表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/27

EP23 伯爵たちの検証

二台の馬車が、それぞれ別の道を進んでいた。一台は琥珀色の魔導灯で飾られた豪華な装飾馬車。もう一台は質素だが頑丈な旅用馬車。中立派のフォルクナー伯爵と保守派のバルタザール伯爵は、互いの領地を視察するために旅立った。

**「まるで点滴の静脈と動脈の違いだな」**

レオンは内心で呟く。帝国技術の導入は、外部から栄養を注入される静脈のようなもの。一方、自分のスライム技術は、自らの体内で血液を循環させる動脈に近い。

最初の視察地は、王弟派が担当するバルタザール伯爵領だった。

中央広場に到着するやいなや、伯爵たちの目は見開かれた。帝国製の魔石プラントから放たれる琥珀色の光が、街全体を昼のように照らし出している。

「素晴らしい! これがゼノス帝国の技術力か」

バルクタザール伯爵が感嘆の声をあげる。

しかしレオンの目は、光の輝きではなく、その源を探っていた。プラントの周囲には、帝国の魔導師たちが警備のように立っている。彼らの視線は冷たく、領民たちを監視するようなものだ。

「伯爵閣下、ご覧ください」

帝国の魔導師が得意げに説明する。

「わが帝国の最新技術により、わずか三日でこの復興を成し遂げました。これが文明の力です」

フォルクナー伯爵が路地裏に目を向ける。そこでは、増税された重労働に耐える領民たちの姿があった。彼らの手にはマメができ、顔には疲労の色が濃く出ている。

**「表面の輝きと内側の疲弊……この矛盾がすべてを物語っている」**

レオンの心の声が響く。彼は前世の病院で、外見は元気そうに見える患者が、内部で静かに病と戦っている姿を幾度も見てきた。

昼食時、伯爵たちは領主館で豪勢な食事を振る舞われる。しかし厨房から聞こえてくるのは、領民たちの質素な食事の準備音だ。

「この光を維持するために、わが領の富がどれほど帝国へ流出するのか」

バルタザール伯爵の頭に、レオンが示した試算表が浮かぶ。導入コスト、維持費、特級魔石の輸入依存……数字が冷たく彼の背筋を走る。

二日後、視察団はレオンが担当するフォルクナー伯爵領へ向かった。

ここでの光景はまったく異なっていた。

広場のスライム・リザーバーから放たれる光は、帝国のものより控えめだが、温かみのある青色を帯びている。領民たちが自らくず魔石を運び、スライム・ポッドの清掃を行う姿に、伯爵たちは目を留める。

「ご覧ください、閣下」

レオンが穏やかに説明する。

「技術が民を支配するのではなく、民が技術を使いこなしています」

農地では、スライム・ホースによる灌漑が行われていた。青々と茂る作物の間を、笑顔で働く農民たちの姿がある。彼らの手には確かにマメができているが、それは誇りに満ちた労働の証のように見えた。

**「ここには『循環』がある。単なるエネルギーの循環だけでなく、人々の希望の循環も」**

レオンの目に、前世の無菌室とは対照的な、生命力に満ちた光景が映る。

昼食は領民たちと共に取られた。質素だが栄養バランスの取れた食事が、笑い声と共に楽しまれている。

「レオン様の教えで、俺たちも自分たちの手で生活を立て直せるんだ」

年老いた農民が誇らしげに語る。

その言葉に、フォルクナー伯爵の胸に熱いものが込み上げてきた。

視察の夜、二人の伯爵は宿屋の一室で酒を酌み交わした。

「帝国の力は麻薬だな」

バルタザール伯爵がグラスを傾ける。

「一度その甘さを知ると、二度と自力では歩けなくなる」

フォルクナー伯爵は深く頷く。

「レオンの道は確かに険しい。だが……あの領民たちの笑顔を見たか? あれこそが、本当の復興というものだ」

保守派としての自分が抱える矛盾に、バルタザール伯爵は苦い表情を浮かべる。

「伝統を守るという我々の信念が、実は帝国への隷属を意味するのだとしたら……」

その時、静かなノックが聞こえた。

レオンが部屋に入ってくる。手には一枚の羊皮紙がある。

「お二人様に、お見せしたいものがあります」

それは30年後の領地収支予測表だった。感情を一切交えず、淡々とレオンが説明する。

「帝国案を選んだ場合、十年後には領地の富の七割が帝国へ流出します。三十年後には、完全な傀儡状態に陥るでしょう」

「一方、拙案では、最初の五年間は成長が鈍いです。しかし十年後にはエネルギー自給を達成し、独立した富を築けます」

数字の羅列が、部屋の中に重い沈黙をもたらした。

伯爵たちはその紙をじっと見つめていた。自身の代だけでなく、子孫に残す領地の未来を、真剣に考え始めていた。

**「これが現実だ。甘い言葉では覆せない数字の重み」**

レオンは静かに部屋を去った。背後には、深い思索に沈む二人の伯爵の姿が残されている。

窓の外では、スライム・リザーバーの青い光が、優しく夜の闇を照らしていた。その光は帝国の琥珀色の輝きほど強くはないが、確かに、着実に、未来へと続く道を照らし出しているように見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ