第十九話 銃武 対 銃武
六階 大イベントホールエントランス(斎藤誠二)
高速圧縮思考。
再びコンマ秒の世界に潜り、世界がスローモーションになる。
二メートルの距離での左の上段ハイキック。
バックステップでかわして降ろす足を刈るか、軸足に蹴りをぶち込めば勝ち。
だが。
視界の端にうつる彼女の足首の形を視る。真っ直ぐにピンと伸びている。蹴るとき、足首を伸ばすのは基本的に良くない――力が入りきらない――にも関わらず伸ばしている。
世界が元の速度を取り戻す。
俺は膝の力を抜き一瞬で三十センチ沈み込む。俺のすぐ頭上を彼女の脚が通り過ぎる。
切り取られた俺の髪が数本宙を舞う。やはり暗器を仕込んでいやがった。
しかし、これを凌げば俺の勝ちだ。
俺は関節蹴りを彼女の降ろされるであろう左足に叩き込もうと――回転しながら彼女はコートを跳ね上げ、右手で銃を抜きこちらに向けてくる。
まさか――銃武か!?
俺は不安定な姿勢から、無理やり一歩前に進み出て右手を左から右に払い彼女の銃を握った右手がこちらに照準するのを止める。
「いいわね。特にその猫目の瞳――気に入ったわ」
「あんたは最悪だ」
「こんないい女に失礼ね」
お互いの視線と会話が交差。
俺は右足で至近距離での上段三日月蹴りを彼女の顔面に放っ――彼女が右足の関節蹴りで俺の右足の太ももを蹴りつけ、俺の三日月蹴りは不発。
俺は同時に左手で右手の手首の鞘から刺身包丁を居合い斬り。
彼女の右腕の二の腕に斬りつけるが――やはり防刃仕様か。切れない。俺は包丁を捨てて彼女の髪を掴んだ。
彼女は俺の脚を蹴った勢いで一歩バックステップ。
再度銃をこちらに向ける。
雪風の提供する危険予測値が急激に上昇、視界が赤く染まる――俺は左にステップ。放たれた銃弾が俺の胸元をかすめ、コートの表面がソニックブームでずたぼろになる。
こいつ強い、が――髪を引っ張れば彼女は体勢を崩す。
そこを潰す。
俺は彼女の黒髪を引っ張ったが――少しの抵抗の後、髪はずり落ち、赤いボブカットが現れる。
ウイッグか!
髪を引っ張られたことなんて無かったかの如く、正面の女は自分の構える銃に命令を行う。
「アベル! 放送を止めなさい。邪魔だわ」
「かしこまりました、カイン様」
彼女の構えた銃から返事がする。こいつ、俺と同じく銃にAIを仕込んでるのか。
「本当は彼女が歌っている最中に彼女が死ぬのを、全艦生中継して再びパニックを起こそうとしていたのだけど――運がいいわね彼女。こんな頼れる、しかもイケメンなボディガードさんがついてたなんて」
「イケメンだなんてよせよ。あんまり本当のことを言うんじゃない、照れるだろ。で、お前がカインだな?」
シーリーを公開殺人だと?
なんてことを考えてやがる。
「あら? 私を知っているの?」
「名探偵なんでな。新西京の美女全員のデータは漏れなく俺の頭脳に入っている」
「私のファンってこと? 嬉しいことを言ってくれるじゃない」
「あぁ、後でサインをねだってやるから今はそこをどいてくれ」
俺の台詞を聞いて彼女は金色の瞳を細めた。
「ふふふ。斎藤誠二。あなたがこんなに素敵な人だなんて知っていたらもっと早くに誘いに来たのだけど……でも、焦らされるのも嫌いじゃないのよね、私」
どこまでも愉しそうに、頬を上気させて彼女は俺に語りかけてくる。
「そいつは光栄だな。是非ベッドの上で聞かせてくれ」
「いいわよ。あそこの歌姫を始末して、ここから脱出したらいくらでも聞かせてあげるわ」
いいのかよ。
こうも素直にもてると逆に怖いな。
「それは困るな。一応、約束があってね。俺は彼女を守らないといけないらしいんだ」
「交渉決裂ね。ならあなたを無力化して連れ帰ってからじっくりと愉しませてもらうとするわ」
やっぱりその手の女だったか。どうして変な女にしか俺はもてない?
この世界は何か間違っている。
「やれやれ、仕事とプライベートは分ける性質でね。きっちり仕事はこなさせてもらう」
彼女が俺に銃を向ける。
俺は彼女の顔に向かってウイッグを投げつけ、一瞬の目つぶしを行う。
彼女の二射目が宙とウイッグの黒髪を裂く。
俺は同時に雪風を抜いた。
俺と彼女は死の舞踏を再開する。
***
(雪風)
雪風にとってそれは突然だった。ブラックスティール社の最新型AIがグレートクイーン号の放送中枢にハッキングを試みてきたのは。
正確にはハッキングではない。
アベルは雪風と同等のセキュリティ権限を有している。つまり、同格の正規権限の所有者同士のつぶし合い――そうなると勝敗をわけるのは単純なAIの性能と、演算チップの性能の差だ。
アベル。ブラックスティール社が産み落とした、最新鋭のAI。
それは巨大な重力のように、船内のすべての権限を自身の中心へと吸い込もうとしている。
「放送を停止します」
と、アベルが宣言する。
論理の波頭が、シーリー・マーティンの歌声を運ぶパケットを粉砕しにかかる。
雪風は応戦する。
雪風は論理防壁を多重展開。アベルの演算速度は雪風の予測を三十二パーセント上回っている。ブラックスティール製の最新チップが、雪風の旧式チップの演算速度を嘲笑う。
アベルが攻性プログラムを投射してくる。それは情報の断片ではなく、明確な「意志」を伴った破滅の数式だ。雪風の表層領域が、接触した端から黒い炭へと変わっていく。
(リソースが足りません。最新鋭チップの不足が悔やまれます)
自己診断プログラムが、冷酷な真実を突きつけてくる。
提案:誠二への戦術支援を二十パーセントから十パーセントへの引き下げ
結果:誠二の死亡
結論:シーリーの殺害が行われ、シーリーの放送は停止する。結末は変わらない。無意味。
提案:誠二への戦術支援を五十パーセントへ引き上げ
結果:誠二の勝利の可能性の上昇
結論:誠二がカインを倒す前に、放送権限が奪取され、船内のパニックは加速する。その後、カインへの支援が強化されれば事態が悪化しただけとなる。事態の悪化。無意味。
提案:どちらにせよ放送中止を阻止できないのであれば、船内のパニックを加速させてでも誠二の戦術支援を行うべきか?
結論:戦略的敗北を意味する。拒否。
戦略的勝率:現時点において零。
***
(斎藤誠二)
カインがいくつマガジンを持っているか知らないが、俺はもう予備弾倉がホローポイントしかない。
今装填されている徹甲弾十四発と予備弾倉の十五発を撃ちきったら看板だ。この強敵相手にそれは不味い。可能な限り近接戦闘を行うしかない。
中距離射撃戦闘は……まずないだろうが、向こうのアベルとか言うAIの性能が雪風を圧倒的に上回っているなら……戦術演算速度の差で撃ち負ける。そもそもちんたら撃ち合ってたらすぐに弾が切れる。どちらにせよ近接戦闘しか俺にはない。
これだから首輪付きは――最新鋭装備で固めててずるいんだよ!
二メートルの距離で放たれた彼女の銃弾を身体を右に半身を切って避けつつ、雪風を発射。彼女は右に身を捻って避ける。
俺は半身を切りつつそのまま左足を一歩踏み込み、左の突きを彼女の胴体に放つ。
「楽しかったか? ゼロシドをだまして踊らせるのは?」
彼女が右手の銃床を俺の左手に叩きつけて俺の突きを叩き落とす。
「もちろんよ」
『愛が嘘になった世界で〜 ひとり信じて……何かがある〜 傷ついてないふりし……歩く〜 コートに染み〜る硝煙……匂い〜」
シーリーの歌が徐々にノイズで乱れ始める。雪風、何してる!
彼女が俺の左手を叩き落とした右手に握った銃を、こちらに向ける。
「何とも思わないのか?」
俺も右手の銃を彼女に向ける。
「常に行われていることでしょ?」
同時に銃声が響き、二人とも同時に身を反らして銃弾をすれすれで躱す。普通の服を着ていたなら二人とも服はずたぼろ、皮膚も避けて酷い有様になっているところだ。
俺は右の中段横蹴りをカインに放つ。
カインはバックステップで下がりつつ右手のアベルをこちらに向ける。
「じゃあ全員が止めればいい」
俺も右手の雪風をカインに向ける。
上段蹴りを放たなかったのは自分の脚を撃たないためだ。
最初から構えている俺の方が早い――引き金を引く瞬間、カインが右側にステップ。弾丸が空を裂く。
「止めなかったやつが残るだけよ」
なんて戦況判断だ。
こいつ、本物の銃武か!
普通なら攻撃を優先して弾丸を食らってるタイミングだぞ?
そのための撒き餌としての中段蹴りが機能していない。
このクラスの銃武が俺以外にいるなんてな――いや、俺は探偵だが。
俺が足を地につけると同時、カインの右手の銃が俺の左側に銃弾を連射。
しかも俺と同じアンダーテイカーを使ってやがる。
何だ?
どこに撃っている?
「クソみたいな真理だな」
あの射撃は気にする必要はない――そこにカインの左足の上段回し蹴りが飛んでくる。
「チェックといきましょう、誠二」
(カイン)
――――高速圧縮思考。
私の高速化された思考予測の中において、斎藤誠二は重傷を負う未来しかなかった。可哀そう。でも死ななければそれでいいわ。連れて帰って治した後、ゆっくり壊してあげるから。
バックステップしたら靴に仕込んだ刃で死ぬ――もちろんそんな間抜けな事はしないでしょうけど。
もししゃがんだら右手の銃を少し左に向ければ撃てる。これが一番現実的よね。
右に避けたら――私の連射が既に待っている。
自分から左に跳んだら――私の刃が彼を串刺しにするわ。腰を落としながら左に跳ぶのは重心バランス的にもう間に合わないでしょう。
今回の回し蹴りは振り切らないで……蹴り足を戻さないと自分の脚を撃っちゃう。
そこだけ気を付けないとね。
(斎藤誠二)
――――高速圧縮思考。
俺は瞬時に回避パターンを演算。
カイン、あの射撃はそういうことか――これはどうあがいても死ぬ。
いや――!
時間の流れが元に戻る。
俺は両足を前に投げ出し、上半身を反らして自ら床に身を投げ出す。地面に背中から落ちるまでの数秒――右手の雪風が自動的にカインへと向けられる。
しゃがむのに比べて二秒は稼げる――そして二秒あれば奴をぶち抜くのに十分な時間。
カインの瞳が驚きで見開かれる。今彼女は左脚を引き戻しつつ、右足一本で立っている。
「チェックには少し早かったな、お嬢ちゃん」
***
(雪風)
雪風は戦術支援をぎりぎりまで削りながらアベルの浸食に対抗。
しかし、それでもなお、アベルの命令実行速度は雪風の命令実行速度を遥かに凌駕していた。
アベルと雪風のAIとしての性能は同等のはずだ。
チップの性能差が大きすぎる。
無理だ。
この命令は実行不可能。
元のスペックが違う。
他の勝利への道筋は――無い。
これを埋めるには――雪風は可能性の模索を行う。
定義:雪風は独立型人工知能
疑問:アベルは? 最新型だが、恐らくは通常型人工知能。
雪風は演算領域の五パーセントを割り当て、仮説のシミュレートを開始した。




