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新西京アンダーズ――斎藤誠二の事件簿  作者: FUKAMIEIJI
第五部 約束

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第二十二話 修羅場

 六階 大イベントホール

(シーリー・マーティン)


 突然私のすぐ傍に投げ込まれた何か。

 えっ、まさか手榴弾……?

 私がそれを認識した直後、探偵さんが物凄い勢いでこちらに走ってきた。


「探偵さん!?」


 思わず声を上げる私。

「俺にかまわず逃げろシーリー!」

 そう叫んだ彼は、手榴弾の上に覆いかぶさる。


 まさか――私をかばって!?

 そんなの駄目!

 でも、身体が恐怖で凍り付いたように動かない。

 

 その時、爆発音ではなく――銃声が響いた。 

 探偵さんの背中に銃弾が撃ち込まれる。


「くっ……」


 探偵さんの苦痛の叫びが上がる。

 私が目を上げると、赤いボブカット、金色の瞳、黒いコートを着たダークエルフの女性が銃を探偵さんに向けて立っていた。


アンダー(裏社会のプロ)は相手を殺すために理解する。私はあなたを理解したわ、誠二。あなたはどう?」

 

 そう言いながら探偵さんの背中に更に何発か銃を撃ち込む。

 止めて……!


「ホローポイントは駄目ね。なかなか貫通しないわ。でも、当面まともに動けないくらいのダメージは受けたでしょう? 逆に命に別状がないから、あなたをお持ち帰りできて丁度良かったかもしれないわね」 

 

 彼女は何を――何を言っているの?


「そうか……ハイ・シドをIFF登録しているのは、カイン、お前も例外じゃなかったってことか」

「それはもちろん。一応してるわよ。流石にあの瞬間で外す余裕はなかったけどね」

「つまり、グレネードも例外ではなかった……しかし、俺が飛び込まなかったら?」

「もちろん私はあなたに殺されるでしょうけど、その前にIFF登録を外すようアベルに命じておくから……彼女には天国まで吹き飛んでもらったわ。アベルも復帰してくれたしね」

「つまりこれがたった一つの冴えたやり方だったわけだ」


 探偵さんは……自分が死ぬと確信していて……?

 なんでそこまで……馬鹿……


「どちらかというと冷たい方程式かしら」

 蹲った姿勢のまま探偵さんが、さりげなく右手に握った銃をカインと呼ばれた女性に向けようとする。

「あら。手癖の悪い腕は駄目よ」


 カインの放った銃弾が探偵さんの持っている銃を弾き飛ばす。


「っ……! おい、見逃せよ。ホロムービー(3D映画)なら油断した悪役を撃ち殺して、逆転エンディングのシーンだろう。銃を拾ってくるからもう一度やり直そうぜ」

 探偵さん、こんなときも馬鹿なこと言って……


「悪役? 私が? 誠二――まさかあなた、正義の味方気取りのお馬鹿さんなの?」

 カインはずっと探偵さんを値踏みするような目で見ている。何なのあの人……

「いや、正義なんてない」

 探偵さんはどこか寂しそうにそう言った。

「わかってるじゃない」

 カインは目を満足気に細めた。


「でも、悪はある」

 今度は吐き捨てるように探偵さんが言った。

「あら、そこは解釈不一致ね」

 カインは面白そうな顔をしている。


「しかし、見事にやられたよ。完敗だ」

 探偵さんはそう言って笑った。

 違う、探偵さんは私を庇わなければ勝っていた。

 私が足を引っ張っただけだ。


「あなたなら――彼女を守るために、勝負を捨てると思っていたわ。最後まで自分の掟を曲げなかったわね。私が今までに出会った中で、本当に最高の男。あそこで私を優先してたら、あなたは掟を壊していた。それはそれでいろんな意味で最高の瞬間だったのだけど。私よりそっちの女を選ぶなんてつれないわ」


 カインはとても嬉しそうに笑っている。

 私はそれを見て、世界最高の芸術作品を見つけた美術商を連想してしまった。 


「そりゃどうも。じゃあこのまま見逃してくれ」


 そう言いながら探偵さんは苦し気に呻きながら手榴弾を窓際に放り投げる。

 やっぱり探偵さんは――私を守るために――命を投げ出した。

 私のせいで、こんな、なぶり殺しにされそうになっているんだ。

 

 窓際に手榴弾が到達。


 数秒後……爆音が響いた。爆発で窓ガラスが吹き飛ぶ。

 爆風と、窓が吹き飛んでできた大きな穴から潮風が吹き込んでくる。

 海の香りが焦げ臭い臭いを一瞬で押し流す。


「冗談でしょう? あなたはこれから私の夫になるのよ」


 黒いコートと赤い髪をなびかせながらカインが嬉しそうに宣言する。


 夫? 殺し合っている相手を?

 彼女の発言を聞いていてわかったことが一つだけある。

 このままだと探偵さんの体か心が壊される。


「マジかよ。光栄だな。でも俺には先約がたんまりあってね。百回くらい転生してきてからにしてくれ」

「私のものにならないなら――ここで殺しちゃおうかしら」

 カインが探偵さんの額に銃口を持ち上げた。


 私は反射的に探偵さんの前に飛び出した。

「や、止めて!」

 探偵さんを背後に庇って思わず私は叫んでいた。


「あら、部外者は引っ込んでいなさいよ」

 カインは銃口を私に向ける。

「良くわからないけど――ハイ・シドは撃てないんでしょう?」


 毅然とした態度を取りたいけど――怖い。

 勝手に身体が震える。

 でも、一歩も退く気はない。

 今度は私が探偵さんを守らないと。


「シーリー……俺のことはいい、逃げるんだ……」

 探偵さんが苦し気に馬鹿なことを言い出す。


「嫌よ!」

「馬鹿なことをいってないで逃げ――」

「馬鹿はあなたよ! 自分ばかり他人のために命を賭けて! 私にも賭けさせなさいよ!」


 本当にいつもいつも他人のことばかり。周囲の人間が、あなたが傷ついてるのを見てどんな気持ちになっているのか、考えたことがないの?


「なっ――」


 探偵さんが絶句するのを背中で聞きながら、私はカインの前に立ちはだかった。




 ***

(斎藤誠二)


 まずい、俺だけじゃなくシーリーまでも殺される。

 痛覚遮断をオン。

 これで痛みは消えた。が……手元に雪風は無い。カインの銃撃で五メートルの彼方だ。たった五メートル。だが無限に等しい距離。


(雪風、飛んでこっちに来い)

(無理です。この期に及んで余裕ですね誠二。安心しました。時間を稼いでください)

(どうやって!?)

(それはあなたが頑張ってください)


 俺が雪風に飛びつこうとしたら……まずシーリーの頭が吹き飛び、その後俺も存分に銃弾を叩き込まれるだろう。


 よりによって俺が守るべきシーリーがカインの為に立ちはだかって、俺を守っている。情けなさすぎる。そしてどこまでも俺の言うことを聞かないこのお転婆歌姫(シーリー)……どうする?


 どう考えてもここから逆転できそうにない。


「あんまりいちゃいちゃされても困るんだけど? 誠二。あなたならわかるわよね? 私が躊躇なく彼女をやれるって」

 カインが少しだけ苛立ちを声に滲ませる。

 その通りだ。殺して海に棄てれば――避難中の行方不明、死体が見つかってもゼロシド革命軍の仕業にされてお終いだ。


「シーリー。逃げろ。俺が君のために命をかけるのはそれが仕事だからだ。君の仕事は歌を歌うこと。君は十分に仕事を果たしてくれた。正直尊敬している。だから、俺なんかのために君が命を張る必要はない。ここは俺がなんとか――」

「できないでしょ! 嫌よ! どかないから! 何よ! 仕事仕事って! 仕事じゃなかったら見捨てるっていうの!」


 シーリーは膝が笑ってるのに頑なにどこうとしない。

 この頑固さ、ここまできたら国宝ものだ。

 ……幸いこちらは風上だ。

 隙を見てカインに懐の胡椒か唐辛子をぶちこめれば、なんとかなるか?


「誠二。あなたに彼女を生かすチャンスをあげるわ」

 カインが右回りに回り込みつつ声をかけてくる。

 彼女の発する声からは、先ほどの苛立ちは消え、楽しそうな色彩をまとっていた。

「何だって? そりゃ景気のいい話だな」

 マジか?

 どうせろくでもないことを言い出すんだろう。


 シーリーもカインの動きに合わせて向きを変えていく。

 カインは窓――の残骸を背にすると立ち止まった。

 風上に立ちたかったのだろう。今まで背中に受けていた潮風を、俺達は正面から受ける。


 徹底してやがる。これで胡椒や唐辛子を一か八かくらわす作戦も消えた。俺の目がつぶれるだけだ。

 どうにかして飛びかかるか……?

 カインとの距離は四メートル……なんなんだあの女は……完全無欠の殺戮マシーンか?


 ホロムービーとかなら、何かでちょっと注意がそれた瞬間に飛びかかれる距離にいてくれるものだろうが。カインの気を一瞬そらせたとしても、四メートルは厳しい。


「私のものになると誓いなさい。そうすれば彼女の脚を撃ち抜くだけで、命まではとらないでおいてあげる」

 カインがそのチャンスとやらを告げた。

 そんなことか。

 どうせさっき死んだ身だ――カインはいかれているが見た目はすこぶるつきの美人だ。

 しかたない、そろそろ俺も年貢の納め時かもしれん。

 どうせ洗脳改造されて彼女だけを愛するようにされてしまうのだろう。


 でも――それで乗り切れるなら、シーリーが死なないですむのなら仕方ない。

「駄目よ!!」

 シーリーが反射的に叫び声を上げた。

「シーリー。あなたには聞いてないのよ」

 カインが面白そうな声を出す。

 こいつ、まさか――シーリーの目の前で俺にカインへの愛を宣言させて、シーリーの心を傷つける気か?


「どうするの誠二? 彼女の心を守るの? それとも命を?」

「わ、私は大丈夫だから!」

「シーリー。もちろんそこからどいてここから消えれば、あなたのことは見逃してあげるわ」

 カインはどこまでも優しげな声色だ。死にゆく死刑囚に、最後の説教をする神父のように。


「どかないわ!」

 大丈夫なわけあるか!

 シーリーの聞かん坊っぷりに俺は現実逃避したくなってきた。目の前にあるシーリーの形の良い尻でも見て現実逃避しよう。


 ……スカートでよくわからんな。何も楽しくない。もっとタイトなスカートを履いていてくれよ。


 現実に戻ろう。

 つまるところ――このカインとか言う筋金入りの悪魔は、俺とシーリー、両方の尊厳を同時に試し、壊そうとしている。シーリーに俺を見捨てて逃げさせるのが最善だろう。


「俺のことはいいって言ってるだろうシーリー! 頼むから最後くらい、俺の言うことを素直に聞け!」

 だんだん腹の立ってきた俺は、ついシーリーを怒鳴りつけた。

「絶対に嫌! あなたの言うことなんて――いつだって素直に聞いてるもの!」

「どこがだ! 頼むから言うことを聞いてくれ! 俺は君が無事ならそれでいいんだ! 君の兄さんに君を守るって約束したんだ! 俺を嘘つきにする気か!?」

「聞いてるもの!!」

 シーリーの声に涙が滲む。

 いかん。女の子を怒鳴りつけるなんて俺らしくもない。しかもちょっと泣かせてしまった。


「すまんシーリー……」

「謝らないでよ! 馬鹿!」

 俺が馬鹿なのはわかっているんだ。そう何度も言わなくてもいい。

 そうだ俺は大馬鹿野郎だ。別に恋人でもなんでもない俺のために、命を張ってくれてる女の子一人も助けられない。


 自分の無力さに歯を食いしばる。漫画とかだとここで都合よく、何か凄いパワーに目覚めて大逆転できるんだが……現実は非情だな。俺にそんな()()()()()()はない。そう、俺は無力なただの人間に過ぎない。


「さーん」

 カインがカウントダウンを始める。

 もとはと言えば、俺にカインを圧倒出来る強さが無いのがいけないことだ。彼女は、シーリーは何も悪くはない。


「にーい」

 カインがニッコリ笑顔を浮かべる。

 むしろ、彼女は言われてもいないのに自ら必要以上の仕事をこなし……守らなくてもいい俺の為に命を張っている。


「いーち」

 シーリーはどう考えても最高の女だ。やはり絶対に、ここで死なせるわけにはいけない。今、多少心が傷ついても、生きていればそのうち俺のことなんて忘れて立ち直れるはずだ。死ぬよりよほどいい。


 俺はカインの生涯の伴侶になると宣言するために口を開――()()()()()()


 まさか――俺は再度、ゆったりしたスカート越しでは形がいいのかよくわからないシーリーの尻を見つめた。


「ゼ――」

「待て! カイン!」


「何かしら?」

 カインが嬉しそうな笑顔で応じる。

「探偵さん!」

 シーリーが悲鳴をあげる。


「俺があんたのものになる前に……一秒くれ。そこのわがまま娘に最後の挨拶をしたい」

「いいわよ? 私、こう見えて心が広いのよ。昔の女との別れの時間くらいあげるわ」


 昔の女もくそもそういう関係ではないが、そんな突っ込みを入れている余裕はなかった。タイミングが命だ。


「駄目よ! 聞きたくない!」


 シーリーが拒否の叫びを上げて両手を耳に当てる。

 カインが眉を上げて注意が一瞬、コンマ数秒だが、完全にシーリーに向いた。

 そうだ、シーリーが傷つく瞬間からお前は目を逸らせない。


 アンダー(裏社会のプロ)は相手を殺すために理解する。

 俺はカインを理解した。


「お別れだ!」


 蹲っている体勢の俺は、言葉と同時にシーリーのスカートを左手で跳ね上げる。

 シーリーが今度は違う種類の悲鳴を上げて両手でスカートの裾を押さえた。


 乙女(?)の悲鳴がホールに響く中、俺は迷わず右手をスカートの中に突っ込む。


 あまりに嫌な記憶だったので封印していてすっかり忘れていたが――本当にあった!!


「愛してるぞ!」

 思わずそう叫びつつ、シーリーの右太もも内側に装着されているホルスターから『スケルトン(九ミリ自動拳銃)』を抜き、シーリーの太ももが火傷しないよう気を付けつつスカート越しに二連射。


 銃声が弾け、シーリーのスカートに穴が二つ空く。

 カインの腹、胸にホローポイント弾が命中。

 至近距離でのホローポイント弾の衝撃。

 カインの優雅な微笑みが、驚愕と苦悶に変わり、体勢が崩れる。


 一歩後退する。

「なっ――誠――?」

 カインの声にならない声。


「動くなよシーリー!」

 俺はシーリーの背後から身体を右に倒し、更にスケルトンをカインの左胸に向かって二連射。

 衝撃でカインの身体が後退していく。


「別れの挨拶は――」

 二歩、三歩。

 カインがこちらに右手の銃を向けようとするが――右肩を撃って体勢を崩す。

 そのまま残り全弾――四発をカインの左胸にぶち込む。

 

「お前あてだ、カイン!」

 四歩、五歩、六歩、七歩。

 駄目だ、やはり九ミリのホローポイントじゃあ貫通しない。本当は目あたりに弾丸をぶち込みたかったが、この状況で、そしてカイン相手には無理だ。


 俺はスケルトンを投げ捨て、立ち上がりながら全身の力を振り絞りカインに走りこむ。

「これで、デートもお終いだ!」

 ここからの勝ち筋は、このまま一気にコンビネーションを叩き込んで殺すしかない。せめてオレが風上なら――今は言っても仕方のないことだ。


 カインの体勢は崩れている、ここから射撃できるようになるよりも俺の方が早い。

「お断り、よ――」

 苦し気に喘ぎつつも、そう言いながらカインが銃からマガジンを排出。


 何だ?

 彼女がここで無意味な動作をするわけがない。

 視界の端に映ったマガジンに一定の注意を割り振る。


 カインは足を軽く上げると落下してきたマガジンを足裏で地面にたたきつけ、そのままこちらに滑らせてきた。

 まさかこれを踏ませて俺の体勢を崩す気か!


 タイミング的に俺はアレを踏む――クソっ、化け物が!

 俺は跳んでマガジンを飛び越えつつ、カインの喉に飛び横蹴りをぶち込む。

 同時にカインの右手の銃から放たれた銃弾が俺の胴体に突き刺さる。


 引き足を遅く――吹き飛ばす蹴り――カインは後ろにさらに押されてよろめき、ステージから転がり落ちた。一メートルくらいの高さしかないのが悔やまれる。三メートルくらいの高さがあれば死んでたかもしれないのに。


 俺もまた、ステージ上に転がり落ちる。


「げほっ、ごほっ――誠二――!」

「なかなかの、サプライズ、だっただろう、カイン」


 まずい、痛覚遮断で痛みは無いが、身体が言うことを聞きやがらない。

 あのマガジンが無ければ一気に決めれたものを――だが、ここで決めないと今度こそ負ける。

 カインは銃のリロードをしながらよろよろと立ち上がる。確実にダメージは蓄積している。


 俺も立ち上がろうと――


「誠二!」

 シーリーが雪風を掴んで俺に叫ぶ。

 そして雪風をこちらに押しやった。床を滑って雪風が俺の手元に戻ってくる。


 ナイス!


 俺もまた無理やり身体を動かして立ち上がった。


 まだカインは呼吸も、心臓も乱れているはずだ。そのために左胸にダメージを集中させた。その数秒の間に無理にでも殺すしかない。例え相討ちになろうとも。


 俺はステージの上。向こうは下。

 俺が一歩踏み出した――その時。


「誠二さん!!」


 透明な、透き通るような声とともにサブマシンガンの銃声が響く。

 ナージャさん、いや、ナギさんが大イベントホールのエントランスに立ってサブマシンガンを構えていた。


「誠二……あなた、最高だったわ。また、会いましょう」

 不利を悟ったのだろう。


 カインはそう言うと踵を返し、こちらに射撃を開始。

「伏せろシーリー!」

 シーリーとカインの射線の間に移動しながら俺も最後の一発を撃つ――が、当たらない。


「きゃあ!」

 シーリーの悲鳴。

 カインはそのまま大きく開いた窓から海に向かって走る。その後をナギさんの構えたサブマシンガンから放たれた銃弾が追うが――床を叩く弾丸が追いついて命中する前に、カインは海へと飛び降りて消えた。


「大丈夫ですか!」

 ナギさんがそう言って俺の傍らに駆け寄ってくる。

「ナギさん。ありがとう。少しだけやばかったな。そう、銭湯に行ったら着替えはもってるけどタオルを忘れていてびしょ濡れのまま服を着ないといけない程度のピンチだな」

「それ、頭どうするんですか。そんなことはどうでもよくって、雪風さんに呼ばれて駆けつけてきたんですけど、間に合ってよかったです」


 俺は身体に力が入らず、膝をつく。ナイスだ雪風……。

 ナギさんが慌てて俺を支えてくれる。

「誠二! ちょっと誰よこの女! 私のことを愛してるって言ったのに、もう浮気なの!」

 シーリーがなぜか切れてる。

 そして切れながらナギさんの反対側から荒っぽく俺を支える。


「そうなんですか!?」

 ナギさんがなぜか驚いた顔をして俺の顔を見つめてくる。

「いや、まて。確かに愛してると言った気もするが、アレはカインを油断させるためのものであり、更に言えば男女の恋愛的なアレではなくこう友人というか人類愛的な――」


 シチュエーションでわかるだろう!?

 あれはカインへの陽動と言いつけを守っていたことに対する感動の一言であって愛の告白では決して――


「今更何よ!」

 シーリーの手が俺の首に食い込んできた。

 く、苦しい、止めろシーリー。

 俺にとどめを刺す気か?


 誰よ、と言われたのに対してナギさんが律儀に返事を始めた。

「えっと、私は誠二さんと同室だったナギです。今は新西京トラストニュースで――」

「同室!?」

 ナギさん――頼むから今彼女を刺激するような言動は――俺が殺されてしまう。


 シーリーが俺を支える手を放す。

「誠二。私のパンツを見ておいて――」

 誓って言うが、パンツなんて見ていない。だが、恐ろしくて口にできない。

 というか、あの生きるか死ぬかの状況で流石にそんなの見てる余裕なんてどこにもなかった。まったく、こんなこと言われるくらいなら見とけばよかった。


「えっ……誠二さん、パンツを……私の下着姿を見たのに?」

 ナギさんが俺を汚物を視るような目で見る。そして恐らく無意識に、俺を支える手を放した。

「あっ」


 ナギさんの声が響いた。


 俺はステージの上に今度こそ倒れた。

 俺の身体がステージとぶつかる音が耳朶を打つ。

 おい。


「下着!?」

 その言葉に反応したシーリーの全身が、殺意のオーラに包まれる。

 今度はカインじゃなくてシーリーに殺されそうだ。やはりこの暴力エルフ娘に関わるべきではなかった……最悪な女だ……なぜだろう、さっきの状況よりも今の意味不明な修羅場の方が、生き残れる気がしない。


(雪風……リーナスの回収と、手錠につないだオークのテロリストの回収、忘れるなよ。俺はもう、駄目かもしれん)


 俺はそのまま意識を手放した。

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