第三食 調布ダンジョン③
ボスの扉は、ここがボス部屋だと主張するかのような、異様な風格を放っていた。
普通なら、足を止める。
警戒し、引き返すことすら考えるはずだ。
だが――今の八雲に、そんな判断はできなかった。
異能鑑定という希望は、あっさりと絶望に塗り潰され。
理不尽な暴力に叩き伏せられ、死のうとして、それすら叶わず。
その果てに、ようやく手に入れた力。
上がって、落ちて、また叩き上げられて。
感情の振れ幅に、思考がついていかない。
覚醒した異能【超暴食】。
その全能感が、思考を塗り潰す。
高揚が、理性を押し流す。強さへの渇望だけが、やけに鮮明だった。
暴力を振るってきた連中のことなど頭にない。
ここに来た理由すら、どうでもよくなっていた。
ボス部屋に足を踏み入れる。
視線の先――部屋の中央。
そこに、ゴブリンジェネラルが鎮座していた。
【マッピング】で把握していた通りの布陣だ。
前衛にゴブリンが三体。
壁のように並び、こちらの進路を塞ぐ。
その後方、距離を取ってゴブリンアーチャーが一体。
そして、そのすべてを従えるように、中央で動かず座す“将”。
ジェネラルは鋭い眼光でこちらを向いている。
開幕――
ゴブリンジェネラルが低く吠え、号令を飛ばす。
同時に、後衛のゴブリンアーチャーが弓を引き絞った。
狙いは、眉間。
放たれる矢。
だが――避けない。
『咆哮』
腹の底から叩きつけるように吐き出す。
クロイロコウモリの【超音波】を遥かに上回る、暴力的な音圧。
空気が震え、床が鳴り、耳ではなく全身に衝撃が突き刺さる。
前衛のゴブリン三体は、ほぼ瀕死。
問題は後ろのアーチャーだ。
――先に潰す。
『穿突』
踏み込んだ瞬間、景色が引き伸ばされる。
一直線。迷いも減速もなく、アーチャーへと突き抜ける。
その軌道上、
すれ違いざまに、前衛の一体の首を掴み、引きちぎった。
温かい肉を、そのまま喰らう。
《【超暴食】が発動》
《【投擲】を獲得》
《【追尾】に進化しました》
あまりのスピードに、ゴブリンアーチャーが目を見開いた。
慌てて弓を引く――だが、遅い。
「とった!」
【蹴豪】で強化した渾身の蹴りが、一直線にその首を狙う。
次の瞬間――
ドゴォンッ!!
頭上から叩きつけられるような轟音。
視界を裂くように、大剣が振り下ろされていた。
「チッ……!」
間一髪で身を捻り、直撃は回避する。
だが――
「ぐっ……!」
左肘をかすめられ、鮮血が宙に散った。
気づけば、そこに“それ”が立っていた。
ゴブリンジェネラル。
「……え?」
さっきまで確かに間合いにはいなかったはずだ。
いや、そもそも気配すら――
だが現実は、目の前にある。
そして、結果だけが残っていた。
ゴブリンアーチャーは、すでに原形を留めていない。
ジェネラルが振るった大剣に巻き込まれ、まとめて叩き切られたのだろう。
地面には、まるで爆発でも起きたかのような大穴が開いている。
「……冗談だろ」
圧倒的な一撃。
そして、圧倒的な存在感。
ゴブリンジェネラルは、ゆっくりとこちらを見下ろしていた。
その顔には、明確な“余裕”がある。
(……なんで笑ってるんだ、こいつ)
嫌な予感がした、その瞬間。
ゴブリンジェネラルの周囲に、魔法陣が浮かび上がる。
「なっ……!?」
展開された魔法陣から、次々と“それら”が現れる。
ゴブリン三体。
そして、ゴブリンアーチャー。
見覚えのある布陣。
「……おいおい、ふざけんなよ」
思わず声が漏れる。
さっき倒したはずの状況が、まるごと再現されている。
まるで“やり直し”だ。
いや――違う。
(やり直しじゃない)
左腕はもう限界だ。
過剰な異能の反動で、まともに動かない。
体力も、余裕も、さっきより悪い。
つまりこれは。
「振り出しじゃねぇ……」
ただ一方的に、状況が悪化しただけの再開。
「最悪のパターンだ……」
それでも。
逃げるという選択肢は、どこにもなかった。




