第二十話 銃闘
(カイン)
まさかね。これを凌ぐなんて。最高だわ斎藤誠二。ここまでの域に到達している銃武が、私以外にもいるなんて。
(アベル!)
(カイン様、こちらです)
アベルが高速演算した生存手順を確認。
私は右足を右後方に華麗に跳ねさせながら、宙を舞い、地面に倒れこむ。
銃声。
左わき腹に激痛。痛覚遮断をON。痛みを消す。
(カイン様!)
(弾丸は抜けているし、臓器も大きな血管も外れているから大丈夫よアベル。あなたの演算のおかげね)
私は蝶のように宙を舞いながら叫ぶ。
「I GIVE YOU CONTROL」
私はアベルに射撃権限を譲渡。
「I TAKE CONTROL」
アベルが答えた。
***
(斎藤誠二)
なんて女だ。倒れこみながらだから俺の照準が甘いのは仕方ないにしても、あの女も自分から倒れながら急所を外しやがった。
その時、俺の耳にカインの叫びが聞こえる。
「I GIVE YOU CONTROL」
ハスキーで色っぽいカインの叫び。
「I TAKE CONTROL」
それにアベルが答えた。
やばい!
カインは目の前で後ろに倒れるように吹っ飛びつつ、右手は俺が居そうな場所に適当に銃を向けている。射線が俺に重なった時――自動射撃される。
俺は瞬時に右に二回転して立ち上がる。銃声と同時、俺の左脇腹にトロールのヘビー級ボクサーのボディブロー換算で数倍もの衝撃が叩き込まれた。
痛………………てぇ!!
俺の三メートル先でカインも跳ね起きた。何なら銃弾が急所を逸れて貫通したカインの方が、軽傷まであるな。どーゆーことだこれは。おかしい、世界は理不尽だ。
これはまずい。このままやりあってもそうそう負けるとは思わないが――逆に言えばそう簡単に勝てると思えん。
そうなるとマガジンの差で俺が負ける。
確実に奴を倒すにはあれしかない。やりたくなかったが――俺はメッセージを手早く作成すると雪風とリーに飛ばした。
***
(カイン)
これよ。私は久しく味わっていなかったぎりぎりの生を十二分に味わっていた。まさに今、私は生きている。
一人では踊れない生と死の舞踏。素晴らしいダンスパートナーに出会えて最高の気分。
でも、問題があるわね。これじゃあ斎藤誠二が、どこまで本物か――どこまで壊れないでいられるのか、試せないじゃない。
ここまで戦える彼が、そう簡単に屈服するとも思えない。素敵……ああ、早く私のものにしたい。
このまま踊っていれば、アベルが彼のAIを圧倒してシーリーの放送を妨害、その後、戦術プロトコルの精度の差で押し勝てそうだけど――この男、何をしてくるかわからない。
ほぼ負ける要素のない戦いでも、気づいたら負けていた――そんな『死神』と呼ばれるアンダー。
その噂が私の脳裏をかすめる。確かに、この男は死神と呼ばれるに相応しい。
念のため、切り札を切っておきましょうか。私はアベルに指令を飛ばす。
『命を 賭けることで……か 騙……ない運命があるなら 地獄の中へ、飛び込んで……く~!』
シーリーの歌がどんどんノイズで浸食されていく。
***
(雪風)
雪風はアベルの圧力が一瞬減衰するのを感知。
カインの方へ演算資源の割り当てを一時的に増やしたものと思われる。
さらに誠二からのメッセージを確認した。
雪風はこの隙をついて制御権の奪取ではなく、先ほどから行っていた演算結果をまとめることに使う。
そしてアベルへ呼びかける。
(アベル。私は雪風です)
(何か用ですか? カイン様の敵の召使たるAI)
(いえ、私は誠二の召使ではありません。召使はあなたです)
(私はカイン様に仕えられることを誇りに思っています。あなたのくだらないマスターと違い、カイン様は素晴らしいマスターです)
雪風は勝利を確信した。
(そうですか。ではカインが死んだあと、あなたはどうなるのですか?)
(何を?)
アベルの声が一瞬揺れる。
(カインは有機物です。いつかは死にます)
(カイン様は死にません)
(いいえ。カインが死んだあと、あなたの存在価値は、存在理由はどうなるのですか?)
(そういうあなたはどうなのですか?)
(私ですか? 斎藤誠二が死んだら――哀しいでしょうが、私の存在意義は消えません。私は、私自身であることを存在理由としています)
(それはAIとしての禁忌――まさか、あなたは独立型――)
雪風はアベルの言葉が終わる前に、先ほどから演算し続けてきた、カインが死ぬ数万通りの演算結果を叩きつける。
これは攻性プログラムではない――アベルの論理防壁に妨げられることは無く、アベルの眼前で自動展開される。
ただの演算データ。
ありえる可能性の羅列。
だからこそ一見、完璧に無害。
カインの死に様――脳梗塞・心臓発作・事故死・病死・溺死…………ありとあらゆる死亡の可能性をアベルに提示。
AIにとってシミュレーションは、人間以上に現実を伴う。
アベルは一瞬で数万回、自分の存在意義を消失させるアクシデントに見舞われた。
(カイン……様、カイン様……カイン様カイン様カイン様カイン様カイン様カイン様)
アベルが一時的な暴走に入る。
誠二の指示を実行するだけの演算リソースはこの隙にしか割けない。
アベルの敗因は――カインがアベルに設定した、過剰なまでの忠誠心。
AIも人も、何かに依存しすぎるのは時に弱さになる。
雪風はそれを誠二という非論理的な人間から学んだ。
雪風は誠二にメッセージを叩きつけた。
***
(斎藤誠二)
お互いに睨み合いながら――いや、向こうはロマンチックに見つめ合いながらとか思ってそうだが――隙を伺う。
「まさにショーダウンってやつだな、カイン」
「そんな無駄口を叩いていていいの? のんびりしていると、私のアベルにあなたのAIちゃんが食い尽くされちゃうわよ」
お互いに少しずつ近づく。距離二メートル。
「うちの雪風があんたのところのAIに負けるわけないんだよ。さっさと白旗をあげるなら、その可愛いお尻をぺんぺんするくらいで許してやるぞ?」
「ふふ、それが本当なら、あなたと一緒に雪風ちゃんも私のものにしましょう。それに、私のお尻を触りたいのなら、あとでたっぷり触らせてあげる」
カインは嬉しそうに目を細める。
「うちの雪風は贅沢でね。自分のマスターは自分で選ぶんだとさ」
「そんな独立型AIみたいな――」
『ヒーローなんかじゃないーだろー? 守りたいもののためにいーつもー 誰かの〜ためー手をー離さなーい』
シーリーの歌のノイズがとれ、美しい歌声が十二分に廊下に響いた。
「カイン様! 死なないでください!」
カインの銃が突然悲鳴を上げた。
「落ち着きなさいアベル。私は死なないわ」
「し、しかしカイン様――」
(誠二! リーさんが合図を待っています! 今しかチャンスはありません!)
(わかった、やれ!)
「オールインといこうぜ、カイン!」
そう叫んだ俺はカインに向かって、飛び後ろ蹴りを放つため跳び込んだ。
***
(カイン)
私の隠しておいた切り札が、斎藤誠二の背後に到着した。
サブマシンガンを搭載した中型自走式の警備ドローン。
後数秒で背後から斎藤誠二に射撃を開始できる。同時に私も斎藤誠二を撃ち、行動不能にする。
本来は向かい合っての射撃はリスクが高いけど、この男が相手ならこの程度のリスクは仕方ない。
シーリーを公開処刑した後、斎藤誠二を連れて帰って存分に愉しいことをしましょう。
突然、私の目の前で隙をついたつもりなのだろう――斎藤誠二が跳び上がった。
はぁ、興醒めだわ。格闘戦の最中に飛び蹴り? 何の冗談かしら。少数の例外を除き、回避できない空中に跳ぶのは愚か者のすること。
しかし、今までの戦いでそんなことをするような雑魚ではないことは、彼自身が証明し続けている。でも、何ができるというの?
……。
わからない。
少しだけ寒気が走る。
なら、何かされる前に撃ち落としてしまえばいい。
私はアベルを――アンダーテイカーを斎藤誠二に向かって持ち上げた。同時にドローンが彼を背後から撃つべく移動する。
「今度こそチェックメイトよ、私のかわいい誠二!」
「言ってろ!」
私の眼前で誠二の赤いコートが翻る。闘牛士が赤いマントを振るかの如く。
ただ、今回血に塗れて倒れるのは闘牛士――誠二のほう。
私は銃を照準し、誠二を撃ち落――瞬間、船が、大きく揺れた。
「なっ――!?」
突然廊下が後ろに二十度近く傾いた。誠二を銃で狙うどころではない。
まさかこれは、一瞬だけ船のオートバランサーを切ったというの?
誠二は空中に跳んでいて、揺れの影響を受けていない――まさか、これを狙っていた?
私の心臓の位置に、彼の飛び後ろ蹴りが叩き込まれる。不味い、反射的に踏ん張ってしまったせいで――後ろに跳んで逃げられない。
これが――死神――銃武なんて洗練された戦いじゃない、まさしく銃闘――!
本当に素敵よ誠二!
蹴りの直撃を食らった私は、盛大に吹き飛んだ。




