私に愛してるぞ! って叫んだのよ?」
腰に下がる赤いコートを着た小さな人形のストラップを優しく撫でる。
「……。確かにそうですね」
アベルの肯定。
あの叫びを思い出すと身体の芯が熱くなる。
「つまり相思相愛じゃない。彼だけは壊さないで愛してあげてもいいのかもしれない」
「私もあの雪風に興味があります」
私は駐車場に止めておいた黒色のランエボ2090に乗り込んだ。
「あら、アベルが私以外に興味を持つなんて珍しいわね」
「すみません」
口の端が自然と上がる。
「ふふっ、良いのよ。誠二のことだけど……シンプルに普通のデートを申し込んでみたりとか、どう思う?」
「素晴らしいアイデアですカイン様。私もカイン様の為、参考書籍として大破壊前の恋愛漫画などをダウンロードして――」
私はエンジンを吹かし、新西京に向かって車を出した。
斎藤誠二の事件簿 FILE5 約束 完
次回予告A
「イースターの七面鳥の気分ってのはこういうものなんだろうな。飾り立てられて食卓に並べられる晒しもの――」
「……。馬子にも衣装とは言うが………………ふふ、くくく……リンクス、あまりにもその服装、似合わなさすぎる……あははははは!」
「誠二お前――ぶっ殺してやる!」
「あっ、こちら新谷ナギです。次回の斎藤誠二の事件簿は――新西京のハイ・シドの子弟が通う中高一貫のお坊ちゃまお嬢様学校『聖エリュシオン学園』に一時的に潜入捜査の一環として通うことになったリンクスさん。おじさ……年齢的に潜入の厳しい中高一貫校ということで、誠二さんは外からの支援に回ることに。
慣れない学校生活に擦り切れていくリンクスさんのメンタル。
何もケアしない誠二さん。
酷いです。もっと優しくしてあげて下さい! ああっ、二人とも喧嘩をしないで!
こうなったら私がスタンガンで誠二さんを気絶させるしか?」
「次回、斎藤誠二の事件簿 FILE6 出会いも別れも突然に」
次回予告B
「こいつは戦争だ!」
「えっ? 私が次回予告? 当然よね。というか遅くない? 第二部から出てるのよ私? まぁ今回で私が圧倒的正ヒロインってことが証明されたし、丁度いいタイミングと言えばいいタイミングよね!
私のおかげで誠二も助かったわけだし。ジェーンさんなんて一部から出てるのにまだ次回予告に出ていない。つまり私の完全勝利ってわけ。
えっ――全然次回予告してない? そんなことないわよ! ……あら、確かにしてないわね。失礼しちゃったわ。
多分次回は、やっと素直になった誠二が私に告白してついにくっつく話で――ちょっと! もう終わり?」
「次回、斎藤誠二の事件簿 FILE6 出会いも別れも突然に」




