第二十一話 敗北
(斎藤誠二)
『名前のない炎が燃えるよ 私を突き動かすから 明日を撃ち抜くから』
オートバランサーが切れて傾く船のなか。恐らく下の階は軽い悲鳴が起きているだろう。でも、シーリーの歌声は一切揺るがない。
大した根性だ。こいつは、彼女を認めざるを得ない。
そして俺の蹴りがカインに命中する確かな感覚。
良し!
上手く決まった。左乳房の下側。女性の心臓の位置。さっき俺に胸を押し付けてきたのが仇になったなカイン!
止めを刺したいが――俺は空中で回転中に、見たくないものを目撃していた。
後ろから俺を撃とうとしていた中型自走式の警備ドローンだ。
危なすぎる。せめて一声かけてから後ろに回り込んでくれ。
振り返る暇はない。
俺は着地と同時に右手を脇の下に突っ込み、ガンカメラで背後のドローンの位置を視界に表示。
そのまま照準、雪風を九連射。ドローンを確実に破壊する。あのまま後ろから撃たれていたら、死んでいた。紙一重過ぎる。残弾数一。
正面では派手に吹っ飛んだカインが――傾いた船の床を滑っていく――オートバランサーが復帰し、傾斜が戻る。あの女は五から六メートル先で、咳き込みながらも寝ころんだ状態で右側の自動扉を開ける。そして部屋の中に、大イベントホールに転がり込んだ。
『正義なんて背負わないよ ヒーローなんてならないさ』
くそっ!
五メートルの距離を走って追いかける。あのダメージだ、銃で俺の頭をいきなりぶち抜けるとは思えないが、もし万が一、俺が戸口に立った瞬間撃ってきたら――俺も意地でもあいつの脳天に銃弾を叩き込んでやる!
左手で頭部をかばいつつ戸口にたどり着いた俺は、カインにとどめを刺すべく雪風を――視界に映ったカインは、倒れた姿勢のまま左手に手榴弾を握っていた。
転がりながら取り出したのか。俺が銃を持ち上げる前に、カインは手榴弾を投げた。シーリーのいるステージに向かって。
『それでも許せないものがある 自分であるために走り抜ける 運命を撃ち抜いてくから この手で守るものがあるから』
――――高速圧縮思考。
俺の高速化された意識の中。
スローモーションで死を撒き散らすパイナップルがシーリーのいる高さ一メートルのステージ――三十メートルくらい先――に飛んでいく。
何秒だ?
カインは何秒で爆発する設定にしている?
このままだとシーリーは確実に死ぬ。
それを防ぐには俺が手榴弾に飛び込んで庇うしかない。
それをすると――試したことは無いから断言はできないが、多分俺は死ぬ。
問題はその前にカインを殺す余裕があるかどうかだ。
俺が銃を持ち上げてカインの頭を吹き飛ばすのに最短で一秒か二秒?
駄目だ。
一秒の差でシーリーが爆死する可能性は十分にある。
今からもう一度オートバランサーを切らせるか?
無理だ。
どこに転がるかもわからん。
そもそも間に合わん。
銃で手榴弾を撃って弾き飛ばすか?
これも厳しい。
俺は全力疾走してきて銃をまともに構えてすらいない。
ざっと見た感じ、シーリーから離れるように撃てたとしても――下手したら弾丸がシーリーに当たる可能性もある。
とりあえず撃つか?
命中したとしてどこに弾き飛ばせる?
駄目だ。シーリーにより近づいたら喜劇でしかない。
俺が死んだあと、シーリーはカインに殺されるか?
わからん。もうシーリーは十分歌った。
艦内のパニックも収まっているだろう。
艦内放送をオフにしてしまえばシーリーの公開処刑は放送できない。
無意味な殺戮をカインは……するだろう。
でも、しないかもしれない。
今までの思考を統合すれば、合理的な正解はシーリーを見捨てることだ。
俺が助けても彼女はそのあとカインに殺される可能性はつきまとう。
そうなると、俺が無駄死にする確率は限りなく高い。
だが、もしかしたら見逃されるかもしれない。
正直何とも言えない。
分が悪いとは思う。
……俺の依頼は彼女を守ること。
ルーブとの約束だ。
しかし、死んでまでして守るべきなのか?
彼女は、恋人でも何でもないんだぞ誠二?
……すぐそこで銃声がしていて怖い思いをしていただろうに、オートバランサーが切れても見事に歌い続けた歌姫を見捨てて、爆死させるだと?
無理だ。
俺にそんなことはできない。
見知らぬ大人相手なら見捨てていただろう。
でも、彼女を見捨てることは……どうしてもできない。
どうせ人間いつかは死ぬ。それが今だっただけの話だ。
カイン、お前の勝ちだ。
よく俺を理解した。
お前はアンダーだ。
…………俺の負け、だ。
時間の流れが元に戻る。
俺は足元のカインを飛び越える。
カインと目が合う。
彼女の目は、驚きと喜びで見開かれているように見えた。
どういう感情だ。
気にせずに俺は手榴弾に向かって全力で走る。
シーリーの歌声に背中を押されて。
彼女を守るために。
(誠二、シーリーはもう! その行為は無意味です!)
雪風が叫んでいる。
(すまない雪風。お前との日々、楽しかったよ。最後まで一緒にいてくれてありがとう。リーナスのこと、よろしくな)
(何故ですか! 私はあなたが――)
(ここでシーリーを守らないような男に、お前のマスターでいる資格は無いんだ)
(止めて下さい、あまりにも非論理的です!)
もう雪風に答える余裕はない。
「えー、皆、船内ライブは楽しんで貰えたかな? 私もそろそろ避難に移りたいのでここで船内ライブを終了したいと思います。気を付けて避難してください!」
シーリーがそう言っているところに向かって俺は全力で疾走。
「探偵さん!?」
俺に気づいたシーリーが驚きの声を上げた。
「俺にかまわず逃げろシーリー!」
俺は叫びながらシーリーの手前、三メートルほどに転がった手榴弾に覆い被さった。
よかった、間に合った。
俺の勝ちだ――――――――




